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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第三章 モブ令嬢と入居人たち(前)

 緑竜の月およそ5月24日、銀竜の土曜日。
 昼前は学園の授業を受け、本来ですと昼後、高等部は自身の研究や課題に時間を使います。
 本日、私たちは、昼前の授業終了後に学園を辞して、館へと戻りました。私たちというのは、アルメリアとマリーズ、リュートさんも一緒だからです。
 旦那様は軍務部において、昼後にも訓練がございますので、退出は通常通りになります。

 昼に私たちが館へと戻りましたのは、クラウス様たちを迎える準備をするためでした。
 これは、アルメリアたち貴宿館の住人が話し合って決めたのだそうです。
 昨日の夕食後にロッテンマイヤーを通じて、クラウス様たちを迎えるパーティーを開きたいとの申し出を受けました。

 私たちも彼らを迎えるに当たって、夕食に贅を凝らそうと考えておりましたので快諾いたしました。
 そのような次第で、エヴィデンシア家と貴宿館の住人による、新入居者の歓迎会を開くこととなったのです。

 ちなみに、マリーズが最後までぷりぷりしていたらしいのですが、お付きのミームさんが何やら耳打ちしてから『そうですね。決まってしまったものは仕方がございません。確かに――近くで様子を愛でることがきると考えれば僥倖ですね。私の鬱憤は組み合わせカップリングで晴らさせて頂きましょう』と、今ひとつ訳の分からないことを言って、不穏な笑みを浮かべていたと、あのロッテンマイヤーが、少し引いているような様子で言っておりました。

 今は、サロンでお茶やお菓子を頂きながら歓談するため、マリーズが率先して、ご機嫌な様子で準備をしております。

「トニーさん、ハンスさん、そちらのソファーをこちらに移動して頂けますかしら。……そうですね、その角度がよろしゅうございます。ミームはあの位置に控えることになっていますから……ええ、この角度が最も映えますね。彼女の創作意欲もきっと高まることでしょう。フローラ、晩餐までの間、こちらで歓談いたしますので、こちらの席にクラウス様を誘導してくださいな。左右にレオパルド様と、リュートさんが来るのが理想なのですが、グラードル卿でも構いませんよ」

「あの……マリーズ、殿方たちが歓談するのはよろしいのですが、何故ほとんど横並びなのですか?」

 マリーズが配置したソファーは、ゆるい弧を描くように並べられております。

「何を言っているのですかフローラ! せっかくの機会――愛でるために決まっているではありませんか。同士として情けないですよ」

 キリッとした表情でそう言われましたが、私、いったい何の同士になったのでしょうか?
 
「ちなみに、フローラは私の隣に席を設けました」

 私たちの席は、殿方たちに勧めるという席から少し斜めの位置にあって、その位置からですと殿方たちが重なり合うように近くに見える感じになるのでしょうか?
 何でしょうか、マリーズが『私、いい仕事をしました』とでも言いたそうに、朗らかな笑顔を浮かべて胸を張っております。
 私といたしましては、旦那様の隣がいいのですけれど……。
 ちなみにリュートさんは、できるだけロメオに近付かないように、ミミやヨハンナたちを手伝って、アルドラが作ったプティ・ガトーを盛り付けた皿をテーブルに配しております。
 アルメリアは、本日より上位貴族の方々と生活しなければならないので相当緊張しているのでしょう、気もそぞろで、言動も少々おかしくなっておりまして、「皆様の前で粗相をしてしまったら……お仕置きされてしまうのだろうか? くぅッ、なんと魅惑的な……」と、わけの分からない事を呟いておりました。
 私も何か手伝おうと考えていたのですが、本館の使用人たちも今日はこちらに出向いておりますので、私が手を出したらかえって邪魔になってしまいそうです。
 そのような感じでサロンの準備をしておりましたら、レガリア様から伺ったクラウス様たちがやって来る時間になりました。





「ようこそおいでくださいました皆様。本日よりよろしくお願いいたします」

 玄関ポーチからセバスに伴われ、貴宿館のエントランスに入ってきたクラウス様やレオパルド様、レガリア様たちに向かって私たちは礼をいたします。

「当主グラードルが、軍務部より帰宅しておりませんので、私が成り代わり持て成させて頂きます」

 エヴィデンシア家の家を守る夫人として、私が挨拶いたしました。
 お父様もお母様も、使用人たちと共に彼らを出迎えました。
 そんな私たちを、クラウス様はかしずかれる事に慣れた人間独特の態度で受け止めます。

「ウム、よろしく頼む」

「本日よりよろしくお願いいたします」

「皆様、よろしくお願いいたしますね」

 クラウス様に続いて、レオパルド様、レガリア様からも挨拶を頂きました。

「クラウス様たちの荷物は既にお部屋の方へと納められておりますが、本日お持ちになった荷物もあると思います。まずはそちらをお部屋の方に納めて、その後に夕食までの間、我が家と貴宿館の住人との歓談の場を設けましたのでサロンにお越しください。セバス、ロッテンマイヤー、皆様をご案内差し上げて」

 本日より貴宿館に入居なされるのはクラウス様とレオパルド様、レガリア様ですが、皆様、部屋の片付けなどのためにご自分たちの使用人を数名連れてきたようです。それから、近衛騎士の方々も数名ついてきております。
 ちなみに、クラウス様の部屋は一階の右端の表側になります。これは、近衛の待機所から部屋の周辺が確認できる場所になります。
 クラウス様の部屋の奥側の部屋にレオパルド様が入室することになりました。実は、この部屋はリュートさんが使っていたのですが、レオパルド様はクラウス様の護衛をかねているので、できるのならばこちらの部屋にしてほしいと言われました。
 有り難い事に、リュートさんは寝起きできれば同じだからと、部屋を移ることを快諾してくださいました。
 頭上の二階はマリーズのお付き、リラさんとミームさんの部屋になります。
 部屋を移動したリュートさんは、アルメリアの部屋の下になります。
 さらにそのアルメリアの部屋の隣が、レガリア様の部屋になりました。
 直接サロンに続く部屋なのですが、ドアから出るとすぐにロメオが置かれた場所ですので、とても喜んでおられました。
 ちなみにクラウス様の部屋の上がマリーズの部屋で、元々はお父様とお母様の居室であった場所です。





 身近な荷物を部屋に納めて、伴った使用人たちを帰宅させた後、クラウス様たちをサロンへと招きました。
 席は、クラウス様がマリーズの近くに座りたがったのですが、セバスが巧みにお心をくすぐり、マリーズの望んだとおりの配置になりました。セバスにお願いしておいて正解でした。
 マリーズは、私の隣で何故か鼻息が荒くなっております。彼女の背後に控えるミームさんも目を輝かせて食い入るようにクラウス様たちを見ております。
 ちなみに、レオパルド様の斜め前にお父様が座っておりまして、背の低いテーブルを挟んでレオパルド様の前にお母様が、その隣にレガリア様が座っております。レガリア様の前にはクラウス様が座っており、クラウス様の後ろには近衛騎士が二人控えています。
 そして、一つ席を空けてアルメリアがおりまして、マリーズがその斜め前、つまりはお父様と離れて対面している形で、彼女の背後には、お供のリラさんとミームさんが控えております。
 私はそのマリーズの斜め前で、リュートさんの隣に座っております。

「まあ! こちらのプティ・ガトーは……もしかしてメルゾン・カーレムのものでは?」

 テーブルに並べられた皿の上のプティ・ガトーを見て、レガリア様が喜色を浮かべました。
 その様子を見て、クラウス様が、フンッと鼻で息をいたします。

「何を言うレガリア。メルゾン・カーレムの菓子をこれほどの数集められるわけがないだろ。王宮でさえ一度に数個しか食すことができなかったのだぞ」

「それにメルゾン・カーレムは、一月ほど前に店じまいして店主も姿を眩ませてしまったと聞きました」

 レオパルド様はそう言いながら、取り分けられた菓子が乗せられた皿を持ち上げて、目の前で確認しております。

「……ですが、この模様の付け方や、ショコレの艶……フローラ、もしかしてエヴィデンシア家では、メルゾン・カーレムで徒弟をなさっておられた方が厨房におられるのかしら? 我が家でも店じまいの話を聞いて、徒弟の方を雇い入れられないかと、伝をたどってみたのですけれど、叶いませんでした」

「以前関係があったとは聞いておりますが詳しくは……ただ、研鑽家ですので、メルゾン・カーレムの味に近付きたいと頑張っているようです」

 私、以前ライオット様にも同じような事を言った気がいたします。しかし、カーレム夫妻は表だった場所に晒されるのは煩わしいと、嫌っておりますので、流石に本人だとは言えません。
 それに、今回店じまいしたとき、徒弟の皆さんも全員、夫妻に付いてきてしまったと言っておりました。
 私の言葉を聞いたクラウス様が軽く驚きの表情を浮かべます。

「なに! そのような者を雇い入れているというのか、伯爵家風情が生意気な……。王宮でもメルゾン・カーレムの徒弟であった者が厨房を預かっているが……本家にはやはり及ばぬ。どれ、こやつはどうかな」

 クラウス様がそう言ってプティ・ガトーに手を伸ばしますと。レガリア様も取り分けられたプティ・ガトーをフォークで切り、口に運びました。

「……これは!? まさにメルゾン・カーレムの味! いえ……もしかしたらそれ以上では……」

「…………驚きました。俺は菓子にはそんなにこだわりはないですが、これは……美味しいですね」

 レガリア様とレオパルド様は、アルドラのお菓子に、素直に感動を表してくださいました。
 そういえば、アルドラが『本当に食べさせてあげたい人たちに作ってるんだからさ、今のあたしたちの料理が一番美味しいさ』と言っておりました。
 ですが、クラウス様はお菓子を味わううちに、だんだんと不満顔になってゆかれます。

「………………ムムムムっ、けしからん! 伯爵家風情が、何故王家よりも美味なものを食しているのだ! 料理人を呼べ! これだけの腕を持っている職人ならば当然、それにふさわしい場所で力を使うべきだ。王宮に召し出すのだ!」

 クラウス様がそのように無法な事を仰りました。
 その言葉に皆が困ってしまっておりますと、階段の上がり口から声が掛かります。

「クラウス殿下……もう忘れてしまわれたのですか? アンドリウス陛下よりこの貴宿館においては、いち学生として生活すべしと命ぜられたのを……」

 そう言って、旦那様がサロンへとやって参りました。

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