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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第五章 モブ令嬢と懇親の宴(前)

 褒賞授与式典が終了して、私たちは控えの間へと移動いたしました。

「旦那様は?」

 旦那様は、式典が始まって早い時間にデュルク様によって担ぎ出されてしまいましたが……、グルリと周りを見回しても旦那様の姿は、控えの間には見当たりません。
 こちらで待機しておられると思ったのですが。
 旦那様を探して私が視線を彷徨わせておりましたら、マリーズとアルメリアが私の側へとやってまいります。

「本当に、グラードル卿はどうなさったんでしょう?」

「謁見の間でのあの行いが、あまりに真に迫っていたものだから、陛下におもねった者が誤解して拘束した……なんてことは無いよね? ハハっ……いくらなんでも、それは無いか……」

 アルメリアは、自分の口から出た不安を誤魔化すように、最後に笑い飛ばそうとしました。しかし、そのあり得そうな状況を思い浮かべて、私たちは思わず顔を見合わせてしまいます。
 タラリっ、と私たちの額から一筋の冷や汗が流れ落ちました。
 そのように顔を見合わせて固まっておりましたら、私の斜め後ろに控えていたメアリーが、控えの間より出て行く人並みへと手を指し示します。

「……奥様、旦那様があちらに……」

 メアリーが示した方向へと視線を向けますと、丁度人の波に逆らうようにして旦那様が控えの間へと入ってまいりました。
 …………旦那様?
 部屋へと入ってきた旦那様は、一見無表情のように見えました。ですが私にはどこか何かを思案しているご様子に感じられます。それを示すように、旦那様は近くを通る方々の冷たい視線に気付くこともなくこちらへとやってまいります。
 私たちの側にいたレオパルド様も近付いてくる旦那様に気付いて、彼が近くまでやって来ますとその前に立ちました。
 旦那様が何事かとレオパルド様に視線を向けましたら、彼は旦那様としっかり視線を合わせて、突然彼の手を握り締めました。

「グラードル卿……私は、貴男のような男になりたい。国の為、愛する者のため、己の評価を顧みずにいられるような、そんな男に……」

 レオパルド様の突然の行いに、旦那様は目を丸くいたします。
 控え室からは既に八割方の人が移動しておりますので、私たちの周りに集まっているのは事情を知っている方々ばかりです。ですから彼のこの行いに不審な目を向ける方はおりませんでした。

「貴男は、濁っていた私の目を覚まさせてくれただけでなく、この国に根ざしていた憂いをも払ってくれた。さらに国の危機を打ち払いっ、……なのに……得た評価がこのような結末を迎えるなど……私には……。我が家は、我家は必ず……貴男のその高貴な志を一族に伝え続けると誓います」

 レオパルド様は、途中から涙声で言葉を詰まらせながら、そう仰ってくださいました。

「ウム確かに、公言がはばかられるのであれば、私も、一族にグラードル卿の真意をきっと語り伝えさせましょう」

 レオパルド様の言葉を耳にしたのでしょう、背後からやって来たドルムート様もそのように仰って、レオパルド様と替わるように旦那様の手を握ります。

「グラードル卿。本当によく頑張りましたな。あの憎たらしい様子、とても演技だとは思えなかった。思わず駆け出して行って殴り倒してしまうところでした。いやあ、デュルク殿が素早く動いてくれて助かりました。だがあれで貴男の思惑どおり、他国にはエヴィデンシア家が大きな脅威になり得ないだろうと印象づける事ができたでしょう」

 事情を知っておられるドルムート様が頭にくるほどだと言うのでしたら、確かに旦那様の試みは成功したでしょう。そういえばお祖父様も、怒り顔で旦那様を睨み付けておりました。
 お祖父様には事前に事情を説明しましたから……きっと、大丈夫ですよね?

「あっ……ああ、ありがとうございますドルムート卿。それにレオパルド君も……」

 突然お二人から手を握られ言葉を掛けられた旦那様は、戸惑いがちにそのように仰いますと、私へと視線を向けます。

「ほらほら二人とも、グラードル卿に一番に声を掛けたいと思っていた人がいるのを忘れていないかい。まったく無粋な事だ……」

 アンドゥーラ先生がそう呆れ声を上げました。

「あっ、いや、これは……その、すみませんフローラ様……」

「……すみません」

 先生の言葉を聞いてお二人は、気まずそうに私に頭を下げました。

「さあフローラ。グラードル卿、私たちは先に行くが、遅れないように付いてきなさい。あまり遅れると逆に目立ってしまうからね」

 そう仰いますとアンドゥーラ先生は、特に男性陣を追い立てるようにして、控えの間を出る人の波に続きます。
 サレア様がアンドゥーラ先生の後に続き、アルメリアもマリーズもそのあとに続きます。

「旦那様、何か思案しておられた様子でしたが……、それにどちらへおいでだったのですか?」

 私はそう声を掛けながら、旦那様と背後に控えるメアリーを伴って、皆さんに遅れないように後を追います。
 旦那様は私に視線を向けましたが、やはり判然としない何かを考えておられる表情しておられます。

「やっぱり、フローラには分かったか……」

「他の方には分からないほどの表情の変化ですが、婚姻の儀より既に四月よつき以上一緒に生活しているのですから」

 それに、気をつけて旦那様の事を注視しておかなければ、今回のようにご自分で全てを背負い込んでしまいそうで、私、心配で仕方がないのです。
 そんな私の思いを感じ取られたのでしょうか、旦那様は言葉を続けました。

「……俺たちは、もしかしたら何か勘違いをしていたんだろうか?」

 それは、煩悶の中から漏れ出したような言葉で要領を得ません。

「……こちらで何かあったのですか?」

「そうだね、確かに何かあった。だがこれは……フローラには実際に目にして、そうして考えてほしい。このあと懇親の宴の中で起こることを……君の澄んだ目で見た意見がほしいんだ」

 この控えの間で一体何があったのでしょうか?
 ですがそれは、旦那様をこれほどに困惑させる出来事であったようです。
 それに、このあと懇親の宴の中で何が起こるというのでしょう?
 旦那様は予備知識のない状態で、懇親の宴の中で起こるという出来事を考えてほしいと仰います。
 それにしましても……、見ていて、ということは、既にその起こるという出来事に対して、万全の対応が可能になっているということなのでしょう。
 私は、僅かに不安を感じながらも、真っ直ぐに私を見つめる旦那様に、静かに頷きを返しました。





 懇親の宴が行われる大広間は、宮殿の別棟にありました。
 造りは、天井は高いものの謁見の間ほど複雑な造りではなく、装飾は見事ですが、大きな部屋といった印象です。
 その大広間に私たちが入りますと、私たちとは別の廊下を通ったのでしょう、既にアンドリウス様を始め、各国の使節団や外交官の方々は、広間の奥に陣取っておられました。
 大広間には何カ所かに分かれて丸テーブルが配置されていて、そのテーブルの上には軽食が並べられております。どうやら立食形式の宴のようです。
 宮廷の侍女たちがそのテーブルをまわって、先に入室した方々のグラスに飲み物を注いでおりました。
 褒賞受領者たちは、先に入室した人たちほど入り口に近いテーブルに着いているようで、あとから大広間へと入った私たちは、大広間の中心を彼らの視線を浴びながら、いまだ人の居ない、使節団の方々が近くに立ち並んでいるテーブルへと招かれました。

「では揃ったようだな……。この宴は皆の親睦をはかる為のものである。我も堅苦しいことは言わぬ。皆それぞれに宴を楽しまれよ」

 アンドリウス様は、杯を掲げてそれだけ仰いますと、早々にご自身のテーブルへと戻ってしまいました。
 そうしますとそれを待っていたように、飲食を始める方、同じテーブルで話を始める方々、さらに、テーブルから離れて、近づきになりたい方の所へと足を運ぶ方など、動向は概ねその三つに分かれました。

「初めましてエヴィデンシア夫人。私、金竜騎士団所属のバーモントと申します。あの防衛戦の折には貴女のおかげで命を落とすこと無く、さらに今回褒賞を賜る機会まで頂いた。誠に――貴女には感謝してもしきれません」

「おいバーモント何を抜け駆けしやがる。ああ奥方、私は同じく金竜騎士団のオルティスと申します」

「貴様ら席が近いのをいいことに……フローラ様、私も貴女のおかげで失いかけていた命を救われました。ずっと感謝の言葉を贈りたかったのですが、これまでその機会を頂けませんでした」

 そのように、あの日王都の防衛に死力を尽くしておられた金竜騎士団団員の皆さんが、競い合うように私の元へと押し寄せてまいりました。
 確か、金竜騎士団の方々は全員が褒賞授与式典へと招かれていたはずです。

「貴様ら、エヴィデンシア家当主である俺を差し置いて、先に妻に声を掛けるなど無礼ではないか!」

 自分を無視して私に声を掛ける皆さんに、憤懣やるかたないご様子で旦那様が怒声を上げました。
 このような時に強欲グラードルを演じ続けなければならないさがを背負ってしまった旦那様に対して、ツンッと、また涙が浮かび上がってきてしまいそうです。
 そんな私たちの様子を目にしていた金竜騎士団の方々、この中で年長と思われるオルティスと名乗った方が、僅かにあたりを気にして目配せいたしました。
 すると金竜騎士団の方々は私たちを周りの目から隠すように包み込み、オルティス様は小声で口を開きます。

「ご安心くださいお二方。私たちは全て存じております……グラードル卿。貴男が奥方を強く想うその高潔さに、我らは皆涙いたしました。ですがだからこそ、我らは貴男の想いに沿って動きます」

 そう口早に仰いますと、オルティス様を始め金竜騎士団の方々は、わざとらしいくらいにその目に嘲りの視線を浮かべて旦那様を見やりました。

「おうおう、奥方の功績を盗み取るのだけが巧い伯爵殿か……式典からつまみ出されたものだと思っていたが、居ったのか、臆面もなくこの宴に参加できるとは……愚かさもここまで来ると痛々しいものだな。奥方の気苦労が知れるわ」

 金竜騎士団の方々は、口々に旦那様への蔑みの言葉を吐き出します。

「……何を貴様ら……」

 旦那様は方々から掛けられる雑言に対して、何か言い返さなければと口を開き掛けました。ですが、とても苦しそうに言葉が途切れてしまいます。
 ああ……、皆さんの思いやりに胸が支えてしまったのですね。
 旦那様のお気持ちは、私にもとてもよく分かります。私も、浮かび上がった涙がこぼれ落ちそうになりました。
 それを察したメアリーが、そっと手巾を差し出して私の目元を拭ってくれました。

「貴様ら何をやっておるか! そのように一角に纏まって、他の方々の迷惑であろう!」

 金竜騎士団の団長、ドルムート様がそのように仰りながらこちらへとやってまいりました。
 私は、ドルムート様へとできる限りの謝意を込めて視線を向けました。
 本来でしたら褒められることではないのですが、やはり、この人情味のあふれた方は、旦那様がいわれのない非難を浴びることに我慢がならなかったのでしょう。
 私の視線を、どこか嬉しそうに、ですが何とか惚けようとする様子に、私は泣き笑いのような表情を浮かべていたかも知れません。

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