身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
13
□
「飾り気がない」
昼時。
率直な言葉と共に葉月が唸る。
「ちょっとお堅い雰囲気のところに行くにしても素っ気ないんじゃない?」
「そうかなあ」
写真フォルダにいくつか保存したワンピースを見てもらい、出てきた感想がそれだった。
私もなんとなくそんな感じはしていたが、パーティーでもないし派手過ぎるのは避けたほうがいいと判断していた。
「とりあえず真っ黒なのはやめよう。ほら、これとかどう? ピンク」
「ええ~」
「深い青もいいし、緑とか…一緒に行く人の趣味にもよるけど」
「ひ、一人ですけども」
そういうことにしている。
が、葉月にはお見通しのようだ。じっとりとした目で私を見てくる。
「…そういうことにしとく。社内じゃ話しづらいしね」
それは言外に『外でまた問い詰めるから』という意味だろうか…。葉月は口が堅いけれど、私の抱えている事情は硬ければいいってものではない。
本条家の巻き添えにはしたくないので、このまま黙っている方がいい。私だけならなんとかなるから。きっと…。
知らず知らずのうちに表情が変わっていたのか、葉月は私の頬を指先でつついてきた。
「今じゃなくていいよ。いつかね」
「あ、聞くことは聞くんだ…」
「当たり前でしょ、絶対に面白そうなんだもん」
いつか笑い話にできるときはあるのだろうか。
いや、本条家シークレット情報だろうから絶対に無理だ。適当に作り話を考えておかなければならないか…。
葉月が次々と提案してくるものを見ていると、ひょいと里美ちゃんが顔を覗かせた。
「どうしたんですか先輩たち。盛り上がってますけど」
「あやめの服選びしてるの。里美ちゃんは何色がいいと思う?」
「うーん、赤とか?」
「自分じゃないからって好き勝手に言ってくれちゃって…」
人のを選ぶのは楽しいから分からなくもない。
「最近暑いですし、ノースリーブワンピでカーディガンもいいと思いますけど」
「あー…ノースリーブは…」
私が言葉を濁すと、察した葉月が話題を変える。
「そういえば里美ちゃんはどこで服買ってるの?」
「え、聞きます? 二時間ぐらい語りますよ」
「なんで?」
苦笑いしながら私は肩を擦る。
傷跡が大きくて肩を出せない。見た目にもあまり良くないから露出することは避けているのだ。
小学生の頃、同級生に着替えのとき「気持ち悪い」と言われたことをまだ引きずっている。大人になるにつれ直接はなくなったが好奇の目には晒される。それが嫌で夏場でも半袖は着ない。
悠馬さんの前でもそう。あの人が傷跡を見てどんな反応をするかが…怖い。こんなに恐ろしいと思うこと、なかったのに。
「で、あやめ。決まった?」
「えっ? う、うん。いくつか絞れたかな、ありがとう」
「いいってことよ。お代は…ね?」
意味深な笑顔だった。
どうしても聞きたいらしい…。
ーーこっそりと、私は悠馬さんにチャットアプリで画像をいくつか送る。
『どれがいいと思う?』とメッセージをつけて。
ちょっと重いだろうか。でも、悠馬さんがどんな服のタイプが好きになるか気になってしまったからしょうがない。
あの人のことだから「どれもいいと思う」って返して来そうだけれど。それならそれで勝手に選んでしまおうっと。
さて、午後も頑張ろう。返信が来ることを期待しつつ。
どうにかこうにか仕事を乗り切り、私ははやる気持ちを抑えながらスマホを起動させる。
…悠馬さんからメッセージが来てる!
ドキドキとしながら開く。
『俺個人としては、ネイビーのものがいい』
ちゃんと見てくれたんだ。確かにネイビーのものはシルエットがきれいだった。
選んでくれて嬉しいな、と思いつつ次の文を読む。
『つばきさんに似合いそうだし』
「ひゃっ!?」
いきなりの爆弾発言に驚いてしまった。
他の社員が何事かとこちらを見ている。私は愛想笑いをしながらいそいそと更衣室を出て、悠馬さんからのメッセージを頭の中で反芻する。
つばきに…いや、この場合私だ。
私に似合いそうだって悠馬さんが考えてくれたの? 送られてきた写真に、私を思い浮かべて!
どうしてか緩んでしまう頬を抑える。だめだ、私はつばきの代わり。思い上がってはならない。悠馬さんには、つばきを好きになって貰わないといけないのだから。
それと同じように、悠馬さんを好きになってはいけない。私があとで辛くなるだけだから。
そんなことは分かっている。でも、少しぐらい嬉しくなってもいいではないか。
悠馬さんが、私がいない場所でも私を考えてくれているだなんて。
ここ最近で一番足取りが軽くて踊り出しそうだ。
たった一行のメッセージでこんなに浮かれてしまっているだなんて。なんだか今日の自分は変だ。
まったくおかしい。こんなの、恋でもしているみたい。
……恋?
してるの、私?
「飾り気がない」
昼時。
率直な言葉と共に葉月が唸る。
「ちょっとお堅い雰囲気のところに行くにしても素っ気ないんじゃない?」
「そうかなあ」
写真フォルダにいくつか保存したワンピースを見てもらい、出てきた感想がそれだった。
私もなんとなくそんな感じはしていたが、パーティーでもないし派手過ぎるのは避けたほうがいいと判断していた。
「とりあえず真っ黒なのはやめよう。ほら、これとかどう? ピンク」
「ええ~」
「深い青もいいし、緑とか…一緒に行く人の趣味にもよるけど」
「ひ、一人ですけども」
そういうことにしている。
が、葉月にはお見通しのようだ。じっとりとした目で私を見てくる。
「…そういうことにしとく。社内じゃ話しづらいしね」
それは言外に『外でまた問い詰めるから』という意味だろうか…。葉月は口が堅いけれど、私の抱えている事情は硬ければいいってものではない。
本条家の巻き添えにはしたくないので、このまま黙っている方がいい。私だけならなんとかなるから。きっと…。
知らず知らずのうちに表情が変わっていたのか、葉月は私の頬を指先でつついてきた。
「今じゃなくていいよ。いつかね」
「あ、聞くことは聞くんだ…」
「当たり前でしょ、絶対に面白そうなんだもん」
いつか笑い話にできるときはあるのだろうか。
いや、本条家シークレット情報だろうから絶対に無理だ。適当に作り話を考えておかなければならないか…。
葉月が次々と提案してくるものを見ていると、ひょいと里美ちゃんが顔を覗かせた。
「どうしたんですか先輩たち。盛り上がってますけど」
「あやめの服選びしてるの。里美ちゃんは何色がいいと思う?」
「うーん、赤とか?」
「自分じゃないからって好き勝手に言ってくれちゃって…」
人のを選ぶのは楽しいから分からなくもない。
「最近暑いですし、ノースリーブワンピでカーディガンもいいと思いますけど」
「あー…ノースリーブは…」
私が言葉を濁すと、察した葉月が話題を変える。
「そういえば里美ちゃんはどこで服買ってるの?」
「え、聞きます? 二時間ぐらい語りますよ」
「なんで?」
苦笑いしながら私は肩を擦る。
傷跡が大きくて肩を出せない。見た目にもあまり良くないから露出することは避けているのだ。
小学生の頃、同級生に着替えのとき「気持ち悪い」と言われたことをまだ引きずっている。大人になるにつれ直接はなくなったが好奇の目には晒される。それが嫌で夏場でも半袖は着ない。
悠馬さんの前でもそう。あの人が傷跡を見てどんな反応をするかが…怖い。こんなに恐ろしいと思うこと、なかったのに。
「で、あやめ。決まった?」
「えっ? う、うん。いくつか絞れたかな、ありがとう」
「いいってことよ。お代は…ね?」
意味深な笑顔だった。
どうしても聞きたいらしい…。
ーーこっそりと、私は悠馬さんにチャットアプリで画像をいくつか送る。
『どれがいいと思う?』とメッセージをつけて。
ちょっと重いだろうか。でも、悠馬さんがどんな服のタイプが好きになるか気になってしまったからしょうがない。
あの人のことだから「どれもいいと思う」って返して来そうだけれど。それならそれで勝手に選んでしまおうっと。
さて、午後も頑張ろう。返信が来ることを期待しつつ。
どうにかこうにか仕事を乗り切り、私ははやる気持ちを抑えながらスマホを起動させる。
…悠馬さんからメッセージが来てる!
ドキドキとしながら開く。
『俺個人としては、ネイビーのものがいい』
ちゃんと見てくれたんだ。確かにネイビーのものはシルエットがきれいだった。
選んでくれて嬉しいな、と思いつつ次の文を読む。
『つばきさんに似合いそうだし』
「ひゃっ!?」
いきなりの爆弾発言に驚いてしまった。
他の社員が何事かとこちらを見ている。私は愛想笑いをしながらいそいそと更衣室を出て、悠馬さんからのメッセージを頭の中で反芻する。
つばきに…いや、この場合私だ。
私に似合いそうだって悠馬さんが考えてくれたの? 送られてきた写真に、私を思い浮かべて!
どうしてか緩んでしまう頬を抑える。だめだ、私はつばきの代わり。思い上がってはならない。悠馬さんには、つばきを好きになって貰わないといけないのだから。
それと同じように、悠馬さんを好きになってはいけない。私があとで辛くなるだけだから。
そんなことは分かっている。でも、少しぐらい嬉しくなってもいいではないか。
悠馬さんが、私がいない場所でも私を考えてくれているだなんて。
ここ最近で一番足取りが軽くて踊り出しそうだ。
たった一行のメッセージでこんなに浮かれてしまっているだなんて。なんだか今日の自分は変だ。
まったくおかしい。こんなの、恋でもしているみたい。
……恋?
してるの、私?
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