モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

エピローグ モブ令嬢と旦那様と新たな門出

 神殿に到着した私たちは、本日の主賓に挨拶した後、式の会場へと足を運びました。

「旦那様……レオパルド様の方は大丈夫でしたか?」

 遅れてやって来た旦那様が、周囲に申し訳なさそうにして私の所にやってまいりました。

「なんとか納得してくれたよ。『それでも貴方は私の理想である事には変わりありません。その理想はきっと……妻となるマリエルに向けて果たしてみせます』なんて言われてしまってね。なんだか泣きたくなってきてしまったよ」

 旦那様は照れくさそうにして笑います。

「あれ、フローラの隣に座っているのは、可愛い可愛いシュクルじゃないか。シュクルは良い子にしているね」

 私の隣で、固まるようにして座っているシュクルを目にして、旦那様は少しおどけたように言います。

「むふぅーーーーっ! シュクル良い子なの!」

 このように畏まった式に参加するのは、アルメリアの婚姻の儀以来ですので、とても緊張していたシュクルは、旦那様の言葉で、少し緊張が解けたようでした。

「ああ、式が始まるね。……しかし、あのアンドゥーラ卿が結婚する日が来ようとはね」

 婚姻の儀の式場となっている神殿の礼拝場に、奥の扉から新郎と新婦がやってまいりました。
 アンドゥーラ先生はいま、婚礼用の衣装を身に纏い、普段はボサボサにしている深紫色の髪も綺麗に手入れされ、本来の艶やかさを取り戻して輝きを放っているようです。
 それでなくとも美しいお顔は薄く化粧を施されて、オルトラント一の美女と言っても誰にも文句を言われないのではないでしょうか。

「私、ひとつ肩の荷が下りたような心持ちです」

「いやフローラ。そう言うと自分の子供が嫁ぐようだよ」

 旦那様の言葉に、私の斜め前から声が掛けられます。

「フローラにとってはそれに近いものが有るのではないですか。でも、マリウスちゃんが生まれるまでの間、フローラがアンドゥーラ先生の面倒を見ることができなかった事こそが、あの方とアンドゥーラ先生の距離を縮めたのかも知れませんよ」

 旦那様と私の遣り取りを面白そうに聞いていたマリーズが、そのように結論づけます。
 ですが確かにそうかも知れません。あの方はマメな御方ですから。
 そして……神殿長ボーズ様の前に並んだ新郎と新婦の二人はボーズ様から声を掛けられます。

「汝、ライオット・コントリオ・バーズ。七大竜王が盟主、白竜ブランダルが司りし正義の名の下に、アンドゥーラ・バリオン・カランディアを愛し、守り抜くことを誓うか」

 祭壇の前にいるボーズ様からの問いかけを受けて、ライオット様は一歩、祭壇に向けて踏み出します。
 ライオット様の燃えさかるような赤い髪に、輝くばかりの金色の瞳、顔立ちも凜々しく……本当にこの美男美女の組み合わせは、絵物語のようにさえ見えてしまいます。
 ライオット様は、白い婚礼用の正装、その腰に差した白い短剣を右手で抜き放ちますと、刃を上に向けて胸の前に携えました。

「はい……白竜ブランダルの名にかけて、アンドゥーラ・バリオン・カランディアを愛し、守り抜くことを誓います」

「汝、アンドゥーラ・バリオン・カランディア。七大竜王、青竜バルファムートが司りし純潔と貞節を守り、ライオット・コントリオ・バーズを愛し、その身を慎むことを誓うか」

 アンドゥーラ先生は、ボーズ様の問いかけを受けて、一歩踏み出しました。
 そして腰帯に掛けていた、両の手を広げたくらいの大きさをした青い盾を手に取ると、胸の前に両の手で掲げます。

「はい……青竜バルファムートの名を汚さぬよう、ライオット・コントリオ・バーズを愛し、心の純潔とこの身の貞節を守ることを誓います」

 ライオット様とアンドゥーラ先生は婚姻の儀、定番の誓いの言葉を、ボーズ様の問いかけに答える形で宣言しました。

「では次に、汝、ライオット・コントリオ・バーズに問う。そなたは、コントリオの姓を闇の精霊シェルドへと捧げ、カランディアの姓を得ることを望むか?」

「はい……闇の精霊シェルドへとコントリオの姓を捧げ、カランディアの姓を賜りたく存じます」

 ライオット様は闇の精霊シェルドに、母親から賜った中間姓を捧げ、アンドゥーラ先生の性、カランディアを賜る事を誓います。
 つまりライオット様はアンドゥーラ先生の家に婿入りするのです。 

「……よろしい。ではいまこのときよりライオット・コントリオ・バーズは、ライオット・バーズ・カランディアとなり、アンドゥーラ・バリオン・カランディアと結ばれることとなる。剣と盾を合わせ祭壇へと奉納なさい」

 ボーズ様は祭壇の脇へと退きました。

 祭壇の前でライオット様とアンドゥーラ先生は向かい合い、アンドゥーラ先生は片膝を突いて胸の前に掲げていた盾を頭の上へと掲げます。
 ライオット様は胸の前で携えていた短剣を両の手で持ち、今度は刃を下に向けます。そしてアンドゥーラ先生の掲げた盾の後ろ、持ち手にある剣を納める隙間へと差し込みました。
 盾に剣が納められたのを確認してから私は立ち上がりました。そして二人で剣が納められた盾を携えて祭壇へと奉納します。

「白竜ブランダル様のご加護を!」

 ボーズ様は祭壇へと向き直ります。そして、お腹の前で両の手を組み、手の親指を額に一度付けるように掲げて元の位置に戻しました。

 それに合わせるように、参列者である私たちも同じ動作をいたします。

「ライオット・バーズ・カランディアとアンドゥーラ・バリオン・カランディアは、これより夫婦となりカランディア家をもり立てて行きなさい」

 最後に、ライオット様とアンドゥーラ先生も祭壇に祈りました。
 ……こうして、ライオット様とアンドゥーラ先生は夫婦となったのです。

 婚礼の儀が行われた神殿には、アンドリウス陛下を始め王家の方々もおられます。
 あの邪竜事変の後に、死を賜ることとなったライオス殿下が、実はライオット様であるという真実を知ったクラウス殿下は涙を滂沱と溢れさせて泣いておりました。
 アンドリウス陛下も瞳に涙を滲ませてライオット様とアンドゥーラ先生を祝福しております。
 さらに第三夫人のアガタ様の姿も見ることができました。彼女は本当に自分のお腹を痛めて産んだ子を慈しむような……そんな優しい微笑みを浮かべて、その瞳に涙を滲ませております。

 あの邪竜事変の後、モーティス公爵を始め彼におもねる貴族たちは、ライオス様の死を当然のこととして陛下に望みました。
 ですが、ライオス様の生存を望んだアンドリウス様は、内々にモーティス公爵と交渉なされたのです。
 第二王子ライオスは確かに死を賜り、この後王家とは関係が無くなる。そして王家とは関係の無い者として、ライオット・コントリオ・バーズ子爵の生存を認めてほしいと……。
 モーティス公爵家はバーズの姓がどのような意味を持っているのか知っておりましたので、黙ってそのような措置を執るわけには行かなかったのです。
 当初、ライオット様の存在も許さぬ強硬さを示していたモーティス公爵ですが、アンドリウス陛下が、ご自身の後王位を継ぐ次代の王に必ずモーティス家より夫人を迎えるという約束を取り交わし、この後ライオット様がご結婚なされ、子が生まれても王家の血筋とは認めないという念書まで交わすことで、なんとかライオット様の生存を認められたのだそうです。

 この決定について、第一王子であるトールズ殿下も第三王子クラウス殿下も快く引き受けたそうです。
 第一王子トールズ様とは、邪竜事変の後に言葉を交わす機会がございました。
 トールズ様は、ライオス様に付いて、『私などよりも、よほど王位を継ぐにふさわしい人間であったものを……』と、死を賜ることとなった第二王子を惜しんでおりました。
 言葉を交わした旦那様と私は、物静かですが、心根の優しいとても芯の強い御方であると感じ入る事となったのです。

 ちなみに、本日この婚姻の儀に参加している王家の方々は、ライオット様の関係者ではなく、王国に多大な貢献を成した、アンドゥーラ先生の関係者として、先生を祝福する為に参加しているのです。
 ……そういう建前でございます。
 そうして、今ひとつ慶事をお伝えしますと、この度法務卿の職を退かれたディクシア伯爵の後任として、ライオット様が新たな法務卿として選任されました。
 四年前と違い、今ではライオス殿下のオルトラントへの深い愛情が知れ渡り、多くの貴族の方にもライオス殿下への同情が深まっております。
 それもあり、ライオット様がライオス殿下本人であるとばれる事を恐れて、モーティス公爵も横やりを入れては来ませんでした。

 婚姻の儀が終わり、アンドゥーラ先生とライオット様を祝福する人々を目にしていた旦那様が、僅かに表情を曇らせている事に私は気が付きました。

「旦那様? いったいどうなされたのですか?」

「こんなめでたい時だというのに俺は、……確かに俺は、君を笑顔にすることができたかも知れない、でも、君が見たという俺のこの世界での前世。結局俺は、その前世の君を笑顔にしてやることはできなかったんだなと……不意に思ってしまったんだ」

 邪な欲望と戦っておられた旦那様を救うため、聖杯の中へと赴いた私が目にしたあの記憶、あれはクルーク様の説明によりますと、生前とても強い想いを抱いた方は、亡くなって生まれ変わったとしても、魂にその想いが焼き付いて、拭い去ることが難しいのだそうです。
 それにしても、二つ前の前世の記憶がそこまで強く旦那様の魂に焼き付いていたことにクルーク様もトルテ先生も驚いておりました。
 私は、この話を旦那様にするべきかどうか悩みました。
 ですが、この先旦那様に隠し事をしたくなかった私は、彼にその話をいたしました。
 私は、僅かに顔を曇らせたままの旦那様に向かって首を振り、そうして、真っ直ぐに旦那様を見つめます。

「旦那様……これはとても傲慢で、自惚れた考えかも知れません。しかし……私は思うのです。あの前世で旦那様を救えなかった私は……その後もしも生まれ変わる機会があったならば……旦那様を幸せにできなかったことを悔い、次こそは旦那様を幸せにしたいと、また私に生まれ変わりたい……そう望んだと思うのです」

 そう言った私を、旦那様は目を見開いて凝視いたしました。
 旦那様の右手が、愛おしそうに私の頬に伸ばされ……そして、左の腕が私の背中を抱いて引き寄せます。
 私の唇に優しく重なった旦那様の唇を感じて、私は今この瞬間の幸せを噛みしめました。
 周りからは、本日の主賓を差し置いて口づけを交わす私たちに対して、呆れを含んだ冷やかしの言葉が掛けられましたが、そのような冷やかしなどまったく気にならないほどに、私と旦那様の想いは強く重なり合ったのです。

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