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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第一章 モブ令嬢と旦那様の帰り道(後)

 私はメイベル嬢の目に入らないように旦那様を促してあの場所を離れました。
 あんな時に見つかりでもしましたら、どれだけ自慢と嫌みを言われるか分かりません。

 私たちは店舗街から貴族の屋敷が多く建ち並ぶ区画の近くを歩いています。

「『……メルゾン・カーレムが閉店? どういうこと? デートイベントどうするの? 主人公も王子もアルベルトも使ってたよな……』」

 旦那様は、先ほどからブツブツといつもの独り言です。
 目を白黒させたり、少し考え込んだりと、眺めていて飽きません。
 そんな状態がしばらく続いたと思っておりましたら、旦那様が何かを思い出したように私に顔を向けました。

「そういえば、フローラは誰に会ってきたんだい?」

「はい、友人のアルメリアと、私が専攻しております魔導学部の教諭アンドゥーラ先生のところです」

 そう言った瞬間、旦那様の口から「○×゛ッ!」という、これまでの人生で一度も聞いたことのない音が漏れました。
 これはもう、声と言うよりは音、でしょう。

「どっ、どうしたのですか旦那様?! お顔の色が……」

 旦那様のお顔の色が見る見る間に地の精霊ノルムにとりつかれでもしたように土色になって行きます。

「フッ、フフ、フロッ――フローラ……、君が言っているのはもしかして、アンドゥーラ・バリオン・カランディアと、アルメリア・パーシー・カレント……じゃないよね? できるならそうではないと言ってほしい!」

「いえ、あの、すみません旦那様――仰ったとおりです。そもそも、いま魔導学部の教諭はアンドゥーラ先生しかおられませんし」

 旦那様の動揺は、それはもう見ているこちらが気の毒になってしまうほどです。
 そういえば、先生が昔、付き纏っていた旦那様を炙ったとか言っておられました。そのことでしょうか?
 ではなぜ、アルメリアの名前も知っているのでしょう?
 考えてみますとこれまで学園の友人とは話していましたが、旦那様に彼女の名前を言ってはおりませんでした。
 旦那様は騎士ですから、学生共同の教練の時にでも面識ができたのでしょうか?
 ですがいま、私が尋ねてみたいと思ったのはこちらです。

「旦那様……私、今日アンドゥーラ先生から、旦那様が学生の頃の話をうかがいました。その……本当のことなのでしょうか?」

 その言葉に、旦那様は苦渋に満ちた表情をなさりました。
 唇の端が、クッと噛みしめられます。

「若気の至り……と言って許されることではないよな」

 そして、目をつむって顔を上空へと向けました。そんな彼の口から漏れ出す小さな言葉は、過去の悔恨に思いを致しているように響きます。 

「『そもそも、ヤツがあのとき何を考えたかなんて分かんないんだよ。いまの俺、どう考えても前世の意識でものを考えてるんだから……。一八年の記憶は確かにあるけど、映画の内容を覚えてるような感じだし……でも俺がやったことには変わりはないわけだ……』」

 沈みゆく赤みを増した太陽の光の中へとその響きが溶けてゆきます。

「旦那様は、過去の行いを悔やんでおいでなのですね」

 旦那様は仰いでいた顔をゆっくりと私に向けました。その顔には決意の色が見えます。

「……ああ、俺がやったことには間違いないからね。その贖罪はしなくてはならないだろう」

 その言葉を受け止めたいと、私は胸の前で両の手を握ります。

「私は、いまの旦那様と出会いました。そして救われた思いがするのです。ならば私も妻として、旦那様の罪と向き合っていかなければならないと思っております」

 やはり旦那様は、私の思っていたとおりの方です。たとえ過去に過ちを犯しておいででも、それを悔い、正そうというその心根がある限り、私は彼の過去の罪を許すことができると思います。

 旦那様は、そんな私の言葉に照れてしまったように顔を赤く致しますと、頬の傷痕を掻き「『それに、さすがは当て馬キャラというべきか、結局コイツ、全部失敗してるんだよな……』」、ぽそりとつぶやきました。

「……あれ? でも、ということはフローラは魔法が使えるのか? これまでそれらしいところを見たことがないが」

「はい、その、お高うございますので……」

 旦那様がハッとしたような顔を致しました。
 いまの一言で、旦那様はすべてを理解してくださったようです。

「……ワンドか。……それは、確かにどうにもならないな」

 私たちの住まうこの世界はハルメニアと呼ばれております。友人の名前と響きが似ていて、思い出すと少し笑みが漏れてしまいます。
 このハルメニアで、便利で強力な力であるにもかかわらず魔法が発展いたしませんのは、ひとえにワンドが非常に高価なためです。
 しかも、ワンドは使用者の魔力で染め上げるため、他人が使用することができないのです。
 ワンドを制作することができるのは北方のブリステン魔法王国と、東方のトーワ皇国のみで、しかも一年に十数本しか制作できないと聞き及んでおります。
 最も安価なワンドでも、我家の新たな館に掛かった建築費用を軽く超えてしまうでしょう。

「しかし、その……それならば、アンドゥーラ卿を頼るわけには行かないのか。彼女は確か『千杖せんじょうの魔女』と呼ばれていたと思うんだが。それに、生徒思いではあるのだろう?」

 旦那様は頬を引きつらせながらも、先生の名前を出しました。
 そんな旦那様の様子と、先生の逸話を思い出して、私は軽く微笑んでしまいます。

「先生は、それは大量のワンドをお持ちですが――すべてご自分の魔力で染め上げてしまっているのです。他人が盗んでも使えないのを良いことに、学園の個室に無造作に転がしてありますわ」

「……らしいというかなんというか」

 やはり旧知だからでしょうか、旦那様はあきれた様子です。
 この先生の持つ大量のワンドは、銀竜クルーク様の試練を乗り越えた証でもあるのです。
 先ほども述べましたとおり、この世界で非常に高価で扱いの難しいワンドですが、唯一、それを大量に手にする機会がございます。
 それが銀竜クルーク様の試練なのです。
 クルーク様の試練では財宝の中に大量のワンドが含まれていることが周知の事実となっております。それは、使用者の魔力に染め上げてしまうため、他者が使うことができないということです。
 ですので、ワンドの持ち主が亡くなった時、間違いなく副葬品として棺に納められます。
 銀竜クルーク様は審判の場で受け取ったワンドを財宝とするために、染め上げられていた魔力を消し去るのです。
 つまり、銀竜クルーク様の試練最大の宝は、ワンドであるとも言われております。

 アンドゥーラ先生は、試練の折、財宝を守る最後の守護者を倒すため仲間と共に三日三晩戦い続けたと、吟遊詩人たちに唄われております。
 先生はそのさなか、守護者を倒しうる、より強力なワンドを戦いながら探したといいます。結果、見事に守護者を倒しましたが、そのときには財宝として置かれていたワンドをすべて自分の魔力で染め上げてしまわれたのです。
 結果、王国は大量の金銀財宝を手にしたものの、喉から手が出るほど手にしたかったワンドはすべて先生のものとなってしまったのです。

「あのときのアンドリウス王の引きつった笑顔は、それは見物だったよ」

 と先生は言っておられましたが、それが学園に押し込められている原因のひとつではないでしょうか。

ワンドか……父上からの援助金をすべて蓄えたとしても、とても及ばないな」

 旦那様が腕を組んで考え込んでいます。

「旦那様――何を考えているのですか? とんでもございません! ワンドなどいまの私には必要のないものです。学園の授業では訓練用杖タクトがございますし、私が魔導学部へ通っていたのは、元々は卒業後にアンドゥーラ先生の助手として雇っていただけるかもしれなかったからなのですから」

 助手というよりは、個室の清掃要員かもしれませんでしたけれど。

「本当に良いのか?」

「ええ、大切にしたいものは、もう旦那様にいただきましたので」

 私は、ニコリと笑顔を浮かべ、先の方に見えて来た我が屋敷へと向かって小走りで駆け出します。
 顔の火照りを冷ますように駆けた後、門のところで旦那様に向かって振り返りますと、旦那様は先ほどの場所に立ち止まったまま胸のあたりを押さえておりました。

 大変です! また旦那様の発作が起きてしまったのでしょうか!?
 私は、旦那様に向かって慌てて駆け寄りました。





 結局、旦那様の心臓に問題は無い、とのことでした。
 私たちは屋敷にもどり玄関ポーチを上がって、玄関の扉を開こうと致しますと、音もなく扉が開きました。
 ……この感じは、朝にも体験した記憶がございます。

「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」

 エントランスでは見事な礼をするセバスとメアリー、それ以外にも数名の人物が彼らと同じように礼をしております。

「これは……」

 旦那様が絶句するのも分かります。
 私たちが朝出かけた時には、エントランスはまだがらんとしたものでした。いまは階段の脇には飾り柱が置かれその上には豪華な花が生けられた花瓶が置かれてあり、壁には、これは南方クラバス王国の飾り絨毯でしょうか? が掛けられております。
 少しばかりの変化ではございますが、その置かれた場所が調和しておりますと、ここまで華やかに見えるものなのでしょうか。

「僅かばかりではございますが、こちらは我らアンドルクからのご主人様方への結婚祝いの品です。どうぞお受け取りください」

 顔を上げたセバスがそう言うと、控えていた人たちも顔を上げて「おめでとうございますご主人様、奥様」と笑顔を見せます。

「こちらは本日より、館の管理をする者たちです。改めて紹介いたします。執事としてお仕えします私、セルバンスターク・アンドルク、私の助手として館の雑務を預かりますトニー・ポート、そして侍女長としてお仕えするのは娘のメルアリーン・アンドルク。そして、いま二人侍女としてフルマ・ミリーとチーシャ・ルクルです。そして厨房を預かる、トナム、アルドラのカーレム夫妻となります。後、下働きの者たちが数名おりますが彼らは後々紹介させていただきます」

 名前を呼ばれた人たちはそれぞれに軽く頭を下げました。

「えっ!? ……カーレム……まさか」

 旦那様が小さな声でぽそりとつぶやきます。私も、帰り道でのメイベル嬢たちの騒動が頭に浮かびましたが、いくらなんでも……でも、アンドルクの方たちでしたらあり得るのでしょうか?

 その夜、とても久しぶりに頂いた、調理人が手塩に掛けた料理はそれはそれは美味しいものでした。そして、その味はどこか幼少期の記憶を呼び起こすような懐かしさに満ちておりました。

 そして、これまでの家族だけの食事ではなく、給仕をするセバスやメアリーを含む侍女たちの存在。

 それは、生活は厳しくなってきておりましたが、お祖父様が生きていて、アルフレッドや当時のアンドルクの人たちとの交流を思い起こさせ、軽く瞳に涙がにじみました。

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