身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
28
悠馬さんは車通勤、私は電車通勤なので普段はマンション前で別れる。
だけど今日は小雨が降っており悠馬さんに駅まで送ると言われたのでありがたく乗せてもらった。そんなに歩く距離ではないのだけれど、ちょっと甘えたい気持ちもあったのだ。
「今日は遅くなりそうだ」
「忙しそうだね。無理、しないで」
「ああ。あんまり俺が仕事に打ち込み過ぎると社員にも無理を強いることになるからやめろと秘書によく叱られる」
セーブしてくれる人が身近に居るのはいいことだ。
きっと仕事が――というより、デザインすることが楽しくて仕方がないのだろう。初対面でもそのようなことを言っていたし。
「私も家で待っているから」
「……」
何故か悠馬さんは黙った。
私が不思議に思っていると、彼は細く息を吐く。
「かわいい」
「はい!?」
「新婚は帰宅が早いというが、なるほど、こういうことか」
そんな真面目な口調で冷静に分析されても……!
頬が熱くなるのを感じながら私は反対側の窓を見た。これ以上悠馬さんを見ていたら茹ってしまう。
「し、新婚じゃないでしょ私たち……」
「今はね」
あーもう! どうして悠馬さんはそういうことを平然と言えるのだろう。
ちらりと彼の様子を伺うと、耳がうっすら色づいていた。それを見て私はさらに恥ずかしくなってしまう。
そんなことをしているうちにロータリーについた。
「ありがとう。じゃあ……頑張ってね」
「早めに帰るよ」
いたずらっぽい笑みを向けられて、冷静にふるまうこともできずに「行ってらっしゃい!」とドアを閉める。
車を見送っていると、なにか視線を感じた気がしてあたりを見回した。特に知り合いがいるわけでもない。
首を傾げながら私もロータリーから地下通路へ下りる階段に入っていった。
出勤して朝礼を終え、今日中に終わらせなければいけない仕事に手をつけていると内線が鳴った。里美ちゃんが受け取り一言二言交わすと、電話を切る。
「本条先輩。岩田秘書から、話したいことがあるので応接室に来るようにとのことです」
……社長室に来いということだな。
社長からの呼び出しは目立つので、社内で私と話をするときは秘書を通じて呼び出されることが多い。さすがにつばきの身代わりになるという話の時は父親も相当焦ったようで直々に呼び出されたんだけれど。
「何かしてしまったんですか……?」
とても心配そうに言われてしまった。まあ、普通は面談の時期でもない限り一般の社員が呼ばれるなんてないものね。
「後学の為に怒られた内容教えてくださいね……」
「何故怒られる前提で話をするのかな? ……会議内容で社長の承認が必要なものがあったから、それだと思う」
だいたいはこの嘘を使って乗り切っている。
里美ちゃんは納得したのかしていないのか、あいまいに頷いた。この子は聡いから、他の手を考えたほうがよさそうだ。次回から呼び出し方法を考えなおしてもらったほうがいいだろう。
カモフラージュとしてファイルを手に、私は応接室……ではなく社長室に向かった。
ノックをするとすぐに返事が返ってくる。開けると社長がいた。秘書の岩田さんはいないので人払いしてあるのだろう。
「失礼いたします。本条です」
頭を下げる。実の父親とはいえ、今は雇い主なので礼儀は必要だ。
「そこに掛けてくれ」
「はい。失礼します」
向かい合わせに置いてあるソファをしめされたので私は素直に座る。
砂糖とミルクを多めに入れたコーヒーを作ってくれ、社長は対面に腰かけた。
「……あやめ。午後に、用事は?」
名前を呼ばれたので今は家族としての振る舞いでいいようだ。
「なにもないよ。どうして?」
表情は暗かったので、あまり素敵な内容ではないのだろう。
言葉を待っていると父親は重々しく口を開いた。
「正一郎さんに呼ばれている」
「誰が?」
「あやめが」
「ええ!?」
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
確実につばきの代理をしていることの話だろう。ようやく直接話をする気になったのか、という気持ちと共にこの時期に呼び出される訳が思い当たらない。一か月経ったから?
「だから午後にここへ向かいなさい。『フテラ東京』――何度か行ったことはあるから分かるね?」
本条家のホームとも言える高級ホテルだ。
拒否権など当然なく、私は「分かった」と小さい声で応えた。
だけど今日は小雨が降っており悠馬さんに駅まで送ると言われたのでありがたく乗せてもらった。そんなに歩く距離ではないのだけれど、ちょっと甘えたい気持ちもあったのだ。
「今日は遅くなりそうだ」
「忙しそうだね。無理、しないで」
「ああ。あんまり俺が仕事に打ち込み過ぎると社員にも無理を強いることになるからやめろと秘書によく叱られる」
セーブしてくれる人が身近に居るのはいいことだ。
きっと仕事が――というより、デザインすることが楽しくて仕方がないのだろう。初対面でもそのようなことを言っていたし。
「私も家で待っているから」
「……」
何故か悠馬さんは黙った。
私が不思議に思っていると、彼は細く息を吐く。
「かわいい」
「はい!?」
「新婚は帰宅が早いというが、なるほど、こういうことか」
そんな真面目な口調で冷静に分析されても……!
頬が熱くなるのを感じながら私は反対側の窓を見た。これ以上悠馬さんを見ていたら茹ってしまう。
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「今はね」
あーもう! どうして悠馬さんはそういうことを平然と言えるのだろう。
ちらりと彼の様子を伺うと、耳がうっすら色づいていた。それを見て私はさらに恥ずかしくなってしまう。
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「ありがとう。じゃあ……頑張ってね」
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いたずらっぽい笑みを向けられて、冷静にふるまうこともできずに「行ってらっしゃい!」とドアを閉める。
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首を傾げながら私もロータリーから地下通路へ下りる階段に入っていった。
出勤して朝礼を終え、今日中に終わらせなければいけない仕事に手をつけていると内線が鳴った。里美ちゃんが受け取り一言二言交わすと、電話を切る。
「本条先輩。岩田秘書から、話したいことがあるので応接室に来るようにとのことです」
……社長室に来いということだな。
社長からの呼び出しは目立つので、社内で私と話をするときは秘書を通じて呼び出されることが多い。さすがにつばきの身代わりになるという話の時は父親も相当焦ったようで直々に呼び出されたんだけれど。
「何かしてしまったんですか……?」
とても心配そうに言われてしまった。まあ、普通は面談の時期でもない限り一般の社員が呼ばれるなんてないものね。
「後学の為に怒られた内容教えてくださいね……」
「何故怒られる前提で話をするのかな? ……会議内容で社長の承認が必要なものがあったから、それだと思う」
だいたいはこの嘘を使って乗り切っている。
里美ちゃんは納得したのかしていないのか、あいまいに頷いた。この子は聡いから、他の手を考えたほうがよさそうだ。次回から呼び出し方法を考えなおしてもらったほうがいいだろう。
カモフラージュとしてファイルを手に、私は応接室……ではなく社長室に向かった。
ノックをするとすぐに返事が返ってくる。開けると社長がいた。秘書の岩田さんはいないので人払いしてあるのだろう。
「失礼いたします。本条です」
頭を下げる。実の父親とはいえ、今は雇い主なので礼儀は必要だ。
「そこに掛けてくれ」
「はい。失礼します」
向かい合わせに置いてあるソファをしめされたので私は素直に座る。
砂糖とミルクを多めに入れたコーヒーを作ってくれ、社長は対面に腰かけた。
「……あやめ。午後に、用事は?」
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「なにもないよ。どうして?」
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