モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第四章 モブ令嬢と追跡者たち

「合流できて良かったですわ」

 私の前でそのように言ったのはマリーズです。

「しかし……何故マリーズが? それにリュートさんにアルメリアたちまで……」

 いま、私とアンドゥーラ先生の前には、マリーズだけでなく、なんとレガリア様以外の貴宿館の住人がいます。
 皆でアンドゥーラ先生が手配した幌馬車の中に集まって、トライン辺境伯領へと街道を前進しながら話を聞いているのです。
 アンドルクの方々は、メアリー以外は御者台に移動したり、マリーズの馬車の御者を代わりに務めたりしております。 

「私はリュートさんを見守るようにと、白竜王ブランダル様より神託を受け、彼の供としてやって参りました。ですので、フローラを追って来たわけは――リュートさん、お願いいたしますね」

 そう言いながらマリーズは、視線を私からリュートさんへと向けます。
 そのように促されますと、リュートさんは、珍しくいつものどこか暢気な雰囲気を消して、真面目な表情をいたしました。

「フローラさん。先ずお礼をさせてください。婆ちゃんから聞きました……グラードル卿とフローラさんのおかげで、父さんと母さんの死の真相が分かったんだって。そして、その元凶であった人も……お二人のおかげで討たれたって……本当にありがとうございました」

 そう言葉を紡ぐリュートさんは、僅かに瞳を潤ませて笑います。

「それでバッチャンに言われたんです。フローラさんがアンドゥーラ先生と、クルークの試練として口を開けた迷宮の調査をするようだから、力になるようにって。ボク、白竜山脈で狩りをしたり、幼竜と遊んだりしてたから――魔物との戦いなら少しは力になれると思うんです」

 彼は、いつもの彼らしい朗らかな笑みを浮かべました。
 私は旦那様が仰っていた言葉を思い出しました。
 我が家……もしかしたら私が、旦那様の知る物語、その中にあった全ての謎を繋ぐ存在キーパーソンなのではないかと……。お祖父様が法務卿の職を辞したあの事件、それは旦那様の予想しておられたとおり、リュートさんへと繋がっておりました。
 彼は、お祖父様の時には間に合わなかった証拠を、三十年の時を経て、記憶という形で届けてくれたのです。
 そして、その事件が一つの解決を見たいま、今度は旦那様を助ける為の力となってくださるというのです。
 そういえば旦那様は、こうも仰っておりました。
 リュートさんは、こののんびりとしたご様子で誤魔化されますけれど、とてもお強いのだと。
 私も、専攻学部を決める期間に、彼とレオパルド様が、修練場で互角に戦っておられたのを見た記憶がございます。

「リュートさん……、私たちは自分たちに降りかかる火の粉を、必死に振り払っていたに過ぎません。そのように恩に着られては、却って申し訳なく思います。……ですが、お力を貸していただけることは誠に有り難く……」

「おやおや、フローラは感極まってしまったようだね。……師もなかなか粋なことをする。ところでアルメリア嬢、君は?」

 言葉に詰まってしまった私の代わりに、アンドゥーラ先生が話を進めます。
 確かにリュートさんのお心に、心揺さぶられたことは確かですが、実は私、別のことに思い至って言葉が途切れてしまったのです。
 それは、以前からずっと心に引っかかっていた疑問の答えです。
 リュートさんが我家へと訪れた後、マリーズがやってくるまでの期間があまりにも短く、しかも彼女たちはまっすぐに我家へとやってまいりました。
 アンドゥーラ先生が、リュートさんを貴宿館へと入居させることを決めた日から九日ほどでした。
 どう考えても彼女たちはその前にマーリンエルト公国を出発していたはずなのです。
 よしんばリュートさんが学園入学のためにオーラスへとやってくることは、白竜王様からの神託があったのかも知れませんが、何故あそこまで我家の内情を知っておられたのか? それがずっと謎でした。
 今ならば分かります。リュートさんが貴宿館に入居した翌日、私はブラダナ様と初めてお会いいたしました。
 ブラダナ様が我家について調べたことが、白竜王様経由でマリーズにもたらされていたのですね。
 今回の件も、ブラダナ様があの謁見のおりに知り得た話と、我家での夕食のおりに聞き得た話から白竜王様がマリーズへと神託を与えたと考えれば話の筋が通るのです。
 私が、そのようなことを考えている間に、アルメリアが二人と共にやってきたわけを話しはじめておりました。

「昨日、軍務学部の学生にも、トライン辺境伯領が新政トーゴ王国より侵攻されたとの情報が入りました。トライン辺境伯領は私の故郷です。父も弟たちもおります。……私は騎士就学生として今回の派兵への従軍を申し出たのですが、いまだ成人していない私を従軍させることは出来ないと……却下されてしまいました。一度は諦めようとしたのです……しかし、家族が心配で寝付けずにいたところ、リュート君とマリーズがトライン辺境伯領に向かったフローラを追いかけると言う話を耳にしました。それで二人に懇願して同行させてもらったのです」

 アルメリアはいつもの凜々しい感じではなく、目に僅かに隈が浮いていて、憔悴しているように見えました。
 私は、マリーズの馬車からアルメリアが降りてきたときに、おおよその見当が付きましたが……やはりそうでしたか。

「それで、クラウス殿下とレオパルド騎士就学生は? いくら近衛が守っているとは言え、王都を出てくるとは不用心ではないかね」

「いや、我もここまで追って来るつもりではなかったのだが、……マリーズ殿の馬車が逃げるのを追ううちに、御者を務めていた者が興に入ってしまったようでな。……我は、明け方にマリーズ殿とリュートが連れ立って出かけたのを目にしたので、……その、理由が知りたかったのだ」

「私は、クラウス殿下の護衛でもありますから、その……供としてまいりました」

 ……はあ。
 お二人の理由は、前の三人と比べると……その、この場合、なんと申し上げたら良いのでしょうか? 

「君たちは、なんとも暢気だね……」

 アンドゥーラ先生が、あきれ顔で率直に言ってしまいます。
 そう言われたクラウス殿下は、怒るでもなく、恥ずかしげな表情になりました。

「うむ……皆の話を聞いて、我も己の行動の軽率さを噛みしめているところだ。だが、あのように明け方にドタバタとして出かければ、気になるであろう……」

 殿下のその言葉を聞いて、私は一つの心配事が頭をかすめて口を開きます。

「皆様、学園への届け出はどうなさったのですか?」

 私はアンドゥーラ先生の助手として課外授業扱いになっておりますが、皆様どうなされたのでしょうか?

「私は、一度神殿に参りましたので、神殿より学園に届け出ていただく事になっております」

「ボクは、婆ちゃんが連絡してくれるそうです」

「私は……マリーズにお願いして、神殿の方に休学願いを届けていただくことにしたんだ」

「我と、レオパルドは、本日は休むとレガリアに届け出てもらう事になっている」

 なんと、皆様その辺りは用意周到でございました。

「殿下! 怪しげな騎馬の集団が追ってまいります! あの装いは狩人や商人とも思えません。野盗の類いのようです!」

 私たちの馬車の後方にいるクラウス殿下の馬車から、焦燥感の滲む声が上がりました。
 その声は、殿下の護衛としてやってきた近衛騎士の方から上がったものです。

「二十? いやそれ以上居るようです!」

 彼らの言葉を受け、皆様が緊張した面持ちになりました。

「私たちが守りますので、皆様は先にお進みください!!」

 近衛騎士の方々はそう仰いますが、護衛の近衛騎士は二名です。
 とても守り切れる人数ではございません。それは、アンドルクの方々が加勢しても変わらないでしょう。

「君たちの献身には敬意を表するがね、あの数では回り込まれるよ。丁度いいことに、すぐ先から両脇が林になっている。あそこで迎え撃とう。あそこならば簡単に回り込めまい」

 アンドゥーラ先生は拡声の魔法の範囲に、クラウス様とマリーズの馬車をおさめてそのように仰いました。
 確かに先生の仰るとおりでしょう。こちらには剣士として戦える方が九名。そしてアンドゥーラ先生と私、魔法を使える人間が二人もいるのです。

「しかし! 殿下の身に万が一のことでもあれば!」

「見たところ奴らは弓を持っているが、この距離まで近付いていまだに射掛けてこない。ということは、彼らは我々の身柄を傷つける気が無いのだろう。あの人数で攻めかかってくるならば、おそらくは拘束が目的だろうね。つまり彼らは、ここに居る人間がどのような人物か知っているのだ。おそらくは、殿下か聖女……それとも両方か? まあ、彼らは一つ間違えた。この馬車に魔導師が二人も乗っているのに、魔法を使う時間を十分に与えてしまったということだ」

 先生の言葉は張り上げるようなものでは無く、淡々としておりますが、その言葉は力強く響きました。
 アンドゥーラ先生の言葉に、近衛騎士の方々も平静を取り戻したご様子です。

「分かりました! 馬車を盾に殿下と女性陣はできるだけ影に隠れていてください! アンドゥーラ卿、守りはお任せして大丈夫ですね!」

「任せたまえ。制圧の準備もしておくから、彼奴らの目的を聞き出してくれたまえ」

 そうして、私たちは林を両脇にして馬車を街道に斜めにして止め、彼らを迎え撃つ準備を開始いたしました。

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