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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第五章 モブ令嬢と幼子のかくれんぼ(後)

「救護室に幽霊が出たってよ。……何でもベッドの上で布団がこんもり盛り上がっていたんだって、生徒が申告無しで勝手に休んでるんじゃないかって、救護教諭が布団を跳ね上げたら……誰もいなかったって……、だけど、誰もいないはずなのに、救護室に『キャァ~~見付かっちゃった! アハハハハハ……』て、声だけが響いたんだってよ……」

「いや違うだろ……俺が聞いたのは、奏楽室で、誰もいないのにロメオが曲を奏でていたって……」

「はあ? 俺は、食堂で仕込みをしていたら、目の前で食材が空中に消えていったって聞いたぞ」

「何を言っているんだ! 俺なんか、目の前で彫像が空を飛んだのを見たんだぞ!」

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「どうしましょうアルメリア。シュクルの痕跡がまるで怪談に……」

「いやあ――私はなんだか頬が緩んできてしまったよ」

 言いながらアルメリアは、笑い出すのを懸命にこらえるようにしております。
 私としましては、この怪談話を耳にして、シュクルが学園へと忍んで来た事が間違いないと分かりましたので、その点はホッといたしました。
 ですがこれは……良いのでしょうか?
 ……とりあえず、シュクルを見つけたら食堂には謝罪に行かなければ!

 いまここで、私と一緒にシュクルを探しているのはアルメリアです。あの後、マリーズとメアリーとは別れてシュクルを探すこととなりました。
 二手に分かれたのは、単純により見つけやすいだろうという考えからです。
 といいますのも、私はシュクルの興味がなんとなくでも分かりますし、魔法も使えます。マリーズはシュクルに自分の隠れ方を教えた、ある意味師匠ですので、あの子が隠れている場所の目処が立つでしょう。
 ただ、大丈夫だとは思うのですが、もしも見つけたときにシュクルが逃げようとした場合、私とマリーズにはシュクルを追いかける素早さが足りません。
 その結果、私はアルメリアを、マリーズはメアリーを伴って探すことにしたのです。
 もちろんメアリーを伴って教室を訪れた学園の職員に、事情を説明して授業を退席する許可は頂いております。
 さすがに、三日連続でアルメリアを、教諭のお小言の前に晒すわけにはまいりません。

「そういえばフローラ。以前グラードル卿と私が拉致された時に、魔法を使って探したって言っていたじゃないか。その魔法で探すことはできないのかい?」

「……実は、シュクルがいま使っている身隠しの魔法は、魔力の痕跡も遮断するのです。ですのであの魔法では痕跡が探れません」

「本当に身隠しの魔法なんだね」

「はい……、ですから魔法で探すのならば別の方法を……」

 アルメリアにそこまで説明したところで、頭の中にひとつのひらめきが浮かびました。

「……魔力の痕跡も遮断…………、いまの私なら……アルメリア! ありがとうございます。見つける方法がありました!」

「フローラ!? 良い方法が浮かんだのかい?」

「はい! 逆にするのです。シュクルが身隠しの魔法を使っているのなら、あの子の周りには魔力の痕跡が感じられ無くなります。人は、多い少ないはございますが皆魔力を持っております。人が移動した場所などにも魔力の痕跡は残っております。だから、逆に魔力の痕跡がない場所を探せば良いのです。以前の私でしたら学園全体の魔力を感知することは無理でしたが、いまならば……」

 シュクルは第一世代の竜種ですので、無尽蔵と言ってよい魔力を保有しております。でなければこれほど長い時間身隠しの魔法を使うことはできません。それに強い魔力によってあの子を包んでいる身隠しの魔法の力は、それなりに大きな空間になっているはずです。それはきっと、不自然に見えるほどの大きさでしょう。
 私は、胸にあるストラディウスをバリオンへと変じて構えました。
 既に休み時間が終わり二時限目が始まっておりますので、廊下には私とアルメリアしかおりませんが、他に人がいたらどのように思われたか……。
 どちらにいたしましても、演奏をはじめれば学園中に音が響くことにはなるのですが、奏楽室の音が漏れ聞こえることもございますし、騒ぎにはならないでしょう……きっと。

 私は探る領域をバリオンの音で満たすため、ストラディウスを奏でます。
 奏でる曲は激しいものではなく、できるだけ緩やかな楽曲を選びました。
「ゲルト海の夕べ」という曲目です、大陸南西にある大陸と細長いローデル島に挟まれたゲルト内海とも呼ばれる。波の穏やかな海峡を思い描いて作曲されたそうです。
 緩やかに、蕩々と……、しかし、想いは強く。
 太い音を緩やかに、そうして、さざ波のごとき高い音……。
 私はトライン辺境伯領での戦闘の折、シュクルの背の上で初めて海というものを目にいたしました。
 旦那様によりますと、この曲で思い描かれている海はあの遠目に見た海よりも穏やかで、あの白い線のように見えた白波も殆ど見られないのだとか。
 私は、目にした海から想像して、曲に描かれているゲルト海を思い浮かべます。
 穏やかな波が漂う海、空は夕焼けに赤く染まり、海面には沈み行く日の光が道を描くように光ります。
 私は目を瞑り、学園という空間に、私の魔力を籠めた音を広げて行きます。
 静かに……緩やかな波が浜に海水を運ぶように……。
 私の頭の中に、様々な魔力が捉えられて、まるで学園の形が模型のように浮かび上がります。
 そうして……私は見つけました。

「………………ありました……ですがこれは?」

「どうしたんだいフローラ?」

「おかしいのです。魔力の感じられない空間は見つけました。……ですが二ヶ所あるのです」

 ……シュクル以外にも何者かが身隠しの魔法を使っている? しかも、大きさはほぼ同じ……シュクルと遜色ない魔法の力です……。
 学園で身隠しの魔法が使えるのは、私とアンドゥーラ先生、あとケルビン教諭も使えるのではないでしょうか?
 ですが、この大きさの空間を包んでいるとなると、申し訳ございませんがケルビン教諭は候補から外れます。
 アンドゥーラ先生が忍んでつまみ食いをするようなことは無いと思いますし……、先生はものぐさですが吝嗇家ではございませんから。

「……アルメリア、二手に分かれましょう」

「……良いのかい? もし逃げられたら」

「大丈夫です。シュクルならきっと逃げないと思うのです。それに、一カ所ずつ調べていたら別の場所に移動してしまうかも知れません。幸い、今はその場所に留まっているようですから……」

 そうして、私とアルメリアはその場で二手に分かれました。



 アルメリアと別れて私が向かったのは、食堂の一角から見渡せる中学舎の裏庭……そのさらに奥に入った場所です。アルメリアが向かったのは、高学舎と軍務部行政館の間にある広場のような場所です。
 そちらにはマリーズたちが向かったので、もし合流できたら一緒にシュクルを探してもらうように頼んでおきました。
 中学舎の裏庭まで来たところで、私も身隠しの魔法を使います。
 もしも、これから向かう先に居るのがシュクルではなかった場合、それは不審者である可能性が高いからです。
 私はさらに、バリオンの弓へと変じたストラディウスを使い、中学舎の裏庭の奥の魔力を探りました。
 ……魔力の反応がございます。
 それも二つ……一つは先ほど学園内の魔力を探ったときに感じたものです。今ひとつは先ほどは感じなかった魔力でした。
 これは、身隠しの魔法を使っていた人間が魔法を解除したのでしょうか? それとも、移動した?
 私は、忍んで足を先に進めます。

「……それは、本当なのですか!? ……そんな……。……ええ、え? ……本当に、そのような事が…………お父様…………、なら、希望が……ええ、ええ分かりました。……そのように」

 そのような声が聞こえてきました。
 ……この声は……メイベル嬢?
 相手はいったい? 私は、大きな木の陰で話しているメイベル嬢の相手を確認しようとしましたが、話が終わってしまったようで、その人は後ろを向いて歩いて行ってしまいました。
 ですが、一瞬だけ見えた横顔……、少し以前とは違っておりましたが、あの方はエルダン様では?
 婚姻の儀の際に顔を合わせただけですが、頭の中に残っていた面影と重なる部分がございました。
 あの方……拉致された旦那様を救出した折りに確認できたのは声だけでしたが、確かにあの場に居たはずです。ですが結局あの時には取り逃してしまいました。
 そしてあの後からエルダン様は姿を眩ませてしまっていたのです。
 ……待ってください、この王都に居て、あのように歩き回っているのに、捜査局にも見つけることができないなんて……まさか、あの方が身隠しの魔法を……。ですが、あの方は魔法使いではないはずでは……。もしかして魔具マギクラフトの類いでしょうか?

「ああ……もしそうならば……、うふふふふふ……お兄様……、もしそうならば誰にも文句は言われません。ええ……ええ、落ち着かなければ……まだ、分からないんですもの……」

 エルダン様らしき男性が去った後、その場に佇んでいたメイベル嬢が、まるで踊りださんばかりに軽い足取りで高学舎へと戻って行きました。
 幸いなことに、去っていった男性は身隠しの魔法を使っていないようで、魔力はまだそう遠くには移動しておりません。
 ……私は、どうしようかと迷いました。ですが、意を決して男性を追いかけます。

 中学舎の裏手をさらに奥に向かうと、そこは裏手を塞ぐように併設された大きな物置部屋でした。
 私は物置部屋に残った男の魔力の残滓を探します。すると、奥に立てかけてある大きな板の下に、なんと大きな穴が空いていたのです。
 私はその穴をくぐりました。するとそこは人一人が何とか通り抜けられるくらいの細い路地のような場所になっていました。
 この場所……、建物の増築によって出来てしまった、不作為の空間のようです。
 その路地を先に進んでゆくと、人通りの少ない本物の路地へと抜けることが出来ました。

 これは……、ここを通れば学園の門を守る衛士に見とがめられることなく学園に出入りできるのでは?
 身隠しの魔法が使えるのなら、わざわざこのような場所を通る必要などないと思うのですが……、魔力が心許なくなったのか、それとも魔具に使用制限があるのでしょうか……。

 大通りへと出た私は、そのまま魔力の痕跡を追います。痕跡は教会を通り過ぎしばらく行ったあと左へと曲がりました。この先……あの男の痕跡は新貴族街へと続いておりました。
 本人の魔力自体は既に確認できなくなっております。それだけ距離が離れたのか、それともまた身隠しの魔法を使ったのか……。
 私はそこまで来て身隠しの魔法を解きました。
 人目が無い場所までやって来たという事もございますが、これまでの魔法の使用で、多くの魔力を消費してしまいましたので、魔力を温存するためです。

 魔力の痕跡の残る道は、先へと進んでゆきますと新興貴族の館が多く建ち並ぶ一角です。ちなみにルブレン家の屋敷もこの先にありますし、レンブラント伯爵邸もこちらの貴族街にあったはずです……。
 エルダン様らしきあの男……あの男がどこに潜んでいるのかだけでも確認した方が良いでしょうか?
 そのように考えながら、私は新貴族街へと続く道へと曲がります。

「……やぁ……助け……あぅ……ムゥ……ウ……」

 すると……なんとその先、三十ルタメートルほど前方で、女性が馬車に押し込められようとしておりました。
 女性を押し込めようとしているのは、黒い布で顔を覆った三人の男です。体格から見ても間違いないでしょう。
 この周辺、この時間の人通りは殆ど無い場所ですが、この方たちはこのような往来で……。

「おい急げ、人が来た!」

 男の一人に気付かれてしまいました……。
 ……今しばらく魔法を解くべきではありませんでした。ですがこのような場面に出くわすなど、考えが及ぶわけがございませんし……しかたございません。

「あなた方、お止めなさい!」

 このまま見過ごしていては、彼女は完全に馬車の中へと押し込められてしまいます。
 目で確認できる状態でしたら、魔法を使うときに巻き込まずに済みます。

「何者だ!? ……なッ……おっ、おい……コイツ……」

「……ああ、本命だ……俺たちは運が良い……」

 何でしょう? 飛び出してしまった私を目にした男たちが目を剥いて私を凝視して居ります。

「貴方たちは何を言っているのですか! おとなしくその女性を解放しなさい! 今解放すれば手荒なまねは致しません!」

 私は、弓状にしたストラディウスで男たちを指し示しました。

「いや……おとなしくするのは貴女の方だノルムの愛し子。……ああ、魔法を使うのは止めておきな。俺のナイフが女の喉を掻き切る方が早い」

 なッ、この方たちはいったい何を!? ……あの女性を攫おうとしていたのではないのですか!?
 女性を馬車の中へ押し込めようとしていた男の一人が、盾のように女性を身体の前へと押し立てて、首筋にナイフを押し当てました。
 どうしたら……、私、男を追う最中、捕縛用の魔法は待機させましたが、この状況では有効な魔法ではありません。男の動きを止められるものでなければ、女性が殺されてしまいます。

「フッ、フローラ様、逃げてください! この方たち、精霊教徒ですキャァッ!」

「黙ってろ小娘!!」

 男は、後ろ手に捻り上げた女性の腕をさらに強く捻りました。その痛みに耐えるように女性が顔を上げます。

「そんな……クラリスさん!? 何で……」

 何で彼女はこのような時間にこんな場所に!?

「エヴィデンシアの屋敷に出入りしていた学生だから人質に使えるかと思ったが、巧い具合に本命がやって来くるとは……。おとなしくこの馬車に乗るんだ。この小娘の命が大事ならな!」

 まさか、この男たちは私を捕らえる人質とするために、クラリスさんを攫おうとしていたのですか!?
 でも、どうして……、先日サレア様が大陸での勢力拡大の為に、精霊教会が私を利用しようとしていると話しておりましたが……、彼らが本当に精霊教の教徒であるのならば、このような事をすれば、私に反感を抱かれると考えないのでしょうか?

「ほら! 早くしろ!! それはワンドだろ、それを地面に落とすんだ!」

 クラリス嬢の首筋にナイフを当てている男以外の二人が、私に近付いて来ます。
 クッ、どうすれば……、これから魔法を構築する時間はありませんし、そのそぶりを見せたら、あの男は本当にクラリス嬢の首にナイフを突き立ててしまいそうです。
 男の殺意は、バレンシオ伯爵のように外に迸るものではありませんが、灰色の瞳に覗く光は温かみが一切感じられず、凍えてしまいそうな冷たい殺意が浮き上がっておりました。
 私は、心の奥底から湧き上がってくる怖気を押さえることができません。
 ……ああ、旦那様……シュクル。
 彼らに囚われる前に、今一度だけ、二人の顔を目にしたいです……。
 私は、迫ってくる男たちの前にストラディウスを手放そうと致しました……。

 その時、「ママをいじめるな~~!!」と、上空からシュクルの声が響きました。

「なッ、何だ!? クッ、……身体がっ……動かな……!?」

 クラリス嬢を捕らえていた男が、驚愕に目を見開きます。
 同時に、ザッ! と何かが地面に降り立った音が響きました。それは、近付いてきた二人の男と私の間です。

「なッ、うわぁッ!」

「グェ!」

 私の方へと近付いてきた二人の男は、突然訳も分からず、目に見えない何者かの攻撃を受けて地に倒れ伏しました。

「フローラ大丈夫か!」

 掛けられた声は太く、そして力強いものでした。
 思わず、瞳に涙が滲みます。

「その声は、旦那様……」

 安堵して漏れた声は、細かく震えてしまっておりました。

「シュクル、もう良いよ。この魔法を解いても」

 旦那様がそう言葉を掛けました。すると、まるで揺らめく陽炎が実態を得たように旦那様とシュクルが姿を現しました。

「旦那様!!」

 旦那様に飛びつくようにして私は抱きつきます。旦那様の、厚く逞しい胸に顔を埋めて……。
 私は己の軽率な行動を恥じ入ってしまいました。
 結果として、このような形に収まったからよかったものの、一つ間違えればクラリス嬢の身を危険に晒し、私も誘拐されるところでした。

「ママ! シュクルも、シュクルも!」

 シュクルが私の腰を抱いて、自分も抱きしめてと催促して来ます。

「フローラ、シュクルを頼む。その間に、俺はこいつらを拘束するから」

 旦那様はそう言うと私から離れて、身体が動かなくなっている男からクラリス嬢を解放いたしました。
 そうして、彼らの馬車を探って縄を見つけると男たち拘束します。
 解放されたクラリス嬢は気丈にも、へたり込むこともなく旦那様に、状況の説明をしていました。
 その間、私はシュクルをしっかりと抱きしめて、彼女と話を致します。

「ママ……ごめんなさい。シュクル、ママとパパと一緒に居たかったの……。でも、隠れてたから……お話できなくて……」

 シュクルの声は、少し涙声になっておりました。

「……ああ、それで退屈になってしまって、学園の中を歩き回ってたの?」

「うん……。パパに叱られたの。きっとママは物凄く心配してるって……マリーズお姉ちゃんやアルメリアお姉ちゃんも、メアリーお姉ちゃんも、シュクルが隠れて学園に来たから、皆とっても心配したんだよって……ごめんなさいママ」

「ええ、誰にも言わないで隠れて付いてきたことはいけない事よシュクル。だけど、ありがとう。シュクルのおかげでクラリスさんも私も、あの男たちに攫われないですんだわ」

 私は愛おしいシュクルを、もう一度しっかりと抱きしめました。
 こうして、私たちとシュクルの奇妙なかくれんぼは、様々な事態を裏に抱えて終了したのです。

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