身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される

黒柴歌織子

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 私の名前を悠馬さんに教えてから、一週間と少しが経った。
 正一郎おじさんに呼ばれることも、つばきから連絡が来ることもなく比較的穏やかに過ごしている。

「えーっ!? 間島先輩、お弁当にたこ焼き入れるんですか!?」
「何入れても自由じゃない。あなたが食べるわけではないんだから」
「でも間島先輩は彼氏のお弁当も作っているんですよね!? もちろんそこには…?」
「当然入れているわよ」
「なんで!?」
「好きだから」

 分かる、わざわざお弁当に嫌いなものは入れないよね。
 里美ちゃんはコンビニで買ったサラダを食べている。おなかが空かないか心配になるが、大丈夫らしい。

「文句があるならちゃんと言ってと伝えてあるし。嫌がってもないから入れているわ」
「そういうもんですか……。本条先輩もたまにたこさんウィンナー入れていますけど、両方に入れているんですか?」
「うん、入れて……」

 にやりと葉月と里美ちゃんが笑った。
 ……しまった! はめられた!

「ま、まさかグルだったの!?」
「そのまさかですよ~、本条先輩」

 なんかお昼まえにコソコソしていると思ったら計画を立てていたのか!
 こういうところでコンビネーション見せないでほしい。

「ほう? 両方とは? 二つ分作っているってことだね?」
「自分と誰の分ですか先輩?」

 怒涛の質問タイムに負けそうになる。
 ここ、本条家の会社だから……! 「付き合っている人がいる」と父親の耳に入ってもきっと何も言わないけれど、いつどこで本家に漏れるか分からないから!
 そんなに同棲しているのがバレバレな態度だろうか。

「いいじゃない誰でも。はい終わり終わり」
「あっ、ひどい! 逃げましたね!」
「我々には知る権利があるのに」
「ないない、そんなの」

 ぶーぶー言う二人に手で追い払う動作をした。
 まったく、噂話になると目を輝かせるんだから……。
 諦めたのか、里美ちゃんは他の会話に切り替えた。

「そういえば先輩たちがいない間にイケメンな来客がお見えになられましてね」
「へえ」
「ふーん」
「ああもうその余裕な態度ムカつきます……! すっごいイケメンだったんですよ! モデルかってぐらい!」
「そのイケメンがどうしたの?」
「社長に話があるとかで、応接室に行きました」
「イケメンであること以外いつも通りじゃない」

 イケメンが仕事しにきただけだった。
 そういえば私、悠馬さんに顔がいいとかいったことあまりないけど、口に出したほうがいいのだろうか。
 褒めるところは褒める的な……。日頃私のことをかわいいかわいい言ってくれるので、こちらからかっこいいと言ってもおかしくはなさそうだ。ただ私が耐えきれるかどうか。

「絶対一目見たら『イケメンだ!』ってなると思いますよ?」

 里美ちゃんまだ諦めない。

「前まで専属カメラマンの後藤さんがイケメンだって騒いでいたのはどうしたのよ」
「後藤さんは……違うんですよ」

 威勢の良かった里美ちゃんの口調が弱くなった。
 私と葉月は顔を見合わせる。なるほど、他人の恋愛事情は面白い。

「スケジュール的に、明後日打ち合わせでここに来るよ」
「別にどうでもいいですし」

 あ。これは明後日の自分の予定考えている顔だ。

 ひとしきりきゃいきゃいと騒いだ後、休憩が終わり各々の業務へと戻る。
 コピーを取っていると紙が無くなる。ストックを置いている棚にもない。補充を後回しにしたな。代車をお供に倉庫まで行き、コピー紙を積んでいく。
 戻ってくると事務所がざわざわとしていた。

「どうかしたの?」

 補充を手伝ってくれる葉月に聞くと彼女は肩をすくめた。

「さっき葉月の言ってたイケメンが帰ったの。だから女子は大興奮、男子は負けていないアピール」
「そうだったんだ。ちょうどいいタイミングでいなかったんだね、私」
「残念だったね。にしてもずいぶん長く話していたと思うよ。葉月の話から考えるに、かれこれ二時間か三時間は話し込んでる」
「へえ……。大きな契約でも持ってきたのかな」

 それで業績が右肩上がりになればいいんだけれど。うまくはいかないか。
 葉月は声を潜めて私にささやく。

「それよりあやめ、あなた一人で倉庫行かないで誰か呼びなさいよ。他の人、ありがたがるばかりで手伝おうとしないんだからこちらから使っていかないと損だよ、損」
「まあ一人でもできるし……」
「そういうところ! 一人で抱え込まない!」

 づんづんと脇腹を突かれる。痛い。

「あやめ、いきなり有給とってふらっと遊びに行ったほうがいいよ。あやめに頼りきりなのが実感できて皆いいでしょう」

 たまに葉月から苦言されていたけど、また言われるとは。
 そんなつもりはなかったのだが……。

「本条せんぱーい!」
「ああいうのとかいるから。頼られるのと同じぐらい頼りなさいよ、わかった?」
「うん……」

 また脇腹を突かれた。痛い。
 有給と聞くとお預けの旅行を思い出してしまう。つばきが戻るまでに行けるかな。無理だろうな……。

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