モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第四章 モブ令嬢とクルークの試練(一)

「レオパルド様とアンドルクの方々は、守りの魔法をかけ直す間、盾で防いでくださいまし! リュートさんは隙があったら攻撃をお願いします! マリーズは私から離れないで。メアリーとリラさんは回り込まれないように!」

 私たちは前方の十字路から、突然湧き出すように現れた影のように黒い三頭の犬と戦いになりました。
 折しも守りの魔法が切れる寸前の事でした。
 この黒犬はおそらく黒妖犬シルダ・バウという、闇の精霊シェルドの眷属精霊でしょう。
 姿形は、猟犬のように精悍で力強いものです。ただし顔は凶悪な形相で瞳が暗い虚のようで、その瞳に視線を合わせてしまうと、闇の中へと吸い込まれてしまいそうな心持ちになってしまいます。
 私は守りの魔法を掛け直すと、通常の攻撃では傷を与えられない精霊への攻撃手段を、前衛の方々に授けます。

「光の精霊王リヒタルよ、御身の力を闇を切り裂きし刀へと宿らせたまえ!」

 私は前衛のレオパルドさんやアンドルクの方々、そして攻撃をお願いしたリュートさんの剣に、光の精霊王リヒタルの力を付与しました。
 リュートさんたちの剣の刀身に光が灯ります。
 それを確認したリュートさんが、盾で黒妖犬を牽制しているレオパルドさんたちと連携して、一頭また一頭と切り伏せて行きます。
 リュートさんの攻撃はレオパルドさんたちとは違い、野生の動物を仕留めることを前提に練り上げられているらしく、変則的な動きをする黒妖犬にも十分に通用するものでした。
 最後の一頭を仕留めましたが、まだあの十字路から黒妖犬が現れるのではないかと、しばらくのあいだ気を緩められません。
 おそらく数分であった戦いは、当事者である私たちにはとても長く感じられるものでした。
 この迷宮に入ってより、戦闘はこれで四度目ですが、肉体よりも精神的な疲弊に注意しなければならないかも知れません。

 私たち……おそらく皆さんの頭の中にも、ライオット様とアンドゥーラ先生より掛けられた言葉が響いていることでしょう。

『銀竜王クルーク様は、思いのほか意地悪だ……』

 私たちはその言葉を噛みしめます。
 ヲルドと名乗る賊を捕らえた後、ライオット様を始め、クラウス様たちとも別れた後、私たちの旅程は大きな障害もなく、トライン辺境伯領へとたどり着くことが叶いました。
 ですが、トライン辺境伯領に近付きますと、縁戚を頼る方々でしょうか、街道を他領へと向かう人々や馬車とすれ違いました。それが戦火の影を私たちに感じさせて、否応もなく心の底に暗い澱のようなものが溜まっていったのです。
 山脈の裾野、小さな山を越えた領境を区切る砦では、アンドゥーラ先生がファーラム様より頂いた証文が力を発揮して、私たちはトライン辺境伯領内へと入ることが叶いました。
 その後、砦で馬を調達したアルメリアは、私たちと別れて領の主都タルブへと向かいました。

『ここまで来れば、タルブは馬で半日も掛からない。先ほど聞いた話では、戦線はまだまだ近付いていないようだから、家を確認してくるよ。……どちらにしても私は、戦争には参加できないだろうから、家族の無事を確認したら、フローラ。君の手伝いをする為に戻るからね』

 彼女は別れ際にそのように言って行きました。
 クルークの試練が口を開けたのは、砦から山際を一時間ほど東へと進んだところでございました。
 ミスリルという希少金属が採取できる鉱山の一角に、突然口を開けたのだとか。
 クルークの試練で口を開ける迷宮、それを判断するのは簡単です。
 何故ならば迷宮の入り口には、神殿のように彫刻の施された石門が張り付いており、その石門には必ず、銀竜王クルーク様を示す紋が刻まれているのです。

「まさかこのようなことになるとは……」

 アンドゥーラ先生が石門の向こうで、悔しそうに仰いました。
 先生の手がドンドンと見えない壁を叩きます。

「私には、今回のクルークの試練を受ける資格が無いということか……」

「先生!」

 クルークの試練の石門をくぐった私は、取り残されてしまった先生のところへと戻ろうといたしました。
 ですが……ドンッと、私も見えない壁に当たります。

「馬鹿な! 前回の試練にこのような罠は無かった。攻略者を閉じ込めるなど……いや、待て、これまでに調査に入った者たちは出てきている。……どう言う事だ?」

「どうなさったのですかお二人とも?」

 好奇心一杯に、リュートさんを伴って真っ先に石門をくぐったマリーズが戻ってまいりました。
 彼女は、私の横を通り過ぎてコクリと首を傾げます。

「これは……!? ……君たち一人ずつこの石門を行き来してみてくれないか?」

 アンドゥーラ先生は、マリーズと一緒に戻ってきたリュートさんやレオパルドさんたち、そして、幌馬車から荷物を下ろしていたメアリーやミームさん、そしてアンドルクの方々に声を掛けます。
 その結果、この石門から中に入れないのはアンドゥーラ先生とミームさん、そして、中から外へと出られないのは、私とリュートさんでした。

「フム、これは……、どうやら銀竜王クルーク様は、君たち二人を試練達成まで、ここから出すつもりがないようだね……」

 先生は左の手で右の肘を支えて、顎の下に握り込んだ右手を当てて考え込みます。

「いいかいフローラ、リュート。ここまでの道中でも少し話したが、クルークの試練を達成するのならば、余計な力を使ったり、寄り道はしないで一気に守護者の元までたどり着かないといけない。いまここにある食糧は、この人数では十日分ほどだろう。……四日だ、四日で守護者の元までたどり着けなかったら、必ずここに戻ってきなさい。私たちはその間に食糧の補充と、他にもクルークの試練に臨む人間を見つけておく」

 思わぬ事態に、アンドゥーラ先生が珍しく余裕を失っているように見えます。薄紫の瞳には憂いの光が揺蕩っていました。

「ライオットの言葉ではないが、銀竜王クルーク様は思いのほか意地悪だからね。彼奴には悔しいから言わないが、前回のクルークの試練……あの守護者との戦いは……奴が気付いたカラクリを解かずに守護者を倒してしまったら、きっと何か不味い事になっていたのだ。だから今一度言うよ。銀竜王クルーク様は思いのほか意地悪だ……それだけは十分に心の内に留めておくのだよ」

 アンドゥーラ先生は私とリュートさんに念を押しました。
 しかし先生、悔しいから言わないというのは、いささか子供じみておりませんか? ライオット様の心情は存じませんが、先生にはライオット様との間に、決して相容れない決定的な亀裂があるように感じられます。
 私たちはその後、十分に準備を整えてから、アンドゥーラ先生とミームさんをその場に残してクルークの試練に臨むこととなったのです。

 このように迷宮に閉じ込められた事は、私にとってクルークの試練攻略の絶好の言い訳となりました。しかし同時に、攻略するまで迷宮の外に出て休むことができず。さらにはクルークの試練達成者である、アンドゥーラ先生という心強い保護者の力を借りることは叶いません。
 これもまた、一つの試練なのでしょうか。

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