身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される

黒柴歌織子

25 悠馬side

 東はがしがしと頭を掻いた。

「というか、香月、そこまでは聞きだせたんだな……。まあ見合いから一カ月は経ってるからそれなりの関係にはなっているか」
「早いものだな」
「香月が見合いするって聞いて驚いて捻挫してから一か月ということにもなるのか……。人間に興味があるとは思わなかったよ、俺」
「失礼だな。先日、彼女と水族館に行ったしネックレスも渡した」
「いや、中学生か? ……え? 何? ネックレス?」

 仕事帰りにギリギリで滑り込んだアクセサリーショップで、イメージを伝えて勧められたものの中から選んだものだ。
 さすがに引かれるかと思ったが、思ったよりも気に入ってくれたようで安心した。

「身代わりの子にプレゼントしたの!?」
「した」
「購入時点で彼女が訳アリというのは分かっていたんだよな!?」
「分かっていた」
「だというのに、なんでそんなことを……」

 決まっている。

「好きだからだ。彼女のことを」
「言い切りやがった……」

 なぜか東は天を仰いだ。俺だって少し恥ずかしいながらに言ったのだが。

「何の事情があるかは不明にしろ、いずれは本物の『本条つばき』とが俺にあてがわれるだろう。となると、偽物である彼女は俺の傍からいなくなる」
「まあ、そうなるな」

 多分、彼女は身を引くはずだ。本物と俺のために。それか身を引かされるかもしれない。
 俺は不器用だ。正直昨日だって、彼女に俺の気持ちをすべて伝えられたかも分からない。
 だから、言い方は悪いが――モノに頼った。
 彼女に似合うもの、彼女につけてほしいと願ったもの、彼女を考えて選んだもの。それが、あのネックレスだ。

「いくら好きであろうが、気持ちだけでは不完全だ。何か、形として存在するものがあれば説得力は増す。そういう意味合いもある」
「回りくどいなあ、お前……」
「自覚はしている。空間をデザインするのは得意だが、人間関係の構築は下手くそだからな」
「自慢して言うことではねえよ。――で? これからどうするんだ、愛しの姫君を手元に置きたい王子様は」

 それはまだ、悩んでいるところがある。
 なにせ動くための材料が少なすぎるのだ。憶測で行動して間違えていたら悲惨だ。「勘違いでした」で許される時期はとっくに過ぎている。
 そもそも――彼女は何者なのか。本条家とどのような関わりがあるのだろう。
 見合い写真で見た『本条つばき』と似ていたから姉妹ではないかとも考えたが、どうやら弟がいるのみで姉も妹もいないらしい。と、なれば近親者か?

「もう少し彼女のことが知れたらいいと思っている」
「悠長に構えすぎると、本物がしれっと彼女と入れ替わっているかもしれないぞ」
「そうだな……」

 息を吐く。
 色恋沙汰というには複雑すぎる。俺が立ち向かえる難易度なのだろうか。
 いや、立ち向かわなければいけないんだな。

「なあ、香月。お前はどうしてそこまで彼女に執着するんだ。縁談だって乗り気ではなかったじゃないか。一目ぼれというにはなんか変だし……そこまでして手元に置いておきたいと必死になるには、理由があるんだろう?」
「ふ。人の恋愛事情に突っ込むとは趣味がいいな」
「今更だろうが!」

 怒られてしまった。

「――俺、ずっと探している子がいるって言っただろ」
「ああ、小さいころに会ってそれっきりっていう……」
「その子に似ている気がした。とはいっても顔も覚えていないし、名前もあだ名しか分からない。だけど雰囲気は彼女だった」
「……悪い、ロマンチックな話に水を差すようだが……探している子と彼女がイコールとは限らないだろう」
「もちろん俺もそこまで都合よくは考えていないさ。だけれど、俺はその子を守れなかった後悔がある。その分まで彼女を守れたらいいと、そう思っている」

 あの子が俺の心を救ってくれた。礼を二度と言えなくても、繋げていくことは出来るはずだ。
 『つばきさん』が自分を偽らなくて済む日を、俺が作る。

「……お前の決心が強いことは分かった。だが、何度も言うが自分の立場を考えてくれよ。お前の行動の責任を取るのはお前ひとりではないんだ」
「ああ」

 東のそれは、友人というよりは秘書としての言葉だ。
 俺ひとりだけなら、本条家に乗り込んで説明を求めにだって行ける。
 だが社長としての肩書はそれを許さない。高級ホテルグループの本条家に盾突くデザイナー会社の社長、という構図は良くない。信用が売りの会社なのに評判が下がってしまうのは命とりだ。

「頑張れよ、香月」
「ありがとう、東」

 言い終わるころにドアがノックされる。

「失礼します。社長、企画についてご相談があります」
「今開ける」

 俺も東も仕事の顔に戻した。
 ふと、棚を見る。賞を取った時にもらったトロフィーが飾られるその隅。綻びの目立つテディベアがひっそりと座っていた。
 その持ち主は、もしかしたら――。

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