モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第三章 モブ令嬢と旦那様

 メアリーに伴われて部屋を出たライオット様を見送った後、書斎に残った旦那様と私はソファーにかけ直しました。
 私のかけた場所は、先ほどと同じように旦那様の隣になります。

「フローラ、疲れたろ」

 旦那様が私を労るようにそう声を掛けてくださいました。
 私は、旦那様のその言葉に甘えてしまって、身体を彼の半身に完全に預けてしまいます。頭まで旦那様の胸の辺りに付けるように……。
 旦那様は先ほどまでと違い、私を支えるようにではなく、肩の上から包み込むように抱き寄せてくださいました。

「はい、ライオット様は確かに我が家のことを思ってくださっておられるのでしょうが、それ以上に王国の官吏としての思惑があるのでしょう」

「……まあ、それもあるんだろうけど、あの人の場合、どこまで真剣なんだか心配になるときがあるよ。……前に、これから起こる可能性の一部を話したろ。ライオット卿は俺の知っている話の中には出てこなかった人物なんだ。だから彼と話していると必要以上に構えてしまう」

 旦那様はそう言うと僅かに考え込んだような間を置いて言葉を続けました。

「それに、王宮での茶会に招かれるというイベントも、リュート君が聖女様、マリーズにアプローチしないと起こらないはずだった。しかも、ひと月ほど開催時期が違っている。たしか、赤竜の月およそ7月だったはずだ。……まあ、この場合どちらにしてもウチは関係ない話だったんだけどね」

「そのときには既にバレンシオ伯爵は財務卿の職を辞しておられたということでしょうか?」

「そういう事だろうね、ゲームの中でバレンシオ伯爵という名前は一切出てこなかったからね。まあ主人公がリュート君であったわけだから、彼に関係しなかった人間が登場しなかったのは当たり前かも知れないけど、俺としては、何らかのヒントがほしかったところだね」

 旦那様はどこか軽い調子でそう言いますが、それは沈みそうになる気分を無理矢理引き上げようとしているような、そんな感じがいたします。
 そのご様子がどこか痛々しくて私は抱きかかえてくれている彼の手を取り、お顔を見つめます。

「旦那様、私、ライオット様の前ではああ言いました。現状を考えますとあの答えが間違いではないと思います……しかし、本当はとても恐ろしいです」

 私はあえて弱音を吐きました。二人でいるときくらい心の内をさらけ出したいと思ったからです。
 そんな私を見た旦那様は、無理矢理つくっていたおどけたような表情を収めて苦悶をあらわにいたします。

「君にもし何かあったらと思うと……俺も恐ろしくてたまらない。ライオット卿は間違いなく、茶会で何かを仕掛けるつもりだろう。……しかし王の主催する茶会でそのような事ができるのだろうか? まさか、この茶会自体がそのために催されるなどというわけでは……」

「前後関係を考えてみましても、おそらくそれは無いとは思いますが……」

「……確かに考えすぎか。これじゃあ陰謀論者のようだ」

 旦那様は、目頭をつまんで頭を軽く振ります。

「旦那様もお疲れではございませんか?」

「そうだね、このような状態の時に考え込むと悪い方にばかり思考が行ってしまう。それに我が家にはまだ正式な招待は来ていないのだし、いまはもう少し身近なことから考えよう」

 旦那様はそう言います。僅かではございますが心の底の弱音を吐き出したことで、本当に意識が上向いてきたご様子です。

「今回の件では、アンドゥーラ卿にはお世話になってしまったようだね。さすがに一度お礼に伺わなければならないだろうね」

「……よろしいのですか? 以前の旦那様は先生と良くない縁を結んでおられましたし……私も折を見て先生には、旦那様がお心を正されたとは話しておりますものの……その、信じてもらえている気がいたしません」

 そう言う私の様子を見て、旦那様は優しく笑顔を浮かべます。

「いや、これまでも君が生徒として世話になっているのだし、これからのこともある――避け続けるわけにも行かないだろ。これが良い機会だと思う」

 私といたしましては、今の旦那様は明らかに、アンドゥーラ先生の好奇心の対象になってしまうだろうという事の方に大きな懸念を感じます。

「明日、昼後の授業が終わった頃合いに、アンドゥーラ卿の個室を訪ねるよ。君は昼後からは彼女の授業を受けるのだろう? それにしばらくはできる限り一緒に帰ろう」

「はい。お待ちしております」

「ご主人様、奥様お話がお済みでしたら、そろそろ夕食の時間でございますお部屋の移動を……」

「おわッ!」

 背後から突然声をかけられて、旦那様が飛び上がって驚きました。私もビクリとしましたが、この流れには耐性が付いてまいりました。

「……メアリー、急に声を掛けないでください。それにいつの間に部屋に?」

「先ほどから控えておりましたが……お二人の世界に入っておられましたので。私、できる侍女ですので――気を利かせて待っておりました」

 メアリー……自分で言いますか。
 しかし彼女からの指摘に、旦那様と私は、顔を見合わせて赤くなってしまいます。夫婦なのですからそろそろ堂々としていたいものですが、なかなかそういうわけにもまいりません。

 そのようなやり取りがあった翌日、皆で学園へと通う道すがらマリーズが頬をぷくりと膨らませて口を開きました。

「まったく、どういうことなのですか? 先週は突然学園を休んだので、私心配しておりましたのよ、私も先週は神殿から学園へと通わなければならなくなったので、まったく状況が分かりませんし、リュートさんに聞いても要領を得ないんですもの」

 前を歩くリュートさんが、いや~といった感じで頭を掻いておられますが、リュートさん、その態度は褒められたときにするものだと思いますよ。
 私の隣では、知っているのに話せない状況に陥っているアルメリアが、口をむにゅむにゅさせております。
 心苦しいですが、彼女には旦那様が身代金目当てで拉致されたという形で説明しております。
 また、彼女には実行犯は捕まえたが主犯を取り逃した形となっているので、いまのところ情報を漏らさないようにとの命令が下されたと、旦那様が説明しておりました。
 

「連絡ができずに申し訳ございませんでしたマリーズ、縁戚に急用ができたのです。旦那様は演習に出掛けておりましたので私が代理で出掛けたものですから」

 嘘を重ねるのは心苦しいですが、マリーズやリュートさんには、心安らかに過ごして頂きたいと思います。
 我家においても、また法務部の方々も注視しているとはいえ、我家の因縁に巻き込まれているような物なのですから。

「そうだったのですか、それでは仕方ないですね。ああ、そうでした。私、オルトラントの王宮へと招かれることが正式に決定いたしました。近くリュートさんにも、エヴィデンシア家にも連絡があると思いますが、光の月およそ六月の一日に開催されるそうですわ」

 光の月の一日と言うことは、あと十日ほどではございませんか!?
 それに私、レガリア様と、ロメオとバリオンで協奏をしなければならないのでした。
 これは、想像以上にめまぐるしく、当日を迎えることになってしまいそうです。
 私の隣を歩く旦那様も、そのお顔に憂慮の色合いを浮かべておりました。

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