没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第九十六話 ティグレ先生


 「さっきも言ったが、俺はベリアース王国出身でな。あの国の小さい村で育ったんだ。小さくても貧しいって感じじゃなかったし、親父やおふくろ、友達もたくさんいて幸せだった」

 懐かしいな、と目を細めるティグレ先生。

 「それで、五歳の時にスキルを授かったんだよね?」
 「そうだ。【武器種別無視】をもらった。そうするとどうだ、狩りで使う剣や弓はおろか、その辺の石ころですら【武器】として、どう扱えば効率的に使えるかが分かるようになった。七歳から八歳くらいの時にはもう周辺の魔物を狩るのに苦労はしなかったな」
 「なんか武器に特化した器用貧乏みたいだね」
 「おお、言われてみればそうかもしれねぇな。で、ある日、村に国のお偉いさんがやってきた。ここまで話せばわかるだろ? 俺の力が必要だと王都へ行く事になったんだ。俺は喜んだよ、自分の力が認められたって。幼馴染に嬉々として話したもんだ……だけど、そいつは喜んではくれなかった」
 
 そこで視線を落とし、間ができる。そこでベルナ先生が聞く。

 「幼馴染はぁ。女の子、だったりした?」
 「……そうだな。そいつは村で過ごせばいい、と言っていた。だけど俺は自分の力を試したくて王都へ行ったよ。するとどうだ、鍛え続ければ大人でも俺と戦って無傷な奴は少なくなってきた。王都といえば強者ぞろい。それを倒す快感はとんでもなかった」

 それが十二歳……兄さんと同じ歳くらいだったらしい。当時から本当に強かったんだろうなと思う。武闘大会のようなものにも出場し優勝し、戦うということにかけては国でも右に出るものが居ないほどだったとか

 「俺が十五になったころかな、隣国との戦争が始まったのは。もちろん俺も駆り出された。前線で斬って、殺して、それが国の為になると思ってた。村のみんなも襲われずに済むってな。そこでついたあだ名が【戦鬼】ってわけだ。くだらねぇ話だろ?」
 「……それだけ貢献したなら国に仕えてそうだけど、どうして先生をやっているの?」

 自嘲気味に笑うティグレ先生。俺が聞いた質問に空を仰いで答える。

 「ガキだったんだなぁ。人を殺して、もてはやされる。学もない俺には強さしかなかったからその世界だけで生きてきた。戦争だからといわれて、正しいことなんだと刷り込まれて……」
 「……」
 「俺たちの国がもう確実に勝てる状況になった時、作戦のため相手国の小さな村に駐留したんだ。その村人の中に、俺が……俺たちが殺した兵士の家族がいてな。夜襲をかけてきた。当然、村人が俺たちに勝てるわけはねぇ、村人は……皆殺し」
 
 そこで声を詰まらせて、絞り出すように続ける。

 「その中で、死にかけながらも俺たちを睨み付ける女の子がいてな、恨み言を言いながら死んでいったよ。その時幼馴染の顔がよぎった。そこからだ、戦うのが怖くなったのは。相手にも家族がいる、もし村のみんながこうなったらってな。……そして俺は戦場から逃げ出した」
 
 ティグレ先生が逃げたと聞き、俺は目を見開いて驚く。ベルナ先生も同じだったようで、ティグレ先生の顔を凝視していた。ドラゴンにも立ち向かう人がまさか逃げ出すなんて……

 「それから……?」

 ベルナ先生が尋ねる。ティグレ先生は息を吐くと、言い出しにくいであろう結末を俺たちに教えてくれた。

 「俺は生まれ育った村へ戻った。幼馴染の言うように、村で平和に暮らそうとな。……だけど、それは叶わなかった。俺の育った村は、戦争の餌食になって跡形もなく消えていた。生き残った誰かが建てた墓には幼馴染の名前があってな、俺はそこで初めて後悔したよ。村に残っていればこんなことにならなかったんだろうってな」
 「それは……」
 「わかってんだ、なにが正解だったかは知る由もないってな。だけど、あの時の俺はそう思った。そして俺はベリアース王国からも逃げ出したんだ」

 その後、戦争には勝利し、隣国を吸収して今はその国もベリアース王国になっている。まだ教科書には載っていない歴史の話だった。勝利に酔っていたため、ティグレ先生を追うものが誰もいなかったのが幸いだったようだ。

 「俺はそのまま流れ、レフレクシオンへやってきた。そこで俺は考えたよ、何も知らない子供を使う大人の汚さや無知な自分。いろいろな要因が重なったから起きたことだが、そういうことは世界のどこかにありふれているものなんだってな。だから俺は勉強を始めた。俺みたいなやつを再び出さないよう、教えるためにな。その日暮らしの生活の中、十年ほど努力して俺は王都の学院に入ったってわけさ。まあ、いけすかねぇ貴族の親とかとケンカして学院長に拾われたくちだけどな。今でも俺はダメなやつなんだよ」

 わははは、と笑っているけど、壮絶な人生だ。同時に、なぜ俺たちに尽くしてくれるのかが分かった気がする。リューゼの時のように間違った道に進まないよう、諭したりね。

 「死んだ幼馴染は気が強いやつだった。……顔は全然似てないんだけど、ベルナが俺にはっきりものを言うのを聞いたとき、彼女を思い出したなぁ。あ、別にそいつの代わりとかじゃないからな!? 兄妹みたいなもんだったし」

 慌てて否定すると、ベルナ先生がクスリと笑い、手綱を持つティグレ先生の手に自分の手を重ねる。

 「……辛かったのね。でも、もし、その子が生きていたら言うわよ『立派になった』って」
 「そうかなあ。怒るんじゃねぇかな……」
 
 そういって目じりに涙を浮かべるティグレ先生が、今度は俺に視線を向けていう。

 「ラース、お前は昔の俺に似ている。昔、デダイトの家庭訪問に行ったとき、お前が訓練で戦っているのを見て逸材だと思ったことがある。だが、ブラオとクソ医者の件でお前は危なっかしいと思った」
 「危なっかしい?」
 
 俺が聞き返すと、ティグレ先生が頷いてから俺の頭に手を載せて言う。

 「俺と同じでお前には力がある。ひとりで何でもできるだろう力がな。だけど、ひとりでは必ずどこかで落とし穴にはまる。俺が戦争で人を切り捨てたようにな。決して驕らないよう、騙されないよう気を付けるんだぞ」

 俺の時は恐らくわざといろいろ教えられなかったのだと言い、くしゃりと俺の頭を撫でた。

 「……うん、ありがとうティグレ先生。肝に銘じておくよ」

 先人の経験と知識、知恵は代えがたい財産だ。俺はそれを無駄にしないためにもティグレ先生と約束する。
 話が終わり、俺とティグレ先生、ベルナ先生が笑うと荷台から声がかかる。

 「……うわあああああん! ティグレ先生ー!」
 「つえぇ先生にもそんなことがあったんだな……ぐす……俺、先生の授業を真面目に聞いて頑張るよ……」
 「私も……戦争って怖いわ……騎士になったらそういうのもあるんだっけ……」
 
 ノーラとジャック、それとマキナだった。兄さんは何も言わなかったけど、ノーラの横で涙を流す。幼馴染といえば俺と兄さんにとってはノーラだ。それを重ねてしまったのかもしれない。

 「おう!? なんでぇ聞いてたのかよ……」
 「私も、聞きたかったことが聞けてうれしかったよ?」
 「げ、学院長……そういや乗っていたっけな……」
 「ふふ、言いたがらないからよほどだと思ったが、その通りだったな」
 「ほっといてください……って、もう辞表も出したし敬語もいらねぇのか」
 「いいのか? 結婚するのに無職になるぞ?」

 学院長先生がそう言うと、ティグレ先生がふんと鼻を鳴らし返す。

 「冒険者でもなんでもやって稼ぐさ。生きてりゃ何だってできるしな」
 「えー、わたしは一緒に先生をやりたいよ? ならわたしも辞めちゃう?」

 ベルナ先生が意地悪そうな顔を向けると、ノーラがティグレ先生の袖を引っ張って言う。
 
 「それはいやー!」
 「むう……」
 
 ティグレ先生が困った顔を見せると、学院長先生が懐から辞表を出してにやりと笑う。

 「はっはっは。……で、どうするかね?」
 「……いいんですか、俺で?」
 「君だからこそ、だな」

 学院長先生が辞表を投げると、ティグレ先生がフッと笑い、懐に入れていたダガーでそれを真っ二つにして口を開く。

 「チッ、仕方ねぇな! またお世話になるぜ、学院長!」
 「「「やったぁー!!」」」
 
 俺たちが手を上げて喜び、先生たちに後ろから抱き着く。

 「おわ!? 操作が狂うだろ、勘弁しろよ!?」
 「ほらほら、頑張ってティグレ♪」

 ベルナ先生が手綱を一緒にもって俺たちが落ちないよう支えてくれる。

 <む、なんだ? いいことがあったのか?>
 「そうね、とっても悲しくて、とっても暖かい話。サージュもこれから頑張らないとね」
 <? よくわからんが、友達は守るぞ>
 
 そんな会話を母さんとサージュがしているのが聞こえてきた。サージュの的外れな答えに俺は苦笑し、手狭になった御者台を降りて荷台の端に寝転がる。
 
 ……ティグレ先生の昔話は俺にとっても衝撃的だった。力がある者は利用される、お前はそうなるなと言ってくれているのだ。俺はチラリと兄さんたちが群がる御者台や母さんを見て胸中でつぶやく。
 
 大丈夫、俺には仲間も頼れる大人もいる。領主奪還では暴走したけど、困難や問題があったら、一人で隠さずみんなと協力してやっていく。

 「だから抱きつくなってお前らぁぁぁ!」
 
 ティグレ先生の叫びを聞きながらそう決意し、俺は静かに目を閉じた。さて、ベルナ先生も帰ってきたしまた平和な暮らしに戻れるなと思いながら、馬車に揺られて帰路につくのだった。
 
 

「没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「文学」の人気作品

コメント

コメントを書く