戦場の絶対正義

アカヤネ

序章 三話 降下

眼下を厚く覆う積乱雲の上を這うようにして、銀色のC-123Bの機体は高度一万メートルの超高空を順調に隊員たちの降下ポイントに向けて飛行していた。
暗赤色の非常灯が灯るだけのキャビンの中は人の緊張感を高める独特の雰囲気があった。キャビンの両側面の壁に付設された座席に向かい合うようにして座った 特殊戦用特務小隊「ゴースト」ブラボー分隊の六人の隊員達は顔に塗った偽装ペイントや装備、所持するライフルの正常を確認しながら、任務開始の時を待っていた。
分隊長のウィリアム・R・カークス大尉も装備のチェックを一通り終え、降下開始六分前の時刻を確認すると、キャビン内を見回し、分隊長にだけ与えられた最後のチェックを行った。隊員達の様子の確認である。
ウィリアムの向かって反対側に座るアール・ハンフリーズ少尉は装備品のチェックも完全に終え、落ち着いた様子で座っている。現在、二十七歳の彼は代々、海軍の幹部を務めてきたその家系の血からから、冷静さと優れた洞察力を持ち合わせており、その若さにも関わらず、この分隊の副指揮官としての役割を担っていた。隊員達の間にいざこざが起こった時にも、彼がその仲介に入って解決してくれるので、分隊長のウィリアムは部隊指揮において、彼にはかなり助けられていた。
その隣に座るトム・リー・ミンク一等軍曹は、DARPA(国防高等研究局)から支給された新型の特殊戦用ナイフの刃を磨いていた。アジア系アメリカ人のこの一等軍曹は爆発物の扱いに長けているだけでなく、新式の装備について博識があり、他の隊員達が手を出さないような最新装備も積極的に用いている。
その向かい側、ちょうどウィリアムの隣に座っているのはハワード・レイエス曹長である。ヒスパニック系の血を引く彼には父親はおらず、母親がメキシコから国境を”くぐりぬけて”来た不法移民だったため、学校に通うことはできなかったが、その代わりに母親から彼女の故郷の生活習慣と言葉を学ぶことができた。母親が逮捕され、国境の向こう側に送り返された後、彼は一人になったが、テキサスのスラム街でヒスパニック系住民の生活圏の中に溶け込み、生活をする中で彼が国境の向こうに消えた母親から授かった言葉の知識を持って様々な本を読むことで彼は同年代のアメリカ人たちよりもより多くの知識を身につけていた。その読書癖は三十代半ば、兵士となった現在も変わっておらず、今も彼はスペイン語で書かれたゲネルバの神話に関する本を暗闇の中で読んでいる。その向こう側では無線機を背中に担いだジョシュア・ボールディング一等軍曹は戦闘用の強化ゴーグルの役割も兼ねた眼鏡をかけて手帳に挟んだガールフレンドの写真を見つめていた。その向かい側ではアーヴィング・クリストフ一等軍曹は右手でトロピカル迷彩のフェイス・ペイントを、反対側の手で持った小型の折り畳み鏡で出来栄えを確認しながら、起用に顔に塗り分けていた。体格の大きな黒人兵士である彼は普段の任務であれば、機関銃手を務めるが今回の任務では機関銃を用いないため、弾薬の共有も兼ねて、他の隊員と同じMC-51SD消音カービンをスリングで肩にかけているが、伸縮式のワイヤーストックを縮めた消音カービンは彼の体格の大きさのせいで不自然に小さく見えた。
「信じられるか?」
そのアーヴィング一等軍曹に隣に座るトム・リー・ミンクが話しかける。気流で機体が外から揺らされる轟音で、普通の会話は無線機を使わないと難しいが、なにぶん彼の声は大きすぎるので、キャビンの中に響き渡った。ハワードとジョシュアが一瞬、リーの方を一瞥したが、自分に話しかけられたわけではないことを察すると、意識の方向を自分の作業に戻した。
「何がだ?」
ジェスチャーで声を縮めろ、とリーに伝えながら、アーヴィングは隊内無線を開いて返答した。
「このミッションの目的に決まってるだろ!」
リーは、今度は隊内無線で返事を返したが、やはり声は大きく、ウィリアム達は骨伝導イヤホンを外さざるを得なかった。
「声がでかいぞ!」
アーヴィングに再び、今度は言葉で叱責され、ようやくリーは自分の失態に気づいたようだった。
「仕方ない。やつは共産主義者に情報を流してたんだ。裁かれるのは当然だ。」
整然と返答したアーヴィングに、リーは納得のいかない様子だった。
「だからと言って、同じ国の大使が標的に断罪するなんて……。」
「命令として割りきるしかないな。」
きっぱり言い切って装備の点検に意識を向け直したアーヴィングの隣で、こりゃ、ひどいことだぜ、と呟きながら、リーも再びナイフを研ぎ始めた。
確かに、ひどい作戦内容だ、とウィリアムも骨伝導イヤホンを着け直しながら思った。
作戦の目的より、そもそも危険の多いHALO降下で、わずか一.五平方キロメートルに降りろという過程にも、かなり無茶がある。
あの男は一体、どういうつもりで……。
ウィリアムはこの作戦を立案し、自分達に与えた男のことを頭の中に浮かべた。それと同時に、雲に反射した月明かりが輸送機の小さな窓から入ってきていて、キャビンの中を照らした。
目の前を白銀食に染めた光に、ウィリアムは記憶の中にある懐かしい場面を思い出していた。
脱走防止用の鉄格子に覆われた小さな窓から差し込む陽の光を背にしてその男は自分のことを見下ろしていた。その男とは何度もあったはずなのにその時見た男の顔の仔細は一切思い出すことができない。ただ初めて出会ったその日に男を見て感じた希望...、薄暗い独房の中で虚無感と罪悪感に蝕まれながら極刑の日を待つことしかできなかった自分にあの事件以来、初めて生きていても良いと思わせた存在……、胸の中で膨らんだ希望を象徴するかのように眩しかった光を背後にして男は口を開いた。
「国防総省特殊戦研究科所属、エルヴィン・メイナード陸軍大佐だ。私は君の正義をともに追いたい。」
記憶の中の声が、そこまで述べたところで鳴り響いた警報にウィリアムは意識を引き戻された。脳が覚醒するとともに、体の細胞一つ一つが来る戦いに備えて動き出すのが、自分でも分かる。
キャビン前方のコクピットとの連絡ハッチを開けて、姿を現したコ・パイロットが警報を切り、叫んだ。
「降下二分前!」
その声を合図に一斉に立ち上がった六人の隊員たちは、吸気マスクをつけ、ヘルメットと眼球保護用ゴーグルを被り、パラシュートの最終チェックを始めた。それが終わると今度は、向かいの者とお互いの装備のダブルチェックをする。
隊員たちがそれらの動作を終わらせるの見届けたコ・パイロットは、キャビン前方の壁に埋め込まれたレバーを一気に下した。
それと同時に気流の音とは異なる重い機械音が足元の振動とともに生じ、キャビン後方の大型ハッチがブザー音を伴いながら開いた。
気圧調節装置のおかげで体に大きな異常はなかったが、開け放たれたカーゴハッチから入り込んでくる上空一万メートルの空気は防寒スーツの上からでもかなりこたえるものがあった。
一番キャビン側に立っていたアーヴィング一等軍曹が身長一九〇センチの巨体を震わせ、試合前のスポーツ選手のように何度かジャンプしている。その横では無線機に加え、パラシュートを収納した背嚢を背負ったジョシュアが胸の前で十字を切っている姿があった。
「降下開始一分前!」
人指し指を上に立てて叫んだコ・パイロットの声とともに全員の前に歩み出たウィリアムは後部ハッチの向こう側に広がる高度一万メートルの世界を見下ろした。
機体の尾部が頭上を覆っているので、夜空をひときわ明るく染めているはずの三日月の姿は見えなかったが、銀白色の光を浴びた高空の空間は地上よりもはるかに明るく、月の光を反射した灰白色の積乱雲が眼下の視界を遥か彼方の水平線まで埋めていた。
保護ゴーグル越しにその光景を目に焼け付けたウィリアムは感動する間もなく、部下たちを振り返り、ハンドサインで自分の後ろに続くように指示を出した。暗視装置付きのヘルメットと保護ゴーグル、吸気マスクに覆われた五人の隊員たちの頭が頷く。それを確認したウィリアムがキャビンの外を振り返ったのと、同時に再びブザーの音が鳴り響き、キャビン後部の非常灯の色が暗赤色から淡い青色に変わった。
「降下開始!」
コ・パイロットの合図から深呼吸の間を一拍置いて走り出したウィリアムは眼下いっぱいに広がる銀白色の世界に向かってダイブした。
月に照らされて銀色に輝く輸送機から六人の男たちが次々と両手両足を広げて飛び出した。彼らの後方に見えた輸送機の姿は一瞬の内に小さくなっていき、代わりに真下に広がる積乱雲の姿がますます近づいてきた。
吸気ゴーグルの中で嫌に大きく聞こえる自分の呼吸を聞きながら、全身に空気の対流を感じつつ、ウィリアム・R・カークスは数千メートル下の目標地点に向かって降下した。

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