没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

~幕間 1~ 誰にでもできるたったひとつのこと


 ラースがギルドマスターから話を聞いているちょうどそのころ――

 「――ですから、リューゼ君の教育はどうされているのかと聞いているのですが?」
 「領主の息子だぞ? 相応の教育はしておるわ! ふん、それより入学式の時恥をかかせてくれたな?」
 「お構いなく。貧乏人、といった言動もあなたが教えているのでしょうか?」
 「私が構うのだ!? ……そうだ。貧乏人を貧乏人と呼んで何が悪い? そういう生活をしている方が悪いのだろうが」

 悪びれた様子もなくブラオはティグレに声を荒げて反論する。だが、ティグレは怯みもせずブラオに返す。

 「わた……俺は他人を卑下することが良くないと言っているだけです。リューゼ君は今日、何度もラース君に『貧乏人』と罵っていました。言われた本人はどう思うだろうか? 俺も止めたがリューゼ君は聞かなかった。ラース君は忍耐強い子だから無視することを選んだようだが――」
 「……!?」

 そこでずっと黙って俯いていたリューゼがびくっとなる。無視をすると宣言したラース。それには『ルール』があると言っていたことを思い出していた。

 「(もしかして貧乏人って言われるのが嫌だから? でも、父上はそういうものだから言ってわからせてやれって言ってたし……)」
 「とにかく、ウチのやり方に口を出さんでくれ。こいつは私の言うことだけを聞いていればいいのだ! なあリューゼ!」
 「あ、はい……」

 なんとなくラースの言っていた意味がわかったが、父親の言うことは絶対だと教えられてきたリューゼは頷くしかない。
 
 だが――

 「ふう……わかってもらえねぇようだな。初日だから穏便にいきたかったがしかたねぇ。リューゼ」
 「え……俺!?」

 急に話の矛先が自分に向けられ、驚くリューゼ。そんな彼に、ティグレは告げる。

 「魔法テストをやったのを覚えているか?」
 「あ、ああ……」
 「あのテストな、お前下から二番目なんだよ」
 「え……」

 自分では渾身の力を出して放った<ファイア>。だけど目の前の担任から告げられた言葉は「下から二番目」という散々なものだった。

 「お前の下はマキナだけ。それもマキナはもともと使い方を知らないから仕方がねぇ。実質、使えるクラスメイトじゃ一番下ってわけだな。こういうのをなんていうか知っているか? 落ちこぼれって言うんだ!」
 「な!? き、貴様! 人の息子を掴まえて落ちこぼれとは無礼な!」
 「黙ってろ!」

 パキパキポキ……

 「そ、それをやめんか……! ここは学院ではない、衛兵を呼ぶぞ!」
 「衛兵が怖くて教師がやれるか! ……いいか、お前は落ちこぼれなんだ、リューゼ」
 「そ、そんなはずは! 俺は【魔法剣士】のスキルなんだぞ! 魔法だって一流のはずだ!」
 「そりゃあきちんとトレーニングをすればだな。お前はなんの努力もせず、いきがっているだけで自分の実力が上だと勘違いしていたってわけだ。落ちこぼれはそういうやつが多い」
 「お、落ちこぼれって言うな! 俺は落ちこぼれなんかじゃない!」

 その言葉を聞いて、ティグレがスッと目を細める。そうするとかなり目つきが悪くなるため、リューゼとブラオが命の危機を感じる。しかしティグレはポツリと呟く。

 「……悔しいかリューゼ?」
 「当たり前だろ! 勝手に落ちこぼれだって決めつけやがって!」
 「ラースもそう思っていただろうぜ。勝手に貧乏人と決めつけるなってな」
 「あ……!?」

 そう言われてハッと気づくリューゼが振り上げた拳を降ろす。ティグレはそのまま話を続けた。

 「気づいたか? ならお前はまだ大丈夫かもしれないな。お前のスキルはレアスキル。それは俺だってよく知っている。だけどこうでも言わないと気づかないと思ったから悪いが少し酷いことを言わせてもらった」
 「……」
 「し、しかし、ローエンは現にびんぼ――」
 「やかましい! 俺はリューゼと話してるんだ! ちょっと黙ってろ!」
 「お、おお……!?」

 目を白黒させてブラオはソファから転げ落ちると、ティグレはリューゼの目を見て言う。

 「お前たちが貧乏人というが、兄もラースも学院に入学しているんだ。この学院はお金がかかるのに、だ。入学できない子もいるのに二人とも学院にいるのは凄いと思わないか? それにラースはギルドで依頼を受けて自分でお金を稼いでいる。それを自分の入学金に当てようとしたんだ。25万ベリルを自分で貯めたんだ。どう思う?」
 「す、すげぇ……ていうかギルドに出入りしているんだあいつ……」

 ティグレは頷き、頭をポンと撫でてから微笑んだ。

 「そうだ。お前はラースのことを知らないのに貧乏人と呼んだ。だから怒ったんだ。いいかリューゼ、確かに親の言うことは聞く必要はある。だけど、大事なのは自分がどう思うかなんだ。人から聞いたことよりも、自分で見たことや考えたことで判断する方がいい。分からないなら人に聞くのもいい。親父だけじゃなく、たくさんの人に話を聞くんだ」
 「自分で……」
 「う、うるさい! もう出ていけ! ウチの息子にくだらないことを吹き込むのではない!」
 「チッ、うるせえ親父だな……まあいい、俺が言いたいことは済んだしな。領主さんよ、あんたもくだらないプライドは捨てたほうがいいと思うぜ?」
 「余計なお世話だ!」

 怒鳴られながら応接室を後にするティグレの背中を呆然と見ていたリューゼ。

 「(自分で考える……)」
 「まったく学院長へ抗議せねばならんか……! リューゼよ、あんな男の言うことなど聞くな! クラスも変えてもらうか――」
 「(どう思うか……)」

 父親のブラオに言われたことしかしていなかったリューゼは不機嫌になる父親を観察する。入学式から出会った人々を思い出しながら。

 屋敷の中という狭い世界しか知らなかったリューゼの目にはこれから見る景色はどう映るのだろうか――

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