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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第四章 モブ令嬢と遠き縁者

 私が、応接室に入りますと、背中を向けている旦那様以外の方々から視線が集まります。
 いつものようにテーブルの左手にはお父様とお母様が、お父様の斜め後ろにセバスが控えております。
 旦那様はテーブルの端に、そして右手側には客人である縁戚の方々が五名並んでおりました。
 普段の私であれば、彼らからの視線に気後れしていたかも知れません。
 ……ですが、旦那様の背中に浮かぶ重い疲労の色を感じて、私の心は奮い立ちます。
 私は、軽く目礼をして旦那様の隣の席まで進みました。

「遅くなりました旦那様。お父様、お母様。それから――初めまして、エヴィデンシア家当主グラードルの妻、フローラです。……皆様、縁戚の方々だと伺いましたが?」

 私はそのように切り出し、テーブルの右側に並ぶ方々に視線を返します。

「おお、これは……噂には聞いていたが、誠にノルムの申し子とでもいうような髪に瞳の色をしているのだな」

 そのように仰ったのは、唇の上に髭を蓄え、黒に近い青髪をセバスのようにピタリと撫でつけた老齢の男性です。
 オルトラント貴族らしい整った顔立ちをしておりますが、私を見る薄青い瞳には、明らかな嘲りの色が浮かんでおります。

「父上、失礼ではありませんかそのような……。これは初めましてフローラ嬢。私はワーナー・サンドロス・エヴィデントと申します。騎士爵として緑竜騎士団に出仕しております。こちらは父、バーシス・カントゥーネ・エヴィデント。今は亡きエヴィデンシア家のオルドー殿の弟にあたります」

 そのように仰ったワーナー様の青味の強い黒い瞳にも、僅かに嘲るような色合いが浮かんでおります。
 彼も黒茶けた髪をピタリと撫でつけた髪型をしていて、顔立ちも父親に似ております。

「そしてこちらは私の娘……」

「アマリエ・アーティス・エヴィデントと申します。フローラさんよろしくお願いしますね」

 緑に銀を織り込んだような髪色をした女性が私に目礼いたしました。言葉は優しげですが、彼女の黒味の強い緑の瞳はきつい感じで、薄らと嫌悪感のようなものが滲んで見える気がいたします。年齢は、旦那様と同じくらいかも知れません。
 アマリエ様が名乗り、私の視線が彼女を通り越しましたら、その先に座っておられた赤茶けた髪色の壮年の男性が口を開きました。

「私は、モルデン・カーバネル・フランマルクと申します。王国より伯爵位を授かっております。オルドー様の妻であったフローリア様の従甥いとこおいにあたります。こちらは私の娘、カチュア・クーリング・フランマルクです」

 そう言った彼の私を見る金褐色の瞳には、どこか同情めいた色が浮かんでおります。
 モルディン様の紹介を受けて、淡い紫髪をした少女が、好奇心の強そうな赤い瞳を私に向けます。

「よろしくお願いいたします。カチュアと申します、フローラお姉様。私、本年より学園の中学舎にて学ばせて頂いております」

 そのように自己紹介した彼女の視線は真っ直ぐで、好奇心のままに私を観察しているように見えます。

「皆様、改めてよろしくお願いいたします」

 私がそう言いますと、待っていたようにバーシス様が口を開きました。

「これで、エヴィデンシア家の家人は全員揃ったわけだ。グラードル殿の意見だけでなく、フローラ嬢にも意見を聞いてみようではないか」

 その言葉を聞いて、私の隣で旦那様が渋面を作ります。

「私の意見とは?」

「エヴィデンシア家の仇敵であったバレンシオ伯爵家が失脚した今、我らはこれからのエヴィデンシア家繁栄のために、グラードル殿に第二、第三夫人を迎えるべきだと考えている。フローラ嬢はどのように考えるかね?」

 バーシス様は、私にまともな判断が出来るのかといったご様子で、薄くニヤついた笑みを浮かべて私を見やりました。

「すまないがバーシス殿。当主である私が、第二、第三夫人を迎える意思は無いと言っているのです。妻に意見を求める必要は無い」

 旦那様が珍しく、私の意見を排するような言動をいたしました。
 それは、私を軽んじるからでは無く――私の口から僅かでも第二夫人、第三夫人という言葉を聞きたくないからのような気がいたします。
 これには、多分に私の欲目が入っていることは否定できません。しかしこれまでの旦那様との生活の日々が、私に一つの確信として感じさせるのです。
 旦那様の言葉を聞いたバーシス様は、少し意外そうな表情をいたします。

「……ほう、貴公はオルトラント貴族としては珍しく、妻の意見を入れる男だと聞いていたが宗旨替えをしたのかね? それに、第二、第三夫人の話ともなれば第一夫人であるフローラ嬢の意向は、当然確認せねばならんと思うのだが?」

 その言葉に旦那様が苦々しげに顔を歪めました。バーシス様は何故、広く知れ渡るほどではない、私と旦那様の関係性を知っているのでしょうか?

「誰がそのような事を……」

 旦那様も私と同じように考えたご様子です。

「それに……こう申しては何だが、その不吉な――いや、不浄なと言った方が良いのかな。髪と瞳の持ち主を第一夫人としておくのは、オルトラント建国来の譜代の名家、エヴィデンシア家にとって、大いに名を貶める事となると思うのだがね」

 バーシス様はこれ見よがしに私に蔑みの視線を向けてそう仰いました。
 小さくワーナー様とアマリエ様が笑うのが見えます。
 彼らの様子を見た旦那様の顔に、明らかな不快の色が浮かび上がります。

「大叔父とはいえ、我が妻を侮辱するような言動は慎んで頂きたい。髪の色、瞳の色が何だというのです! それで人格が変わるわけでは無い! フローラは慎み深く、聡明で、愛情深い最高の女性だ。私は彼女以外に妻を娶るなど考えることも出来ない」

 旦那様のその言葉はバーシス様には何の感慨も与えた様子もなく、彼は呆れたような表情を浮かべて言葉を続けました。
 それにしましてもバーシス様は、このように私たちを不快にさせるような言動をなさって、話が纏まるとでも思っておられるのでしょうか?
 まるで、ご自分たちがエヴィデンシア家を救うために手を差し伸べているのだとでもいう感じです。

「まったく、強情な男だなおぬしは。それにフローラ嬢は結婚したというのにいまだに学園に通っておるのだろう? 子を成す気が無いのではないか? フローラ嬢は確か一五歳であったな。卒業を待つのであれば後三年は子が成せぬぞ? その間におぬしに何かあったらどうするつもりだ。それとも――子が成るまでの間だけ学園に通っておるのかね……」

 その言葉に旦那様が口を引き結びます。
 バーシス様は旦那様のそのご様子を目にして、薄くニヤリと笑みを作りました。

「その様子では、やはり学園卒業まで子は成さぬつもりのようだな。……我が孫、アマリエであれば一九歳とおぬしと一つしか年が変わらぬし、なんと言ってもエヴィデンシア家の血の濃さはフローラと変わらぬぞ。フローラの母親がマーリンエルトの出であることを考えれば、オルトラントの血は我が孫の方が濃いであろうがな」

 そのように言って、バーシス様がハッキリと笑いました。
 バンッとテーブルを叩く音が響きましす。

「バーシス殿、いくら何でも言い過ぎではないか! 叔父上であるから黙っていたが我慢ならん!」

 お父様が怒りにまかせて立ち上がろうといたしますが、不自由な片方の足が邪魔をしてよろけました。
 慌ててお母様とセバスが身体を支えます。
 それを嘲るような笑みを浮かべてバーシス様が眺めております。その様子を、バーシス様のご家族は隠そうとはしているものの、同じような感情が滲む表情で眺めておりました。

 そしてフランマルク家の二人、父親は私たちを冷静に、娘は好奇心一杯に観察しています。
 旦那様は、お父様に先に怒られてしまったのと、余りの怒りに、それを沈めようと固まってしまっているご様子です。
 その様子を目にしていて、逆に私は冷静になってしまいました。
 私は、静かに口を開きます。

「皆様。第二、第三夫人の事でございますが……、実は、旦那様がバレンシオ伯爵の罪を暴くために尽力した褒美として、アンドリウス陛下より、ルクラウス家のレガリア様を――という話が持ち上がっております。決定ではございませんが、そのような話が持ち上がっておりますので、このお話を今これ以上進めるのは不毛というものではないでしょうか?」

 私は心の中で、レガリア様を利用してしまい申し訳ございませんと謝罪しながら、そのように口にいたしました。
 私の口から出た言葉に、僅かに旦那様がビクッ、と反応いたしました。ですが、私の意図を察してくださったのでしょう、旦那様は否定の言葉を呑み込んで状況を見守ってくださいます。

「なに!? そのような話が……それでは、第一夫人は決まったようなものではないか!」

 バーシス様がそのように仰い、ワーナー様とアマリエ様の顔に動揺が浮かびました。
 フランマルク家のお二人は純粋に驚いておられるご様子です。
 しかし……今のご様子でエヴィデント家の魂胆は大体察しが付きました。
 彼らが何処まで詳細に旦那様の容態を知っているのかは分かりません。しかし、旦那様の命が短いかもしれないと知っておられるようです。
 先ほどの、旦那様と私の関係性をご存じであったこともそうですが、彼らにそのような情報を伝えた方がおられるようです。
 旦那様と私は、バレンシオ伯爵を退けることは叶いましたが、潜在的な敵がいまだ潜んでいるのか、それとも、新たに政敵になり得ると考えたどなたかが、我が家に混乱を招くために仕組んだのか……情報が少なすぎて判断いたしかねますが、そのような背景があるのかも知れません。

 バーシス様は準男爵位をお持ちですが、世襲権を持っておらず一代限りであったはずです。またワーナー様も騎士爵ですので世襲は叶いません。
 つまりは、アマリエ様を旦那様と結婚させて子を成させ、男児が生まれようものならば、旦那様が亡くなった後。エヴィデンシア家とエヴィデント家の合爵を王家に願い出るつもりなのでしょう。確か、過去にそのような例があったはずです。
 つまりは我が家を乗っ取ろうと考えて、今回、第二、第三夫人などと言いだしたわけですね。

 アンドリウス陛下の仰りようではございませんが、私ならばともかく、レガリア様とでは、夫人となったあとに簡単に寵愛を奪い取れるとは考えられないでしょう。私の言葉に、彼らの計画は大幅に狂うこととなったはずです。

「……ふむ、いや、なるほど。そのような話になっていようとはな……これは、一度考え直さなければならぬかも知れぬ。今日の所はこれまでにしておこう……だが、この話はこれで終わりではないからな。なんと言っても建国来の譜代の名家であるエヴィデンシア家の問題は、我々一族の問題でもあるのだからな」

 つい先日までは、一歩も我が家に近付こうとしなかったお方にそのように言われて、旦那様もお父様も、怒りを超えて呆れてしまったようなご様子です。
 我が家とエヴィデント家の方々の遣り取りに追いやられて、フランマルク伯爵はどこか疲れ切ってしまったように見受けられました。ただ一人、カチュア嬢だけが頬を染めて好奇心一杯に私を見ております。
 このような喧噪を我が家にもたらしたバーシス様たちエヴィデント家の方々は、今日はもう用はないといったご様子で席を立ちました。
 それに合わせるようにフランマルク家のお二人も、席を立ちます。

 ただ、カチュア嬢は馬車に乗り込む前、玄関で私の手を取りますと、「私、別に第三夫人でも構いません。私は聡明なフローラお姉様の妹になりたいのです。私まだ一二歳ですので結婚できる年齢まであと三年あります。それまでにグラードル様を説き伏せて見せますから!」と、元気に宣言しました。

 応接室での様子を見ますに、フランマルク家の二人が我が家にやって来たのは、エヴィデント家の方々と示し合わせたわけではないようです。もしかしてカチュア嬢の強い願いにフランマルク伯爵が根負けして、やって来たのでしょうか?
 少なくとも彼女からは、本気で旦那様と結婚したいという意思が感じられました。
 彼女は今年からファーラム学園に通っていると言っておりましたが、どこかで私や旦那様を目に留める機会があったということでしょうか?


 皆様が馬車へと乗り込んだ後、……私は悪いこととは知りつつも、アンドゥーラ先生から借り受けたばかりのタクトを握ります。
 先ほどまでの会話の中から概ねの概要は掴めた感がございます。ですが、僅かばかりでも私の考察を補強できる手がかりが得られれば、彼らに対しての如何様に対応すればよいのか、決断が出来ると考えたからです。
 本当に申し訳なく思いはしますが、今の私には、彼らと正直に正面から相対する時間も、心の余裕も無いのですから……。
 私が使ったのは聴音の魔法。
 途端――動き出した馬車の中の音を私の魔力が捉えます。

『冗談ではございません! お祖父様話が違うではございませんか。私はエヴィデンシア家の爵位が手に入ればこの後貴族として安泰に生活できるからと、あのような不細工な男と一時でもこの身を交わす事を納得したというのに……あの小娘ならいざ知らず。レガリア様と――陛下のお気に入りでもあるあの方と対立して寵愛を勝ち取るなど……』

 そう私の頭に響いてきたのは、アマリエ様の苦々しげな声です。最後の辺りにはどこか恐れが滲んでいたようにも感じられました。

『そうですぞ父上。バレンシオ家が滅び、それに協力したエヴィデンシア家はこれより王家へのお目見えが良くなることは間違いない。だからアマリエをエヴィデンシア家に嫁がせようとしましたものを。だがまさか……王家が、ルクラウス家の令嬢をエヴィデンシア家に送り込もうとしているとは。そこまで王はあの男を見込んだということしょうか? ですがこれでは、エヴィデンシア家を我らの手にすることが難しくなるではありませんか』

 やはり、そういう事ですか。
 ワーナー様の言葉にはもくろみが外れた悔しさが滲んでいます。

『……だが、あのグラードルめの様子を見るに、奴は本当にあの農奴娘を想っておるようだ。ならば彼奴めは陛下の申し出を断るやも知れぬ。様子を見てまた迫ってみればよいわ。彼奴が言った通りならば、グラードルの余命はそう長くは無いとのこと、彼奴の種さえ仕込んでしまえば儂の血がモノをいう。……そもそもの話、あの真面目一辺倒で人の良い兄上に跡を取らせたのが一番の間違いだったのだ』

 実際の所は旦那様は既に断っていて、私が方便として利用してしまったので、レガリア様には本当に申し訳ないことを言ってしまったと謝罪するしかございません。
 そのような事を考えておりましたら、今度はフランマルク家の馬車内の声が響きます。

『カチュア、お前に余りにも強請ねだられたから、一応話だけだと思って連れてきたが、なんとも複雑な話に巻き込まれてしまったようで私は頭が痛いよ』

 フランマルク伯爵の声は少し疲れたようなご様子です。

『何を仰るのですかお父様! エヴィデンシア家は間違いなくこれより隆盛を極めます。私、学園でレガリア様のロメオとご一緒に、フローラお姉様がバリオンを演奏なさっておられるのを拝見してより興味を抱き、色々と調べました。あの方はそれまであのご容姿のために学園にて排斥されていたのに懸命に耐えておられたそうです。それにあの高名な魔導爵アンドゥーラ様に可愛がられておられ、秘蔵っ子とまで囁かれております。遠いとはいえ私、そのような方と血の縁があると知って本当に誇らしく嬉しかったのです。それに、グラードル様も、フローラお姉様と結婚なさる前までは強欲グラードルなどと呼ばれて、鼻つまみ者のように扱われておられたそうですが、ご結婚後はお心を入れ替えて、今では、あのデュランド元軍務卿とも親しく、お孫様のレオパルド様もグラードル様を尊敬なさっておられると聞き及んでおります。私、是非グラードル様と結ばれて、そのようなお力を持つフローラお姉様の妹になりたいのです!』

 カチュア嬢は、少し興奮した様子で一気に捲し立てました。
 そのように評価されるのは有り難いのですが、少々過大な評価ではないでしょうか?
 私は、彼女この好意の方が、真っ直ぐで純粋な分、エヴィデント家の方々よりよほど厄介ではないかと感じてしまいました。

『まったく――お前は誰に似たのやら、我が家はどちらかというとおっとりした人間が多いのだが、とんだ鬼子に育ってしまったものだ』

 フランマルク伯爵はどこか諦めの境地に至ったようなご様子の声でそのように仰いました。
 二台の馬車が門の向こうへと消えてゆくのを確認して緊張を解きましたら、突然背後から声がかかりました。

「それで……彼らはいったい何だったんだい?」

「ひゃぅ!?」

 緊張を解いた瞬間に声を掛けられて、私は飛び上がってしまいました。
 私が背後に振り向くのと一緒に、旦那様もそちらに視線を向けます。

「アっ――アルメリア嬢? ……君はいったいこんなところで何をやってるんだ」

 旦那様のその問いかけに、玄関ポーチの隅で膝を抱えて座っていたアルメリアが、どこかうち捨てられた子犬のような視線を私に向けました。片方の手で『の』のような形をくるくると描いております。

「フローラが、確認してくるって言ったから待っていたんだけど……ああっ、やっぱり忘れられてたんだね。そうだね、私、最近影が薄いものね……まあ、ホウチプレイハソレハソレデクルモノガアルカライインダケド……」

 だんだんと声が小さくなってしまったので、最後の方は聞き取れませんでしたが、口元に薄い笑みを浮かべて黄昏れているようにも見えます。少し頬が赤くなって見えるのは、夕日のせいでしょうか?

「ああッ! 私、確かにそのように言いました。申し訳ございませんアルメリア。あまりの事態に忘れてしまっておりました」

 その後私は、アルメリアの手を取って懸命に謝罪いたしました。

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