身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
4
レストラン評価サイトで見た写真よりも柔らかな雰囲気の内装だった。
私は自分の今の立場も忘れてあたりを見回してしまう。
木材本来の色を生かしたナチュラルブラウンの配色が温かみを感じさせる。都会の店ではあるけれど、なんだか自然の中にいるような気になる。
「いいところですね…」
「ご自分で選ばれたのでは?」
なんだか不思議そうな顔をされた。
そうだった。まさか「ディナーデートに最適なレストラン10選」という特集から見繕っただなんてとても言えない。その中でも評価が良いところを選んだのだ。
――実は本家からも注文が飛んできていたのだけれど、それがぎちぎちに畏まる料亭だったのでこっそりと変更した。反抗心がなかったといえば嘘になる。
どう言ったものかと悩んでいるとタイミングよく店員さんが近寄ってきた。香月さんが予約をしていたことを告げると、「こちらへ」と席へ案内される。
着いた先は部屋の中央に近い場所だった。このレストランは夜景がきれいなところらしいがここからは少しだけ見えている程度だ。
残念な気持ちもあるが、今回の食事は夜景を楽しむためのものではない。
私と香月さんの今後…つまり、同棲の話をしにきたのだ。
「何を食べますか」
同棲の話をしに来たんですよね?
私は慌ててメニューに目を落とす。事前にネットで把握はしていたし、頼むものも決まっていたのに、つい他の料理に目移りしてしまう。いざレストランに来るとどうしても食べたいものが増えてしまう。
ちらりと香月さんをメニュー越しに見ると、涼しい顔で選んでいた。
「俺はオムライスにします。つばきさんは?」
「私はラザニアで…」
彼は店員さんを呼び注文する。飲み物を聞かれたので食後に紅茶を頼んだ。オレンジジュースもあったけれど子供っぽいと思われたくはなかった。
再び二人になり、私はなんとなく気まずい思いでメニューの側面をなぞる。だけど黙っているだけというのも緊張ばかりが募っていく。
私は思い切って訪ねた。
「あのっ、香月さん」
「悠馬でいいです。曲がりなりにも婚約者ですから名前で呼び合いましょう」
確かに夫婦となるのだから名前で呼びあったほうが自然であるけれど、そんな事務的に言う!?
なんというか、真面目すぎる人なのだろう。
「…悠馬さん。一緒に住むという話ですが、あなたの中ではどこまで決まっていますか?」
本条家本家は、つばきより先に私が同棲することに良くない顔をしていたけれど、むしろ婚約しておきながら別々の場所に住むほうが世間からしたら不可解だ。そして最終的に『つばきの代理であることを忘れないように』と前置きをつけて悠馬さんと暮らすよう言われたのだ。
男女が同じ屋根のしたで暮らすのだから、いくら身代わりだとしてもちょっと無いんじゃ!? と訴えた私の意志は結局通されなかった。
「候補としては、俺が今住んでいるマンションですね。差し支えなければ、ですが」
「マンション…」
「ええ。そんなに大きくはないですが、こちらで所有しているものです」
マンションの部屋を借りているのではなく、マンションを持っているということらしい。
せめてプライベートは親から離れたいとアパートを借りて暮らしている私には現実味がなくて、驚くよりも思考が停止してしまう。
私の家の固定資産は実家の土地と会社だけだ。
「父は別のところで暮らしているので一人暮らしなんですよ。3LDKなのでつばきさんの居住スペースは十分にあります」
もちろん、と悠馬さんは続ける。
「これは選択肢の一つで、強制するものではありません。つばきさんの意見も聞きたいです」
「私は…」
どこでもいい、という言葉を飲み込んだ。
どうせ私は長くいないのだ、いずれつばきがそこで住むのだから。私の事情を挟んであとで文句を言われてもこまる。
住所を聞いてみれば、今住んでいるところと同じぐらいの距離の場所にマンションがあるようだ。出勤時間もあまり変わりがなさそうだし、むしろ駅に近い分そちらのほうが通勤が楽そう。
「そちらのマンションで問題ありません」
「分かりました。よろしくお願いします」
あっさりと住む場所が決まった。
トントン拍子に進んでいくのはいいのだけれど、私の感情がそこに込められていないので悠馬さんに少し悪い気がしてしまう。
現在進行形で騙しているわけであるし……。
そのようなことをモヤモヤと考えていると、料理が運ばれてきた。すごくいい匂いだ。
フォークでそっと一口分掬い上げて口に運ぶ。熱々で舌がやけどしそうだが美味しさが勝った。ここのミートソース、かなり好きかもしれない。
ただ熱すぎるので冷めるのを待ったほうがいいかなと考えていると視線に気がついた。顔を上げると悠馬さんが私を見ている。
はしたなくなかっただろうかと焦っていると、悠馬さんは口元を緩めながら言った。
「すみません、眺めるつもりはなかったのですが…。ようやくつばきさんの笑顔が見られたな、と」
恥ずかしさでぶわっと顔が熱くなる。
そんなにニコニコしていただろうか。
と、というか、悠馬さんだって、今初めて笑っているじゃない!
私は自分の今の立場も忘れてあたりを見回してしまう。
木材本来の色を生かしたナチュラルブラウンの配色が温かみを感じさせる。都会の店ではあるけれど、なんだか自然の中にいるような気になる。
「いいところですね…」
「ご自分で選ばれたのでは?」
なんだか不思議そうな顔をされた。
そうだった。まさか「ディナーデートに最適なレストラン10選」という特集から見繕っただなんてとても言えない。その中でも評価が良いところを選んだのだ。
――実は本家からも注文が飛んできていたのだけれど、それがぎちぎちに畏まる料亭だったのでこっそりと変更した。反抗心がなかったといえば嘘になる。
どう言ったものかと悩んでいるとタイミングよく店員さんが近寄ってきた。香月さんが予約をしていたことを告げると、「こちらへ」と席へ案内される。
着いた先は部屋の中央に近い場所だった。このレストランは夜景がきれいなところらしいがここからは少しだけ見えている程度だ。
残念な気持ちもあるが、今回の食事は夜景を楽しむためのものではない。
私と香月さんの今後…つまり、同棲の話をしにきたのだ。
「何を食べますか」
同棲の話をしに来たんですよね?
私は慌ててメニューに目を落とす。事前にネットで把握はしていたし、頼むものも決まっていたのに、つい他の料理に目移りしてしまう。いざレストランに来るとどうしても食べたいものが増えてしまう。
ちらりと香月さんをメニュー越しに見ると、涼しい顔で選んでいた。
「俺はオムライスにします。つばきさんは?」
「私はラザニアで…」
彼は店員さんを呼び注文する。飲み物を聞かれたので食後に紅茶を頼んだ。オレンジジュースもあったけれど子供っぽいと思われたくはなかった。
再び二人になり、私はなんとなく気まずい思いでメニューの側面をなぞる。だけど黙っているだけというのも緊張ばかりが募っていく。
私は思い切って訪ねた。
「あのっ、香月さん」
「悠馬でいいです。曲がりなりにも婚約者ですから名前で呼び合いましょう」
確かに夫婦となるのだから名前で呼びあったほうが自然であるけれど、そんな事務的に言う!?
なんというか、真面目すぎる人なのだろう。
「…悠馬さん。一緒に住むという話ですが、あなたの中ではどこまで決まっていますか?」
本条家本家は、つばきより先に私が同棲することに良くない顔をしていたけれど、むしろ婚約しておきながら別々の場所に住むほうが世間からしたら不可解だ。そして最終的に『つばきの代理であることを忘れないように』と前置きをつけて悠馬さんと暮らすよう言われたのだ。
男女が同じ屋根のしたで暮らすのだから、いくら身代わりだとしてもちょっと無いんじゃ!? と訴えた私の意志は結局通されなかった。
「候補としては、俺が今住んでいるマンションですね。差し支えなければ、ですが」
「マンション…」
「ええ。そんなに大きくはないですが、こちらで所有しているものです」
マンションの部屋を借りているのではなく、マンションを持っているということらしい。
せめてプライベートは親から離れたいとアパートを借りて暮らしている私には現実味がなくて、驚くよりも思考が停止してしまう。
私の家の固定資産は実家の土地と会社だけだ。
「父は別のところで暮らしているので一人暮らしなんですよ。3LDKなのでつばきさんの居住スペースは十分にあります」
もちろん、と悠馬さんは続ける。
「これは選択肢の一つで、強制するものではありません。つばきさんの意見も聞きたいです」
「私は…」
どこでもいい、という言葉を飲み込んだ。
どうせ私は長くいないのだ、いずれつばきがそこで住むのだから。私の事情を挟んであとで文句を言われてもこまる。
住所を聞いてみれば、今住んでいるところと同じぐらいの距離の場所にマンションがあるようだ。出勤時間もあまり変わりがなさそうだし、むしろ駅に近い分そちらのほうが通勤が楽そう。
「そちらのマンションで問題ありません」
「分かりました。よろしくお願いします」
あっさりと住む場所が決まった。
トントン拍子に進んでいくのはいいのだけれど、私の感情がそこに込められていないので悠馬さんに少し悪い気がしてしまう。
現在進行形で騙しているわけであるし……。
そのようなことをモヤモヤと考えていると、料理が運ばれてきた。すごくいい匂いだ。
フォークでそっと一口分掬い上げて口に運ぶ。熱々で舌がやけどしそうだが美味しさが勝った。ここのミートソース、かなり好きかもしれない。
ただ熱すぎるので冷めるのを待ったほうがいいかなと考えていると視線に気がついた。顔を上げると悠馬さんが私を見ている。
はしたなくなかっただろうかと焦っていると、悠馬さんは口元を緩めながら言った。
「すみません、眺めるつもりはなかったのですが…。ようやくつばきさんの笑顔が見られたな、と」
恥ずかしさでぶわっと顔が熱くなる。
そんなにニコニコしていただろうか。
と、というか、悠馬さんだって、今初めて笑っているじゃない!
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