没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第九十九話 兄さんとノーラと俺


 「あー……母さんの薬でもなかなか治らないからきつかったなあ……」
 「大丈夫? ラースは結構長かったよね。学院が始まる日までに治ってよかったけど」
 「ごめんねー……オラが部屋に行かなかったら良かったってサージュに言われたー……」
 
 学院の長期休暇が終わり、今日は最初の登校日というやつだ。ノーラのまき散らした風邪のせいで、俺や兄さんはおろか、ルシエール、クーデリカ、リューゼにヨグスもダウン。
 母さんがみんなの家へ薬を持って回っていたらしい。レッツェルがいた病院は別の人が来て開いているけど、ほぼ間違いなくノーラの仕業なので今回はウチが薬代を持ったというわけだ。

 「俺が一番酷かったらしいし、みんなも今日来れているといいけど」

 俺が空を見上げてそう言うと、ノーラが俺の前に回り込んでから言う。

 「来てたらサージュと遊ぶー?」
 「そうしようか。なんかプレゼントがあるって言ってたし」
 「うんうんー!」

 ノーラは笑顔で俺の手を取り、空いた手で兄さんの手を取り両手に花状態で歩き出す。前にも言ったのになと思いながら、やんわりと手を外す。

 「あ……どうして外しちゃうのー?」
 「ノーラは兄さんの彼女なんだから、俺より兄さんと一緒に手を繋がなきゃダメだろ? ねえ、兄さん」
 「……」
 「兄さん?」
 「あ、ああ、うん、そうだね」

 ……? なんだか今、ぼーっとしてたみたいだけどどうしたんだろう? なんとなく違和感があったけど、俺達はまた他愛ない話をしながらクラスへと向かう。
 
 「おはよう」
 「おはよー♪ 久しぶりねぇ、ラース君にノーラ! あんたたちも風邪だったんだって?」

 クラスに入ってすぐに声をかけて来たのは休み中一度も顔を合わさなかったヘレナだった。俺とノーラが頷いて苦笑すると、ヘレナが口を開く。

 「アタシも宿題を終わらせたかったのよね。クーが誘いに来た時はホント残念だったわ……結局ギリギリだったし♪」
 「オラもだよー。ルシエールちゃんたちには悪いことしちゃった」
 「あはは、風邪を移したみたいね。ま、とりあえずみんな治っているみたいだけど」

 ヘレナが目線を変えたのでそっちに目を向けると、リューゼやヨグス、クーデリカにルシエールが入ってくるのが見えた。全員俺と同時に移されたメンバーだが、なんとか治っていたらしい。ノーラがててて、と駆けだし、ルシエールとクーデリカに飛びついた。

 「よかったー! 来れたんだねー」
 「うん! ちょっと辛かったけど、なんとか治ったよ!」
 「私はお姉ちゃんに移らないかドキドキしてた……」

 そう言って笑うルシエールの後ろに、アレがいた。そしてノーラの肩を揺らしながら捲し立てるように言う。

 「あんたねえ! ルシエールはおろかデダイト君にまで移したらしいじゃない!?」
 「あうあうー!?」
 「お姉ちゃん、ノーラちゃんも風邪できつかったんだから許してあげて? それにデダイト君とラース君の家で休んでいたんだから移るにきまってるよ」

 ルシエールの的確な擁護に、ルシエラがノーラの肩から手を離し、歯ぎしりをする。顔はルシエールと同じく可愛いはずなのになぜか残念な感じがするのは何故だろう。
 
 「ぐぬぬ……」
 「ごめんねー」
 「もういいわ。デダイト君はもうクラスに行ったのね?」

  と、ノーラが謝ると、そんなことを言うルシエラ。俺達が頷くと、クラスから出ていこうとする。しかし、ふと思い出したかのように立ち止まって振り返る。

 「……今日はギルド部、あるの?」
 「あ、そうだ。ヘレナにも言わないといけなかったんだけど、今日はみんなが集まればサージュと遊ぼうってことになってるんだ。学院が終わったら一旦、ベルナ先生の家へ集合かな?」

 俺が言うと、ヘレナが少し考えてから答える。つづけてリューゼが寝ぼけた頭をすっきりさせて口を開いた。

 「あ、そうなの? ……うん、今日は大丈夫♪」
 「おお、ついにドラゴンが……!」

 それを聞いたルシエラは『わかったわ』とだけ言い残し去っていく。そこで黙って状況を見ていたヨグスとクーデリカが顔を見合わせて話す。

 「ルシエラさん、なんか大人しかったような……」
 「ノーラちゃんとラース君を交互に見てたけど、なんだろうね?」
 
 俺にもわからないが、視線は確かに感じていた。
 まあ、どうせ兄さんとノーラが羨ましいのだろうと、いうことでその場を解散すると、ウルカとマキナ、それとジャックの風邪を移されなかった三人もやってきて全員揃う。
 昼休みにサージュと遊ぶことをもう一度再確認すると、二つ返事で全員OKとなり、早速午後の授業の合間にベルナ先生に告げておく。

 「それじゃあ、わたしが一緒に居るわねぇ♪ ティグレ……先生はどうする?」
 「……俺も行くか。何かあったら心配だしな」
 
 ティグレ先生が次の授業を用意しながら答えていると、ジャックが嫌らしい笑みを浮かべて近づいていく。

 「ティグレ先生はベルナ先生と一緒に居たいだけだろー?」
 「そりゃそうだ。彼女とは一緒に居たいもんだぞ? デダイトとノーラがいい例だろうが」
 「うへ……全然恥ずかしがったりしねぇでやんの……」

 ジャックがあっさりと負けて戻り、俺達は笑う。ティグレ先生は真っすぐすぎるからベルナ先生も困っている。兄さんとノーラも冷やかされることはあるけど、あのふたりも結構平然としているなと思う。

 そうこうしているうちに放課後となり、俺と兄さんとノーラはサージュの迎えと、着替えのため屋敷へ帰り、みんなも一度家へと戻る。

 「――って感じで、先生たちが兄さんとノーラみたいだってみんな言ってたよ」
 「……へえ、でもそういう見られ方をされているのは僕にとっては嬉しいけど……」

 ノーラがサージュを連れてくると庭へ行ったので、俺達は門の前で待ち、ふたりで話をする。不意に、兄さんが顔を曇らせて俺にとんでもないことを言う。

 「……ラース、お前はノーラのことどう思っているかい? 僕が先に取ったこと、恨んだりしていないかな……?」
 「はえ!?」

 急にそんなことを言い出し、俺は変な声を出してしまう。真意が分からず、尋ね返す形になった。

 「いや……急にどうしたのさ? 兄さんがノーラをお嫁さんにするって言ったんだし、俺はそれを見守るだけだよ? そりゃ可愛いとは思うし、小さいころ兄さんはよく女の子だって気づいたなと感心はしたかなあ。俺が気づけなかったから小さいころは悔しいなと思ったけど、今のノーラは恋人って感じより妹って感じだよ?」

 俺は変に嘘をつくのも嫌なので思っていることを口にする。実際、すでにノーラと恋人という自分はまったく想像できない。そう思うくらい兄さんとノーラは一緒にいるし、似合っているとも思っているのだ。
 
 「……僕よりもラースの方が――」
 「お待たせー! サージュ、お昼寝してたから起こすの大変だったよ」
 「あ、ああ、お帰り。……それじゃ、行こうか兄さん?」
 「うん、そうだね」
 「手を繋ぐのー♪」

 兄さんが何かを言おうとしたけど、ちょうどノーラが帰ってきて遮られた。手を繋いで前を歩くふたり。兄さんは笑顔だけど、どこか困惑したような印象を受ける。そこへサージュが俺の頭に乗ってくる。

 <……ふむ、兄はどうしたのだ? 落ち着きがなく、どうも気が抜けたようになっている>
 「あ、分かるんだ? 朝から変なんだよ。まあ、俺の胸の内は伝えたけど、どうかなあ……」
 <まあ遊んでいれば気がまぎれるかもしれんしな。我、新しい友達と、大きくなるのが楽しみだ>
 「……寝てたくせに」

 ……兄さんが何かを抱えている可能性は高い。俺から聞くべきか、話すのを待つべきか……そんなことを考える俺。
 答えがすぐでない問題に頭を抱えていると、途中でルシエールやクーデリカ、マキナと遭遇する。とりあえず今は楽しい方を優先しようと、ベルナ先生の家へと向かうのだった。

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