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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第二章 モブ令嬢と入居人のお屋敷探訪(前)

 我が『貴宿館』にて聖女様を受け入れてからそろそろ一週間ほどになります。
 そして学園の入学猶予期間もあと十日ほどになりました。
 緑竜の月およそ五月になりますと、本格的に授業が始まります。
 また旦那様も、緑竜の月になりますと騎士団で演習があると仰っておりました。
 演習は、架空の戦闘領域を設定しまして数日を掛けて模擬戦闘をする形式で行われるとのこと、本日はその打ち合わせもあり旦那様は帰宅が遅くなると仰っておりました。

 今日、私は昼前だけ学園でアンドゥーラ先生のお手伝いをして帰ります。
 アルメリアも今日は騎士就学生としての訓練などが無いとのことで、教室で中等部の復習をすると言っておりました。

「フローラ、帰るのかい? なら一緒に帰ろうじゃないか」

 中天になり、私が帰ろうといたしますと、それを教室から目に留めたらしいアルメリアが、追いかけてまいりました。

「学園の方はいいのですか?」

「私は軍学の研究者になりたいわけではないからね。今日学園に来たのだって、一日貴宿館にいても仕方がないからね。訓練が無いと手持ち無沙汰でしょうがないよ。新しい騎士物語でも手に入ったらよかったんだけどね。そうだ、この間貸した話はどうだったかな? 私的にはかなりおすすめだったんだけど」

 アルメリアは幼少期より近衛騎士を目指しているらしいのですが。その原因がお父様が所蔵していた騎士物語だと話しておりました。
 彼女はその物語の中で、主である姫を守り、様々な苦難を乗り越える主人公の近衛女性騎士の姿にとても衝撃を受けたのだといいます。それ以来、彼女は近衛騎士になる夢を持ったらしいのですが、騎士物語自体も好きになったようで、様々な騎士物語を集めております。

 学園で仲良くなってから、様々な騎士物語を貸していただきましたが、彼女の好みの傾向は、姫や恋人との恋愛話よりも、主人公である騎士が様々な苦難に遭い、それを乗り越える事に主題がおかれているものが多いと感じられます。特に、精神的な苦悩と肉体的な苦痛の描写が顕著なものが多いので、私は読んでいて痛々しい気持ちになってしまうことがございます。

「今回の話、最後は綺麗に終わりましたので面白かったです。ですが、途中が少々痛々しくて読み進めるのがつらかったです」

「もしかして、姫を人質に取られて、捕まった主人公が拷問を受けたところかい? ……うーん、私としてはそこが良かったと思うんだけどなぁ。あのような状況に陥ったときに、どう対処すれば良いのか勉強になるし」

 あのシーンでは、縛り上げられてしまった主人公が、姫様を前に鞭打たれ、その屈辱と己の力のなさに煩悶しておりました。アルメリアは、それを思い出して主人公の気持ちに同調しているのでしょうか、彼女の頬に軽く上気したような赤みが差しております。

「その――私、たまに思うのですけれど、騎士物語ではよく姫様が敵に捕まってしまいますよね。しかし現実問題ですと、そもそも近衛騎士が、あのように姫を人質に取られる状況になってしまってはいけないのではないでしょうか?」

 私がそう言った途端、アルメリアが絶句したように固まりました。
 何でしょうか、瞳もぷるぷる震えているように感じられます。

「……いっ、いや、ほら、フローラ、それは――まッ、万が一、万が一って事もあるだろ。そう! 私はそのときのために備えているのさ!」

 アルメリアがグッと拳を握った後、ブンっ――と私に顔を向けて力説いたしました。
 彼女はさすがに近衛騎士を目指しているだけのことはありますね。

「私、そこまでは考えが至りませんでした。たしかに万が一ということはあるかも知れませんね。さすがはアルメリアです」

 私が、そう答えると、力説していたアルメリアが、何故か軽く驚きの表情を浮かべました。
 私、何か驚かれるような返事をしたでしょうか?
 わずかな間を置いて、アルメリアの表情がこんどは優しいものに変わります。そして彼女は私の肩に手を掛けまたした。

「……フローラ、どうか君はそのまま素直に成長してほしい。とっ、ところで話を変え――いや、ひとつお願いがあるんだけど」

「何ですかアルメリア?」

「前にも言ったけど――私、君の新しい館を、訪れてみたいんだけど……だめかな?」

 アルメリアが、少しモジモジしております。

「本館を――ですか? ええ構いませんよ。今日でしたら時間もございますし、いかがですか?」

「本当かい! 嬉しいなあ、私、グラードルの館を調べてみたかったんだ」

 あら――? 何でしょうかいまのアルメリアの言葉。私が考えていた趣旨と違っていたような……





 あの後、たわいもない話をしながら、屋敷まで帰ってきた私とアルメリアが、屋敷の門を通りますのと同時に、本館と屋敷を囲う塀の間の空間からマリーズ様が飛び出してきました。

「マッ、マリーズ様!? いッ、いったいどうなされたのですか!?」

 マリーズ様は、綺麗な銀色の髪に蜘蛛の巣を乗せ、服にも蜘蛛の巣と埃が付いております。ただし、服は巫女の衣装ではなく、綺麗なワンピースドレスなのですが……これは、汚れが落ちるか少々心配になってしまいます。

「ああ、フローラ、アルメリア。私いま、屋敷の中を探訪しておりましたのよ。エヴィデンシア家の敷地はなかなか広くて、本館の後ろの林は落ち着いていていいですね。もしかして、この本館が建つ前はこちらまで林だったのかしら?」

 マリーズ様は、そう言いながら、蜘蛛の巣を払います。

「はいマリーズ様。私も子供の頃は、あの林を馬に乗って散策するのが好きでした。――いまは半分ほどになってしまいましたので、馬に乗ってというわけにはまいりませんが……」

 私の返事に、マリーズ様は少しムッとしたように口を膨らませております。

「フローラ。私とあなたたちは同じ歳ですし、この先、学園でもご一緒するのですから、マリーズと呼んでくださいな。アルメリアもお願いしますね」

 恐れ多いことです。しかし彼女がそう望んでおられるのでしたら、その方がいいのでしょう。私も、様付きで呼ばれるのはあまり好きではございませんし……。

「聖女様を呼び捨て……貴宿館の同居人として、これはいいのだろうか……いや、やはり騎士として……」

 アルメリアが、同居人としての友誼と、騎士の矜持との間で苦悶しております。

「ア・ル・メ・リ・ア――お願いしますね」

「はい! マリーズ!」

 いま一瞬、背筋に寒気が走ったのですが、いったい何だったのでしょうか?
 彼女の虹色に輝く瞳からも、尋常でない圧力が放たれたような気がいたしました。
 アルメリアが、ピシリと背筋を伸ばして騎士の礼をしております。
 しかし、その表情は陶然として視線は宙を泳いでいるような……頬の辺りも赤くなっております。

「あの、アルメリア? 大丈夫ですか?」 

「ハフゥ――あっ? うん、大丈夫……」

 私どもがそのような遣り取りをしておりますと、マリーズが飛び出してきた狭い空間から、声が響いてきました。

「マリーズ様! 隠れておらずでてきてください!」

「マリーズ様! どちらですか! マリーズ様!!」

これは、マリーズ付きの巫女たちの声では。

「そういえば、お二人は今日は早いですね。どうされたのですか?」

 マリーズは、お付きの方たちの言葉を気にしていない様子で私たちに声を掛けてきます。

「はいマリーズ。私たちはこれから本館の探索をするんです」

 あッ、アルメリア!? あの――先ほどの話と趣旨が完全に変わっておりませんか!?

「まあ! 私、貴宿館はもう一通り見学いたしましたし、敷地内もいま見て回ったところです。せっかくですから本館も見学してみたいですわ。ねえ、私も一緒によろしいですかフローラ?」

 マリーズは身体の前で手を合わせますと、軽く小首をかしげて笑顔でお願いしてきました。
 ……これは、断れません。

「分かりました、皆で見て回りましょう」 

 私がそう返事をしたのと時を同じくして、先ほどマリーズが飛び出してきた空間から、ゼイゼイと息を荒らした二人の巫女が出てきました。

「ああ、マリーズ様! やっと見つけました! いくら屋敷内とはいえ、お一人で歩き回らないでください。もしもマリーズ様に何かあったらと思ったら……」

「大丈夫ですよリラ。分別のない子供ではないのですから危険なことはいたしませんわ。せっかくの神殿外での生活なのです。少しは羽目を外してもよろしいではないですか」

 マリーズは口をプリプリと膨らませて、お付きの巫女にいいました。それはまるで姉に甘える少女のようです。
 彼女はリンデル子爵家の次女ですが、幼少期に力が発現した時から、ずっと神殿で育ったと聞き及んでおります。大人びた聖女としての立ち居振る舞いも本当の彼女なのでしょうが、この天真爛漫な振る舞いもまた本当の彼女なのでしょう。

「それに私、これからエヴィデンシア家の館に招かれました。彼女たちが一緒ですのであなたたちは、貴宿館で控えていてくださいな。あなたたちまで付いてきてしまったら廊下を歩くのも大変になってしまうもの」

 リラと呼ばれた巫女が、眉間を押さえております。しかし結局、諦め顔でマリーズを諭します。

「わかりました……ですが、いいですかマリーズ様。こちらは神殿ではないのですからね。羽目を外しすぎないでくださいね」

 あら――? 先ほどマリーズ様は、神殿の外なのだから少しくらい羽目を外してもと仰ったような気がするのですが……、神殿でも羽目を外しておられたのですか!?

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