非青春男子と超青春JK

もり フォレスト

第九話 『空手を習っている理由』

 「悠介君、危ない!」
千咲斗が叫んだ。
「パシッ」
しかし、悠介は避けるどころか、男の手を
掴んでいた。
「なっ!?」
驚く男。
「単純なパンチ。こんなんじゃ相手に当たらないぞ。そんじゃ、正当防衛だから良いよな。」
そう言うと、悠介は男の手を離すと同時に、お腹に強烈な突きを食らわせた。
「ぐはぁ!!」
男はお腹を抑えて悶えている。すると、悠介が口を開いた。
「人の気持ちも分からない奴に、女心なんて分かるわけねぇんだよ!!分かったらさっさと行け!!」
悠介が怒鳴ると、もう一人の男が悔しそうな顔をしながら、悶える男をおぶって逃げていった。
「ごめんな。怖い目に合わせ……」
悠介が振り返ると、千咲斗が泣きながら抱きついてきた。
「私…ナンパなんか初めてで…断ったのに連れて行かれそうになって…すごく……怖くて…怖くて…だから……ありがとう。」
ずっと泣く千咲斗。そんな千咲斗を悠介が抱きしめる。
「もう大丈夫だ。俺がいる。だから安心しろ。」
そう言うと、悠介は頭を撫でた。
「おぉ〜。流石空手三段の悠介君だな。」
千咲斗が落ち着きを取り戻した頃、タピオカを手に持った拓人が戻ってきた。
「うっせ〜よ。空手は小さい頃からやってるだけだ。」
悠介が言い返す。
「それにしても、お前これまたすごいセリフを吐いたもんだな。後ろのお姉さん達がキュンキュンしてたぞ。」
拓人が笑いながら悠介の肩を叩こうとするも、手が塞がっていてできなかった。
「なんのことだよ。」
「ほら、『俺の彼女に〜』とか、『女心が分かるわけね〜』とか散々言ってたじゃね〜か。」
その瞬間、悠介は今までの自分の行動を全て思い出した。あのときは自覚していなかったが、悠介の発言は非常に恥ずかしいものだった。悠介の顔は真っ赤になり、下を向いて恥ずかしがっている。
「私を助けようとしてくれた。だからそんなの気にしないで。本当にありがとう。」
今まで黙っていた千咲斗が突然口を開いた。悠介にとってはまたそれが恥ずかしかったのだろう。
「トイレ行ってくる。」
と言って少し早足でその場を去った。
少し気まずい空気。しかし、その空気を壊すかのように、拓人が話し始めた。
「あいつ、悲鳴が聞こえたとき、『行ってくる』とだけ言って真っ先に千咲斗ちゃんのところに走っていったんだぜ。ちょっと不器用かもしれないけど、あれがあいつなりのベストなやり方なんだ。中身はあんなだけど、あいつは良い奴なんだよ。それだけは分かってくれ。」
そう言うと、拓人はニコッと笑った。
「大丈夫。ありがとう。」
千咲斗もニコッと笑った。

 一方その頃、悠介は顔を洗っていた。
「なんなんださっきの顔は。可愛すぎるだろ。」
さっきの千咲斗の感謝の顔に、悠介は心を突き刺されていた。もちろん、中身はこんなでも、一応男子高校生である。不安で泣いていた女子の友達が抱きついてきたら、いくら申し訳なく感じていても、こんな気持ちになるだろう。
「今までとは何か違った。困ってるからとかじゃなくて『守らなきゃ』って思ってた。そんな気がする。あぁ〜もう、なんかモヤモヤする!」
悠介はやり場のない感情にモヤモヤしていた。

 トイレから悠介が戻ってきた。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。」
千咲斗がそう言うのも無理はない。時刻は
六時半を回っていたし、色々あったせいで完全に疲れ切っていたのだから。二人も千咲斗の意見に賛成して、家に向かって歩き始めた。
「結局何も出来なかったね。」
「そうだな。マガジンズも買えなかったし。」
悠介が悲しそうな顔で言う。
「そうだ!日曜日!日曜日にまた三人で遊びに行こう!空いてるよね?」
千咲斗が笑顔になった。
「俺は空いてるぜ。」
「俺最近出た漫画の新巻が読みたいんだが。」
悠介は相変わらず、ヲタク思考である。
「じゃあ、一時に悠介君の家の前に集合ね!」
「って人の話聞けよ!」
「だって、漫画なんて後で読めばいいじゃん。そもそも、今日だって悠介君のために有千町まで行ったんだからね!」
「そこでナンパされてたのはどこのどいつだったっけ?」
「うぅ……」
千咲斗は黙り込んだ。
「そのことに関しては感謝してるもん。」
千咲斗が言う。だが、目線は下を向いていた。
「ていうか、お前本当すごいな。あのパンチ片手で止めるんだもんな。」
拓人が空気を直そうと、話題を変えた。
「一応十年は空手やってるからな。まぁ、『やらされた』の方が正しいけどな。」
「どういうこと?」
千咲斗が聞く。
「小学校二年のときに、お父さんに『強くなれ』って言われてやりだしたんだ。最初の三、四年は良かったんだが、大きくなるにつれて、大会での相手が強くなっていって。まぁ、当たり前なんだがな。それが嫌になって、お父さんにやめたいって言ったんだ。」
「それで、お父さんはなんて言ったの?」
「『お前にもいつか守りたい人が見つかる。だから、それまで頑張れ。』とだけ言われたんだ。その結果、今まで続いてるって感じだ。」
なぜ悠介の父がここまで恋愛思考なのかはさておき、言ってることは間違っていない。悠介も、それを理解して空手を続けているのだろう。
「それで、見つかったの?」
「えっ?」
「だから、守りたい人。見つかったの?」
千咲斗が悠介の顔を覗き込む。
「まだ……分からない。でも、俺にはいない気がする。」
悠介は自分の心に嘘をついていた。今日あの瞬間、はっきりと感じていた『守らなきゃ』という気持ちを、悠介は胸に奥に隠してしまった。
「ふ〜ん、見つかるといいね、悠介君の守りたい人。」
千咲斗が笑顔で言った。
「お、おう。」
悠介は返事をした。
「それじゃあ、日曜日にね〜。悠介君、ちゃんと準備しててね。」
三人は悠介の家の前で別れ、悠介も家に入っていった。

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