没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第九十七話 後始末……


 ――ルツィアール国を出発して数日。
 
 行きは急いでいたからルツィアール国には三日で到着したけど、乗っている人数も増えて急ぐ旅でも無くなったため、ゆっくり帰ったら遅くなってしまった。
 
 「着いたよー!」

 ノーラが御者台で元気よく叫びながら町を指さす。だが、ノーラとは裏腹に、マキナとジャックの顔はどんどん青ざめていく。それはもちろん家へ帰るからである。母さんと学院長先生が居るので、このまま親御さんのところへ返そうという。

 「私が手紙を出しておいたから、事情は伝わっているはずだし、無事なところを早く見せてあげましょう」
 「は、はい……」
 「わかりました……」

 そんなに怖いなら無理しなければ良かったのにとは思うけど、ベルナ先生を心配しての行動なので俺からは言及できない。特にジャックには助けられたところも多いからね。
 そこでサージュがあくびをしながらしゃべりだす。 
 
 <ラースとマキナを乗せてきた町か、やっと到着したな……ふあ……我が乗せた方が速かったんじゃないか?>
 
 まあ言いたいことは分かるけど、と思っていると兄さんがサージュの前に指を立てて諭すように言う。

 「昼間だともっと騒ぎになるし、馬も怯えちゃうからダメだよ? ノーラが抱っこしているんだからいいじゃないか」
 <むう、そう言われては仕方がない……>

 兄さんの【カリスマ】はサージュにも効いているようで、あっさりと折れた。兄さん、こういう時は強いなあと思っていると町の中へと到着。まずはジャックの家へと向かう。
 場所は、さすがというかティグレ先生が全員分の家を知っているためまったく迷うことなく数分後にはジャックの家である魚屋へと到着していた。

 「た、ただいまー……」

 恐る恐る、ジャックが中を覗きながらそう言うと、奥からバタバタと足音が聞こえ、目の前に男性が見えたと思った瞬間――

 「帰ってきたか! このやんちゃ坊主が、心配させんじゃねぇ!」

 ゴツン!

 「ぐあああ!?」
 「うわ……痛そう……」

 と、手痛い一発を貰っていた。その場で蹲るジャックを尻目に、お父さんと思わしき人が俺達の前に立つと、腰を低くして尋ねてくる。

 「え、えーっと、領主様の奥様で……?」
 「ええ、マリアンヌです。その様子ですと、お手紙は届いたみたいですね?」
 「はい! ……いやあ、申し訳ありません、ウチのバカ息子が勝手に……ご、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
 「そうですね……勝手についてきたことは困りましたけど、ジャック君のおかげで助けられたことがたくさんあったから問題ありませんでした。こちらこそ、危険な目に合わせてしまって……」
 「いえいえいえ! こいつはちょっとくらい怖い目を見た方がいいんですよ! ……でも、まあ、無事で帰ってきてくれて良かったですがね……」

 親父さんが鼻の下を指でこすりながら少し涙ぐむ。恐縮されすぎてこっちが恐れ多い。なので、ジャックの名誉を少しでも上げておこうと思う。

 「俺、ジャックのクラスメイトのラースです。今回はジャックの【コラボレーション】が大活躍で、かなり助けられました。また何かあったら助けてもらいたいですね」
 「おお、入学式で見たな! はは、そうかい? 領主様の息子さんにそう言ってもらえると誇らしい。なあ、母さん」

 親父さんが後ろから迫ってきていた人物に声をかけると、お母さんであろう人がジャックの耳を引っ張りながら笑う。

 「何だい、ラース様と友達ってのは嘘じゃなかったんだね! 申し訳ないけど、この子がなんか変なことをしたらガツンと言ってやっていいですからね?」
 「はは、大切な友達ですよ」
 「ラースぅ……!」
 「やめて!? 鼻水がつく!?」
 「あはは、もうケンカしてるー」

 ノーラがそう言って笑うと、他のみんなもつられて笑う。そこへ学院長先生が前へ出てきた。

 「学院長のリブラです。ジャック君は危険を冒しました。ですが、それはベルナ先生のことを思っての行動。何も言わずに出ていったのは褒められませんが、心意気は男前だと思います。成長すればきっといい大人になれるかと」
 「そ、そうですか? おい、聞いたか。男前だってよ」
 「へへ、見る目があるぜさすが学院長!」
 「調子にのんじゃないよ!」

 困った顔で俺達が見ていると、もう一度学院長先生がジャックへ向けて言う。

 「ジャック君、ご両親に先に言うことがあるだろう?」
 「え……? ……あ!?」

 何かに気づき、慌てて親父さんたちの前に立ってジャックが言う。

 「……父ちゃん、母ちゃん、黙って危ないところに言ってごめん! あと……ただいま!」
 「……あいよ。無事本当に良かったよ」

 そう言っておばさんがジャックを抱きしめて微笑んだ。そこへティグレ先生とベルナ先生も声をかける。

 「わたしの為にありがとぅジャック君! ごめんなさい、お母さま。わたしがこの子たちに心配をかけたばっかりに……」
 「俺も迂闊だった。こいつらに話を聞かせなければついてこなかったはずなんだ。本当に申し訳ない」
 「ははは、謝罪は受け取りました。ま、今回は先生二人も手を焼いているってことでいいじゃねぇですか! ティグレ先生とベルナ先生のことはジャックの奴が学院から帰るとよく話していましてね、子供がこんなに懐くなら預けても安心だとこっちは思うもんです。きっとこの子に何も無いよう動いてくれたでしょう? だから、今回はここまでにしましょう」
 「……ありがとうございます」

 ティグレ先生が一言、そう言って親父さんにもう一度礼をし、俺達はジャックの家である魚屋を後にした。またな、と俺はジャックに言って馬車に乗り込む。

 「いいご両親だったわね」
 「うん。今度魚を買いに来ないと」
 「わたしもお給料があるから奮発しようかしらぁ?」

 馬車の中で母さんや兄さん、ベルナ先生が話しているのを御者台の上で聞く。そろそろマキナの家に着くとティグレ先生が言うと、マキナが固まる。

 「ううう……」
 「だ、大丈夫だよ。さっきみたいに学院長先生や母さんがうまく言ってくれるって」
 「う、うん……」

 そんなに怖い両親なのだろうか……? 入学式の時、後ろにいたと思うけどマキナのお父さんとお母さんが声を出していなかった気がする。
 などと、思っていたらマキナの家に到着したらしく、馬車が止まる。家は二階建てでそれなりに大きい。

 「ただいまー!」
 「うわ、びっくりした!?」

 意を決したかのように玄関を開けると、やはりというかバタバタと奥から両親が出てくる。

 「マキナァァァァ! おかえりぃぃぃ! お父さんが仕事に行っている間に男の子のところに泊りに行くと母さんから聞いたと思ったら領主の奥様に『ルツィアール国へ行きます』って手紙が来て心配で心配で……!」
 「あ、あはは、ただいま、お父さん……」

 マキナを抱きしめながら号泣するのはマキナのお父さんらしい。屈強な体をしているけど、涙もろいようだ。その横でコロコロと笑うお母さんが口を開く。
 
 「どうだった? 危険があると奥様が書いていたけど、領主の息子さんと一緒なら安心だって私が散々説明しているのにお父さんったら『お、俺も行くぞ!』って聞かなくてねぇ」
 「うん。ラース君は強いし、先生も居たから全然大丈夫だったわ! ただいま、お母さん!」
 「うんうん。今日はマキナの好きなものを作ってあげましょうねえ。あ、奥様、お手紙ありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 「……すみません、うちのおてんば娘が……」

 そう言って頭を下げるふたりに、母さんと学院長先生が言う。

 「いいえ、マキナちゃんは頭がいいし、スキルも強いからとても助かりました。でも、これからは黙って出てきちゃだめよ?」
 「は、はーい……」
 「もうこの子ったらラースく――」
 「お母さん!? き、気を付けるから! ね?」

 何かを言いかけたお母さんの口を慌てて塞ぐマキナ。俺達が首を傾げていると、学院長先生がジャックの時と同じようなことを言って、マキナに注意をし褒めた。
 マキナはガチガチに固まっていたけどうるさいことを言う人達ではなかったみたいだけど、どうしてあんなに怯えていたのだろう? すると、ご両親が話し出す。
 
 「くそう、子供は成長するのが早いなぁ母さん」
 「そうですねえ。でも、孫の顔を見るのも早そうで嬉しいわ」

 と言いながら俺をチラリと見て微笑むお母さん。

 「そ、それじゃ、また学院でね!」
 「あ、うん……?」

 マキナが俺達をすぐに帰そうとする。だが、そこでお父さんが笑いながら口を開く。

 「ははは、いつでも遊びに来てくださいラース様! マキナをよろしくお願いしますぞ?」
 「え?」
 「お父さんんんんん! ごめんなさい! もう今日はさようなら!」

 マキナは顔を赤くして走って行く。これが嫌だったのか……まあ、まだ告白もしていない相手を両親が先に持ち上げることほど本人が恥ずかしいことは無い。
 
 「……責任とってやらないといけねぇんじゃねぇの?」
 「……まだ十歳だよ、俺……ティグレ先生みたいにはできないよ……」
 「そうか……」
 「ふふ、ラース君はこれから大変かもねぇ」
 「ラースは誰を選ぶのかしら? ……全員?」
 「も、もう、みんなからかわないでよ! 行くよ!」

 ベルナ先生や母さんがからかって来たので、俺は口をへの字にして気まずくなったこの場から逃げるように馬車へ乗り込む。
 ノーラがしきりに結婚は大事な人とするんだよーと訴えていたのを横で聞いていた。するとサージュが寝転がっていた俺のお腹に乗って口を開いた。

 <……力ある者が人を惹きつけるのは必然だ。しかし、流されてはいかんぞ? 自分の目と経験から自分に良いと思った人間を選ぶのだ>
 「……分かっているよ、ありがとうサージュ」

 いつか来るその日を想いながら、俺はサージュの頭を撫でるのだった。
 







 ◆ ◇ ◆


 「……あまり面白いことにはなりませんでしたね」
 「ま、彼の力を見るためだったのですが、思いのほか周りの人間が健闘しましたから仕方ないでしょう」
 「あの子にするんですか?」
 「そうですねえ。まあ、まだ決まったわけじゃありません。他にも候補はいるかもしれませんし、他の仲間の話も聞いてみるのもいいかもしれませんね」
 「はあ、また世界中を回るんですね……あたし、あの町結構気に入ってたんですけどねぇ」
 「くっくっく、私達のようなものに安息の地はありませんよ? ……行きましょう」
 「はいはいっと」

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