本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~
配属先が提案されました。【3】
業務終了後に退勤を押してから支配人室に向かい、ドアを開けるなり、機嫌の悪そうな支配人が椅子に座っていた。
思わずドアを閉めてしまいそうだったけれど、ビクビクと怯えていて入れない私に気付き、「さっさと入れ。お茶ぐらい入れてやる」と言われて仕方なく重い足取りを前に進める。
「お茶を入れて来るから、大人しく座ってろ」と言われ、支配人が今まで座っていた椅子に誘導される。
支配人の椅子は座り心地が良く、背もたれに背中を付けて思い切り反り返り、背伸びをしてみた。
この椅子で眠れるかもしれないな。
高級感のあるレザーのふかふかな椅子ではないのに、背もたれが軽くて動きやすく、座る部分もクッションがフカフカで不思議な椅子。
長時間のデスクワークもこなせそうな椅子が気に入り、クルクルとゆっくり回転していると…
「その椅子が気に入ったのなら、支配人を目指すんだな」
紅茶を乗せたトレーを持つ支配人の声が聞こえた。
「………!?」
「叱責された方が恥ずかしくなかっただろ?子供みたいだな、お前は…」
確かに怒られた方が恥ずかしくなく、気まずくもなかった。ニヤニヤと笑う支配人が憎たらしくて、頬を赤くしながらもプウッと膨らませる。
そんな私はお構い無しに、カチャリと紅茶のカップを乗せたソーサーをデスクに二つ置き、その横にはチョコレートの箱が置かれた。
「お客様のお土産だ。本場ベルギー限定のものだそうだ。開けてみな?」
ベルギーが本店の高級チョコレートは、なかなか口にする事は出来ない代物なのに…、更には本場限定品とは!
この上ない幸せです。
蓋を開けると綺麗なチョコレートが並んでおり、同じ物は一つもなかった。
「支配人はどれがいいですか?」と聞くとコレと指を指されて一粒取るように言われたので従い、チョコレートを渡そうとすると…指から直接食べて、わざとなのか偶然なのか、私の指に舌先が触れた。
「何だ?お前も食べさせて欲しいのか?物欲しそうな顔して…。ほら、口開けな?」
支配人がチョコレートを一粒選び、私の口元へと運ぶ。
ゆっくりと口を開くと、口の中にチョコレートが押し込まれた。
もぐもぐと頬張ると口の中にチョコレートとオレンジの絶妙なバランスの味わいが広がる。
チョコレートを味わいながら考える。支配人が食べさせてくれた時、私の舌先は指になんて触れなかった。
わざと、だったんだ。
「PCの画面を見ろ」
支配人がマウスをカチカチとダブルクリックし、本店ホームページの客室紹介でロイヤルスイートルームのページを出す。
椅子の背もたれから覆いかぶさるように私を包み込み、私の頭上の横に支配人の顔があり、かなりの急接近の姿勢にトクン…トクン…と胸が高鳴る。
「バトラーって知ってるか?」
「いいえ…」
「日本では馴染みが薄いが、海外では当たり前のようにあるサービスだ。バトラーとは簡単に言うと…執事だな」
「へぇー…初めて知りました」
支配人に詳しい話を聞くと本当に専属の執事のようなもので、お客様のご要望にお答えしてルームサービスを用意したり、ランドリーに洗濯物を運んだり、要件を言い渡されれば外出する事もある、そんな仕事内容。
「本店ではエグゼクティブフロアにバトラーが存在する。お忍びで宿泊した芸能人などのお世話もするぞ。後々、当ホテルでも最上階のロイヤルスイートのみ、専属バトラーを付けようかと思っている」
「……そうなんですか。…お客様も喜ぶんじゃないでしょうか?」
「はぁ?呆れた奴だな。いい加減、察しろよ。この話の流れから気付かないのか?お前がやらないか?との話だ」
頭上から飛んで来るのは、溜め息混じりの支配人の言葉。他人事のように考えて話を聞いていた私は、自分に進めているなど気付くはずもなかった。
「支配人みたいに優秀じゃないから、察せません。それに…自身がありません」
お客様のご要望を忠実に叶える事に自信がないのもある。しかし、それ以上に気にしなければいけないのは周囲の視線、態度。
ただでさえ、栄転してきたと騒がれて、支配人に所有されて、その延長線上で初の試みのバトラーに抜擢されたとなれば余計に非難されるだろう。
「そうか?お前の履歴書を見た限りでは、英文科の短大を卒業しているし、ある程度はワンマンプレーだから、その点は気が楽だと思ったんだが…」
「……っ、ふぇっ…」
このホテルに転職してから我慢していた感情が溢れ出してしまった。
慣れているはずのフロントも解任され、他の仕事も満足に出来ない。
一部の人達からは今だに冷たい視線と冷たい態度。
「…もど、…戻り…たい、で…す。元の…場所…っぇ…」
「泣くな。…今日のお前は本当に泣き虫だな」
涙腺が決壊し、ポロポロとデスクに落ちる涙。
ふわっと背中を包むように抱きしめられ、私が落ち着くまで何も言わずに一緒に居てくれた。
思わずドアを閉めてしまいそうだったけれど、ビクビクと怯えていて入れない私に気付き、「さっさと入れ。お茶ぐらい入れてやる」と言われて仕方なく重い足取りを前に進める。
「お茶を入れて来るから、大人しく座ってろ」と言われ、支配人が今まで座っていた椅子に誘導される。
支配人の椅子は座り心地が良く、背もたれに背中を付けて思い切り反り返り、背伸びをしてみた。
この椅子で眠れるかもしれないな。
高級感のあるレザーのふかふかな椅子ではないのに、背もたれが軽くて動きやすく、座る部分もクッションがフカフカで不思議な椅子。
長時間のデスクワークもこなせそうな椅子が気に入り、クルクルとゆっくり回転していると…
「その椅子が気に入ったのなら、支配人を目指すんだな」
紅茶を乗せたトレーを持つ支配人の声が聞こえた。
「………!?」
「叱責された方が恥ずかしくなかっただろ?子供みたいだな、お前は…」
確かに怒られた方が恥ずかしくなく、気まずくもなかった。ニヤニヤと笑う支配人が憎たらしくて、頬を赤くしながらもプウッと膨らませる。
そんな私はお構い無しに、カチャリと紅茶のカップを乗せたソーサーをデスクに二つ置き、その横にはチョコレートの箱が置かれた。
「お客様のお土産だ。本場ベルギー限定のものだそうだ。開けてみな?」
ベルギーが本店の高級チョコレートは、なかなか口にする事は出来ない代物なのに…、更には本場限定品とは!
この上ない幸せです。
蓋を開けると綺麗なチョコレートが並んでおり、同じ物は一つもなかった。
「支配人はどれがいいですか?」と聞くとコレと指を指されて一粒取るように言われたので従い、チョコレートを渡そうとすると…指から直接食べて、わざとなのか偶然なのか、私の指に舌先が触れた。
「何だ?お前も食べさせて欲しいのか?物欲しそうな顔して…。ほら、口開けな?」
支配人がチョコレートを一粒選び、私の口元へと運ぶ。
ゆっくりと口を開くと、口の中にチョコレートが押し込まれた。
もぐもぐと頬張ると口の中にチョコレートとオレンジの絶妙なバランスの味わいが広がる。
チョコレートを味わいながら考える。支配人が食べさせてくれた時、私の舌先は指になんて触れなかった。
わざと、だったんだ。
「PCの画面を見ろ」
支配人がマウスをカチカチとダブルクリックし、本店ホームページの客室紹介でロイヤルスイートルームのページを出す。
椅子の背もたれから覆いかぶさるように私を包み込み、私の頭上の横に支配人の顔があり、かなりの急接近の姿勢にトクン…トクン…と胸が高鳴る。
「バトラーって知ってるか?」
「いいえ…」
「日本では馴染みが薄いが、海外では当たり前のようにあるサービスだ。バトラーとは簡単に言うと…執事だな」
「へぇー…初めて知りました」
支配人に詳しい話を聞くと本当に専属の執事のようなもので、お客様のご要望にお答えしてルームサービスを用意したり、ランドリーに洗濯物を運んだり、要件を言い渡されれば外出する事もある、そんな仕事内容。
「本店ではエグゼクティブフロアにバトラーが存在する。お忍びで宿泊した芸能人などのお世話もするぞ。後々、当ホテルでも最上階のロイヤルスイートのみ、専属バトラーを付けようかと思っている」
「……そうなんですか。…お客様も喜ぶんじゃないでしょうか?」
「はぁ?呆れた奴だな。いい加減、察しろよ。この話の流れから気付かないのか?お前がやらないか?との話だ」
頭上から飛んで来るのは、溜め息混じりの支配人の言葉。他人事のように考えて話を聞いていた私は、自分に進めているなど気付くはずもなかった。
「支配人みたいに優秀じゃないから、察せません。それに…自身がありません」
お客様のご要望を忠実に叶える事に自信がないのもある。しかし、それ以上に気にしなければいけないのは周囲の視線、態度。
ただでさえ、栄転してきたと騒がれて、支配人に所有されて、その延長線上で初の試みのバトラーに抜擢されたとなれば余計に非難されるだろう。
「そうか?お前の履歴書を見た限りでは、英文科の短大を卒業しているし、ある程度はワンマンプレーだから、その点は気が楽だと思ったんだが…」
「……っ、ふぇっ…」
このホテルに転職してから我慢していた感情が溢れ出してしまった。
慣れているはずのフロントも解任され、他の仕事も満足に出来ない。
一部の人達からは今だに冷たい視線と冷たい態度。
「…もど、…戻り…たい、で…す。元の…場所…っぇ…」
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