身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される

黒柴歌織子

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 ――言ってしまった! けど、不思議と達成感がある。
 つばきとおじさんは目を剥いて私を見た。

「お前…っ」

 おじさんはお客さんの前だという自覚はあるのか、怒気は含めこそ怒鳴りはしてこない。今は。
 思わず身を強張らせていると、悠馬さんが肩を震わせた。

「ふ、ふふっ」
「ああ、失礼した。どうやら勘違いをしているようで……」
「いやいや。安心しました。――今まで俺が一方的に好きなのではないかという不安があったので」
「は?」
「もう一度言いましょうか? 俺は、本条あやめさんが、好きです」

 ゆっくりと悠馬さんは繰り返した。
 ちょっと恥ずかしい……。
 ハトが豆鉄砲食らったような顔とはこのことだろう。つばきもおじさんもぽかんとしており、すぐには頭に入ってこないようだった。

「なので、本条つばきさんとは結婚しません」

 朗らかな口調で、彼は言い切った。

「何を言って……!」
「あくまでも父が頼まれたのは『見合いをしてくれ』ということのみ。『本条つばきさんと結婚してくれ』などとは一言も言われていないとのことでした」

 抜け穴をすり抜けていくなあ、この人……。

「そもそも婚約破棄も珍しくない世の中ですからね。ぜったい結婚しなくてはいけないというわけではないですよ」
「ではなぜ、婚約を受けた!?」
「彼女に一目ぼれしたので。ああ、見合い写真ではなくて、実際に会ったあやめさんにですよ。それもずっと前」

 ……それって、あの、パーティー会場で会った時のこと?
 聞きたかったけれど、今は口をはさむべきではないだろう。
 絶句するおじさんへ悠馬さんは畳みかける。

「さて、この話は終わりで良いですか? 次はビジネスの話をしましょう。少し頑張ったので、聞いて欲しくて」

 ビジネス……?
 それは私含めて全員思ったようだ。

「おいで」

 悠馬さんに手招かれて、そっと彼の横に座る。
 二人の目が怖いので悠馬さんの手だけをじっと見ることにした。
 彼は手際よく書類を出し、机に並べていく。

「これは、なんだ……?」
「海外でブライダル関連の計画に誘われまして。有難く参加させていただくのですが、問題が一つあったのですよ」
「問題?」
「日本のブライタル会社を必要としていましてね。日本人需要も高まっている昨今ですから、私もいいところがないか探していました」
「――まさか」

 ビジネススマイルを悠馬さんは浮かべている。

「『たまたま』見つけたのですが――本条ブライタル会社。ホテルグループと同じ系列だったなんて知りませんでしたよ」
「業務提携をしたのか!?」
「はい、こちらを見て頂ければ分かります。おや? 何か不味いことでも?」
「勝手に提携を……」
「ちゃんとブライタル会社の社長にアポイントを取り、契約して業務提携しましたから法律違反なんてしていませんよ。そちらも、まさか独占していませんよね? それはないですよね、独占禁止法に引っ掛かりますから」

 おじさんは私をものすごい形相で睨みつけた。

「自分のことを話したのか!」
「落ち着いてください。なんですか? もしかして、彼女の実家がそのブライタル会社なのですか? すごい偶然ですね」

 し、白々しい……。

「彼女、なんにも話してくれませんから……。知っていたならあなたを通してお話していたかもしれませんけど」

 悠馬さんはにこりと笑うが、その目は一切笑っていない。
 おじさんは完全に言葉を失ったようだった。

「話は以上ですか?」
「……」
「では、失礼させていただきますね。あやめさん、行きましょう」
「あっ……うん」
「ちょっと!」

 我に返り、声をあげたつばきへ悠馬さんは冷ややかな目を向ける。

「つばきさん、お身体を大事になさってください。長旅でお疲れでしょうし」

 手を引かれ、私たちは和室を退室する。
 少し離れたところでかえで君が立っていた。面白くてたまらない顔だ。話を聞いていたのかな。
 彼は無言のまま悠馬さんに拳を見せる。悠馬さんも拳を作り、コンとぶつけた。

「お気をつけて。またね、あやめちゃん」

 おばさんが玄関口にいた。

「はい。……荒れるかもしれませんが」
「良い薬よ」

 見送られ、外へ出る。
 悠馬さんはタクシーを呼んだ。

「……」
「……」

 私と悠馬さんは無言で互いの顔を見つめ合った後、笑う。

「おかえりなさい」
「ただいま」

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