アルビノで日差しに弱いお嬢様の私が真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》の雛を拾ったんですがこの子と一緒に世界一周はできると思いますか?

辺寝栄無

日ノ土月の9日《3月9日》

 ガバッ!
 背中にバネでも生えているのだろうか。跳ね上がるような勢いでベッドから飛び上がったエレノアは息を整えることも忘れて肩を上下に揺らしている。
「すごい! すごいわ、まるで神話よ!」
 興奮を抑えきれないのか、エレノアは何かを抱え込むかの様に体を丸め、しゃがみ込んだり手を広げ威嚇の様な姿を取ったりと忙しなく動き続けている。
「えっと、何だったかしら? ……そうだった!」
 エレノアは両手を左右に大きく広げ翼の様に、はためかせながら大きく息を吸い込んだ。
「マラペディー!!」
 そのまま後ろ向きにジャンプしベットに大の字で飛び込むエレノア。
「はぁ……本当にすごい夢だったわ。くぅーッ」
 エレノアは枕をギュウゥっと抱き寄せ足をバタバタさせている。
「あんなすごい夢を観れるなんて……。こうしちゃいられないわ!」
 ベッドから起き上がったエレノアは勢いそのまま机に向かいノートとペンを取り出す。
「話の内容は夢を参考にして書くとして、設定と……あ、あとタイトル!」
 しばらくうんうんと唸りながら頭を左右に揺らし、何か思いついたら表紙に文字を書いては消し書いては消しを繰り返すエレノア。
「どれもピンとこないわね。しょうがないタイトルは後回しにしましょう。まずは設定ね。とりあえずドラゴンあたりがいいかしら」
 エレノアは本棚から一冊の本を取り出した。表紙にはこう書かれている。
 新・龍種解体書。
ドラゴンの生態といえばやっぱりこれね」
 エレノアは新・龍種解体書を机の上に広げページをペラペラとめくっていく。
「やっぱりいつ読んでもワクワクしてきちゃう」
 やがて目的の炎龍フレアドラゴンについて書かれているページにたどりつく。
 エレノアはページをめくる手を止め目を凝らし読み進めていく。
「当時ですら滅多に見つからないはずのドラゴンについてここまで詳細に書けるだなんて本当にすごい方。お母様は頭のおかしい人の妄想だとおっしゃるけれど……そんなの関係ないわ、仮に嘘だったとしてもこの本がすごいことには変わりないし。この本のことを教えてくださったトリスティア先生もおっしゃってたもの、仮にこの本の内容が架空のものだったとしてここまで詳細な生態を考えられるということは、本職は医者だったのかもしれないって。結局インクリオスティン先生はすごいってことなのよ」
 その後もエレノアは自分の書く本に必要そうなところを見つけてはノートに書き留めていった。日が落ちるのと合わせて真っ白いページが徐々に文字で埋めつくされていった。

 ==========

 カリカリカリカリ————。
 時間は昼をとっくのとうに過ぎ、もう夜を迎えていた。部屋の中にはペンを走らせる音のみが響いている。
 エレノアは途中途中で休憩や食事等を挟みながらも、今日は授業が行われない日なのをいい事に執筆作業をどんどん進めていった。
「フゥ、こんなとこかしら」
 切りのいいところまで書き終えたのだろうか、書く手を止め一息つくエレノア。
「だいぶ進んでしまったわ。……フフフ、私ってば物書きの才能があるのかも。フフフフ——」
 将来出るであろう本についての妄想が止まらないのか、思わず笑みがこぼれてしまう。
「おっと、そうだわ。一回読んでみましょう。まぁ、天才の私が書いた本ですもの面白いに決まっているけど」
 エレノアは一度ノートを閉じ初めからページをめくり始める。
 最初の方こそ一枚、二枚とテンポよくページをめくっていくエレノアだったが徐々にページをめくる速度が遅くなっていき、遂にはページを巡る手が完全に止まってしまった。
「お、面白くない……。読んでいても全然絵が浮かんでこない……」
 このままじゃダメだと思い、急遽情景の描写を書き足そうとするが頭に浮かぶのは読んだことのある本の真似のような文章ばかり。
 ノートの上に置かれた手はピクリとも動いてはくれなかった。
「クぅーっッ!」
 ついには頭を抱え机に突っ伏してしまうエレノア。
「どうすればいいのー!」
 机の下で足をバタバタさせ真っ白なページと睨めっこを続けていると一つの解決方法が頭に浮かんできた。
「そうだわ、取材よ! 取材をすればいいんだわ!」
 頭を抱えていた手を解き、勢いよく机から顔を上げたエレノアは早速行動に移る。
 しかしドアノブに手を掛けたところで一つの問題点がある事に気がついた。
 もうだいぶ夜も更けている、今私が外に出たいと言ったところで誰もそれを許しはしないだろう。
 こうなればこっそり抜け出すしかない。
 エレノアは脱走の計画を立てるためもう一度机に戻り紙とペンを取り出した。
 ペンを握り、脱走の障害になりそうなことを一つまた一つと書き連ねていく。
 部屋を出るのは簡単だノブをひねってドアを開けるだけだから大丈夫、問題は玄関まで行けるかどうかだ。誰にも見つからない方法を考えねば。これが上手くいかねば後が続かない。
 誰にも見つからないように忍足でこっそり玄関まで向かう? だめ、そんなの無理だ。
 じゃあ、誰かに手伝ってもらう?
 そんな人がいればとっくのとうに頼っている。これも却下。
 前回はどうだったっけ。
 そうだ、そもそも昼だったから庭までは簡単に出れたのだった。これは参考にはならない。
 しばらく頭を悩ませても良い答えは浮かんでは来なかった。
 そうだ! こんな時こそ他の人から知恵を借りればいい。
 私は本棚から数冊の本を取り出し再び本と睨めっこをはじめる。
 一冊目に出てくる主人公は壁に穴を掘り牢屋からの脱出を図っていた。
 ダメ、時間がかかりすぎる、却下。
 二冊目に出てくる魔導師は魔法を駆使して誰にも気づかれることなく学園から逃げ出していた。
 私はそんな魔法は使えません、これも却下。
 三冊目に出てくる悪者は見張りに賄賂を渡し堂々と正面から国家に潜入していた。
 家の執事達には通用しない、なのでこれも却下。
 四冊目の囚われの王女さまは部屋の窓からロープを垂らし、それを伝って城から抜け出していた。
 これだ! なんとなく状況も重なっているしこれしかない。
 計画の目処が立ち、早速椅子から立ち上がって部屋を見回りながら作戦を立てていくエレノア。
 とりあえず固定方法はベッドの足に括りつけるとして、問題はある程度頑丈なぶら下がれる何かだ。
 一番手っ取り早いのは本の様にロープを使うのがいいのだろうが、残念ながら私がぶら下がっても千切れないほど丈夫なものはこの部屋にはない。そうなるとシーツやタオルといった布類がいいかもしれない。
 丈夫な布を探し求めるエレノアの冒険が今始まった。ただし部屋の範囲内ではあるが。
 とりあえず使えそうな物全部を一まとめにしたエレノアの目の前には財宝使えそうな布の山ができていた。ただしこの中で本当に使える物はほんの一握りであろう。
 真の財宝丈夫で長い布を手に入れるためエレノアは財宝使えそうな布の鑑定を進めていった
 カーテン。
 薄いな、ちょっと不安が残る、つぎ。
 ふとん。
 うーん、太すぎる。これをベッドの足に括るのは難しそうだ、つぎ。
 カーペット。
 これを使うにはそもそも、上に乗ってるベッドや机を退かさないと。それは絶対に不可能だ、つぎ。
 コート。
 どう考えても長さ足りない。いやこれは今まで上げた物全部がそうか……。
 この後も使えそうな物を見つけては却下、見つけては却下を繰り返していったエレノア。
 気がつくと先ほどまであった財宝使えそうな布の山はガラクタ使えない布の山とかしていた。
 放心状態でしばらくガラクタ使えない布の山を眺めていると、ある一つの解決策が頭に浮かんだ。
 そうだ、今まであげた物全部をつなげてしまえばいいんだ! さすがにカーペットは無理だけど。
 そう考えるとガラクタ使えない布の山は瞬く間に財宝使えそうな布へと変わっていった。
 解決策が浮かんだら早速準備に取り掛からねば。
 布が厚くより丈夫そうなものは最初の方に使い、薄い物は最後の方に繋いでいく。
 布の全てを繋ぎ終え、始めの部分をベッドの脚に括り付けようとしたところで一つ気がつく。
 布団が太すぎてうまく結べない。そういえばふとんを見つけた時も同じ様なことを思った気がしてきた。
 うっかりと言うには余りにもお間抜けがすぎる。エレノアは自分で自分に呆れてしまった。
 さてどう解決したものか、まず思い浮かんだのはベッドの脚と地面で挟んで固定するというものだったがベッドが重すぎて持ち上げられそうもなくこの案はすぐに没となった。
 仕方ない、途中に結んである物を一度解いて持ってくるしかないか。
 私は中間辺りに結んであるコートを解いてベッドに括り付けた。その後コートとふとんを結び、コートを取り出すために解いた部分をもう一度繋ぎ直す。
 よし、これで真の財宝脱走用ロープの完成だ。
 私は窓を開け自作のロープを垂らした。無事に布の端が地面に届いたのが見えた。
 どうやら長さは足りたようだ。あとは降りるだけ。
 私は窓のふちに足をかけ布を掴み慎重にゆっくりと下へと降りて行く。
 私にとって二階の窓というのは思ったよりも恐怖心を駆り立てられる高さだったらしく、当初私が考えていたよりも降りるのに時間がかかってしまっていた。
 やっと半分くらいだろうか、恐怖心を煽られたくはないので決して下は見ない、もう腕はパンパンだ。
 どれくらいの時間をかけてここまで降りてきたのかは見当もつかないが、少なくとも腕が限界を迎えるくらいの時間はたったということだろう。
 ズルッ。
 降りてもいないのに少し下にズリ落ちるような感覚がした。
 恐る恐る上を見ると結目の一箇所が今にも解けそうになっている。
 あそこは! コートを取るために一度解いて結び直したところではないか。
 ということは半分は過ぎたということか。いや、今はそんなことを考えている場合ではなく……。
 あともう少しという喜びの感情と、このままでは落下してしまうという焦りが脳内で同居し思考はショート寸前だ。
 そうこうしているうちにも結び目は見る見るうちに解けていき、体の位置はどんどん下がっていく。
 このままじゃ地面に落ちてしまう。
 程なくして結目が解けてしまったのか、下に落ちていくスピードが今までと段違いに早くなった。
「キャーッ――」
 思わず目をつむり叫び声をあげてしまう。
 トスン。
 地面への着地とともに叫び声が途中で途切れてしまう。
 ぶつかった衝撃は思ったほど強くはなかった。
 自分が思っていたよりも地面との距離はさほど離れてはいなかったということだろう。
 この程度だったのか。そう思うとさっきまで焦っていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
 誰に向かってアピールをしているのか、エレノアは何でもありませんわ。といった佇まいで何事もなかったかの様なポーズをとりスカートについた土を払っている。
 数回お尻を叩きスカートから土埃もたたなったのを確認したエレノアはいよいよ取材に向かうべく家の裏の森に向けてこっそりと歩を進めていった。

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