嫁ぎ先の旦那様に溺愛されています。

なつめ猫

一つ屋根の下での事情4(10)




「やはり不安ですか?」
「幾分かは――」

 大勢の人前で、舞いを踊るのは数年ぶり。
 心配にならない方がおかしい。
 今の内から、気にしていても仕方ないとは思うけど。
 私は櫟原さんの問いかけに答えながら舞台を降りる。

「なるほど……。つまり、何か制約があれば頑張れるかも知れないということか」

 何か物騒な物言いをしてくる高槻さん。
 不穏な空気!

「高槻様、あまり無理な難題は――」
「いや、何――、莉緒がやる気が出るようなイベントがあればいいんだろう?」
「……」

 その言葉に私は嫌な予感が止まらない!

「そういえば莉緒」

 もはや、私の意思など無視とばかりに高槻さんが口を開く。

「なんですか?」
「おい、言い方が冷たいような気がするのは俺の気のせいか?」
「気のせいです」
「まったく……、それじゃ夏祭りに莉緒が巫女舞を踊るという大役を果たせたのなら、何か一つ頼みを聞いてやってもいいぞ?」
「頼みですか?」
「ああ」
「それじゃ借金の返済を――」
「それは駄目だ。雇用契約に反するからな」

 ですよねー。
 反対されるのは分かっていたけど、やっぱり反対された。

「えっと……」
「何か他に無いのか? テーマパークに行きたいとか」
「特にテーマパークに行きたいとかはないです。……あっ!」
「何かあるのか?」

 思いついたことに彼が反応する。

「はい。お母さんのお墓参りに行きたいです」
「お墓参り? この町には無いのか?」
「はい……。お母さんが納骨されているのは、母方の実家の方なんです」
「そうか……。どこなんだ?」
「新潟になります」
「それは、また遠いな」
「はい」

 実際、お母さんが死んだ時、お母さんの両親は存命だったので、父方の方ではなく母方の方に納骨する事になったのだ。
 でも、それがお墓参りにいけない事になるなんて誰が予測できたのか。

「そうか。それではお盆に墓参りに行くとするか」
「本当ですか?」
「ああ、それが莉緒の頑張る対価になるなら安いものだ」
「ありがとうございます!」

 お母さんが死んでから初めてお墓参りに行けることに、私は嬉しい。
 頑張って巫女舞を成功させないと!



 翌日から、巫女舞の練習を家事の合間に行う事になり、忙しい毎日が続く。
 そうしているとあっという間に一週間が過ぎてしまい、翌日の月曜日に生徒指導室に私は呼び出された。
 また何か問題でも起きたのかな? と、思い――、

「宮内です」

 扉をノックして到来を告げる。

「ああ、入りたまえ」
「失礼します」

 生徒指導室に入ると、そこには私の担任だけが居るだけ。

「椅子に座りなさい」
「はい」
「えっと、宮内さんは進路相談用紙を提出しましたか?」
「あっ!」

 完全に忘れていた。
 巫女舞の練習と家事で、それどころではなかったから。

「すいません。忙しくて……」
「そうですか。男性と一つ屋根の下で暮らしていると生徒指導担当から伺いましたが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは?」
「一緒に暮らしている異性は、男性だと伺いました。貴女のご家族が複雑な事情というのは知っていますし、あまり口を挟む必要もないと思いますが、勉学に集中出来ないのでしたら、学生の本分を疎かにするようでしたら、親御さんも含めて話し合いの場を作った方がいいと思っています」
「それは……」
「進路も含めて、これからは女性も社会進出をする時代なのですから、もっと将来を見据えた選択をするべきです」
「はい……」
「分かってくれたら、それでいいです。何かあれば力になりますから、何でも相談してください。あと進路相談用紙は、早めの提出をお願いします」
「分かりました」
「それでは、もう帰ってもらって構いません」
「失礼します」
 
 話しが終わり、生徒指導室から出て扉を閉めたあと――、私は小さく溜息をついた。

 



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