アルビノで日差しに弱いお嬢様の私が真炎龍《ヴェーラフラモドラコ》の雛を拾ったんですがこの子と一緒に世界一周はできると思いますか?
ルンルゥノ・クィンターゴイ
「だれか、おねがい。私の声をきいて……誰でもいい。”ミ・ヴォ―コ・アウスクルト”!」 
頭の中に声が響く。気がつくと視界には木々が広がっていた。 
ここはどこだ、そもそもどこにいたっけ。前後の記憶が朧げだ。 
「フン、木っ端の雌龍風情が。いくら我に見初められたからといって調子に乗り負ったか。貴様ごときが龍の言葉を発し理に干渉しようなど、笑わせる」 
目の前で二匹の龍が言い争っている。 
一匹は燃えるような赤い鱗をしていた。赤い龍は見るからに挑戦的で溢れんばかりの自信に満ちており常に他者を見下し攻撃しているかのような堂々たる雰囲気を身にまとっていた。 
もう一匹は雪の様に真っ白な鱗をしていた。白い龍は所作の一つ一つから慈愛のようなものが感じられ、守られているような気持ちにさせてくれる優しい雰囲気が感じられた。事実何かを守っているのだろう。白い龍はなにかを抱え込むような体勢をとり、常に周りを警戒しているように見えた。 
二匹の龍を見た私は、まるで吸い込まれてしまいそうなほど純粋で綺麗な色をしている、そう思った。同時に随分現実味のない光景だとも思った。だって龍はもう既に絶滅したはずだから。 
それにおかしいことがもう一つある。なんでこの光景を見ても喜びの感情が湧いてこないのだろう。——いや、そもそも私とは誰だ。何も思い出せない。 
轟く様な声が森の中に響きわたる。 
「聞け! 龍の言葉とはこう発するのだ!!」 
赤い龍は大きく息を吸い肺に大量の空気を送り込む。胸が膨らみ赤い龍の口から言葉が発せられた。 
「”プロストラード”!」 
瞬間、空間に歪みの様なものが生じ、空気が重くなった。 
周りを見渡すと一帯すべての生物が赤い龍に跪き首を垂れていた。唯一白い龍だけが腰を浮かして少しばかりの抵抗を見せているが、先ほどよりも少し頭の位置が下がっているように見えた。 
「フン、十大龍たるこのアログレンティコ=フラモドラコ直々の言葉を聞いてもなお抵抗して見せるか。相変わらず見た目に反して尊大極まりない奴め。まぁいいその美しさに免じて我の言うことに従うのであれば今回だけは特別に許してやろう。さぁ、貴様が後生大事そうに抱えているその腹の中の物を我に寄こすのだ」 
白い龍は非常にぎこちなくゆっくりとした動きで、先ほどよりも一層腹を抱え体を丸め込む。 
言葉を発することができないのだろうか、白い龍が赤い龍に返事をする素振りはない。 
「あくまでも抵抗を続ける気か。気丈な雌めが、ならば仕方あるまい」 
赤い龍は徐々に白い龍との距離を詰めてきた。 
「我の手で貴様の腹を掻っ捌き中を確認するとしよう」 
二匹の龍の距離は、たやすく互いに触れてしまうほど近くなっている。 
赤い龍は再び言葉を発した。 
「”アブドゥメロ・モントゥル”」 
言葉に従うかのように周辺の生物全てが赤い龍に腹を見せ仰向けになった。 
唯一白い龍だけは赤いl龍《ドラゴン》の 言葉に従わず必至の抵抗し続けている。 
「流石に煩わしくなってきたな。”ヴォネミ・アブドゥメロ・モントゥル・ブランカネーゴ=ドラコ”」 
白い龍周辺の空間が歪み、薄い膜のようなものが張られる。最初こそお腹を抱え込む様な格好を続けていた白い龍だったが、抵抗し続けることが難しくなったのか徐々に頭が上がり始め、ついには仰向けになり手を広げ腹を見せてしまう。白い龍の腹はまん丸くパンパンに膨んでいた。 
赤い龍は白い龍の腹に爪を立て鱗の筋をなぞっていく。 
「やはりな。いつからだ?」 
赤い龍の問いかけに対して白い龍の返事はない。 
「我の言葉に抵抗していないのだから、もう喋れるはずだがな……」 
赤い龍は台詞の後、わざとらしい間を作るが白い龍は依然として沈黙を続けたままだ。 
「まだ抵抗を続けるか。――カハッ、カハハハハッ!」 
突如、赤い龍は大声で笑い始めた。 
「ああ。愛い、愛いぞ、ブランカネーゴ。貴様ぐらいだろうよ、十大龍でもなんでもないただの雌龍の分際で我に抵抗し続けるのは」 
赤い龍の爪が白い龍の鱗に突き刺さる。傷口から一粒の血が滲んだ。やがて雫は重力に従い鱗の筋を伝いながら地面へと垂れ落ちていく。 
「”…ャ…ィ”」 
「ん? この期に及んで龍の言葉を発したのか? 小さすぎてなにも聞こえんなぁ。それじゃあ理を書き換えられないのではないかぁ? 愛い、愛いなぁ貴様は、カハハッ! 特別にもう一度発してみてもよいのだぞ。カハハハ!」 
白い龍は何も言わず赤い龍をまっすぐ見据える。 
「ん? せっかくだ、もう一度発してみろほら……」 
状況を楽しんでいるのか、赤い龍は見る見る饒舌になっていった。 
「そうだよなぁ! 発するわけないよなぁ! だって無駄だものなぁ! 十大龍でもなんでもない、木っ端の雌龍風情が龍の言葉を発せられるわけがないものなぁ!! カハッ、カハハ、カハハハハハ――!!」 
何がそんなにおかしいのだろうか、赤い龍は世界を揺らす程の大声で笑い続けている。 
「――ハハッ! ……特別だ。ここまで我を楽しませた貴様に褒美として本心で話してやろうではないか」 
赤い龍は初めて自ら白い龍と目線を合わせた。 
「貴様とその腹の中の物を殺すことを惜しいと思わんわけではない。貴様ほど気高く美しい龍はそうそう現れんだろうからな。なんせ自身と子を殺されそうになってもなお、我に媚びぬ龍なのだから。そして今その腹の中にあるのはそんな貴様と我の血を引いた龍だ、我とて惜しいと思わんわけではない。だが、我の血を引く龍などいてはならぬ。我以外に真炎龍は要らぬのだ」
赤い龍は白い龍の頬に手をかけ、自身の方へと顎を寄せた。 
「愛い、本当に愛い奴よ。そんな目を我に向けるのは十大龍以外では貴様だけだろうよ。――ああ、もう貴様を犯せなくなるのか。惜しい、実に惜しいな」 
赤い龍は指先に力を込めた。白い龍の腹から流れる血がより一層勢いを増す。鱗の筋を沿っていた血は段々と量を増していき、やがて筋から溢れてしまった。
「腹の中の物を我に寄越せ。今度こそ最後だ。我の言葉が冥途の土産にならぬよう、よく考えて発言しろ」 
白い龍は首を振り頬にかけられた手を解き、膨らんだ腹に目線を合わせ口を開いた。 
「エスペラ」 
白い龍は顔を上げ赤い龍と目線を合わせた。
「あなたの名は、エスペラート=フラモドラコ」
白い龍から発せされた声を聞いたその場にいる者全てが彼女の慈愛に包まれる様な感覚を覚えた。 
「今更名を与えるなど、どうせ殺される命に無駄なことを……。まぁいい、その言葉、否定と受け取るぞ」 
言葉と共に赤い龍はスッと爪を引く。真っ白な鱗が鮮血に染まる。赤に染まった白い龍は掠れた微かな声で言葉を発し始めた。 
「”…ィ…ィ”、”ェ…”」 
最後の力を振り絞ったのか、白い龍は言葉の終わりとともに事切れてしまった。 
「フン、最後に発した言葉が龍の言葉とはな。死の直前まで我に歯向かうか」 
赤い龍は、白い龍の腹の裂け目に手を入れ卵を探し始める。 
しかし、肉や臓器以外の感触が感じられない。 
赤い龍は泥の中に埋まった何かを探すかの様にぐちゃぐちゃと肉や臓物を掻き分け卵を探した。だが一向に見つかる気配がしない。 
「クソ!! 自我すら持たぬ卵風情が。煩わしい、煩わしいぞ! ”アスペクト・アクトゥアラ”」 
白い龍の死体が歪み、ウネウネと臓物が一人でに蠢きだす。 
肉の間から淡いピンク色の卵が姿を現した。 
赤い龍は卵に向かって手を伸ばす。しかし指先が卵に触れた瞬間、するりと通り抜けてしまった。 
「どういうことだ!?」 
赤い龍は卵に手のひらを重ね、握ったり、手を振り回してみたりするがその手は空を切るばかりであった。 
「なぜだ……」 
赤い龍はなぜ卵に触れられぬのか思考を巡らせる。 
「――まさか……、成功したと言うのか。いや、しかし。あり得ん、あり得てたまるものか。そこらに溢れるただの木端の雌龍ごときが理を書き換えるなど……。絶対にあってはならぬことだ!」 
赤い龍が驚き狼狽えているうちに卵の実態はどんどん薄なっていく。 
焦った赤い龍は慌てて言葉を発した。 
「”オヴ・ロコ・レスティ・アスペクト・アクトゥアラ”!」 
言葉の力によってこの場に存在する全ての卵が赤い龍の前に現れる。しかし肝心の龍の卵はもうすでに実態を失っておりこの場から完全に消え去ってしまっていた。 
「クソオオオォオオ!! 許さん、許さんぞ! 許してたまるものか!!」 
周辺の空気が熱を帯び始め、パチパチと何かが弾ける音がした。赤い龍が息を吐く度空気が揺らぐ。 
「ならば、この森ごと燃やし尽くしてくれるわ!」 
赤い龍の口から真紅の炎が噴き出される。 
辺一帯が炎に包まれる。しかし誰もその場から離れようとはしない、いや離れられないのだ。 
様々な種類の悲鳴が重なり合い森中に響き渡る。 
「良い、良いぞ。だがまだ足りぬ、もっとだ」 
赤い龍は一本の指を立て両手を広げた。 
「さぁ、皆よ、もっと悲鳴で音を奏でるのだ。 
“ シゥイ・アブドゥメロ・フンド・キリェギ・プリーガス」 
悲鳴の量が増しより一層圧力を感じる。中には口から血を吹き出しながらも声を出し続ける者もいた。吐き出された血が炎に焼かれ一瞬で蒸発していく。悲鳴に混ざり様々なものが焼かれる音がした。 
赤い龍は所々で言葉を発しながら指示を出す。体は酩酊しているかの如く上下左右に大きく揺れていた。 
その姿はまるで指揮者の様だった。 
「あぁ、悲鳴が我を突き刺す。そこまでして我を殺したいか。心地良い、心地酔いぞ」 
徐々に焼ける音と共に悲鳴が小さくなっていく。気がつく頃には木々や生物は消え失せ、辺りには焼け野原が広がっていた。 
「ついつい興が乗ってしまったわ。カハハ! 素晴らしい演奏であったぞ。カハハハハ!」 
死体すら残らぬ焼け野原に向かって赤い龍は賛辞を送る。 
「見事に何も無い。塵すら残っておらぬわ、カハハハハハ——! っんむ!?」 
赤い龍の永遠に続くかと思われた笑い声が急に止んだ。 
「気配が消えておらぬ。まだ潜んでいるのか? 名はなんと言ったか、エス…………クソ、思い出せん!」 
赤い龍は地面を蹴った。土が大きく抉り取られる。 
「仕方あるまい。”アスペクト・アクトゥアラ”!」 
言葉に従い姿を表す者はいない。 
「やはり、名を呼ばねばならぬか」 
しばらくして空間が歪み、影のような物が姿を現した。 
「卵ではないな。何者だ貴様!」 
声をかけるが返事はない。 
「(白い龍の名前)なのか、死んだはずでは……。まさか、龍の言葉の影響か!?」 
黒い影はゆらゆらと揺れている。何か伝えようとしているのだろうか? 
「卵はどこにある? ”レスポンド・ブランカネーゴ=ドラコ”!」 
黒い影からの返答は返ってこない。 
「喋れないのか? カハ! なんと発したか知らぬが、言葉の力で言葉を失うとはな」 
黒い影はただ揺れているだけだった。 
「我を笑っているのか? 喋ることすら出来ぬ今の貴様が?」 
黒い影の揺れが先程よりも大きくなる。 
「舐めるのも大概にしろ。我は真炎龍、アログレンティコ=フラモドラコなるぞ!」 
黒い影は小刻みに震え出した。 
「存在すら危うい今の貴様が、我を笑うか。調子に乗るなよ!!」 
怒りを抑え切れないのか赤い龍はワナワナと小刻みに震えている。 
赤い龍は翼を拡げ、空に浮び上がり大きく息を吸い込んだ。 
「”マラぺリディ”!!」 
大陸全体に声が響く。 
雲が割れ、空間に亀裂が入る。 
この日、その場ありとあらゆるものが言葉の力により消え去った。 
頭の中に声が響く。気がつくと視界には木々が広がっていた。 
ここはどこだ、そもそもどこにいたっけ。前後の記憶が朧げだ。 
「フン、木っ端の雌龍風情が。いくら我に見初められたからといって調子に乗り負ったか。貴様ごときが龍の言葉を発し理に干渉しようなど、笑わせる」 
目の前で二匹の龍が言い争っている。 
一匹は燃えるような赤い鱗をしていた。赤い龍は見るからに挑戦的で溢れんばかりの自信に満ちており常に他者を見下し攻撃しているかのような堂々たる雰囲気を身にまとっていた。 
もう一匹は雪の様に真っ白な鱗をしていた。白い龍は所作の一つ一つから慈愛のようなものが感じられ、守られているような気持ちにさせてくれる優しい雰囲気が感じられた。事実何かを守っているのだろう。白い龍はなにかを抱え込むような体勢をとり、常に周りを警戒しているように見えた。 
二匹の龍を見た私は、まるで吸い込まれてしまいそうなほど純粋で綺麗な色をしている、そう思った。同時に随分現実味のない光景だとも思った。だって龍はもう既に絶滅したはずだから。 
それにおかしいことがもう一つある。なんでこの光景を見ても喜びの感情が湧いてこないのだろう。——いや、そもそも私とは誰だ。何も思い出せない。 
轟く様な声が森の中に響きわたる。 
「聞け! 龍の言葉とはこう発するのだ!!」 
赤い龍は大きく息を吸い肺に大量の空気を送り込む。胸が膨らみ赤い龍の口から言葉が発せられた。 
「”プロストラード”!」 
瞬間、空間に歪みの様なものが生じ、空気が重くなった。 
周りを見渡すと一帯すべての生物が赤い龍に跪き首を垂れていた。唯一白い龍だけが腰を浮かして少しばかりの抵抗を見せているが、先ほどよりも少し頭の位置が下がっているように見えた。 
「フン、十大龍たるこのアログレンティコ=フラモドラコ直々の言葉を聞いてもなお抵抗して見せるか。相変わらず見た目に反して尊大極まりない奴め。まぁいいその美しさに免じて我の言うことに従うのであれば今回だけは特別に許してやろう。さぁ、貴様が後生大事そうに抱えているその腹の中の物を我に寄こすのだ」 
白い龍は非常にぎこちなくゆっくりとした動きで、先ほどよりも一層腹を抱え体を丸め込む。 
言葉を発することができないのだろうか、白い龍が赤い龍に返事をする素振りはない。 
「あくまでも抵抗を続ける気か。気丈な雌めが、ならば仕方あるまい」 
赤い龍は徐々に白い龍との距離を詰めてきた。 
「我の手で貴様の腹を掻っ捌き中を確認するとしよう」 
二匹の龍の距離は、たやすく互いに触れてしまうほど近くなっている。 
赤い龍は再び言葉を発した。 
「”アブドゥメロ・モントゥル”」 
言葉に従うかのように周辺の生物全てが赤い龍に腹を見せ仰向けになった。 
唯一白い龍だけは赤いl龍《ドラゴン》の 言葉に従わず必至の抵抗し続けている。 
「流石に煩わしくなってきたな。”ヴォネミ・アブドゥメロ・モントゥル・ブランカネーゴ=ドラコ”」 
白い龍周辺の空間が歪み、薄い膜のようなものが張られる。最初こそお腹を抱え込む様な格好を続けていた白い龍だったが、抵抗し続けることが難しくなったのか徐々に頭が上がり始め、ついには仰向けになり手を広げ腹を見せてしまう。白い龍の腹はまん丸くパンパンに膨んでいた。 
赤い龍は白い龍の腹に爪を立て鱗の筋をなぞっていく。 
「やはりな。いつからだ?」 
赤い龍の問いかけに対して白い龍の返事はない。 
「我の言葉に抵抗していないのだから、もう喋れるはずだがな……」 
赤い龍は台詞の後、わざとらしい間を作るが白い龍は依然として沈黙を続けたままだ。 
「まだ抵抗を続けるか。――カハッ、カハハハハッ!」 
突如、赤い龍は大声で笑い始めた。 
「ああ。愛い、愛いぞ、ブランカネーゴ。貴様ぐらいだろうよ、十大龍でもなんでもないただの雌龍の分際で我に抵抗し続けるのは」 
赤い龍の爪が白い龍の鱗に突き刺さる。傷口から一粒の血が滲んだ。やがて雫は重力に従い鱗の筋を伝いながら地面へと垂れ落ちていく。 
「”…ャ…ィ”」 
「ん? この期に及んで龍の言葉を発したのか? 小さすぎてなにも聞こえんなぁ。それじゃあ理を書き換えられないのではないかぁ? 愛い、愛いなぁ貴様は、カハハッ! 特別にもう一度発してみてもよいのだぞ。カハハハ!」 
白い龍は何も言わず赤い龍をまっすぐ見据える。 
「ん? せっかくだ、もう一度発してみろほら……」 
状況を楽しんでいるのか、赤い龍は見る見る饒舌になっていった。 
「そうだよなぁ! 発するわけないよなぁ! だって無駄だものなぁ! 十大龍でもなんでもない、木っ端の雌龍風情が龍の言葉を発せられるわけがないものなぁ!! カハッ、カハハ、カハハハハハ――!!」 
何がそんなにおかしいのだろうか、赤い龍は世界を揺らす程の大声で笑い続けている。 
「――ハハッ! ……特別だ。ここまで我を楽しませた貴様に褒美として本心で話してやろうではないか」 
赤い龍は初めて自ら白い龍と目線を合わせた。 
「貴様とその腹の中の物を殺すことを惜しいと思わんわけではない。貴様ほど気高く美しい龍はそうそう現れんだろうからな。なんせ自身と子を殺されそうになってもなお、我に媚びぬ龍なのだから。そして今その腹の中にあるのはそんな貴様と我の血を引いた龍だ、我とて惜しいと思わんわけではない。だが、我の血を引く龍などいてはならぬ。我以外に真炎龍は要らぬのだ」
赤い龍は白い龍の頬に手をかけ、自身の方へと顎を寄せた。 
「愛い、本当に愛い奴よ。そんな目を我に向けるのは十大龍以外では貴様だけだろうよ。――ああ、もう貴様を犯せなくなるのか。惜しい、実に惜しいな」 
赤い龍は指先に力を込めた。白い龍の腹から流れる血がより一層勢いを増す。鱗の筋を沿っていた血は段々と量を増していき、やがて筋から溢れてしまった。
「腹の中の物を我に寄越せ。今度こそ最後だ。我の言葉が冥途の土産にならぬよう、よく考えて発言しろ」 
白い龍は首を振り頬にかけられた手を解き、膨らんだ腹に目線を合わせ口を開いた。 
「エスペラ」 
白い龍は顔を上げ赤い龍と目線を合わせた。
「あなたの名は、エスペラート=フラモドラコ」
白い龍から発せされた声を聞いたその場にいる者全てが彼女の慈愛に包まれる様な感覚を覚えた。 
「今更名を与えるなど、どうせ殺される命に無駄なことを……。まぁいい、その言葉、否定と受け取るぞ」 
言葉と共に赤い龍はスッと爪を引く。真っ白な鱗が鮮血に染まる。赤に染まった白い龍は掠れた微かな声で言葉を発し始めた。 
「”…ィ…ィ”、”ェ…”」 
最後の力を振り絞ったのか、白い龍は言葉の終わりとともに事切れてしまった。 
「フン、最後に発した言葉が龍の言葉とはな。死の直前まで我に歯向かうか」 
赤い龍は、白い龍の腹の裂け目に手を入れ卵を探し始める。 
しかし、肉や臓器以外の感触が感じられない。 
赤い龍は泥の中に埋まった何かを探すかの様にぐちゃぐちゃと肉や臓物を掻き分け卵を探した。だが一向に見つかる気配がしない。 
「クソ!! 自我すら持たぬ卵風情が。煩わしい、煩わしいぞ! ”アスペクト・アクトゥアラ”」 
白い龍の死体が歪み、ウネウネと臓物が一人でに蠢きだす。 
肉の間から淡いピンク色の卵が姿を現した。 
赤い龍は卵に向かって手を伸ばす。しかし指先が卵に触れた瞬間、するりと通り抜けてしまった。 
「どういうことだ!?」 
赤い龍は卵に手のひらを重ね、握ったり、手を振り回してみたりするがその手は空を切るばかりであった。 
「なぜだ……」 
赤い龍はなぜ卵に触れられぬのか思考を巡らせる。 
「――まさか……、成功したと言うのか。いや、しかし。あり得ん、あり得てたまるものか。そこらに溢れるただの木端の雌龍ごときが理を書き換えるなど……。絶対にあってはならぬことだ!」 
赤い龍が驚き狼狽えているうちに卵の実態はどんどん薄なっていく。 
焦った赤い龍は慌てて言葉を発した。 
「”オヴ・ロコ・レスティ・アスペクト・アクトゥアラ”!」 
言葉の力によってこの場に存在する全ての卵が赤い龍の前に現れる。しかし肝心の龍の卵はもうすでに実態を失っておりこの場から完全に消え去ってしまっていた。 
「クソオオオォオオ!! 許さん、許さんぞ! 許してたまるものか!!」 
周辺の空気が熱を帯び始め、パチパチと何かが弾ける音がした。赤い龍が息を吐く度空気が揺らぐ。 
「ならば、この森ごと燃やし尽くしてくれるわ!」 
赤い龍の口から真紅の炎が噴き出される。 
辺一帯が炎に包まれる。しかし誰もその場から離れようとはしない、いや離れられないのだ。 
様々な種類の悲鳴が重なり合い森中に響き渡る。 
「良い、良いぞ。だがまだ足りぬ、もっとだ」 
赤い龍は一本の指を立て両手を広げた。 
「さぁ、皆よ、もっと悲鳴で音を奏でるのだ。 
“ シゥイ・アブドゥメロ・フンド・キリェギ・プリーガス」 
悲鳴の量が増しより一層圧力を感じる。中には口から血を吹き出しながらも声を出し続ける者もいた。吐き出された血が炎に焼かれ一瞬で蒸発していく。悲鳴に混ざり様々なものが焼かれる音がした。 
赤い龍は所々で言葉を発しながら指示を出す。体は酩酊しているかの如く上下左右に大きく揺れていた。 
その姿はまるで指揮者の様だった。 
「あぁ、悲鳴が我を突き刺す。そこまでして我を殺したいか。心地良い、心地酔いぞ」 
徐々に焼ける音と共に悲鳴が小さくなっていく。気がつく頃には木々や生物は消え失せ、辺りには焼け野原が広がっていた。 
「ついつい興が乗ってしまったわ。カハハ! 素晴らしい演奏であったぞ。カハハハハ!」 
死体すら残らぬ焼け野原に向かって赤い龍は賛辞を送る。 
「見事に何も無い。塵すら残っておらぬわ、カハハハハハ——! っんむ!?」 
赤い龍の永遠に続くかと思われた笑い声が急に止んだ。 
「気配が消えておらぬ。まだ潜んでいるのか? 名はなんと言ったか、エス…………クソ、思い出せん!」 
赤い龍は地面を蹴った。土が大きく抉り取られる。 
「仕方あるまい。”アスペクト・アクトゥアラ”!」 
言葉に従い姿を表す者はいない。 
「やはり、名を呼ばねばならぬか」 
しばらくして空間が歪み、影のような物が姿を現した。 
「卵ではないな。何者だ貴様!」 
声をかけるが返事はない。 
「(白い龍の名前)なのか、死んだはずでは……。まさか、龍の言葉の影響か!?」 
黒い影はゆらゆらと揺れている。何か伝えようとしているのだろうか? 
「卵はどこにある? ”レスポンド・ブランカネーゴ=ドラコ”!」 
黒い影からの返答は返ってこない。 
「喋れないのか? カハ! なんと発したか知らぬが、言葉の力で言葉を失うとはな」 
黒い影はただ揺れているだけだった。 
「我を笑っているのか? 喋ることすら出来ぬ今の貴様が?」 
黒い影の揺れが先程よりも大きくなる。 
「舐めるのも大概にしろ。我は真炎龍、アログレンティコ=フラモドラコなるぞ!」 
黒い影は小刻みに震え出した。 
「存在すら危うい今の貴様が、我を笑うか。調子に乗るなよ!!」 
怒りを抑え切れないのか赤い龍はワナワナと小刻みに震えている。 
赤い龍は翼を拡げ、空に浮び上がり大きく息を吸い込んだ。 
「”マラぺリディ”!!」 
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雲が割れ、空間に亀裂が入る。 
この日、その場ありとあらゆるものが言葉の力により消え去った。 
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