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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第五章 モブ令嬢と旦那様と法務卿

「それで……わざわざアルベルトを介して面会を求めて来たということは、法務卿としての立場を排しての話がしたいということかな?」

 従僕に案内され書斎へと訪れた私たちを、応接用のソファーへと促してから、オルタンツ様はそう仰いました。
 ディクシア家で開催されたお茶会の折り、ライオット様と初めて顔を合わせることとなったこの書斎は、以前と変わりなく執務室のおもむきの強い部屋でございます。
 私は部屋に入室したとき、執務机の手前にある背の高い椅子に視線が向いてしまいました。本日はあのお茶会の日とは違い、あの日ライオット様が隠れていた椅子は、執務机に正面を向けて置かれておりました。

 先日、アンドゥーラ先生よりライオット様への想いを耳にした翌日、私はアルベルト様より『明日の夜ならば時間が取れる』とのオルタンツ様からの伝言を受けました。
 本日は青竜の水曜日になります。
 オルタンツ様は、背の低いテーブルを挟んだ向こうで、薄い青色の瞳に明晰な光を湛えて、私たちに視線を向けました。

「そのように受け取って頂いているのでしたら話が早く助かります。……私たちは、ライオット卿の……いえ、ライオス殿下の事を伺いたく、参上いたしました」

「ああ……先ほどの奥方の視線はそういう事か……」

 オルタンツ様は、しっかりと私の視線の先を見ておられました……。

「だが、ここのところ君たちは、ライオス殿下とよく顔を合わせていた筈だが……直接本人には聞けない事なのだね?」

 旦那様の表情を窺うオルタンツ様の視線からは、どこか探るような色が漏れ出しているように見えます。

「はい……ですから法務卿という立場を離れたオルタンツ卿に話を伺いたかったのです。ライオス様の過去。そうして王国での本当のお立場がどういったものなのか」

 決意のこもった旦那様の言葉に、オルタンツ様は軽く片眉を上げました。
 静かな水面のような青い瞳、その視線を私たちに向けて彼は暫し考え込みます。

「……王宮での茶会のおり、君たちは殿下が庶子である事は耳にしていたね。実はね、あの時私は驚いていたのだよ。確かに陛下はライオス殿下に己の正体を告げることを許可したが、まさか庶子である事まで告げるとは考えなかった。あの時、あの場所には殿下のその秘密を知る者は多く居たし、近くには君たちしかいなかったから他には聞かれなかったろうが……王家としてはあまり口外したくは無い事柄だろうからね」

 オルタンツ様は一度言葉を切ると、その言葉に聞き入っていた私たちを今一度静かに見つめます。
 確かに、あの時私も驚きました。その驚きはオルタンツ様のものとは違い、庶子であるという事実にでした。

「……殿下は表向き、第三夫人アガタ様の子だと思われている。だが――実際は、王宮に一時期仕えていた侍女から生まれたのだ。年齢的に君たちは知らないと思うが、殿下が第二王子として世に宣布せんぷされたのは八歳の時だった」

 八歳……確かライオット様はボンデス様と同じ歳であった筈。という事は、旦那様が一歳の頃の話ですね。私はまだ生まれても居ない頃の話です。

「公式には身体が弱く、いつ死んでもおかしく無かったので、第二王子誕生の宣布が成されなかったことになっている。しかし実際は、アンドリウス様が手を付けた侍女が王宮を辞した後、懐妊していたことに気付いたものの、彼女は王家に知らせることなく、市井で子を産み育てていたのだ」

「市井で……」

 旦那様はオルタンツ様の言葉を聞いて、深く考え込んだような様子になりました。

「オルタンツ様……今、ライオス殿下は王家に知らされることなく育てられていたとおっしゃいましたが……、何故殿下の存在は知れたのでしょうか?」

 旦那様に代わって口を開いた私の言葉に、オルタンツ様は僅かに苦い表情を浮かべます。

「……うむ。それには事件があったのだ。殿下の存在が宣布される前年、第一王子トールズ殿下が重い病に罹って明日をも知れない状態にまでなった事がある。……その時に、侍女の親族がライオス殿下の存在を王家に注進したのだよ」

 それは……トールズ殿下が身罷られた場合、ライオス殿下が跡を取られることを期待して……という事なのでしょう。
 オルタンツ様が表情に滲ませておられる感情は、注進した親族とやらへのものであるように見受けられます。
 
「……その、ライオス殿下のお母様はどうなさっているのでしょうか?」

「彼女は、第二城壁内のとある街区長の娘だったのだが、あの後、妾として後宮へと入ることとなった。しかし知っているとは思うが、子の養育権は夫人格を持っている女性にしか無い」

 街区長とは、城壁内の土地を一定の広さで区切り、その街区を取り纏める役割を担っている方々で、街区内で起こった問題を代表して法務部などに陳情いたします。城壁外の村長のようなものと考えて頂ければいいのかもしれません。

「つまりライオス様は、お母様から引き離されることとなったのですね……」

「そのとおりだ……しかも、彼女はその二年後には亡くなってしまった。後宮での暮らしになじめず身体を壊してそのままね」

 ライオット様は七歳でお母様から引き離され、さらに九歳でお母様を亡くされているのですか……。
 それにいたしましても、ライオス様が王家に迎え入れられる原因となったトールズ様は今もご健在です。

「……その、申し上げにくいのですが。ライオス殿下の母上が亡くなられたのは本当に身体を壊したからですか?」

 それまで考え込んでいたように思われた旦那様が、視線をオルタンツ様に向けて少し気の引けた感じで口を開きました。

「グラードル卿……君もなかなか口にし辛いことを強いるのだな……」

 オルタンツ様のそのお顔を見れば答えは明らかでした。

「君たちは王太后ビクトリア様のことは知っているね」

「はい。確か昨年末より病に伏せっておられると聞き及んでおります」

「うむ。あの方はライオス殿下の母君に、立場を知らぬ慮外者ととてもキツく当たっていたらしい。あの頃アンドリウス陛下が私に溢したことがある」

 つまりは、身体を壊したことには間違いはありませんが、原因はビクトリア様であったと……。

「ただライオス殿下は、当時はまだ第二夫人であったアガタ様が、真の母のように愛情を注いで接していた。母君が亡くなったときも、殿下よりもアガタ様の方が悲しんでいたほどだった」

 確か現在の第二夫人クリスティーネ様、クラウス殿下の母君はその後王家に嫁いだのでした。
 アガタ様が第三夫人となられたのは、結局陛下との間に子を成すことが叶わなかったからなのかも知れません。

「ビクトリア様は、ライオス殿下のことを下賤の血の混じる王家の汚点だと毛嫌いしていてね。トールズ殿下が助かった後は、宣布が遅れた口実としたライオス殿下の身体の弱さを強調して表舞台に出さないようにしたのだ。しかも、トールズ殿下とも会わせないようにしておられた」

「アンドリウス陛下はそのことに対して何も口を出さなかったのですか」

 旦那様のお顔には明らかに怒りが滲んでおります。今の旦那様にとって、親とはいえ、ご自身の妻や子にそこまでの干渉を許すことなど考えも及ばないことでしょう。
 ですがオルタンツ様には、旦那様が滲ませている怒りの感情が理解し切れているようには見えません。

「後宮は夫人たちの影響力が強い世界だ。あの時分はまだアンドリウス陛下が王位を継承したばかりで、王太后の力はとても大きかった。ノーラ様も気性の強いあの方をおだて、さばいておられたが、あの時分はトールズ殿下の事で一杯一杯であったから他には気が回っておられなかったしな」

 私は古い貴族の家柄の人間ですので、大貴族や王族が子育てを夫人に託して、教育係などにまかせきりにする事があるのは存じております。
 旦那様ご自身も、お義父様より耳にした話では、同じようなものであったはずですが、旦那様の今の意識は、そのような行為を容認はできないでしょう。

「ライオス殿下への教育も、王宮へと教師を招いたトールズ殿下やクラウス殿下と違い、早々にファーラム学園へと押し込んだのだよ。まあ、その点についてはアンドリウス陛下は、王子たちを学園に通わせたいと考えておられたので先例ができたと喜んでいたがね」

「最近の殿下の活躍を見て、ファーラム様がお立場が危ういと危惧しておられましたが……それは?」

 ライオス様の過去の話を聞いた旦那様は、現在の殿下の立場を確認することとしたようです。

「……そうか、君たちは王家と王家に近い上位貴族と繋がりができたが、考えてみると善良な方ばかりとなのだな。ビクトリア様しかり、公爵家の中にもライオス殿下に含みを持つ者は多い。彼らにとってライオス殿下は、万が一トールズ殿下やクラウス殿下の身に何かあったときの為の備えでしかないのだよ。お二人の立場を脅かすようなことになれば、いつどこから刃が突き立てられるか……ライオス殿下はそういう立場であるのだよ」

「しかし、それでは何故ライオス殿下は名を偽ってあのように活動しておられるのですか?」

「ふむ。いま言ったように庶子が王位を継ぐ事はよほどのことがなければあり得ない。だが過去にも同じような庶子の王子がおられた。彼らは例外なく何らかの口実を以て世に晒される事がなかった。ライオス殿下と同じく病弱という理由が最も多かったようだが……。だが時に、その立場を不憫に思った王が、その子に偽りの身分を与えて、ある程度の行動の自由を与えていた。……フローラ嬢。君はバーズという苗字にどれだけ覚えがあるかね?」

 突然オルタンツ様より話を振られました。おそらくは私が、お祖父様やお父様より、貴族家の苗字について教育されていた事を知っているのでしょう。

「……申し訳ございませんオルタンツ様。私、バーズと言う苗字はライオット様とお会いして初めて知りました。もしかして……」

 オルタンツ様は、その冷静な表情に僅かに痛みを滲ませます。

「そう……君がいま考えたとおりだよフローラ嬢。バーズと言う苗字は庶子の王子にのみ与えられるものだ。そして、彼らの記録は死後には抹消され歴史には残らない」

「…………」

 旦那様はオルタンツ様の口より出た事実に、なんとも痛ましそうな表情を浮かべました。
 ですが旦那様は、その事実に対して何かを口にすることなく、私たちはオルタンツ様との話を終えることとなったのでした。

 その後、館へと帰る馬車の中、旦那様は私に向かってこう仰いました。

「フローラ。俺はライオス殿下が、何に絶望して死を望んでいるのか分かったような気がするよ」

「……それは一体?」

 そう聞き返した私に、旦那様は優しくも切なそうな視線を向けます。

「そうか、聡明な君にも、あの話からライオス殿下の心情は理解できなかったか。……そうだね。これまで君は、生きて行くために懸命に奔走していて、承認欲求などというというものに取りつかれる余裕はありもしなかったのだね」

 承認欲求とは、自分の存在を他人に認めてもらいたいという欲求の事ですよね。
 旦那様はどうしてそのような事を言い出したのでしょうか?

「フローラ。人間の欲求にはいくつかの段階があると言われているんだ。そしてその段階も低次欲求と高次欲求という二つに分けられる。低次欲求は命の維持とか衣食住など、外的に充たされたいというもの。高次欲求とは人に認められたいとか、自分の想いを実現したいという内的に充たされたいというものだ」

 そこまで言われて、私は旦那様の言おうとしている事が理解できました。
 確かに、ライオス様は衣食住などには不自由しておられなかったでしょう、ですが旦那様が高次欲求と仰ったものは充たされることはありません。

「……まさか」

 旦那様は瞳に優しい光を宿して私に頷きます。

「そうだ、その存在が抹消される未来を知っているライオット卿。彼はある意味、初めから死んでいるのかも知れない……」

 初めから王宮で育てられたのならば、もしかしたらそのような事は無かったかもしれません。ですが七歳まで市井で育てられたライオス殿下は、既に物心が付いた年齢です。しかもあれほど聡明なライオス様です。そんな少年にとって、存在が消されるかもしれないという事実は一体どれほどの絶望を与えたでしょうか。

「……結局、ライオス殿下が何を望んでいるのかは分からなかったね。ライオス殿下には実現したい何らかの想いがある。だがおそらくそれは、自分が死んだ後に人に託すことができる何かなんだろう。彼はその切っ掛けを作るために死のうとしているんじゃないだろうか? まあ、それでも全てをぶち壊しにしてしまいそうな事をしている理由は分からなかったけどね」

 旦那様は、暗くなってしまった思考を立て直すように、最後の言葉をわざとらしいくらいに惚けた様子で仰います。
 それは決して成功してはおりませんでしたが、私は旦那様に微笑みを返しました。

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