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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第四章 モブ令嬢と旦那様と謁見の時(後)

 密談の為に設けられた部屋は明かり取りの窓もなく、いまだ明るい時間であるのに、ゆらめきのない魔具マギクラフトの明かりが室内を照らしております。
 ブランダル様もアンドリウス陛下も、そしてアンドゥーラ先生も、次に旦那様の口から吐き出される言葉を待っておりました。

「……私はそのゲームという物語の中の話から、リュート君の母親が、人に化身することができる第一世代の竜種であることを知っていたのです。……ですが、リュート君の父親が、三〇年前に証拠を手にしたまま失踪した人物である事は、これまでの経緯から予想の内には入れておりましたが、確信はありませんでした」

 旦那様のその言葉を受けて、陛下が口を開きます。

「あの騎士――リューゼスという名だそうだが、三十年前、あの裁判の日まで王都近郊のブラスティア渓谷に隠れておったらしい。当日に証拠でもあるリュートの母親……まあ当時はまだそうではないが。人に化身した状態で捕らえられ、力を封じられた彼女を伴って駆けつける手筈であったそうだ。あの記憶を法務部で解析した結果。その途中でバレンシオの手の者に襲われ、崖から落ちた事が分かった。その後助かったが、リューゼスは記憶を失ってしまったらしい」

 僅かに目を伏せて話を聞いておられたブランダル様が、陛下の言葉を引き継ぐように、静かに口を開きました。

「フラーナは……とても好奇心の強い娘で、当時はまだ少女のようなものだった。人に強い興味があって白竜山脈を抜け出しては、化身して人の街へと紛れ込んでおった。そこで邪なものに捕らわれたのだ。ある日いつものようにいなくなったと思っておったら、しばらくして傷だらけの男を伴って帰ってきた。自身も傷だらけであったが崖に落ちたときに封じられた力を取り戻したのであろう、帰ってきたときには竜の姿であった」

 ブランダル様は淡々と、過去を思い出すようにして話を続けます。

「フラーナは、連れてきた男を献身的に面倒を見ておった。男はアンドリウスが言ったように記憶を失っておったが、フラーナもあの時はまだ意識が子供であり、人に捕らわれ、それをその男に救い出された事くらいしか分からなかったのだ。よほど狼狽していたのか襲われた場所すらはっきりせずにおってな、私も怒りにまかせて辺りを蹂躙するわけにも行かなかった」

 第一世代の竜種は長い幼少期を経て後、成体になるときに急速に意識も成長すると聞き及んでおります。
 それにしましてもブランダル様が蹂躙などと恐ろしい事を仰いました。当時はそれほどお怒りだったということでしょう。おそらくブランダル様が怒りにまかせて暴れでもしたら、王都ですらあっという間に灰燼と化してしまっていたでしょう。

「その後一〇年ほどしてフラーナは、人間となりリューゼスと結ばれる道を選んだ。おぬしたちは知っておるか? 第一世代竜種は人に化身できるが、人との間に子は成せぬ。子を成すには本当に人間となるしかないのだ。人となれば二度と竜には戻れぬ。それを承知でフラーナはリューゼスと結ばれ、子を、リュートを成した。私は、子を成したフラーナたちをこのブラダナに託したのだ」

「……やはりそうでしたか。確認したいのですが、第一世代の竜種が人間になるときに、逆鱗は抜け落ちるのでしょうか?」

 ブラダナ様が語り終えますと、旦那様はご自身が考察なされていた事柄が氷解なされたようなお顔をなされましたが、さらに疑問を口にしました。

「うむそうだ。化身した竜種との見分けは逆鱗の有る無しで分かる。親子三人は、その逆鱗を守りとして持っておった。だが十一年前、何者かに襲撃されてフラーナとリューゼスは殺されてしまった。リュートはたまたま遊びに出ておったので助かったのだ。おそらくは執念深く消息を探っておったバレンシオとやらの手の者の所業であったのだろう……。その後はおぬしたちも知っておるとおり、リュートはブラダナの館で育てられた。……おぬしが考えた、逆鱗の記憶を探るという方法にもっと早く気付いておれば……おそらくフラーナもリューゼスも死ぬこともなく、バレンシオとやらにも、もっと早く罰を与えることができたかも知れぬ」

 ブランダル様の言葉を、旦那様は吟味するように聞いておられます。

「ブランダル様の言葉はありがたいものです……しかしあの記憶の中に、実行犯の姿はありましたが、それからバレンシオ伯爵との繋がりを証明するものは無かったように思います。結局の所、私が、ゲームの記憶を持ったいまの私になったことで、初めてすれ違っていた証拠がバレンシオ伯爵へと繋がったと思うのです」

 旦那様は、ブランダル様が憑依しているブラダナ様の視線を真っ直ぐに捉えて仰いました。
 私もそのように思います。旦那様が私の意見を入れて貴宿館を運営したことで、リュートさんが我が家に訪れ、私が学園を辞めなかったことでブラダナ様との縁を得ました。
 そして、ディクシア法務卿から続くライオット様との縁もまた、貴宿館に関係して得られたものです。
 旦那様がいまの旦那様になられたことによって、バレンシオ伯爵の罪を暴く証拠へと続く手がかり……散り散りとなっていた手がかりを、一つに纏め上げたのではないでしょうか。

 ただ惜しむらくは、もっと横の繋がりがあったならば、ということでしょう。
 いまになってもしもの話をしても仕方はございません。しかし逆鱗の記憶の再生がなったときに、法務部と共にその記憶を精査していれば……リュートさんのご両親の秘密と、殺害の実行犯は知れたはずです。
 そうすれば、バレンシオ伯爵が抱えていたヲルドという組織から辿って、バレンシオ伯爵を捕らえることができたのではないでしょうか。
 しかし旦那様も私も、旦那様の抱える秘密を漏らさないように、必要以上に神経質になっていたかも知れません。
 私がそのようなことを考えている間に、陛下が旦那様の言葉を受けて口を開きました。

「……うむ、モルディオめはまことに慎重な男であった。茶会であのような仕儀に及ぶかは、我は疑問であった。しかしレンブラント伯爵からの注進も、彼奴を完全に排除するに足る、決定的な証拠にはならなかったのだ。それもあり、オルタンツやライオスたち、法務部から提案を受けた、申し開きのできない状況で彼奴を捕らえる以外に道が無くなってしまった。ライオスとレンブラントから、『いまの狂ったようなモルディオとローデリヒならば、必ず事を起こす』と、そう説得されてな……。であるから我は承服したのだ。神殿へもブラダナにも事前に話を通してな。だがまさか、ローデリヒがあのようなモノを手に入れていようとは……あれさえ無ければ、おぬしたちを守る手立ては万全であったはずなのだ」

「あの場にいた私もサレアも、あのときローデリヒに気を取られてバレンシオ伯爵から目を離してしまった。そのせいでフローラの身を危険にさらして、グラードル卿が毒を受ける結果となってしまったのだよ」

 アンドゥーラ先生は、ご自身の失態を思いだしておられるのか、普段は人に見せることの無い悔いを含んだ表情をしておりました。しかし、そのうちに何かを思い出したのか、その表情に苛立ちが浮かびます。

「それにしても……はじめからライオットの計画であったと知っていれば。私が考え得る限りの防御を、君たちに施しておいたというのに……奴が関わって、事が綺麗に片付くわけが無いのだ」

「………………」

 旦那様はどこか呆れたように半笑いを浮かべておられます。

「だがあの裁判をしたおかげで、貴族院の中に、どれだけバレンシオから鼻薬を効かされておった者がいたか――それも当たりが付いたのだ。オルタンツやライオスは、いまそやつらを探るのに懸命になっておる」

 陛下は、我が子を擁護したわけではないでしょうが、そのように仰いました。
 ここのところ、ライオット様をお見かけすることがありませんでしたが、そのような事情があったのですね。
 それにしましても、やはりあの茶番はアンドリウス陛下以上に、法務部――ライオット様の意向が大きく反映されていたのですね。 
 ……私、アンドゥーラ先生がライオット様に向ける思いに、少し共感できるような気がしてきてしまいました。
 旦那様の能力を評価してくださったと言えば聞こえは良いかもしれませんが、私たちは完全にあの席に囮として配されたわけですから。

 私がそのように考えておりましたら、旦那様は今一度居住まいを正して、話を変えますというような雰囲気を創り出しました。そして真剣な面持ちでアンドリウス陛下に視線を向けます。

「……陛下。茶会の折りに約束した、あのローデリヒの件ですが……この国――いえ、王都オーラスに、簒奪教団の工作員が入り込んでいると思われます」

 その言葉に、アンドリウス陛下は目を剥いて、テーブルの上に手を付き前のめりになりました。

「なに! 簒奪教団だと!! 五百年前の黒竜戦争を引き起こした、あの簒奪教団か!?」

「……その簒奪教団です」

 陛下のその勢いに、旦那様の身体が後ろに引き気味になります。
 そんな旦那様を、陛下は鋭い眼光で睨むように見つめました。

「何故そのような事を知っておる?」

「先ほど話したゲームという物語の話ですが、その話の中の私は邪杯の欠片を使う前に、『簒奪教団が力を貸してくれた』と、そう言っていたのです」

「おぬしはその簒奪教団の工作員に心当たりがあるのか?」

「いいえ。その物語はリュート君が主人公なのです。ですからあの私が、どのように簒奪教団の人間と繋がったのかは分かりません。ゲームの中でも簒奪教団の名は、あの私の口から出ただけなのです。だからこそ私は、今回陛下と話をするにあたって、私が絶対に簒奪教団の人間でないと確信できるブラダナ様とアンドゥーラ卿にご同席頂いたのです」

「……なるほど。この結界もおぬしの警戒の表れというわけか……」

 旦那様は静かに頷きました。しかし、不意に旦那様は何かを思い出したように口を開きます。

「そういえば……ローデリヒが呑み込んだあの邪杯の欠片ですが、回収なされたのですよね?」

 旦那様のその問いに、陛下は意味が分からないというような表情をいたします。

「……どういうことだ!? 彼奴が滅んだ後、あの場には焼け焦げた痕以外には何も無かったぞ……」

 陛下の言葉に、今度は旦那様が前屈みになり陛下と顔をつきあわせます。

「なッ……そんな馬鹿な! 邪杯の欠片は残ったはずです。私の知るゲームの中では私が滅んだ後、回収されて神殿にて封印されました。……ということは、あの場から欠片を持ち去った人間がいた事になります。まさか!? 簒奪教団の人間があの会場の中に……」

 旦那様も、アンドリウス陛下も、深刻なお顔で考え込みます。
 ブランダル様もアンドゥーラ先生も真剣な面持ちで聞き入っておられました。

「……確かにな。あのような事態を引き起こしたモノを好奇心で持ち去る者もおるまい……。王都に――それもあの日、王宮に出入りできた人間の中に、簒奪教団に関係する者がおったかも知れぬということか。……これは、あの日王宮におったものを調べ直さねばならぬな」

 陛下が腕を組んで考え込みます。
 するとブランダル様が、旦那様に問いました。

「グラードルよ、私に聞かせたかった話とは、その邪杯の欠片のことか?」

「はい、そのとおりです。今回は邪竜になる前に収めることができましたが、ゲームでは、私は邪竜へと成り果てて、王都を荒らし、黒竜王様を除く六大竜王様とも戦うこととなります。しかし邪竜と化した私を滅ぼす寸前まで追い込みながら、六大竜王様も瀕死となり止めをさせませんでした。そんな中、竜と人間の間に生まれたリュート君が、青年期にただ一度だけ選択できるという、人として生きるか竜として生きるかという性分化の力を使い、竜となって邪竜を滅ぼしたのです」

「それでは……リュートは、これまで歩んできた人としての生を捨てて、国を救う為に竜として生きる道を選んだというのか……」

 ブランダル様、おそらくはブラダナ様も同じ思いでしょう、それはお辛そうに表情を歪めます。
 それまで生きてきた世界とは、まったくその在りようが違う存在へとなるのですから。

「心配なさらないでください。リュート君は、その、それまでに誰かと心を結んでいれば、あの、理屈は分かりませんが、愛……の力で人間へと戻る事ができますので……」

 旦那様が、なんとも恥ずかしそうにそう仰いました。
 私、愛の力で人へと戻れるというのは、とても素敵なことだと思うのですけれど、旦那様はこの話をするときには、いつも恥ずかしそうなご様子になります。

「なるほど……おぬしの言うとおりだとすれば、邪杯の欠片が紛失した以上、まだそのような事態が起こる可能性があるということだな。確かに、ならばブランダル様に話を聞いてもらいたいというのはもっともな話だ。で、話はそれだけなのか?」

「いえ、まだございます。実は、ゲームではその前に大きな出来事イベントが二つほど起こる可能性がございます」

「それはいったい……」

 陛下のお顔には、『まだあるのか』という少しげんなりした雰囲気が浮かんだ気がいたします。

「ゲームでは、リュート君が結ばれる相手によって場所が変わりますが、王国のどこかにクルークの試練が口を開けます。候補は何カ所かに絞られますが、現状ですとこれがどうなるかは分かりません。リュート君が現在誰かと付き合っている様子もありませんので、もしかすると発生しないかも知れません。そしてこれは、ゲーム中では発生条件が分かりませんでしたが、新政トーゴ王国がトライン辺境伯領へ大々的な侵攻を開始する可能性がございます」

「なんと、クルークの試練に新政トーゴ王国の侵攻だと……それに邪竜の復活か……それが、これから四月よつきの間に起こるかも知れぬと言うのか」

 アンドリウス陛下の表情は、いまにも頭を抱えてうめき出しそうなほどに青く染まってしまっております。

「……正直申しまして、私がいまの私になったことで、様々な出来事イベントが起こる時間が早まっている感じがいたします。ですから事態が起こる前に、早急に備えて頂きたいのです」

 旦那様がそう言うのと同時に、ダンダンダンと部屋の扉が打たれました。

「陛下! 大変です!! トライン辺境伯領にクルークの試練が口を開けました!!」

「馬鹿な!? いくら何でも早すぎる!!」

 旦那様は我知らず席から立ち上がってそう叫びました。
 私も、余りの事態に、心の内で恐慌に陥っておりました。クルーク様……できるだけ早く。とは私も考えておりましたが、いくら何でも早すぎませんか。私の準備はまだ整っておりません。……ですが、それが試練ということでしょうか。

「なるほど……フローラ、君が戦闘訓練などと言いだしたのは、これがあることを知っていたからか。円環山脈の中にいる魔物モンスターには、強力な毒消の魔法薬に使える素材となるモノがいる。君はそれを手に入れるつもりだったのだね。図書室でも、クルークの試練について調べていたようだから気になっていたんだよ」

 アンドゥーラ先生が、小声で私に耳打ちいたします。
 それは、先生の勘違いなのですが、本当のことを言うわけにはいかない私は、静かに頷きました。
 先生の勘違いに便乗してしまいました。……申し訳ございません。

「グラードルよ、話はこれだけか? ならばアンドゥーラ、結界を解くのだ。我はさっそく行動せねばならぬようだ。クルークの試練がトライン辺境伯領に現れたとなれば、それこそそれを目当てに、新政トーゴ王国が侵攻を開始せぬとも限らん」

 陛下がアンドゥーラ先生にそう促します。
 すると、それを待ちきれないようにまた、ドアが激しく打たれました。

「大変にございます陛下!! トーゴ王国が――新政トーゴ王国がトライン辺境伯領の領有権を主張して宣戦布告いたしました。飛竜使からの報告によりますと既に軍を動かしているとのこと!!」

「なッ!?」

 これには、この場にいた全員が絶句いたしました。
 まさか旦那様が懸念していた可能性が同時に起こるなど。しかも旦那様から聞き及んでいた話より二月以上も早く……。
 私たちが絶句している中、旦那様がぽつりと呟きます。

「『まさか……ゲームに無かったはずのバッドエンドルートってわけじゃないよな……』」

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