没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第八十話 積年の恨みの矛先は


 ――ドラゴン
 ゲームや漫画では見たことあるけど、当然ながら実物を見るのは初めて。駆けつけた時、ティグレ先生がやられそうになっているのが見えて慌てて助け、格好いいことを言ったものの――

 「冷や汗が止まらないね」
 「騎士でさえあの有様だ、いくらお前が強いからといってもドラゴンの前じゃ文字通り子供だな」
 「ティグレ先生ー!」
 「うお!? ……ド、ドラゴン……」
 「大きい……」
 「初めてみましたわ……」
 「全員ドラゴンを囲め! 負傷した騎士の手当ては回収班に任せる気を付けて動けよ!」
 「「おおー!」」

 ちょうどみんなも追いつき、ジャックたちが息を飲み、騎士たちが散開する。ドラゴンはバラバラと動く騎士達をチラリと見ながら口を開いた。

 <性懲りもなく数を増やしてきたか。あの時は油断していたが、今度はそうはいかんぞ! グォォォォ!>
 「こ、こりゃマジでやべぇ……」
 「べ、ベルナ先生は……!」
 
 咆哮を上げるドラゴンに、俺達は本気でやばいと感じとり、当初の予定通りベルナ先生を連れて逃げることを考え始めていた。その時、グレース様が剣を突きつけてドラゴンへ激昂する。

 「ルツィアール国、第二王女グレースですわ! ドラゴン、あなたは何故この国王女を欲するのです!」
 「同じく第一王女シーナ。あなたが求めていた王女はここに全員集まっています。理由を述べなさい」
 「シーナ様、グレース様……」
 「あ! ベルナ先生いたよー!」

 岩陰からひょこっと顔を出したベルナ先生が呟くのが見え、ノーラが歓喜の声を上げる。良かった、生きていてくれたと俺達は安堵のため息を漏らす。
 そして、すぐに襲ってくるかと思いきやドラゴンは咆哮を止め、話しだした。

 <……三人の王女? おかしなことを。キバライト帝国には一人娘のレイナしかいない。我はこの国の姫、レイナを差し出せと伝えたはずだが? ルツィアール国とはどこのことだ?>
 「え……?」
 「キバライト帝国って……わたくしたちの国の前身ではありませんでしたか……?」
 「そ、そうですよぅ! ドラゴンさんの起きていた時代は五百年も前ですよ! レイナという人はとっくに……」

 ベルナ先生が悲し気に叫ぶと、ドラゴンはベルナ先生を見てわずかに震えながら言う。

 <五百年……五百年だと!? 馬鹿な……我はそんなに長いこと封印されていたのか!? で、では、お前は……>
 「わたしはベルナと言います。キバライト帝国は四百五十年も前に独裁主義だった皇帝が倒され、今ではルツィアール国という平和な騎士の国に変わっていますよぅ」
 <お、おお……そんな馬鹿な……では、お前もテイガーではないと……?>
 「だからそう言ってんだろうが」

 ティグレ先生も誰かと間違えていたようで、ドラゴンは分かりやすく項垂れてその場に座り込む。ごくりと緊迫した空気が流れ、今のうちなら逃げられるかと考える俺。しかしその直後、ドラゴンは目を見開き再度咆哮を上げた。

 <ならば……もはやレイナの居ない世界に用はない! しかし、レイナと引き離された我の怒りは収まらぬ!>
 「結局こうなるのか……! どうする気だてめぇ!」
 <知れたことよテイガーに似た男。この国を壊し、我の留飲を下げる!>
 「な、なにを言い出すのです!?」

 グレース様が悲鳴に近い声をあげると、ティグレ先生がドラゴンへ怒声を浴びせる。

 「っ……! 馬鹿野郎が! そんなことをして何になる! 今度は死ぬぞ、人間も鍛えてきているんだ、きちんと準備をすれば古代竜でも倒せない相手じゃねぇんだぞ!」
 <貴様になにがわかる……!>

 ドラゴンは怒りを露わにして尻尾を振るう。巨木のような太さの尻尾に巻き込まれて騎士達が吹き飛ばされていく。
 
 「ラース、お前達はベルナを連れて逃げろ!」
 「ティグレ先生は!」
 「逃げる時間を稼ぐんだよ!」
 「あ!」
 「みんな、急いで山を下りるのよ!」
 「ヴェイグ……!」

 母さんが叫び、ティグレ先生は全部を言い終わらないうちに駆け出してドラゴンと対峙する。他の騎士達も応戦し攻撃をすると、攻撃が当たる直前で魔法陣のようなものが出て弾かれていた。あれって……?

 「騎士ども、こいつは魔法障壁を常に張っている! 生半可な攻撃じゃ破れねぇ! 姫さん連れて撤退しろ!」
 「くっ……」

 俺達と一緒にきた三十人の騎士は、ティグレ先生にそう言われたものの呻きながらドラゴンへ突撃する。舌打ちをしながらティグレ先生は自分に攻撃を向けさせるため猛攻を繰り出す。

 「らああああ!」
 
 パリィィィン……!

 <またしても……! グォォォア!>
 「うご!? まだだ……!」
 <ぐぬ……!?>
 
 足を切り裂き、呻くドラゴン。ティグレ先生に拳をぶつけ、騎士には尻尾をつかい吹き飛ばしていく。強い……俺が魔法を使ったくらいでどうにかなるレベルじゃないぞ……。そこへ岩陰から出て回復魔法を使っていたベルナ先生が叫んだ。

 「ティグレ先生!」
 「早く、いけ……!」 
 「う、うう……」
 「あんたのためにみんな来たんだからあんたは逃げなさい!」
 「急いでくださいまし!」
 
 置いてはいけないと首を振るが、母さんに腕を引っ張られて俺達の下へ合流する。騎士たちも這う這うの体でこの広い場所へ入れる唯一の入り口に到着する。

 だけど――

 <逃がすものか……! カァァァァ!>
 「うわあああ!?」
 「きゃああ!」
 「ジャック、マキナ! こっちだ……!」

 ガラガラガラ……

 「しまった出口を!?」

 洞穴のような場所を抜けて出て来たこのすり鉢状の広場は、天井は開いているものの、人が通れる場所は一か所しかなく、ドラゴンの炎で塞がれてしまった。

 「万事休すか……! ぐああ!?」
 <テイガーに似た男よ、このまま踏みつぶしてくれる!>
 「いかん! 彼を助けろ!」
 <後で殺してやるから大人しくしておけ!>

 ブォン! ゴォォォォォ!

 「う、うわ!?」
 「あああ、熱いぃぃ!?」
 「くそ、魔法だ魔法を撃て!」
 
 騎士の一人が合図をし、魔法を使う騎士たちが一斉に魔法で攻撃をする。しかし、上級魔法も魔法障壁の前に阻まれ霧散していく。

 「ぐああ……!? や、やるなら一斉に、同じところ、を……ぐ、ううう……」
 <死ね……!>
 「ティグレ先生!」
 「くそ! <ドラゴニックブレイズ>!」

 パァァン!

 <なに!? 小僧貴様古代魔法を……!?>
 「効いた!? なら……」
 <そのまえにこの男を殺す……!>
 「わああああああ!」
 <馬鹿め……!>

 ティグレ先生が殺されてはたまらないと飛び出す俺。直後、ドラゴンの口がガパリと開き、火球が発射された。まずい……勢いがついて避けられない!?
 俺は咄嗟に両腕を出して魔法で迎撃する態勢に入る。防御魔法の訓練をもっとしておくべきだったと後悔が頭によぎる。 しかし次の瞬間、別の方向から叫び声が聞こえてきて俺は驚いた。

 「うわああああああああ! 【カイザーナックルゥゥゥ】!!」
 「マキナ!?」

 ガゴン!

 横から飛び出してきたマキナが半べそをかきながら俺に向かってきた火球を殴り飛ばした! 俺は慌ててマキナを抱きとめる。

 「無茶するなって!? 小手があっても熱いんだぞ!」
 「えへ……良かった、ラース君にぶつかるよりはいいかと思って……」
 「俺はなんとかするって……<ヒーリング>」

 マキナを癒してその場に座らせると、ドラゴンがティグレ先生をさらに踏みつける。

 <やるではないか。だがこの男はもう終わり……! とどめだ……!>
 「ぐああああ!?」
 「やめてーーーー!!」
 「危ないよノーラ!」

 今度はノーラが飛び出し泣きながらドラゴンへ叫ぶ。泣いてはいるが、俺達も初めて見る。怒った表情でドラゴンを睨みつける。

 <う、うぐ……な、なんだ……? 体が……>
 「先生をいじめたらダメなのー!!」
 <体が……動かん!? 娘、お前の仕業か!?>

 体が痺れたように、ドラゴンの動きがぴたりと止まった。まさか――

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