モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件
第四章 モブ令嬢と悪縁令嬢
魔導学部教諭の個室にて私は、これから訪れるという試練を乗り越えるため――旦那様の寿命を取り戻すため、アンドゥーラ先生より、強化されたタクトをお貸し頂き、戦うための術を教えて頂く約束をいたしました。
その過程で、先生がいかに私に、師として愛情を注いでくださっていたのか知ることとなりました。
あの後、泣き濡れて赤く腫れてしまった私の目の周りを、アンドゥーラ先生が魔法薬を塗って癒してくださいました。
私が、「高価な魔法薬をこのような事に使っては……」と申しましたら。
先生は、「若い娘を泣き腫らした顔のままで帰すわけにはいかないよ。何々、これは製造者の特権というものだよ。それに、第一売られている値段は、私に支払われる代金の三倍ほどなのだ。原価など知れた物だろう。私にとっては小遣い稼ぎのような物だし、一つばかり数が減っても変わりはないよ」と、笑っておりました。
そのような遣り取りの後、私はアンドゥーラ先生の個室を辞しました。
私が、先生より頂いた温かい恩情を胸に、学舎の玄関までやってまいりましたら、背後より声を掛けられました。
「あら、フローラさんではありませんの……」
私はその声を聞いて一瞬固まってしまいました。
少し前に、この声の持ち主の真似をしたばかりですので驚きはひとしおです。
私が振り向きますと、桃色の髪色をした彼女――メイベル・スレイン・レンブラント嬢が、相変わらず蔑みの視線で私を見ておりました。
ただ、少し違和感がございます。
「ここのところ大層なご活躍だそうではございませんか……何でも、大逆の徒、バレンシオの一族の捕縛にも一役買ったとか……まあ、あの家の悪事が露見したのは、私のお父様のお力によるところが大きいのですけれどね……マッタク――愚かな方々のおかげで、我が家もとんだしわ寄せを受けるところでしたわ」
自慢するような微笑を浮かべている彼女の言葉を聞いて、私は、先生に暖めて頂いた心に、ゾクリとするような冷気を吹き付けられた気持ちになってしまいました。
これこそが純然とした貴族令嬢というモノでしょう。――私に真似できるわけがございませんでした。
既に亡くなっておられるとはいっても、お婆さまの実家である家を……まるで、見ず知らずの家のように……、近しくお付き合いのあった方も居られたでしょうに……。
ああっ――近しい付き合いと言う言葉で、違和感の正体が分かりました。彼女の周りにいつもの取り巻き令嬢が居りませんでした。
私のそんな内心の思いもよそに、メイベル嬢は自慢げな笑みを浮かべたまま言葉を続けます。
「ああ、そうでしたわ……私この度、第一王子トールズ様の奥方。アリーヌ・ブランシャール・オルトラント様と知己を得まして、妹であるエレーヌ・ボワイエ・ブランシャール様の派閥に入れて頂く事になりましたの……」
彼女は紅色の瞳に優越感が見える光を湛えて、私に近付いてきました。
「レガリア様の派閥に入れて頂いて、私を見下していたようですけど――これからはそうはいきませんからね……」
私の耳元でそう言いますと、彼女は玄関を出て行きました。……私、彼女を見下していたでしょうか? 考えてみても思い浮かびません……。逆に、彼女に見下されていたという記憶は、山のように出てまいりました。
ですがこれは……、ノーラ様の取り計らいでしょうか? それとも、レンブラント伯爵が、バレンシオ伯爵の悪事を陛下に告発した時に成した約束事でしょうか?
今回の件、いまのところ、かの家が断絶された詳細については箝口令が敷かれているようですが、上級貴族院の方々の目の前で起こった事件です。
レンブラント伯爵がバレンシオ伯爵の悪事を暴くのに大きな役割を果たしたということは理解されても、バレンシオ家の血族であることは間違いございませんし、政敵も居られるでしょう……。口さがない誹謗中傷を仰る方は必ず現れるはずです。
レンブラント伯爵自身は、他の方々の言葉など聞き流す胆力がございますでしょうが、ご家族はそうはいかないでしょう。
特に学園では……、それでなくとも貴族同士の家格による牽制など日常茶飯事です。
そこで、ブランシャール公爵家三女、エレーヌ様の庇護を受けるとなれば、メイベル嬢が受ける誹謗中傷の類いはほとんどなくなるでしょう。
なんと申しましても、レガリア様の派閥より少し人数が少ないものの、家格を考えますと、ほとんど遜色ない勢力を誇る派閥ですから。
しかし……私自身はエレーヌ様の事をほとんど存じ上げておりませんが、私が想像したような経緯だとしましたら、メイベル嬢がエレーヌ様の威を借りて、私に以前のような行いを始めますと、少々不味いことになるのではないでしょうか……。
私は、新たな問題の種が芽吹いてしまったことに、少々暗澹たる心持ちになってしまいました。
そのような心持ちのまま、高学舎の玄関を出て、校門へと足を進めておりましたら、「フローラ! 今、メイベル嬢が出てきたけど……また何か嫌がらせをされなかったかい」と、アルメリアが声を掛けてくれました。
「いえ、嫌がらせという事ではありませんでした。……今後どうなるかは分かりませんが」
私は、後半の言葉を口の中に呑み込んで、アルメリアを心配させないように微笑みます。
「……そうか、それなら良いんだけど。ところで、フローラは館へ帰るんだろう?」
「ええ、用事も済みましたしそのつもりです」
「なら一緒に帰ろう。私も丁度帰るところだったんだ」
もしかして彼女は、私が少し沈んでいた事に気付いたのでしょうか?
アルメリアが、太陽のように微笑んでそのように言います。
私はメイベル嬢によって冷やされた心を、友人の放つ暖かさによって救われた気がいたします。
今日は奇しくも、先生と友人という、これまで長い縁を育んできた二人が、私に向けてくれた心の暖かさによって、凍えかけていた心を温めて頂くこととなりました。
◇
その後、アルメリアと出会った当時から、これまでのたわいもない出来事を二人で語り合いながら館の門まで歩いて参りました。
「……あれは?」
「何だろうね? 馬車の列が出来ているようだけど……」
門から館の方へと視線を向けましたら、館と貴宿館の前に何台もの馬車が並んでおりました。
「私、確認して参ります」
私はアルメリアに言い、何事かと足早に館へと向かいました。
本館のエントランスに入りましたら、そこにはメアリーが控えておりました。
「メアリー……、外のあの馬車は?」
私がそう問い掛けますと、メアリーはいつものように薄い表情のまま口を開きます。
「クラウス殿下と知己を得たい、レオパルド様とレガリア様のご友人が抜け駆けしてやってまいりました」
ああ、そういう事ですか……、クラウス様が学園に通い始めてまだ五日ほど、学園では皆、牽制し合っているのでしょう。
これまではバレンシオ伯爵の事を恐れて我が家に近付く気にはならなかった方々も、その脅威が無くなったとみるや、このような事態になった訳ですね。
「ただ……それだけではございません。これまで疎遠になっていた縁戚の方々もやって来ておりまして、……その、申し上げにくいのですが……ご主人様に第二、第三夫人の斡旋をしております」
「……何ですかそれは」
我ながら……口から出た声が低くなった気がいたします。
これまで疎遠になっていたのは、バレンシオ伯爵という経緯がございますので納得も出来ますが……何故、その脅威が無くなった途端、旦那様へ第二夫人、第三夫人の斡旋などと……
「まさか! 旦那様が相手をしているのですか!?」
その言葉に、メアリーは薄い表情に言い辛そうな雰囲気を貼り付けます。
「はい……疎遠になっていたとはいえ、縁戚でございますので粗略に扱うわけにはいかないと……大旦那様も大奥様もご同席なさっておられますが……」
「……私も、その場に参ります」
バレンシオ伯爵家が失脚した事を知った途端に、旦那様の容態を慮ることもせずに詰めかけてきた方々に私は、怒りにも似た感情をわき上がらせて、応接間へと足を向ける事となりました。
彼らは旦那様の容態は知りもしないでしょうが、それでも……この感情を抑える術を私は知りません。
メアリーに先導されて応接室の前までやってまいりましたら、ドアの向こうから旦那様の疲れたような声が耳を打ちます。
『……ですから、私はフローラ以外に妻を迎えるつもりは無いと言っているのです!』
「いらしておられるのは、オルドー様の母親違いの弟であるエヴィデント男爵とそのご家族。そしてフランマルク伯爵とそのご令嬢です。火の後時頃にやってまいりまして、かれこれ二時間ほどになります……。当初は大旦那様たちが対応しておられたのですが、一族の話なのだから当主が居なければと言われてしまい……」
エヴィデント準男爵……。確か、バーシス様という名前であったと記憶しております。
三〇年前、お祖父様が失脚なされた途端、一番初めに我が家との交流を絶ったお方だと伺っておりました。
また、フランマルク伯爵家はフランド侯爵家から派生した家系で、お婆さまの叔父にあたる方の家系であったはずです。現伯爵はフローリアお婆さまの従甥にあたるはずです。
……と言うことは、令嬢はお婆さまの従姪孫になるのですね。
私からでは遠すぎて、もう縁戚であるという感じすらいたしませんが……。おそらくノーラ王妃もそれくらいは離れておられますので、そのように言ってはいけないのかも知れません。
それにしましても、フランマルク伯爵家とは、元々ほとんど交流が無かったはずですが……
「……それで、旦那様があのように対応なされておられるのですか?」
「はい……しかし結局のところ話は、今お聞きのように、『第二、第三夫人を迎えるべきだ。それにはうちの娘を』、『そのつもりは無い』の堂々巡りをしておられます。奥様には辛い言葉が掛かると思われますが――お覚悟はよろしいですか?」
「元よりそのつもりです。メアリー……」
私は覚悟を決めて、メアリーに目線を送ります。
それを確認したメアリーが、静かに応接室のドアを開けました。
「皆様、奥様がお帰りになりました」
その過程で、先生がいかに私に、師として愛情を注いでくださっていたのか知ることとなりました。
あの後、泣き濡れて赤く腫れてしまった私の目の周りを、アンドゥーラ先生が魔法薬を塗って癒してくださいました。
私が、「高価な魔法薬をこのような事に使っては……」と申しましたら。
先生は、「若い娘を泣き腫らした顔のままで帰すわけにはいかないよ。何々、これは製造者の特権というものだよ。それに、第一売られている値段は、私に支払われる代金の三倍ほどなのだ。原価など知れた物だろう。私にとっては小遣い稼ぎのような物だし、一つばかり数が減っても変わりはないよ」と、笑っておりました。
そのような遣り取りの後、私はアンドゥーラ先生の個室を辞しました。
私が、先生より頂いた温かい恩情を胸に、学舎の玄関までやってまいりましたら、背後より声を掛けられました。
「あら、フローラさんではありませんの……」
私はその声を聞いて一瞬固まってしまいました。
少し前に、この声の持ち主の真似をしたばかりですので驚きはひとしおです。
私が振り向きますと、桃色の髪色をした彼女――メイベル・スレイン・レンブラント嬢が、相変わらず蔑みの視線で私を見ておりました。
ただ、少し違和感がございます。
「ここのところ大層なご活躍だそうではございませんか……何でも、大逆の徒、バレンシオの一族の捕縛にも一役買ったとか……まあ、あの家の悪事が露見したのは、私のお父様のお力によるところが大きいのですけれどね……マッタク――愚かな方々のおかげで、我が家もとんだしわ寄せを受けるところでしたわ」
自慢するような微笑を浮かべている彼女の言葉を聞いて、私は、先生に暖めて頂いた心に、ゾクリとするような冷気を吹き付けられた気持ちになってしまいました。
これこそが純然とした貴族令嬢というモノでしょう。――私に真似できるわけがございませんでした。
既に亡くなっておられるとはいっても、お婆さまの実家である家を……まるで、見ず知らずの家のように……、近しくお付き合いのあった方も居られたでしょうに……。
ああっ――近しい付き合いと言う言葉で、違和感の正体が分かりました。彼女の周りにいつもの取り巻き令嬢が居りませんでした。
私のそんな内心の思いもよそに、メイベル嬢は自慢げな笑みを浮かべたまま言葉を続けます。
「ああ、そうでしたわ……私この度、第一王子トールズ様の奥方。アリーヌ・ブランシャール・オルトラント様と知己を得まして、妹であるエレーヌ・ボワイエ・ブランシャール様の派閥に入れて頂く事になりましたの……」
彼女は紅色の瞳に優越感が見える光を湛えて、私に近付いてきました。
「レガリア様の派閥に入れて頂いて、私を見下していたようですけど――これからはそうはいきませんからね……」
私の耳元でそう言いますと、彼女は玄関を出て行きました。……私、彼女を見下していたでしょうか? 考えてみても思い浮かびません……。逆に、彼女に見下されていたという記憶は、山のように出てまいりました。
ですがこれは……、ノーラ様の取り計らいでしょうか? それとも、レンブラント伯爵が、バレンシオ伯爵の悪事を陛下に告発した時に成した約束事でしょうか?
今回の件、いまのところ、かの家が断絶された詳細については箝口令が敷かれているようですが、上級貴族院の方々の目の前で起こった事件です。
レンブラント伯爵がバレンシオ伯爵の悪事を暴くのに大きな役割を果たしたということは理解されても、バレンシオ家の血族であることは間違いございませんし、政敵も居られるでしょう……。口さがない誹謗中傷を仰る方は必ず現れるはずです。
レンブラント伯爵自身は、他の方々の言葉など聞き流す胆力がございますでしょうが、ご家族はそうはいかないでしょう。
特に学園では……、それでなくとも貴族同士の家格による牽制など日常茶飯事です。
そこで、ブランシャール公爵家三女、エレーヌ様の庇護を受けるとなれば、メイベル嬢が受ける誹謗中傷の類いはほとんどなくなるでしょう。
なんと申しましても、レガリア様の派閥より少し人数が少ないものの、家格を考えますと、ほとんど遜色ない勢力を誇る派閥ですから。
しかし……私自身はエレーヌ様の事をほとんど存じ上げておりませんが、私が想像したような経緯だとしましたら、メイベル嬢がエレーヌ様の威を借りて、私に以前のような行いを始めますと、少々不味いことになるのではないでしょうか……。
私は、新たな問題の種が芽吹いてしまったことに、少々暗澹たる心持ちになってしまいました。
そのような心持ちのまま、高学舎の玄関を出て、校門へと足を進めておりましたら、「フローラ! 今、メイベル嬢が出てきたけど……また何か嫌がらせをされなかったかい」と、アルメリアが声を掛けてくれました。
「いえ、嫌がらせという事ではありませんでした。……今後どうなるかは分かりませんが」
私は、後半の言葉を口の中に呑み込んで、アルメリアを心配させないように微笑みます。
「……そうか、それなら良いんだけど。ところで、フローラは館へ帰るんだろう?」
「ええ、用事も済みましたしそのつもりです」
「なら一緒に帰ろう。私も丁度帰るところだったんだ」
もしかして彼女は、私が少し沈んでいた事に気付いたのでしょうか?
アルメリアが、太陽のように微笑んでそのように言います。
私はメイベル嬢によって冷やされた心を、友人の放つ暖かさによって救われた気がいたします。
今日は奇しくも、先生と友人という、これまで長い縁を育んできた二人が、私に向けてくれた心の暖かさによって、凍えかけていた心を温めて頂くこととなりました。
◇
その後、アルメリアと出会った当時から、これまでのたわいもない出来事を二人で語り合いながら館の門まで歩いて参りました。
「……あれは?」
「何だろうね? 馬車の列が出来ているようだけど……」
門から館の方へと視線を向けましたら、館と貴宿館の前に何台もの馬車が並んでおりました。
「私、確認して参ります」
私はアルメリアに言い、何事かと足早に館へと向かいました。
本館のエントランスに入りましたら、そこにはメアリーが控えておりました。
「メアリー……、外のあの馬車は?」
私がそう問い掛けますと、メアリーはいつものように薄い表情のまま口を開きます。
「クラウス殿下と知己を得たい、レオパルド様とレガリア様のご友人が抜け駆けしてやってまいりました」
ああ、そういう事ですか……、クラウス様が学園に通い始めてまだ五日ほど、学園では皆、牽制し合っているのでしょう。
これまではバレンシオ伯爵の事を恐れて我が家に近付く気にはならなかった方々も、その脅威が無くなったとみるや、このような事態になった訳ですね。
「ただ……それだけではございません。これまで疎遠になっていた縁戚の方々もやって来ておりまして、……その、申し上げにくいのですが……ご主人様に第二、第三夫人の斡旋をしております」
「……何ですかそれは」
我ながら……口から出た声が低くなった気がいたします。
これまで疎遠になっていたのは、バレンシオ伯爵という経緯がございますので納得も出来ますが……何故、その脅威が無くなった途端、旦那様へ第二夫人、第三夫人の斡旋などと……
「まさか! 旦那様が相手をしているのですか!?」
その言葉に、メアリーは薄い表情に言い辛そうな雰囲気を貼り付けます。
「はい……疎遠になっていたとはいえ、縁戚でございますので粗略に扱うわけにはいかないと……大旦那様も大奥様もご同席なさっておられますが……」
「……私も、その場に参ります」
バレンシオ伯爵家が失脚した事を知った途端に、旦那様の容態を慮ることもせずに詰めかけてきた方々に私は、怒りにも似た感情をわき上がらせて、応接間へと足を向ける事となりました。
彼らは旦那様の容態は知りもしないでしょうが、それでも……この感情を抑える術を私は知りません。
メアリーに先導されて応接室の前までやってまいりましたら、ドアの向こうから旦那様の疲れたような声が耳を打ちます。
『……ですから、私はフローラ以外に妻を迎えるつもりは無いと言っているのです!』
「いらしておられるのは、オルドー様の母親違いの弟であるエヴィデント男爵とそのご家族。そしてフランマルク伯爵とそのご令嬢です。火の後時頃にやってまいりまして、かれこれ二時間ほどになります……。当初は大旦那様たちが対応しておられたのですが、一族の話なのだから当主が居なければと言われてしまい……」
エヴィデント準男爵……。確か、バーシス様という名前であったと記憶しております。
三〇年前、お祖父様が失脚なされた途端、一番初めに我が家との交流を絶ったお方だと伺っておりました。
また、フランマルク伯爵家はフランド侯爵家から派生した家系で、お婆さまの叔父にあたる方の家系であったはずです。現伯爵はフローリアお婆さまの従甥にあたるはずです。
……と言うことは、令嬢はお婆さまの従姪孫になるのですね。
私からでは遠すぎて、もう縁戚であるという感じすらいたしませんが……。おそらくノーラ王妃もそれくらいは離れておられますので、そのように言ってはいけないのかも知れません。
それにしましても、フランマルク伯爵家とは、元々ほとんど交流が無かったはずですが……
「……それで、旦那様があのように対応なされておられるのですか?」
「はい……しかし結局のところ話は、今お聞きのように、『第二、第三夫人を迎えるべきだ。それにはうちの娘を』、『そのつもりは無い』の堂々巡りをしておられます。奥様には辛い言葉が掛かると思われますが――お覚悟はよろしいですか?」
「元よりそのつもりです。メアリー……」
私は覚悟を決めて、メアリーに目線を送ります。
それを確認したメアリーが、静かに応接室のドアを開けました。
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