モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第三章 モブ令嬢と旦那様と捜査局にて

 法務部から護送用の大型馬車がやってきた後。
 レオンさんは、私たちの知人であるので連絡が付くと判断されて、その場での聴取で解放されました。
 彼は、馬を借りた辻馬車の持ち主に、弁明とお礼をしに行かねばと慌てて戻って行きました。捜査局の方が一名、馬泥棒ではないと証明するためについて行かれたようです。

 法務部行政館へと移動した私たちは、捜査局長の執務室へと通されます。
 私たちを襲撃したお義兄ボンデス様は、尋問のために地下にあるという取調室へと連行されて行かれました。
 お兄様以外にも、私を襲いライオット様に倒された男と、レオンさんが切り伏せた男も一名捕縛されております。
 結局、入れ替わっていたという、逃亡した御者を捕まえることは叶わなかったようです。

 さらに、私たちが行政館まで移動するまでの間に捜査局の方々が調べた情報によりますと、ルブレン家に仕えていたロランという従僕は姿を消しており、さらに下働きも四名、馬丁が一名、何も告げずに居なくなっていたとのことです。
 私たちを襲った者たちと人数が合うことを考えましても、彼らが今回の襲撃の実行者なのでしょう。

 私たちが部屋へと通されてそう間を置かずに、お義父ドートル様も館から駆けつけてまいりました。

「グラードル……まことに、誠にボンデスが……」

 お顔が真っ青で、表情も憔悴したご様子です。一時間ほど前に別れたばかりなのに、一気にお年を召してしまったような感じがいたします。

「……父上」

 旦那様はそう言ったきり先を続けることが出来ません。しかし、旦那様のその表情を見てお義父様は全てを察せられたようです。グッと、歯を噛みしめてから口を開きました。

「間違いではないのだな……。なんと愚かなことを……」

「これはこれは、ルブレン侯爵もお着きだね」

 室内に漂っていた暗い雰囲気などまるでお構いなくライオット様が部屋へと入ってまいりました。

「私は捜査局の局長ライオット・コントリオ・バーズと申します。さてさてさて、この度はルブレン家、およびエヴィデンシア家には……うむ、なんといったらいいものかね」

 ライオット様は、気を遣った物言いですが、その言葉とは裏腹に表情はあまり困ったご様子には見えません。
 そんなライオット様には慣れておられる旦那様は、構わず口を開きました。

「バーズ局長……兄上の様子はいかがでしょうか?」

「ん、ああ……なんと言ったらいいかね。あの後からどこかぼーっとした感じなのだが、何故あそこまで激怒して、あのような行為に及んでしまったのかと、自分でも判然としない様子でね。まるで憑き物でも落ちたような感じだよ。まあ、精神誘導されていたようだから、奥方に頬を張られた衝撃で少しは精神が覚醒したのかもしれないねぇ」

「……精神誘導とは、いったいどういうことだ?」

 お義父様がそう声を上げます。

「ルブレン侯爵。その説明をする前に聞いておきたいのだが、従僕のロランという男は、いつからルブレン家に?」

 ライオット様は、お義父様の質問には答えずにそう問いかけました。

「ロラン……ああ、大怪我をした前の従僕ルリオの代わりに雇ったのだが、一年と四、五ヶ月まえになるか――たしかエルダンの紹介であった。……まさか!?」

 お義父様はエルダン様が関わっておられたことで、私たちが告げたレンブラント伯爵の影を感じたのかもしれません。
 しかし私は、その時期を聞いて別の事に気付きました。ふと視線を感じて旦那様を見ると、彼も私を見ておりました。きっと同じ事を考えたのでしょう。
 その時期は、ルブレン家と我が家、エヴィデンシア家の婚姻話が持ち上がって直ぐの頃合いです。
 当時の私は知らなかったのですが、バレンシオ伯爵が、両家の婚姻に異議を申し立てて、アンドリウス王の裁定を受けることとなったと後から聞きました。ですのでその頃にはバレンシオ伯爵は私たちの婚姻話を知っていたはずなのです。
 他の下働きや馬丁がいつルブレン家に入ってきたのかはいまはまだ分かりません。しかし、ロランという従僕は、ルブレン家の内情を探るためにバレンシオ伯爵が送り込んできた密偵だったのでしょう。

「さてさてそれでは、先ほどの質問に答えましょうルブレン侯爵。ボンデス君は、ルブレン家の兄弟の中で自分が不当に扱われていると思い込んでいた」

「なに、そのような事は無い。儂は確かに仕事にかまけてはいたが、使用人たちにはしっかりと面倒を見るようにと手を尽くして……」

 そう言うドートル様をライオット様は手を差し出して止めます。

「この場合、本人がどう感じていたかが大切なのですよルブレン侯爵。彼はそう考えていた。そうして、その従僕のロランは、彼に囁いたのでしょう、グラードル卿がボンデス君の望んでいる地位や財を狙っていると。そのために周りに取り入っていると。ボンデス君がルブレン家で不当に扱われているのは全て、グラードル卿が裏から手を回しているからだと。そうして、自分だけは貴男の味方だとね」

 お義父様が、拳を強く握りしめてふるふると震えております。

「今日、儂は……グラードルたち夫婦を見て過去の己の行いを後悔した。……だがまだ取り戻すことができるだろうと甘い考えを……」

「いいえ、いいえお義父様。まだ間に合います。旦那様は今回の襲撃についてボンデス様の罪を問うお心はございません――ですね旦那様」

 私がそう言い視線を合わせますと、旦那様は軽く頷いてお義父様へと向き直りました。

「ええ、父上。いまバーズ局長が仰ったように、兄上はそのように誘導されていたのです。それに……今回の件はバレンシオ伯爵とエヴィデンシア家の因縁から事が発していると考えます」

「バレンシオ伯爵とエヴィデンシア家の因縁と言うと、あの冤罪事件か? 婚姻話に因縁を付けられたのはその件があったからかとは思ったが、王の裁定がおりた後は何も言わなかったではないか」

 お義父様と話していた旦那様が、不意に私に向き直り、何かを決意したご様子で口を開きます。

「フローラ、ルブレン家もここまでの事をされている以上、バレンシオ伯爵とエヴィデンシア家の因縁について、全て話してしまった方が良いと思うのだが。バーズ局長も、よろしいでしょうか?」

「ふむふむ、グラードル卿。君がそう思うのならば私は構わないよ」

「私も、旦那様の思われるとおりに」

 ライオット様と私がそのように了承いたしますと、旦那様はお義父様に話し出します。
 お祖父様とお婆さまが結婚する前からのバレンシオ伯爵との関係。そうしてその後のエヴィデンシア家に仕掛けられた数々の陰謀。さらに、旦那様が結婚前に負った戦場での傷もバレンシオ伯爵の手の者の暗躍があった可能性が高いこと。最後に今回のこの件、従僕のロランもバレンシオ伯爵の密偵であったと思われると。

「まさか……そのような事があったとは。しかもバレンシオ伯爵の妄執はいまだにエヴィデンシア家を捕らえているというのか……」

「……その、申し訳ございませんお義父様。ボンデス様は我が家の事情に巻き込まれてしまったのかもしれません」

「……いやフローラ。グラードルはお主と結婚してこのように人を思いやれる人間となった。我が子のことだ――本来であれば儂が向き合わなければならなかった。……だからこそボンデスには儂が向き合ってやらねばならぬ。これまで彼奴のことを顧みなかった償いのためにもな……」

 お義父様はこれまで見たことも無い、悲しみと優しさが入り交じったようなそんな表情を浮かべて仰いました。 

「いやいやご立派ですルブレン侯爵。それでは、その一助として聞きたいのですが、これから言う使用人の事は知っておられますかな?」

 ライオット様は、そんなお義父様の決意を台無しにする剽げた調子で、五名の名を上げます。下働きと御者の名前でしょう。
 お義父様は、感傷的な気持ちを無下にされて、少しムッとした調子で口を開きました。

「流石に馬丁や下働きの名前までは覚えていない。彼らの採用は執事にまかせているからな。執事のヨセフに聞けば分かるだろう」

 我が家と違い、普通の貴族家では、下働きや馬丁が主人の前に顔を出す事はそうあることではございません。よほど使用人のことを気に掛ける主人でもない限り名前と顔が一致することはないでしょう。

「なるほどなるほど、……今日の所はどちらにしても、これ以上の情報は出てこないでしょうね。ところでルブレン侯、ボンデス君と顔を合わせて行きますか?」

「いいのか……バーズ捜査局長」

「ええよろしいですよ。貴男と話せば、もう少し情報が得られるかもしれないですしね。それに、今回の件、御者殺害の件は、実行者では無いことは間違いないようですし。襲撃の件も従僕のロランという者が真の首謀者だとすれば、襲撃された本人たちの嘆願もありますし減刑することは可能でしょう」

 そうしてライオット様はお義父様を伴って、取調室へと向かわれました。旦那様と私も、法務部を辞して今度こそ我が家へと帰宅いたしました。

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