嫁ぎ先の旦那様に溺愛されています。

なつめ猫

廃神社に引っ越しですか?




 ――巫女として? 
 その言葉は、私にさらなる疑問を投げかけてくる。
 それと共に、自分が考えていた最悪の事態とは異なることに安堵の溜息をつきながらも――、

「あ、あの……。藤田さん」
「どうしたの? 莉緒ちゃん」
「さっき言っていた話って……」

 そう、さっき藤田さんは、私が高槻という男の元に嫁入りするような事を言っていたのだ。
 あまり考えたくない事だけど、それが本当なら大問題っ!

「えっ?」
「――ですから、さっき嫁という単語が聞こえたような……」
「本当のことだぞ」

 私の問いかけに答えてきたのはヤクザ顔負けの鋭い目つきをした厳つい体躯の高槻という男性。
 髪を染めてはいないけど、オールバックの髪形がさらに威圧感を醸し出しているし!
 さらに言わせて頂けるのなら、口調もぶっきらぼうで――、粗暴な印象を増大させている。

「あ、あの……」
「総司君。何かあったのかしら?」
「いえ、どうやら彼女は――、宮内さんは私との婚約の話を聞いていなかったようで……」
「あら? そうなの?」
「はい。私は、てっきり彼女は父親である#宮内__みやうち__# #宗助__そうすけ__#さんから話を聞いていたものとばかり……」

 いま、私って言ったよ!? この人! 私と二人きりの時と態度があからさまに違いすぎるんだけど!?

「それは困ったわね。もう部屋を解約する手続きとかしてしまったわよ?」
「そうですね。とりあえず彼女は承諾してくれていませんが……、一応は婚約者ということで許可を頂いた私が何とかして見ますので」
「あら! 総司君も立派になったものね! 昔は、やんちゃだったのに!」
「よしてください。それと、こちらを――」
「滞納していた家賃も払ってくれるなんて! 本当にいいのかしら? 婚約者として、莉緒ちゃんは承諾していないのよね?」

 ――とか、大家さんは言いつつ、極めてニコやかに高槻という男から茶封筒を受け取ると中身を確認して満面の笑みを浮かべる。
 そういえば、うちは何時も慢性的な金欠で家賃を滞納したことは毎回のごとく。
 電気・水道・ガスの内、電気とガスが止められることも良くあった。
 そんな人間が家賃を全額払ってアパートから出ていくというのなら、大家さんとしても引き留める確率は非常に低いのかも知れない。

「大丈夫です。私は、彼女を一目見た時から運命を感じましたから」
「あらあら! それじゃ、あとは御若い二人に! アパートの部屋の鍵はポストに入れておいてくれればいいからね! 莉緒ちゃんも、いい人で良かったわね!」
「ええっ!?」

 私の驚きの声を喜びと勘違いしたのか知らないけど大家さんは、そのまま立ち去ってしまった。
 アパートの階段を降りる音が聞こえてきた事から、間違いなく私がアパートから出ていくことを納得してしまっているようで。

「――さて、莉緒。さっきも説明した通りだ。お前には、俺のところで働いてもらう事になる。もちろん住み込みだ。いいな? 拒否は認めないぞ?」

 人口4000人程の小さな村――、戸沢村。
 そこでは高校生が出来るアルバイトなど殆どないし、一人で暮らすことなんて不可能。
 そして……、目の前の高槻という男が言うには書類があるからと――、私のお父さんから婚約者としての承諾も得ていると言っていて、完全に進退が断たれてしまっている。
 まぁ……唯一の救いと言えば大家さんが言っていたように私が嫁入りするという話が出回っているから酷い扱いはされないという事くらいだけど。

「わ、わかりました……。お世話になります」
「分かったならいい。ついてこい」

 私は高校指定のバックを持ったまま家から出る。
 もちろん男は、部屋のドアに鍵をかけたあとポストに入れて階段を降りていく。
 私はその後をついていくことしかできなかった。

 ――そしてアパートを出たところには黒塗りのベンツが停まっていた。
 車に近づくと運転手側のドアが開く。
 中から出てきたのは20歳前半のスーツを着た男性。

「ずいぶんと時間が掛かりましたね」
「ああ、それより早く車を出してくれ」
「分かりました」
 
 すぐに車のエンジンがかかる。
 そして――、高槻という男性は、車のドアを開けると――。

「さっさと乗れ。時間がもったいない」
「そんな言い方しなくても……」
 
 いいのに……、――と心の中で呟きながら車に乗る。
 もちろん高槻という男も私の隣に座ってくる。

「早く出せ」

 男の言葉が合図だったかのように車は走り出し、3分ほどで山の中腹の場所に位置する神社に到着する。

「――え? ここって……」
「知っているのか?」
「5年前に神主の方が他界してから、お祭りも無くなったから……廃社になったって――」
「なるほどな。今日からは、ここが俺とお前の家になる」
「この廃神社で!?」
「お前は、少し神社に対する敬意を持った方がいい。それと、今日からは俺のことは総司と呼ぶようにな」

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