モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件
第一章 モブ令嬢家の使用人事情(中)
先ほどセバスたちが私たちを迎え入れた部屋は、エントランスルームとでもいった感じでした。
今メアリーに先導されて入った部屋は、どうやら応接室のようです。
ランプは灯されておりますが、窓の無い地下室独特の薄暗さと、少しひんやりした空気が微かな不安感をかき立てます。
「どうぞお掛けください」
セバスが丸テーブルの前でそう促し、私の席を引きます。同時に旦那様の席をメアリーが引きました。
私たちが席に座りますと、セバスはテーブルを挟んで私たちの正面に座ります。
「では……」
セバスはそう言葉を句切ると……
「……始めましょうか」
それと同時に、ガシャリという金属音が響きます。
その音の方向は?!
「なッ!」
「旦那様?! セバス何を!!」
私がそう叫んで旦那様に寄ろうとすると、後ろから身体が押さえられ、口元も押さえられました。
身動きがとれないなか、私が瞳だけで旦那様を見ると、旦那様の腕と足、そして胴体の部分が椅子に拘束された状態になっています。これは、尋問などに使われる拘束用の魔具!
私が必死になってなって身体を押さえた腕を振りほどこうと身もだえると、『申し訳ございません、フローラ様。危害は加えません――どうかしばしの間、静かにしていてください』と、耳元で囁きかけられました。
「貴様! 何をする!! フローラ! 大丈夫か!?」
旦那様も怒り声を上げ、私を助けようと拘束されたその身を動かそうと身もだえました。
テーブルの向こうで、セバスが旦那様の動きを止めるように右の手を差し出します。
「少し……話をさせていただきたいだけです。暴れるとかえって怪我をいたしますよ」
「話をするのに何故拘束する必要がある!」
旦那様は、セバスを睨み付けます。
その視線にまったく動ずることなく、セバスは少し前屈みになると、テーブルの上に肘をつき両の手を握りました。その手の向こうから測るような視線を旦那様に向けました。
「それは……これから私が話すことに対して、……貴方がどう答えるのか、それによっては……」
セバスの瞳に剣呑な光が浮かびます。
それを見て、旦那様が息をのんだのが分かりました。
私も、背筋に氷でも当てられたような寒気が走りました。私を押さえるメアリーは、私には危害を加えないと言いました。しかし、それは旦那様にも適用されるのでしょうか?
「グラードル様。貴方はエヴィデンシア家がこのオルトラント王国が建国されたときより、特に法務において国を支えてきたことをご存じですか?」
「フローラのご祖父が法務卿を務めていたことは聞いているが……そんなに、昔から……」
オルトラント王国の建国は、歴で数えると487年前になります。
その時代は、大陸全土を巻き込んだと言われる黒竜戦争末期から終戦の後の混乱期。
エヴィデンシア家はその建国前から、建国王であるクラウス・エーゲンス・オルトラント一世が、荒れ果てたこの地を平定するのに尽力したのです。それこそ、現在では両の手で数えられるほどになってしまった譜代の直臣なのです。
いまではもう、その言葉さえ聞かれなくなりましたが、『王と共に歩むもの』として、我家は伯爵の爵位を賜りました。
オルトラント王国の歴史の中で、我家が領土を賜る機会が何度もあったにもかかわらず、それを手に取らなかったのは、その伯爵としての誇り故でした。
「エヴィデンシアは、オルトラント王国の正義を体現するとまで言われた時代もございました」
セバスはまるでその時代に生きて、実際にその光景を見ていたかのような、どこか恍惚とした表情を浮かべています。
「私の姓、アンドルク――その意味をご存じですか?」
「……いや」
「古い言葉で、『恩を返す者』という意味です」
「……まさか」
「我らは代々のエヴィデンシア家に救われた者たちの末裔と、実際に前エヴィデンシア家当主、オルドー様に命を救われた者たち――その集まりです。私は今アンドルク姓を名乗っていますが、この姓は世襲ではなく、その代の当主となった血族が名乗る姓なのです」
旦那様は、言葉を失ってしまったように固まっています。
彼と同時に私も驚いていました。セバスの語るアンドルクの話は私も初めて聞くものだったからです。
私たちの受けた衝撃を見て取ったように、彼は話を続けます。
「グラードル様。そんな私たちが、大恩あるエヴィデンシア家の令嬢を娶り、当主となられるかもしれない貴方のことを調べないと思いますか?」
旦那様は言葉を発することなく、首をゆっくりと振りました。
「婚姻話が持ち上がった直後から、私たちはルブレン侯爵家とグラードル様、貴方のことを徹底的に調べさせていただきました……そうして、一つの結論を得た」
「……それは」
旦那様が、絞り出すように吐き出されました。
「貴方に、エヴィデンシア家の当主となる資格はない!」
セバスが断定します。
彼のその冷徹な断定を聞いた瞬間、私の目の前が赤く染まりました。それは、視覚の異常ではなく、私の中に抑えきれないほどの怒りが湧き上がったからです。
私は首を激しく振り、メアリーの手を振りほどきます。
「セバス! 貴方にグラードル様を測る権利などございません!! その権利を有するのは、エヴィデンシア家の当主、我が父、ロバート・アクエス・エヴィデンシアと、妻である私、フローラ・オーディエント・エヴィデンシアだけです! 旦那様の戒めを今すぐ解きなさい!!」
私の突然の激高に、セバスではなく旦那様が目を丸くして驚いています。
当のセバスは、私の叫びを、何故か好ましいものでも目にしたような微笑みを持って受け取りました。ですが、次に彼の口から出た言葉は、そんな表情とはまったく逆のものです。
「残念ですがフローラ様、私たちアンドルクが従うのはエヴィデンシア家の当主の言葉のみです」
「それならば、俺が……」
「貴方には当主の資格はない――と言っているのです。それに、未だ継爵の手続きは行われてはいない」
旦那様の言葉は無下に切り捨てられます。
しかし旦那様も、この理不尽な状況に、私と同じように怒りがこみ上げてきたのか、瞳に強い光が灯りました。
「セバス。貴方に聞きたいことがある」
「……なんでしょうか?」
「その決断をしたのに、何故俺たちの婚姻を許したのだ? いまの話を聞く限り、君たちはただの使用人じゃない。『まるで隠密』、いや、諜者のようじゃないか。いくらでも俺たちの婚姻の阻むすべはあったろう。それに、エヴィデンシア家がいまの状況に追い込まれるまで放っておいたのは何故だ! それだけの力を持つ君たちならば、エヴィデンシア家を立て直すこともできたのではないか!」
「それは……」
旦那様の指摘に、初めてセバスの表情に苦悶の色が浮かび上がりました。
それは、いままで旦那様を責め立てられて、頭に血が上っていた私をしてさえ気の毒に思えるほどのものです。
彼は、血でも絞り出すように言葉を紡ぎます。
「とッ……当主様のご意向です……」
当主? 現当主はお父様です。婚姻の儀からまだ二日ばかりですがグラードル様とお父様の関係はそれは良好です。
二人が一緒にいるときなどに、お父様の身体を気遣うグラードル様の姿は、血を分けた実の子に見えるほどです。
それに一〇年前に彼らに解雇を言い渡してから、お父様が彼らと接触したことはないはずです。
……もしかして、セバスが言っているのは。
「その当主様とは……もしかして、お祖父様ですか?」
その問いに、セバスが驚きの表情を浮かべて私を見ました。
今メアリーに先導されて入った部屋は、どうやら応接室のようです。
ランプは灯されておりますが、窓の無い地下室独特の薄暗さと、少しひんやりした空気が微かな不安感をかき立てます。
「どうぞお掛けください」
セバスが丸テーブルの前でそう促し、私の席を引きます。同時に旦那様の席をメアリーが引きました。
私たちが席に座りますと、セバスはテーブルを挟んで私たちの正面に座ります。
「では……」
セバスはそう言葉を句切ると……
「……始めましょうか」
それと同時に、ガシャリという金属音が響きます。
その音の方向は?!
「なッ!」
「旦那様?! セバス何を!!」
私がそう叫んで旦那様に寄ろうとすると、後ろから身体が押さえられ、口元も押さえられました。
身動きがとれないなか、私が瞳だけで旦那様を見ると、旦那様の腕と足、そして胴体の部分が椅子に拘束された状態になっています。これは、尋問などに使われる拘束用の魔具!
私が必死になってなって身体を押さえた腕を振りほどこうと身もだえると、『申し訳ございません、フローラ様。危害は加えません――どうかしばしの間、静かにしていてください』と、耳元で囁きかけられました。
「貴様! 何をする!! フローラ! 大丈夫か!?」
旦那様も怒り声を上げ、私を助けようと拘束されたその身を動かそうと身もだえました。
テーブルの向こうで、セバスが旦那様の動きを止めるように右の手を差し出します。
「少し……話をさせていただきたいだけです。暴れるとかえって怪我をいたしますよ」
「話をするのに何故拘束する必要がある!」
旦那様は、セバスを睨み付けます。
その視線にまったく動ずることなく、セバスは少し前屈みになると、テーブルの上に肘をつき両の手を握りました。その手の向こうから測るような視線を旦那様に向けました。
「それは……これから私が話すことに対して、……貴方がどう答えるのか、それによっては……」
セバスの瞳に剣呑な光が浮かびます。
それを見て、旦那様が息をのんだのが分かりました。
私も、背筋に氷でも当てられたような寒気が走りました。私を押さえるメアリーは、私には危害を加えないと言いました。しかし、それは旦那様にも適用されるのでしょうか?
「グラードル様。貴方はエヴィデンシア家がこのオルトラント王国が建国されたときより、特に法務において国を支えてきたことをご存じですか?」
「フローラのご祖父が法務卿を務めていたことは聞いているが……そんなに、昔から……」
オルトラント王国の建国は、歴で数えると487年前になります。
その時代は、大陸全土を巻き込んだと言われる黒竜戦争末期から終戦の後の混乱期。
エヴィデンシア家はその建国前から、建国王であるクラウス・エーゲンス・オルトラント一世が、荒れ果てたこの地を平定するのに尽力したのです。それこそ、現在では両の手で数えられるほどになってしまった譜代の直臣なのです。
いまではもう、その言葉さえ聞かれなくなりましたが、『王と共に歩むもの』として、我家は伯爵の爵位を賜りました。
オルトラント王国の歴史の中で、我家が領土を賜る機会が何度もあったにもかかわらず、それを手に取らなかったのは、その伯爵としての誇り故でした。
「エヴィデンシアは、オルトラント王国の正義を体現するとまで言われた時代もございました」
セバスはまるでその時代に生きて、実際にその光景を見ていたかのような、どこか恍惚とした表情を浮かべています。
「私の姓、アンドルク――その意味をご存じですか?」
「……いや」
「古い言葉で、『恩を返す者』という意味です」
「……まさか」
「我らは代々のエヴィデンシア家に救われた者たちの末裔と、実際に前エヴィデンシア家当主、オルドー様に命を救われた者たち――その集まりです。私は今アンドルク姓を名乗っていますが、この姓は世襲ではなく、その代の当主となった血族が名乗る姓なのです」
旦那様は、言葉を失ってしまったように固まっています。
彼と同時に私も驚いていました。セバスの語るアンドルクの話は私も初めて聞くものだったからです。
私たちの受けた衝撃を見て取ったように、彼は話を続けます。
「グラードル様。そんな私たちが、大恩あるエヴィデンシア家の令嬢を娶り、当主となられるかもしれない貴方のことを調べないと思いますか?」
旦那様は言葉を発することなく、首をゆっくりと振りました。
「婚姻話が持ち上がった直後から、私たちはルブレン侯爵家とグラードル様、貴方のことを徹底的に調べさせていただきました……そうして、一つの結論を得た」
「……それは」
旦那様が、絞り出すように吐き出されました。
「貴方に、エヴィデンシア家の当主となる資格はない!」
セバスが断定します。
彼のその冷徹な断定を聞いた瞬間、私の目の前が赤く染まりました。それは、視覚の異常ではなく、私の中に抑えきれないほどの怒りが湧き上がったからです。
私は首を激しく振り、メアリーの手を振りほどきます。
「セバス! 貴方にグラードル様を測る権利などございません!! その権利を有するのは、エヴィデンシア家の当主、我が父、ロバート・アクエス・エヴィデンシアと、妻である私、フローラ・オーディエント・エヴィデンシアだけです! 旦那様の戒めを今すぐ解きなさい!!」
私の突然の激高に、セバスではなく旦那様が目を丸くして驚いています。
当のセバスは、私の叫びを、何故か好ましいものでも目にしたような微笑みを持って受け取りました。ですが、次に彼の口から出た言葉は、そんな表情とはまったく逆のものです。
「残念ですがフローラ様、私たちアンドルクが従うのはエヴィデンシア家の当主の言葉のみです」
「それならば、俺が……」
「貴方には当主の資格はない――と言っているのです。それに、未だ継爵の手続きは行われてはいない」
旦那様の言葉は無下に切り捨てられます。
しかし旦那様も、この理不尽な状況に、私と同じように怒りがこみ上げてきたのか、瞳に強い光が灯りました。
「セバス。貴方に聞きたいことがある」
「……なんでしょうか?」
「その決断をしたのに、何故俺たちの婚姻を許したのだ? いまの話を聞く限り、君たちはただの使用人じゃない。『まるで隠密』、いや、諜者のようじゃないか。いくらでも俺たちの婚姻の阻むすべはあったろう。それに、エヴィデンシア家がいまの状況に追い込まれるまで放っておいたのは何故だ! それだけの力を持つ君たちならば、エヴィデンシア家を立て直すこともできたのではないか!」
「それは……」
旦那様の指摘に、初めてセバスの表情に苦悶の色が浮かび上がりました。
それは、いままで旦那様を責め立てられて、頭に血が上っていた私をしてさえ気の毒に思えるほどのものです。
彼は、血でも絞り出すように言葉を紡ぎます。
「とッ……当主様のご意向です……」
当主? 現当主はお父様です。婚姻の儀からまだ二日ばかりですがグラードル様とお父様の関係はそれは良好です。
二人が一緒にいるときなどに、お父様の身体を気遣うグラードル様の姿は、血を分けた実の子に見えるほどです。
それに一〇年前に彼らに解雇を言い渡してから、お父様が彼らと接触したことはないはずです。
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