没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで
第八十二話 悲しみの連鎖を断ち切るために
ポタ……ポタ……
赤い血が地面を濡らす。そこへ、サージュが口を開く。信じられないといった感じで、一言だけ。
<……なぜ>
「……こいつらに聞けよ」
ティグレ先生は口元をにやけさせながらそう言うと、自分の腰と足元へ目をやる。そこには、泣きながら腰を掴んでいるジャックと、転倒して顔を泥だらけにしながらティグレ先生の足を引っ張るノーラとマキナがいた。俺は槍を掴んで逸らし、兄さんはティグレ先生の腕に抱き着くようにしがみついていた。
そのおかげでティグレ先生は急ブレーキをかけることができたので、胴体を刺し貫くことは無くサージュの皮膚を切り裂くにとどまった。
魔法障壁が無いと分かった瞬間、みんながサージュは死ぬつもりだと悟った故の行動だった。
地面に落ちる血はサージュの皮膚からと俺の脇腹を槍が掠めた傷、それとティグレ先生が無理やり腕を曲げたので皮膚が裂けて出た血である。
「つっ……」
「ティグレ!?」
ティグレ先生が槍を取り落とすとベルナ先生が駆け寄ってくる。俺も着地すると、
「だ、だめだよー……死んじゃったらレイナさんもテイガーさんも悲しむよー……」
足から手を離すノーラがそう言い、続けてマキナが叫ぶ。
「そうよ! お姫様が死んで、多分テイガーって人も死を予感していたんだと思う……だからサージュには生きていて欲しかったんだよ。きっと自分たちを忘れてほしくなかったのかも……」
マキナの話は俺もそう思う。恐らく寿命の長いドラゴンに、記憶を託したのはあるのかもしれないと。そしてジャックが顔をしかめてから口を開く。
「俺は馬鹿だからよくわかんねぇけどよ。お前のこと、大事だったから殺さないで封印したんじゃないか……? いつか平和な時代に目覚めたら、ってよ。俺が危なかったら、父ちゃんと母ちゃんもそうする気がするんだ。小さいときから一緒だったんだろ? レイナ姫は母ちゃんみたいなもんだったんじゃねぇかな」
三人が思い思いのことを口にし涙を流す。俺達は子供だけど、子供だからこそハッキリと口にする。恥ずかしいという気持ちなど微塵もなく。目の前の優しいドラゴンに、想いをぶつける。
「僕は大事な人が危険だったら助けるよ。自分が死ぬことになってもね。はは、できることは多くないかもしれないけど……」
「サージュは迷惑がかからないよう、自分で死のうと思う優しさがある。俺はそんなサージュに死んでほしくないな。どうやってレイナ姫と過ごしてきたか聞いてみたいよ?」
<しかし、あのふたりが死んで……我が生きていていいのだろうか……残された我は……生きる目的もない我は……何をすればいいのだ……>
サージュが困惑したようにそんなことを言う。まったく、最強種のくせにうじうじしているドラゴンだなと、俺達は顔を見合わせる。だから俺達はもう一度言ってやるのだ。
「「「「「友達になってよ!」」」」」
<……っ>
俺達が叫ぶと、サージュはその場に寝そべり俺達の前に顔をさらす。サージュは涙を流しながら笑っていた。なんか憎めない顔をしているサージュに、俺は言ってやる。
「……ドラゴンが泣くなよ」
<ふ、ふふ……人間と一緒に居たから移ったのかもしれんなあ……我は、ここに、この世界に居ていいのだな……生きていても……>
そう呟いたサージュに、さっきまで泣いていたノーラがパッと顔を輝かせて鼻先を撫でながら笑う。
「うんー! オラ達とあそぼうー!」
<ああ、死んでしまったレイナとテイガーの分も……我は生きよう……>
「うんうん! よく言ったわ!」
「なんか寂しいとか俺達みたいで親近感あるよな」
サージュの相手はノーラとマキナ、ジャックに任せて俺と兄さんは母さんに下へ行く。母さんは呆れた顔でため息を吐いた。
「まさかドラゴンを説得するとは思わなかったわ。ま、ノーラのスキルのおかげもあるんだろうけど、良かったわね、あなた達の想いが通じて」
「僕はノーラが悲しくないようにしただけだよ。もし戦うなら、最後まで戦ったけどね」
「あら、言うわねデダイト。もしそうなったらラースが何とかしそうだけど」
「……」
母さんの言葉に兄さんが少し寂しそうな顔をしたので、俺は慌てて母さんに言う。
「か、母さん、兄さんだって強いんだからそんな言い方しなくてもいいじゃないか」
「まあ、その辺の子共よりは全然強いわね! さ、落ち着いたしケガ人を治療して回るわよ!」
「そうだね、母さん」
兄さんは母さんの言葉に返事をして騎士達の下へと向かう。……うーん、前世の俺みたいに、母さんが兄さんを蔑んでいるわけじゃないけど、今のは少し気になるかな……
今はそれを言っても仕方が無いかと、俺も救助を始めようとしたところで、サージュが思い出したように言う。
<そうだ、我の血はケガにとても良く効く。一滴でも十分だ、口に含ませてやるといい>
直後、自分の爪で手のひらを切り裂いて血を流す。さて、どうやって飲まそうかと思ったところで、シーナ様がこちらに来るのが見えた。
「……ドラゴン、サージュと言いましたね? あなたの血を少しいただきます【赤色操作】」
あ、そういえばシーナ様のスキルって赤い色のものを操作できるんだっけ。シーナ様がしたたり落ちる血を操作し、倒れている騎士たちの口へ血を含ませる。
「口を開けなさいな……! ふう……」
ケガがないグレース様もそれを手伝い、次々と目を覚ましていく騎士達。みんな強そうだけど、ドラゴン相手はティグレ先生の言う通り、対策をしていかないと勝てないんだろうなあ……
俺がそんなことを思いながら見ていると、騎士達が肩を貸し合い一か所へ集まっていく様子を見て安堵するグレース様。
おおむね収束したところで彼女がサージュへと近づいて鼻先に手を置いてから尋ねた。
「ベルナはそんなにあなたの大事な人に似ているのかしら?」
<第二王女か。うむ、瓜二つと言っていい。テイガー似の男はよく見たら目つきが悪いな。あやつはもっと優しい目をしていた>
「うるせえ! ……いてて……」
「無理しないのぉ。わたしはレイナさんじゃないけど、仲良くしましょうね?」
「……はあ、ドラゴンと仲良くなるとはとんだ結末でしたわね……でも、これでお父さまにもお母さまにも大きな顔はさせませんわ。ベルナ、一緒にお城で暮らしましょう?」
グレース様は微笑んでから手を差し伸べるが、ベルナ先生は困った顔で笑い、ゆっくりと首を横に振った。
「わたしの居場所は、もう他にありますからねぇ♪」
そう言って俺達の顔を見渡すベルナ先生の顔は、いつもの笑顔だった。
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