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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第三章 モブ令嬢と泡沫の銀影

 漆黒……気がつくと漆黒の闇が私の周りを包んでおりました。

「……旦那様」

 まなこに焼き付いた、吐血してのたうち回る彼の姿が、私の頭を埋め尽くしておりました。
 私は……胸を突く想いに慟哭します。

「どこですか……旦那様」

 彼を求めて伸ばす手が……重く……、踏み出そうとした足も、思うように動きません。
 生ぬるい……粘つくような泥水の中に、この身が沈んででもいるようです。
 私の周りに広がった漆黒の闇。
 暗い……。
 もしかして私は目を瞑っているのではないか? そのように考えてしまうほどに私の眼前には闇が広がっております。

「……旦那様…………」

 私は、重い身体を強引に動かして足を踏み出します。
 ……どこへ?
 それは……旦那様の元へ……僅かに、旦那様の存在を感じます。
 旦那様を感じるその場所へ……旦那様。
 唯々、彼への思いに突き動かされて、私は足を動かします。
 一歩……また一歩。
 延々と続くのではないかと思われる時間……一歩……一歩と、私は進みます。
 どれほど足を進めたでしょうか、不意に調子外れの……歌声? が聞こえてきました。

「ホイヤーホイヤー耕すぞ! ホイヤーホイヤー耕すぞ!」
「俺たち耕しゃ、芽を出すぞ! ホイヤーホイヤー芽を出すぞ!」
「ヘイホーヘイホー水を撒け! ったら水を撒け!」

 声のした方向に目を向けると、私の腰の位置よりも低い背丈をした五人の人影がありました。
 彼らは先の折れた三角帽子を被って、農民が着ているような胴着とズボンを纏っております。足に履いているのは木靴でしょうか。
 そして、そこだけぼんやりと明るい地面をくわで耕して、如雨露じょうろで水を撒いております。

「俺たち水撒きゃ、芽を出すぞ! ヘイホーヘイホー芽を出すぞ!」
「ねえねえ……種まかないと芽は出ないんじゃない?」

 地面を耕し水を撒く彼らの中の、ひときわ背の小さな子がそのように指摘します。
 ピタリ――と、全員の動きが止まりました。

「………………うるさいぞテメー! 耕して水撒きゃ何か芽が出るんだよ!」
「……それって雑草じゃないの? そんないい加減なことしてるとノルム様に怒られるよ」
「ウルセーんだよテメーはよ!!」

 そう言うと鍬と如雨露を放り出して、ポコポコと小さな子を叩いたり蹴ったりし始めます。
 それは、子供同士のじゃれ合いのようにも見えて、どこか微笑ましくも見えるのですが……私は駆け出して彼らに近づきます。

「貴方たち止めなさい! よってたかって、いじめるのはいけませんよ!」

「「「「ひうッ!」」」」

 そのように声を掛けましたら、彼らは飛び跳ねんばかりに驚きました。
 彼らは、虐めていた子の後ろに回り込んでから、まるで麦の穂が風にあおられるように振り向いて声を上げます。
 
「だれだ!」

「だれだ!」

「だれだ!」

「だれだ!」

 振り向いた彼らの顔は、成人した大人のそれです。そして彼らは一様に茶色の髪と瞳をしておりました。なんだか親近感を感じてしまいます。
 ただ、ポコポコと叩かれていた子だけは、身体に見合った感じの幼いお顔をしておりました。
 その幼いお顔の子は、ポカンと口を開けてまじまじと私の方を見ております。

「……………………姫様……」

 彼がそのように、ぽつりと呟きました。
 ……姫様? どちらかに彼らのお姫様が居られるのでしょうか?

「……姫様だ」

「…………姫様だぁ?」

 彼のその言葉に、一番初めに彼を叩き始めた小さな人が、訝しげに私の方を見なおします。
 他の人たちも同じようにこちらを見ます。
 しげしげとこちらを見た彼らの顔には次第に驚きが広がりました。

「……おい」

「……ホントだ……あの髪に瞳……」

「姫さんだ…………」

「姫さんだ!」

「姫さんだ!」

「姫様だ!」

 彼らは、興奮した様子でそのように言いながら、私の周りを踊るようにしてぐるぐると回ります。
 私は、ぐるぐると周りを回る彼らに呆然としながら、周囲を見回します。
 もしかしたら……どこかに彼らの姫様が居られるのかもしれません。
 少しオロオロとして周囲を見回していると、クイッ、クイッと、袖口を引かれました。
 そちらを見ると、小さな子が不思議そうに私を見上げております。

「姫様……どうしたの? どうして、こんなところにいるの?」

「あの……姫様というのは、もしかして私の事ですか?」

 彼にそのように言われて、私は初めて自分が姫様と呼ばれているのだと気が付きました。

「私は、貴族の娘ではございますが、姫様ではございませんよ。確かに、領地持ちの貴族のご令嬢は、姫様と呼ばれることもあるようですけれど……」

 私のその言葉に、彼は小さく首を振ります。

「姫様に間違いないよ。ノルム様にそんなに愛されてるんだもん」

 ……もしかして、この髪と瞳の色の事でしょうか? そういえば先ほど他の方も呟いていたような……。
 ですが私、この髪と瞳の色で、これまで散々嫌がらせを受けてきましたので、愛されていると言われましても複雑な心境です。

「ところで貴方たちは?」

「ボクたち? ボクたちはノーム――偉大な大精霊、地の精霊王ノルム様の眷属さ」

「まあ! それでは、貴方たちは妖精さん?」

 ノームというのは、彼の言っているとおり、精霊王ノルムの眷属で、彼らが現れる土地には豊かな実りが保証されると言われている幸運を象徴する妖精です。
 私に問われて彼はエッヘンと胸を張りました。周りを踊りながらぐるぐると回っていた彼の仲間たちも立ち止まって同じように胸を張っております。

「俺たちは妖精ノーム! 大地の実りを支えるノルム様一の眷属妖精さ!!」

 そのように声を張り上げたのは、先ほど幼いノームを叩き始めた、ノームです。もしかして彼がこの妖精たちのまとめ役なのでしょうか?

「ノームさん、ここはいったい何処なのですか?」

 私は、暗い周囲を見回します。
 彼らはお互いを見回して、何を当たり前のことを聞いているんだというような表情をいたしました。

「ここは、地に住まう者たちの領域さ、ボクたちは次の仕事の打ち合わせをしてたんだ」

 幼いノームが、そう私に答えてくれました。

「ところで、ノームさんたちに聞きたいのですけれど、このような方に覚えがございませんか?」

 そう言って、私は旦那様の事を説明いたします。

「おい、知ってるか?」

「いや、知んねぇ……」

「俺も……」

「俺も……」

「ねえねえ、もしかしたらあそこじゃない? 人間が沢山やって来る……」

「…………! おお、あそこか!」

「ああ、あそこかも知れねえな」

「ああ、あそこに違いねえ!」

「俺もそう思ってたんだ!」

「姫様――こっち、こっち」

 そのように言うと、彼らは歩き始めました。そして幼いノームが私の手を引いてくれます。
 私は素直に彼らの後に続きました。





 あれからどれだけ歩いたでしょうか?
 物凄く長い時間だったような気もいたしますし、思いのほか短かった気もいたします。
 ノームたちに先導されてやってきた場所。
 驚いた事に、そこには数え切れないほど沢山の人間が立ち並んでおりました。
 彼らは、一様に虚ろな顔をしており。さらに火の灯った燭台しょくだいを手にして一列に並んでおります。
 彼らの手にした燭台には、火の消えかけた極端に短い蝋燭ろうそくが立っております。中には長い蝋燭が立っている方もおられますが、それは本当に僅かです。
 しかしこの光景……何かの物語で聞いたことがあります。もしかしてここは……

 私は、彼らの中に旦那様を探します。
 私がいつも彼の傍らで感じている、あの――彼の放つ優しい雰囲気を感じ取るようにして探します。

「……ああっ……旦那様!!」

 目を凝らして彼らの中を見回していた私は、とうとう旦那様を見つけました。
 彼も周りの人たちと同じように、虚ろな表情で列の中を歩いています。ただ、彼の手にある燭台……そこに立てられた蝋燭が、尋常ではございませんでした。
 燃えさかる炎が異様に大きく、私が旦那様を見つけたときにはまだまだ長かった蝋燭は、みるみるうちに短くなってゆきます。
 私はそれを見て、トルテ先生に聞いたクルーク様の治める黄泉の国のお話を思い出しました。
 瀕死の人間は、寿命という火が灯った蝋燭を手にして、その魂がクルーク様の元を訪ねます。
 クルーク様の元へとたどり着く前にその蝋燭が燃え尽きる者たちは死に、燃え尽きないと判断された者たちは、クルーク様の眷属によってその魂を身体へと戻されるのだそうです。
 それを思い出した私は、総毛立って彼の元へと駆け出します。

「姫様ダメ! 危ない!!」

「「「「姫さん!!」」」」

 ノームたちが駆け出した私を留めようと声を上げました。
 ドンッ! と、私は目に見えない障壁にぶつかって、その場に倒れてしまいました。

「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁ……旦那様! ダメ――行かないで……旦那様! 私です! フローラです旦那様!!」

 私は、目に見えない壁。まるで檻のように感じられるその透明な壁をドンッ、ドンッと叩いて旦那様に向かって叫びます。
 ……僅かに、旦那様の動きが止まりユラリと私の方へと視線を向けてこちらへ歩みを進めようとしました。
 ああっ、ああッ……旦那様。私はブワッと自分の目から大量の涙が湧き出るのを感じました。

「そこの者! 列から離れて何をしている!!」

 しかし、旦那様はそのようにキツく声を掛けられます。列の奥から銀髪銀眼の女性がやってきて、旦那様は列へと戻されてしまいました。
 銀髪銀眼の女性が、目を細めて私に視線を向けます。怖いくらいに目鼻立ちの整った麗しい女性です。
 彼女がこちらへと歩いてまいります。
 厳しい雰囲気を発して、ズンズンと彼女は近付いてきました。しかし、近付いてきた彼女の、その表情がだんだんと驚きの色に染まってゆきます。

「あんれ、アンタ。やんだよぅ、こっただところさ来ちまってぇえ。アンタ、元気に生きてるベ。駄目だんめだよぅ――これ、オメエらノームたち! こっただところさ、生きてる人間連れてきたらダメでねえか!」

 彼女はよほど驚いたのか、私がこれまで聞いたことのない、訛りのある言葉でノームたちを叱りました。
 ビクリと首を竦めたまとめ役のノームは、直ぐ後ろのノームに振り返ります。

「……ほらみろ怒られたじゃねえか。お前のせいだ!」

 そう言われたノームは驚きの顔を浮かべて、さらにその後ろのノームに振り返ります。

「ええ!? そんなこと……お前のせいだ!」

「……お前のせいだ!」

「お前のせいだ!」

「でも……姫様があの人――大事な人を助けたいんだって……」

 結局、一番後ろにいた幼いノームが、旦那様を指さして、女性にそう説明いたします。
 女性は、ノームたちから私に視線を戻しました。
 私は立ち上がって、彼女へと詰め寄ります。

「お願いします! 旦那様を助けて下さい!! 私の元に彼を……」

「アンタぁ、旦那様を取り戻しに来たんかね!?」

 私は、静かに頷きます。
 彼女は、また目を細めて私を吟味するように眺めました。
 その表情が、可哀そうな者を見るように変わります。

「はーっ、そういう事ですか……。こんな事は何百年ぶりでしょう」

 彼女は私を目にした驚きから立ち直ったのか、言葉が普通になりました。

「よほど互いに思い合っていなければこのような事は起こらないのですけれど……見たところまだお若いのに、貴女は本物の相手に巡り会えたのですね。……貴女のその旦那様というのは彼のことですね。名は何と言うのですか?」

「グラードル・ルブレン・エヴィデンシアです……」

 私がそう答えますと、彼女は何やら荘厳な装飾のなされた本を空中から取り出してそれをめくりました。

「グラードル……、ああ、この、毒で瀕死になってる……」

 彼女はそこまで言って、『しまった』という顔をいたしました。

「旦那様は死にかけておられるのですか!?」

「う~~ん、まあ、助かりそうではあるのですが……、だいぶ寿命が縮まるのでは」

「それは……いったい、どれほど」

「長く生きて、おそらくこの先、一年か二年といったところでしょうか」

 その言葉に、私は全身から血の気が引いてしまいました。下半身の力が抜けてしまいそうになります。
 誰かが、私の手を握りました。そちらを見ると、心配顔で幼いノームが私を見ております。
 私はなんとか気持ちを奮い立たせて、女性に視線を戻しました。

「それは……、それはもう変えようのないことなのでしょうか?」

 女性は、優しい表情を浮かべて首を横振ります。

「普通なら……。ですが、生者の身でここまでやってきた貴女には一度だけ機会が与えられます。この先、近いうちに貴女には試練が与えられます。それを見事に乗り越えれば、……きっと、貴女の大事な旦那様の寿命を取り戻すことが叶うでしょう。……それに、貴女は私の仲間たちに……その、だいぶ迷惑をかけられている様子。その試練の中に、私からひとつ贈り物をいたしましょう。それを見つけることができればきっと貴女の人生の役に立つはずです」

「あの、貴女様はまさか……」

 私がそう言うと、彼女は自分の口の前に人差し指を持ってきて、私の言葉を遮りました。

「生者の身でこの場所に長くいるべきではありません……ああ、そうでした。このことは誰にも言ってはいけませんよ。言ったら最後――試練も、貴女へ与えられるはずの財宝も、無くなってしまいますからね。……それでは、貴女の世界へ戻りなさい…………」

 彼女がそのように仰ると、私の身体は突然にふわりと浮き上がり、暗闇の中を急速に上へ上へと昇ってゆきます。
 私の眼下では、ノームたちが手を大きく振っていました。女性もしとやかに身体の前で小さくこちらへ手を振っております。

「姫様! またね~~!」

「「「「姫さん! またな~~!!」」」」

 手を振る彼らや女性が見えなくなると、瞬間、銀光が輝き暗闇の中に巨大な竜の陰影を浮かび上がらせます。
 そしてその瞬間、私の意識はその場から途絶えて、別の場所で覚醒いたします。


 私の瞳は、明るい光をまぶたの向こうに感じて、ゆっくりと目を開きます。
 目を開いた先には、見たことの無い天蓋がありました。
 ……ここは、いったい。

「ああっ! フローラ。目を覚ましたんだね――良かった! 私、話を聞いたときにはそれは驚いて生きた心地がしなかったよ……、ああ、そうだ皆を呼んでこないとね。皆で代わる代わる世話をしてたんだ。マリーズも、ご両親も居られるよ」

 そう言ってアルメリアが部屋から駆け出して行きます。

「旦那様……は」

「隣に寝ておられますよ、奥様」

 そのように言ったのはメアリーです。
 ゆっくりと隣を見ます。私の隣では旦那様が静かに眠っておられました。
 お顔がやつれていて、青くなっているのが分かります。
 私はその旦那様のお顔に手を差し伸べようとしますが、私の手は何かを握っておりました。自分の手に視線を向けますと、その手は、旦那様の手をしっかりと握っておりました。
 私は旦那様の手を握ったまま眠っていたようです。

「ご主人様が毒で倒れた後、サレア様が毒を消して下さったそうですが、その間に奥様は気絶してしまわれたそうです。ですが決してその手を放さなかったとか、また、ブラダナ様がそのままにしておくようにと仰ったそうで、お二人一緒にここに運ばれたそうです」
 
 メアリーが薄い表情に優しい微笑み浮かべております。

「フローラ!! 目が覚めたのですね……大丈夫? サレア様が貴女の心に傷が残っていないか心配しておられたわ……なんともない?」

 一番初めに部屋へ入ってきたお母様が、心配顔で私の顔を覗き込みます。

「……大丈夫ですお母様。旦那様は助かったのですね……」

「ええ……」

 お母様はそう仰いましたが、どこか気を遣っているご様子です。

「フローラ、心して聞きなさい……」

 そう言ったのはお母様に遅れて杖を突いてやってきたお父様です。

「サレア様の話では、毒を消すことは叶ったが、毒がグラードルの身体をかなり痛めてしまった。いま少し早く気付いておれば、魔法や魔法薬で完治もできたらしいが……、おそらく持って一、二年だろうと……くそ! バレンシオめ! これでは相打ちではないか。そのような事、儂は望んでおらなんだ。二人が安らかに子を育んで、僅かずつでも国の役に立てればそれで良かったのだ……」

 お父様が、人目を憚らずにその目から涙を流します。
 貴族として、男として、涙を人に晒すものではないと教育される。大陸西方諸国の貴族であるお父様が……。
 私が目を覚ます前に見ていたあれは、決して夢ではなかったはずです。
 ……私は、きっとあの方の仰った試練を果たすのだと、密かに決意いたしました。

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