Myth・ABSOLUTE
神話1之章 Prologue
「人は鳥のように大空を羽ばたく翼を持たない。人は神のように全てを創成する奇跡を持たない。だから人は願うのだ。他の何者よりも狡猾に、他の誰よりも確実に、全てを奪い去る力を得ることを。」
 僕の好きな小説家、河野栄次郎が著した作品に、このような一節がある。僕は神を信じてはいない。学業にしたって、恋愛にしたって、全ては自分の実力次第だからだ。神頼みという行為に走ることほど不毛なことは無い。翼は……どうだろう。飛びたいと思ったことこそ無いが、翼を持ち羽ばたくとはどのような感触、経験なのか、それを知りたいという思いはある。
 自宅の2階の僕の部屋で、窓から外を、特に空を自由に、気ままに飛ぶ鳥の群れを見つつふとそんなことを考えていた。冬の寒気が去り、辺りは暖かく、目覚めの季節が近づいている。 
「零!」
 下の階から母の声が聞こえる。1階と2階は吹き抜けになっており、声がよく響くのだ。僕には3人の家族がいる。母と2人の妹。父は……母親曰く、「私たちは捨てられた」らしい。僕が小学生の頃に、彼は忽然と消えた。通帳と、書き置きを残して。書置きにはこう書いてあった。
「何があっても俺を詮索するな。」と。
2人の妹は今は中学生である。2人が物心を持たないうちに父は消えたため、詳細は2人とも知らない。顔も覚えていないだろう。姉の方の瑠花は僕に似て大人しく勉強好き。今日は図書館かどこかで春休みの宿題をやっているのだろうか。妹の方の里奈は活発で運動好き。今日はバレー部の練習に行ったとか。
「お友達、来たよ!」
母はたった1人で僕と妹2人を育ててくれた。日々仕事に勤しみ、時間があまり無いので毎日のご飯は自分が用意するようにしている。裕福な生活とはいえないが、僕はこの生活に十分満足している。
「蘭さん、お邪魔します。」
「お邪魔しまーっす!」
 友達が自室に上がってくる。母を実名で呼び、礼儀正しく振舞っているのは幼なじみの柊加奈子。元気そうなこいつは高校からの付き合いの有馬健人。共に高校時代に文系同クラスで切磋琢磨し、同じ県内の国立大学に合格した。今日はその合格祝いのパーティーだ。ドアを開き、彼らを迎え入れる。
  自室にて、僕らは床に座りこみ、各々が買ってきたお菓子をつつきながら話す。 
 「零は人文学部に行くのよね、なんでそこにいくの?」 
 加奈子が聞くと、健人が続けて言う
「凍矢のことだからな、小説家にでもなりたいんじゃないか?」
 確かに僕は小説が好きだし、小中高と暇さえあれば本を読み漁っていた。しかし、それが僕が人文学部を志望した理由ではない。
「神話を……学びたくて。」
「「神話?」」
2人の声が重なる。
「そ、神話。」
「神話って……あれだろ?倫理で習った…あの天照大御神が天の岩戸に篭ったみたいな話の?」
 健人が顎に手をやり思い出す動作をする。加奈子はあまりピンと来ていない。
「加奈子も人文だろ?わかんない?」
 僕が言うと、加奈子は目を右上に逸らして誤魔化す。
「昔すぎて全く覚えてないや。」
 そんな話をしていると、自室のドアをノックして、母が入ってくる。お茶を入れたお盆を持ってきていた。
「なんだ母さん、言ってくれれば僕がやったのに。」
「今日はあんたらの祝勝会みたいなもんだろ?主役に仕事なんてさせてたまるかい。」
 加奈子が「ありがとうございます。」と礼儀良く受け取った。お盆の上にはお茶の他に、練り切りが3つあった。
「お!美味そう!!」
 健人ががっつく。母は和菓子屋を営んでいる。たった一人でやっており、バイトを雇えばいいだろうという案も、「私の味だ、他人には任せらんないよ。」と厳しい顔をして拒否する。しかしその味は他にない美味さを誇る。僕の住む地域ではかなり有名な和菓子屋であるが、今日は休みを取り、僕らにお菓子を作ってくれた。
「おー食べな食べな。」
「いただきます。」
「うめぇ!これうめぇな!」
 2人とも練り切りを頬張る。健人が詰め込みすぎてゴホッゴホッと咳き込み、お茶で飲み込む。僕もそっと口に運ぶ。
「うん、美味い。」
 僕がそんな言葉をこぼすと、母は返す。
「なーにが美味いだ、君ら無料で食べられると思ったかい?感想文原稿用紙2枚書いてきなさいな。」
「宿題付きっすか!?」
 健人が衝撃を受けているが、僕と加奈子は冗談だと笑う。
「そんなことより、零、あんた明日のこと忘れてないよね?」
 母が僕に向かって言う。あ、と声を出して思い出す。
「あまり遅くなるんじゃないよ?」
「わかってる。」
 明日は僕の合格祝いに家族皆で旅行に行く。ごく普通の、でも少し贅沢な。妹達も明日は暇を取ってくれた。大阪か京都辺りを歩いたり、美味しいものを食べる予定だ。
「あまり長くは話してられねぇな。」
「そーね。」
 2人とも少し残念そうな顔をするが、大学同じじゃん!と当たり前のようなことで笑う。こんな、普通で何の変哲もない日常が好きで仕方がない。その後も僕らは、思い出話や恋愛の話などを咲かせ、日が落ちるくらいには解散し、明日の準備を始めた。
「お兄さん。」
 部屋に入ってきたのは先程加奈子らとすれ違って図書館から帰ってきた瑠花だった。手にはノートがある。勉強を教えてくれってことか。
「明日ね、楽しみだね。」
「ん?」
 それを言うためだけに来たのかと思い、思わず困惑の声を上げてしまった。
「楽しみじゃないの?」
「いや、いやいやもちろん楽しみだよ。」
「そ。」
 瑠花は笑ってそう返した。下から母が夜ご飯ができたと声を上げる。今日は久々の母の料理だ。
「ご飯できちゃったか。」
「ん?勉強は?」
「もちろんあとで見てもらいます。」
 下の階の机に座り、「いただきます」と揃って言ったあたりで里奈が部活から帰ってきた。
「ただいま!あ、今日はお母さんが夜ご飯作ったの??」
 荷物を起き、その足で机に座ろうとすると、瑠花が言う。
「もう、手くらい洗ってきなよ。」
「わかってるよ。」
「ならすぐ立って洗ってきて。」
 いつも通りの光景だ。さっき加奈子らが居たから何となく感じたのは、このやり取り、何となく加奈子と健人のものと似ている。
「皿は僕が洗うよ。」
「いやいやいや、瑠花の勉強見てきてあげなさいな。」
 食後、皿洗いを手伝おうとしたが断られ、言われた通りに瑠花の勉強に付き合った。彼女は社会、とりわけ日本史が得意だった。その反動か、数学が苦手らしく、頻繁に教えを乞うてくる。
「お兄さん。」
 部屋に戻ると、瑠花は既に僕の机でノートを開いて待機していた。上の大きな空白に「一次関数」と書いてある。
「一次関数?」
「うん。」
「何が分からないの?」
「んー、2線の交点が沢山出てきて、交点同士を結んで図形にしたやつの比とか。」
「あー言葉で言われてもわからんな、まず図形書いてみて。」
 瑠花は物分りがいい。僕が教えたことをすぐ復習して身につける。里奈は割と勉強ができるが、学力の高い高校を目指している訳では無いので、僕に特別教えを乞うてくることはない。
「明日、早いから。」
 ある程度勉強してから瑠花がノートを閉じる。疲れた、と一言漏らして立ち上がり、僕の部屋を見回す。
「お兄さんが一人暮らしならこの部屋私のものなのにな。里奈と一緒の部屋だと五月蝿くて勉強できたものじゃないよ。」
「あー、実家通いだからな。」
「高校は遠いところに行こうかな。」
「いいと思うよ、地方の私立とか。」
 話が盛り上がってきたところで、ドアがバタッと開く。
「うるさい!ぜんぜん寝れないわ!!」
 疲れた顔の里奈が枕を抱きながらこちらを睨んでくる。里奈はご飯を食べたあと、風呂、歯磨きをしてからは何もせず寝る。部活の疲れからだろう。
「じゃ、おやすみなさい、お兄さん。」
「おやすみお兄ちゃん。」
 2人が部屋を去る。僕も身支度を済ませ、ベッドに転がる。意識が薄れていく反面、明日の旅行が楽しみで胸が変に鼓動する。心地よい気分のまま、僕は眠りについた。
「起きろーーーーー!!」
 朝の五時ほど。里奈が僕を起こしに来た。今日の旅行をよほど楽しみにしていたらしい。
 家族全員の身支度が終わり、家を出ると、外はまだ少し暗く、肌寒い風が頬を撫でた。駅に車で向かい、そこから新幹線で移動する。
「この車両の一番後ろあたりに指定席取ってあるから、ボックスで座りましょうか。」
「私!私椅子まわす!!」
 里奈が乗り込んで、新幹線の椅子を1列分回す。はしゃいでる様子が他人に見られ少し恥ずかしい。いずれ新幹線はゆっくりと速度を上げ始める。横を見ると瑠花が本を読んでいた。
「何読んでるの?」
「神のみぞ知る言の葉。」
「あ、河野栄次郎の?」
「そ。」
「僕好きそれ。」
 いつも通りの話を楽しむ時間が僕は好きだ。とりわけ、自分の好きな本を妹が読んでくれるのは本当に嬉しい。里奈は僕の目の前で寝ている。
 そんな時だった。前の方の席の男性が何かを不審がる。立ち上がって窓の方を覗き込み、青ざめた様子で言う。
「……この新幹線、いくら何でもスピードがおかしい、俺が降りるはずの駅はとうに過ぎているし……」
「あなた、何青ざめてるのよ、新幹線なんてこんなものじゃない?駅もきっと間違いよ。」
「いや、わかる。実家に帰省する途中だったからこそわかる。この風景は僕が降りる駅を過ぎた後の風景だ!」
ガタンッッ!!と車体が大きな音を立て、揺れる。カーブに入った電車に衝撃が起こったのだ。僕らは横の壁に叩きつけられ、里奈が目覚めて叫ぶ。
「何、何!?」
 不安は車内全体に広がり、ついにはパニックが起こり始めた。先程の男性が大きな声で言う。
「おい!どうなってんだ!!車掌は、先頭だよな、皆落ち着いて待っててくれ!」
男性が先頭車両に向かおうとした時、前の車両から黒いフードを被った男が現れ、口を開く。
「その必要はありません。」
「どういうことだ説明しろよ!!」
男性がフードの男に怒鳴りつけた瞬間、彼の上半身を何かが貫通した。そのまま男性は倒れ込み、動かなくなった。フードの男が持っていたのは、血濡れの剣だった。
「キャーーーーーーッッ!!!」
「おいどうなってんだ!!!」
パニックがピークになる中、彼は指を鳴らし、また口を開く。
「黙れ。」
すると人々から声が出なくなる。叫んでいた女性、怒号を上げた男性全員が、無音で暴れる。
「この新幹線は我々"禁断"がジャックしました。目的は、あなた達の命。ええ、単純に死んでもらいます。」
他の男性たちが言葉を遮るようにフードの男に襲いかかる。しかし、フードの男はものともせず斬り伏せる。
「死を恐怖する必要はありません。いずれあなた方は絶対なる領域である神域にて転生し、我々禁断の一部として戦っていただきます。」
「何言ってるんだ……?」
僕は、何故か冷静だった。皆が声を発せない中、自分は声を出せることに気がついた。
「まぁ特に他に用はありません。今はとりあえず死んでください。」
前の方から次々に乗客を斬っていく。僕はどうにかして妹を守ろうと、後ろの電車に逃がそうとするが、ドアが開かない。
「クソ!どうして開かねぇんだよ!!」
「ん?神器の故障か?私が黙れと言っても黙らないとは。」
フードの男が僕の髪をつかみ、語りかける。抗おうとするも強い力でドアにたたきつけられ、ショックで意識が飛びかける。
「黙れ……。」
「なんで、なんでこんなことすんだよ!!」
「!!!」
フードの男の顔が、驚きを顕にする。母と里奈が彼に飛びつき、僕から引き剥がそうとする。
「逃げ……て!はやく!!」
「何故貴様は話せる??」
母と里奈が後ろから何者かに斬られる。フードの男が言った「我々」という言葉に現れているように彼らはグループでこのテロを起こしていたのだ。
「ふん、まぁいい、死ねば変わらない。」
僕を瑠花がいる方に突き飛ばし、剣を振りかざす。
「迷惑なんですよ。私の言うことを聞けない愚か者は。」
咄嗟に瑠花が僕を庇うように前に出るが、瑠花ごと僕は胴体を貫かれる。
「……い……っ……。」
 剣を抜かれ、僕達は倒れ込む。意識が遠のいていく中、血塗れの床に沈む瑠花を抱き寄せる。瑠花が大切に持っている本が、赤く染っていく。
「予想以上に手間取りましたね。撤退しますよ。」
 黒フードの男たちはさっきは開かなかったドアを開き、消えていった。
 意識が遠のいていく。
 くそ……くそ……体が動かない……。
 寒い……どんどん、冷えていく……。
 瑠花……里奈…………母さん…………。
薄らいだ意識はプツンと切れ、僕の視界は真っ暗になった。
「生存者は!??」
「確認できるのは、この男性1人だけです!腹部大量出血、頭部挫傷、両肩打撲、しかし他被害者と違い幸い心肺停止に及んでいません!!」
「たのむ、たのむ、君だけでも、生き残ってくれ……!」
「ダメです!鼓動弱化!呼吸も弱くなってきています!!先生!!」
「心肺蘇生法開始!何としても彼を助けるんだ!」
…………
「……心肺活動、正常化。しかし……」
「脳や出血のダメージが大きすぎたか…。」
「植物状態……ですか。」
「……」
「……」
「…彼を、病院へ。今すぐ!!」
「定例の会議を始めます。」
ゴクッと私は唾を飲む。
 オリュンポス十二神は神界の中でも地位が高く、定期的な会議で神々の生活の状況、そして下界の問題の共有などをする。それはいずれ八百万の神々の共通認識となる。  神とは認知。日本には多くの神話があるが、オリュンポスの神話、エジプトの神話などの多くが作品や伝承として伝えられ、色濃く認知として現れる。神は人間の弱さから生まれた。叶わぬ努力等が願いとして集約し、人の形で具現化する者もあれば、概念として宙に浮く神もいる。
「アテナ神、報告を。」
会議は苦手だ。神として初心で若輩の私にとって、神界の中心機関で会議に参加することは緊張以外の何者でもなく、声も身体も震え上がる。
「は、はい。」
何故か分からないが、人間の形で具現化した神は日本にしか存在しない。どのような因果が働いているのかはわからないが、存在してしまったからには生きるしかないし、生きるからには全員で生きる必要がある。その工夫のひとつがこの会議だ。
「都市部の人身事故が多くなっているようです。特に、最近は無差別の殺人事件も起きているようです。」
「神が干渉した様子は?」
ポセイドンさんは厳格な人だ。私の報告に次々と質問を投げかけてくる。
「少ないようです。しかし警戒を解かないようにします。」
現在、この世界に様々な神がいるのは当たり前のこととなっている。その中で、「人間に望まれて事故を起こす神」も当然いるだろう。そのような神は、説得するなりして人界への干渉を控えてもらう。そうやって日本の災禍の均衡を保つ。自然災害、人為的な事件、それらは全て神々の干渉が少なからずある。
「では、継続してアテナ神、アルテミス神には人界の観察をしてもらう。」
「では続いて"神狩り"の情報を。」
神狩り。神の具現化と共に現れ始めた神々を狩る者たち。目的は分からないが、神器を奪っているという情報が入っている。
神器とは、神の器とあるように、神専用の武器、道具を指す。専用とあるように、一部の例外を除き、神器の力を100%発揮するには自分専用の器を使う必要がある。
「はい。では私が。」
ヘラ神は神狩りの調査を進めている。神々の中でも強力な力を持つ彼女ならば、調査を難なくこなせる。
「人界時間、1ヶ月間で、神狩りによる負傷者33柱、死亡8柱、奪われた神器は10器です。」
「……増えたな……。」
潤滑に会議は進んでいくが、シリアスな話題が続く。神狩りの被害自体は、ここ最近始まったことだ。張り詰めた雰囲気が会議を凍らせていた。
会議が終わる。
ここからアテナ神としての仕事がもう1つある。それが、先程述べた下界観察。今日は何らかの事故で死者が増えた地域の中心にある病院にて、死者の状態と事故の詳細を調べる。
「アテナ。」
後ろから何者かに突然話しかけられて驚く。
「は、はい!」
「なによその変な顔。」
「アルテミスさん……」
アルテミスさんは私と一緒に人界観察をするメンバーだが、今日は別件でメンバーから外れる。
今日は私一人だ。
「気をつけて。下、最近物騒よ。」
「……大丈夫です。」
「神器。本当に危なくなったら使うのよ。」
「……わかってます。」
バシッと背中を叩かれる。
「しゃんとしなさい!あなたはもう大人なの。しっかりと任務をこなしなさい。」
笑っていて優しい、それでいて力強い声で鼓舞してくれる。私もすっと肩の力が降りて大きな声で返す。
「行ってきます!」
 病院。生と死が共存する不思議な空間。今日はとても騒がしく、どこかで大きな事故があったのだろう。死者の多くは胸を何かしらの武器で突き刺されていた。
 普通、神は人には見えない。しかし条件に当てはまると、見えることはある。それは、神器に触れた人間、神の力に触れた人間など、神の威に当たると見ることができるようになるらしい。逆に、その条件に当てはまらなければ、誰も私に気づかない。
緊急医療室に入り、既に死亡した人間をよく見ると、胸部を貫かれたその跡は、明らかに人智を超えたものだった。
「これは……神器による殺害……?」
 私が患者の体に触れた瞬間、後ろの方から私の方に一直線に歩いてくる男が1人。
「あなた、誰です!?いきなり入ってきて!関係者以外立ち入り禁止のはずです!!」
看護師の1人が叫ぶが、その男は私の方をまっすぐ見て後ろの大きな金槌のようなものを構える。
「警察、警察!」
「うるさいな。」
後ろからもう1人、青いコートを着た男。看護師たちの項を手刀で叩き、ばたりと倒す。その瞬間、後ろの方から白衣を着た男性が駆け寄る。
「だ、誰だ!!!」
「この美人さんは神だよ、君も見えるだろう??」
「……私が見えてるのね。」
医者まで見えているのかは分からないが、神狩りだと思われる2人はまっすぐこちらを見ているため、見えているのは確実。
「目的は?」
落ち着いて、ここはできる限りの情報を得て逃げる……。
「あなたの神器。」
「やはりか、何故神器を必要とする?」
青コートの男が顔をしかめる。
「それを、教える必要などありますか?」
空気が殺意で充満する。金槌の男がゆっくりと間合いを詰めてくる。
「柴崎、ここは君にやってもらう。どうやら、この病院にいる神は1人、この美人さんだけだ。」
「はい。」
大きな金槌は次第に雷のようなものを帯び始める。
「医者さん、私の事見えてますよね、逃げてください。」
「え……?」
「死にたくないならここから逃げて!!」
医者の方を向き逃げるのを促したのが仇となり、金槌男に懐に潜り込まれる。
「しまっ……!」
「死ね、神。」
金槌は雷を覆い、私の腹を弾き飛ばした。私は一瞬で瀕死状態に追い込まれる。
 神器を……使わなきゃ!!
私の神器は普段、自分の体と同化している。しかし、力が出ず、神器も自分の意思に答えない。
神の体は人間と酷似している。人間と同じレベルの衝撃を喰らえば、人間同様に、死ぬ。
「か……はっ…………」
逃げ……なきゃ……!!
しかし、自分の体はもう、自分の意思では動かせないことに気づく。意識が飛ぶ……
「終わりだな。」
……だったら……!!
私は、自分の魂を、自らの神器に封入し、飛ばす。
「……!神器が独立して動いた……?」
金槌男が驚き、神器を掴もうとするが、避けて部屋の排気口から逃亡する。
「……チッ!」
背後から舌打ちとともに、元々の私の顔を、男はその大きな金槌で叩き潰した音が響いた。
誰か……誰か……、私の、魂の拠り所……。
死ぬ訳にはいかない……!!
……!
目の前に緊急搬送されてきた男性、心肺だけは動き、脳が活動していない。
この子の、体に……!
私の魂を封じ込めた神器を、彼の体に溶け込ませる。
この人……病院の人々と同じ事故にあった……?そして彼は、ただ1人の生存者……
私の魂は彼の体に溶け込み、意識はそこで消えた。
起きて……あなたの力が必要なの……
……誰…………?
まだ、死ねない。あなたもでしょ??
…………うん。
目を開けるとそこは真っ白な空間だった。起き上がるのは思ったよりも楽で、貫かれたはずの腹がどこも痛くない。
……生きてる……。
「零くん……!?」
ここは入院室か。ドア付近にいた看護師が大声をあげる。
「せ、先生!零くんが!!」
看護師が急いで走り去った後、僕はゆっくりと目を閉じる。
僕は、テロにあって、そして殺され………母さん、里奈、瑠花も…………。母さん?里奈?瑠花??家族は、僕以外みんな死んで、僕だけ、僕だけ生き残って…………
「零くん。」
声をかけられ、目を開けると、そこには真っ白な髪の毛を生やした僕と同じくらいの歳と思われる女性が浮いていた。
 僕の好きな小説家、河野栄次郎が著した作品に、このような一節がある。僕は神を信じてはいない。学業にしたって、恋愛にしたって、全ては自分の実力次第だからだ。神頼みという行為に走ることほど不毛なことは無い。翼は……どうだろう。飛びたいと思ったことこそ無いが、翼を持ち羽ばたくとはどのような感触、経験なのか、それを知りたいという思いはある。
 自宅の2階の僕の部屋で、窓から外を、特に空を自由に、気ままに飛ぶ鳥の群れを見つつふとそんなことを考えていた。冬の寒気が去り、辺りは暖かく、目覚めの季節が近づいている。 
「零!」
 下の階から母の声が聞こえる。1階と2階は吹き抜けになっており、声がよく響くのだ。僕には3人の家族がいる。母と2人の妹。父は……母親曰く、「私たちは捨てられた」らしい。僕が小学生の頃に、彼は忽然と消えた。通帳と、書き置きを残して。書置きにはこう書いてあった。
「何があっても俺を詮索するな。」と。
2人の妹は今は中学生である。2人が物心を持たないうちに父は消えたため、詳細は2人とも知らない。顔も覚えていないだろう。姉の方の瑠花は僕に似て大人しく勉強好き。今日は図書館かどこかで春休みの宿題をやっているのだろうか。妹の方の里奈は活発で運動好き。今日はバレー部の練習に行ったとか。
「お友達、来たよ!」
母はたった1人で僕と妹2人を育ててくれた。日々仕事に勤しみ、時間があまり無いので毎日のご飯は自分が用意するようにしている。裕福な生活とはいえないが、僕はこの生活に十分満足している。
「蘭さん、お邪魔します。」
「お邪魔しまーっす!」
 友達が自室に上がってくる。母を実名で呼び、礼儀正しく振舞っているのは幼なじみの柊加奈子。元気そうなこいつは高校からの付き合いの有馬健人。共に高校時代に文系同クラスで切磋琢磨し、同じ県内の国立大学に合格した。今日はその合格祝いのパーティーだ。ドアを開き、彼らを迎え入れる。
  自室にて、僕らは床に座りこみ、各々が買ってきたお菓子をつつきながら話す。 
 「零は人文学部に行くのよね、なんでそこにいくの?」 
 加奈子が聞くと、健人が続けて言う
「凍矢のことだからな、小説家にでもなりたいんじゃないか?」
 確かに僕は小説が好きだし、小中高と暇さえあれば本を読み漁っていた。しかし、それが僕が人文学部を志望した理由ではない。
「神話を……学びたくて。」
「「神話?」」
2人の声が重なる。
「そ、神話。」
「神話って……あれだろ?倫理で習った…あの天照大御神が天の岩戸に篭ったみたいな話の?」
 健人が顎に手をやり思い出す動作をする。加奈子はあまりピンと来ていない。
「加奈子も人文だろ?わかんない?」
 僕が言うと、加奈子は目を右上に逸らして誤魔化す。
「昔すぎて全く覚えてないや。」
 そんな話をしていると、自室のドアをノックして、母が入ってくる。お茶を入れたお盆を持ってきていた。
「なんだ母さん、言ってくれれば僕がやったのに。」
「今日はあんたらの祝勝会みたいなもんだろ?主役に仕事なんてさせてたまるかい。」
 加奈子が「ありがとうございます。」と礼儀良く受け取った。お盆の上にはお茶の他に、練り切りが3つあった。
「お!美味そう!!」
 健人ががっつく。母は和菓子屋を営んでいる。たった一人でやっており、バイトを雇えばいいだろうという案も、「私の味だ、他人には任せらんないよ。」と厳しい顔をして拒否する。しかしその味は他にない美味さを誇る。僕の住む地域ではかなり有名な和菓子屋であるが、今日は休みを取り、僕らにお菓子を作ってくれた。
「おー食べな食べな。」
「いただきます。」
「うめぇ!これうめぇな!」
 2人とも練り切りを頬張る。健人が詰め込みすぎてゴホッゴホッと咳き込み、お茶で飲み込む。僕もそっと口に運ぶ。
「うん、美味い。」
 僕がそんな言葉をこぼすと、母は返す。
「なーにが美味いだ、君ら無料で食べられると思ったかい?感想文原稿用紙2枚書いてきなさいな。」
「宿題付きっすか!?」
 健人が衝撃を受けているが、僕と加奈子は冗談だと笑う。
「そんなことより、零、あんた明日のこと忘れてないよね?」
 母が僕に向かって言う。あ、と声を出して思い出す。
「あまり遅くなるんじゃないよ?」
「わかってる。」
 明日は僕の合格祝いに家族皆で旅行に行く。ごく普通の、でも少し贅沢な。妹達も明日は暇を取ってくれた。大阪か京都辺りを歩いたり、美味しいものを食べる予定だ。
「あまり長くは話してられねぇな。」
「そーね。」
 2人とも少し残念そうな顔をするが、大学同じじゃん!と当たり前のようなことで笑う。こんな、普通で何の変哲もない日常が好きで仕方がない。その後も僕らは、思い出話や恋愛の話などを咲かせ、日が落ちるくらいには解散し、明日の準備を始めた。
「お兄さん。」
 部屋に入ってきたのは先程加奈子らとすれ違って図書館から帰ってきた瑠花だった。手にはノートがある。勉強を教えてくれってことか。
「明日ね、楽しみだね。」
「ん?」
 それを言うためだけに来たのかと思い、思わず困惑の声を上げてしまった。
「楽しみじゃないの?」
「いや、いやいやもちろん楽しみだよ。」
「そ。」
 瑠花は笑ってそう返した。下から母が夜ご飯ができたと声を上げる。今日は久々の母の料理だ。
「ご飯できちゃったか。」
「ん?勉強は?」
「もちろんあとで見てもらいます。」
 下の階の机に座り、「いただきます」と揃って言ったあたりで里奈が部活から帰ってきた。
「ただいま!あ、今日はお母さんが夜ご飯作ったの??」
 荷物を起き、その足で机に座ろうとすると、瑠花が言う。
「もう、手くらい洗ってきなよ。」
「わかってるよ。」
「ならすぐ立って洗ってきて。」
 いつも通りの光景だ。さっき加奈子らが居たから何となく感じたのは、このやり取り、何となく加奈子と健人のものと似ている。
「皿は僕が洗うよ。」
「いやいやいや、瑠花の勉強見てきてあげなさいな。」
 食後、皿洗いを手伝おうとしたが断られ、言われた通りに瑠花の勉強に付き合った。彼女は社会、とりわけ日本史が得意だった。その反動か、数学が苦手らしく、頻繁に教えを乞うてくる。
「お兄さん。」
 部屋に戻ると、瑠花は既に僕の机でノートを開いて待機していた。上の大きな空白に「一次関数」と書いてある。
「一次関数?」
「うん。」
「何が分からないの?」
「んー、2線の交点が沢山出てきて、交点同士を結んで図形にしたやつの比とか。」
「あー言葉で言われてもわからんな、まず図形書いてみて。」
 瑠花は物分りがいい。僕が教えたことをすぐ復習して身につける。里奈は割と勉強ができるが、学力の高い高校を目指している訳では無いので、僕に特別教えを乞うてくることはない。
「明日、早いから。」
 ある程度勉強してから瑠花がノートを閉じる。疲れた、と一言漏らして立ち上がり、僕の部屋を見回す。
「お兄さんが一人暮らしならこの部屋私のものなのにな。里奈と一緒の部屋だと五月蝿くて勉強できたものじゃないよ。」
「あー、実家通いだからな。」
「高校は遠いところに行こうかな。」
「いいと思うよ、地方の私立とか。」
 話が盛り上がってきたところで、ドアがバタッと開く。
「うるさい!ぜんぜん寝れないわ!!」
 疲れた顔の里奈が枕を抱きながらこちらを睨んでくる。里奈はご飯を食べたあと、風呂、歯磨きをしてからは何もせず寝る。部活の疲れからだろう。
「じゃ、おやすみなさい、お兄さん。」
「おやすみお兄ちゃん。」
 2人が部屋を去る。僕も身支度を済ませ、ベッドに転がる。意識が薄れていく反面、明日の旅行が楽しみで胸が変に鼓動する。心地よい気分のまま、僕は眠りについた。
「起きろーーーーー!!」
 朝の五時ほど。里奈が僕を起こしに来た。今日の旅行をよほど楽しみにしていたらしい。
 家族全員の身支度が終わり、家を出ると、外はまだ少し暗く、肌寒い風が頬を撫でた。駅に車で向かい、そこから新幹線で移動する。
「この車両の一番後ろあたりに指定席取ってあるから、ボックスで座りましょうか。」
「私!私椅子まわす!!」
 里奈が乗り込んで、新幹線の椅子を1列分回す。はしゃいでる様子が他人に見られ少し恥ずかしい。いずれ新幹線はゆっくりと速度を上げ始める。横を見ると瑠花が本を読んでいた。
「何読んでるの?」
「神のみぞ知る言の葉。」
「あ、河野栄次郎の?」
「そ。」
「僕好きそれ。」
 いつも通りの話を楽しむ時間が僕は好きだ。とりわけ、自分の好きな本を妹が読んでくれるのは本当に嬉しい。里奈は僕の目の前で寝ている。
 そんな時だった。前の方の席の男性が何かを不審がる。立ち上がって窓の方を覗き込み、青ざめた様子で言う。
「……この新幹線、いくら何でもスピードがおかしい、俺が降りるはずの駅はとうに過ぎているし……」
「あなた、何青ざめてるのよ、新幹線なんてこんなものじゃない?駅もきっと間違いよ。」
「いや、わかる。実家に帰省する途中だったからこそわかる。この風景は僕が降りる駅を過ぎた後の風景だ!」
ガタンッッ!!と車体が大きな音を立て、揺れる。カーブに入った電車に衝撃が起こったのだ。僕らは横の壁に叩きつけられ、里奈が目覚めて叫ぶ。
「何、何!?」
 不安は車内全体に広がり、ついにはパニックが起こり始めた。先程の男性が大きな声で言う。
「おい!どうなってんだ!!車掌は、先頭だよな、皆落ち着いて待っててくれ!」
男性が先頭車両に向かおうとした時、前の車両から黒いフードを被った男が現れ、口を開く。
「その必要はありません。」
「どういうことだ説明しろよ!!」
男性がフードの男に怒鳴りつけた瞬間、彼の上半身を何かが貫通した。そのまま男性は倒れ込み、動かなくなった。フードの男が持っていたのは、血濡れの剣だった。
「キャーーーーーーッッ!!!」
「おいどうなってんだ!!!」
パニックがピークになる中、彼は指を鳴らし、また口を開く。
「黙れ。」
すると人々から声が出なくなる。叫んでいた女性、怒号を上げた男性全員が、無音で暴れる。
「この新幹線は我々"禁断"がジャックしました。目的は、あなた達の命。ええ、単純に死んでもらいます。」
他の男性たちが言葉を遮るようにフードの男に襲いかかる。しかし、フードの男はものともせず斬り伏せる。
「死を恐怖する必要はありません。いずれあなた方は絶対なる領域である神域にて転生し、我々禁断の一部として戦っていただきます。」
「何言ってるんだ……?」
僕は、何故か冷静だった。皆が声を発せない中、自分は声を出せることに気がついた。
「まぁ特に他に用はありません。今はとりあえず死んでください。」
前の方から次々に乗客を斬っていく。僕はどうにかして妹を守ろうと、後ろの電車に逃がそうとするが、ドアが開かない。
「クソ!どうして開かねぇんだよ!!」
「ん?神器の故障か?私が黙れと言っても黙らないとは。」
フードの男が僕の髪をつかみ、語りかける。抗おうとするも強い力でドアにたたきつけられ、ショックで意識が飛びかける。
「黙れ……。」
「なんで、なんでこんなことすんだよ!!」
「!!!」
フードの男の顔が、驚きを顕にする。母と里奈が彼に飛びつき、僕から引き剥がそうとする。
「逃げ……て!はやく!!」
「何故貴様は話せる??」
母と里奈が後ろから何者かに斬られる。フードの男が言った「我々」という言葉に現れているように彼らはグループでこのテロを起こしていたのだ。
「ふん、まぁいい、死ねば変わらない。」
僕を瑠花がいる方に突き飛ばし、剣を振りかざす。
「迷惑なんですよ。私の言うことを聞けない愚か者は。」
咄嗟に瑠花が僕を庇うように前に出るが、瑠花ごと僕は胴体を貫かれる。
「……い……っ……。」
 剣を抜かれ、僕達は倒れ込む。意識が遠のいていく中、血塗れの床に沈む瑠花を抱き寄せる。瑠花が大切に持っている本が、赤く染っていく。
「予想以上に手間取りましたね。撤退しますよ。」
 黒フードの男たちはさっきは開かなかったドアを開き、消えていった。
 意識が遠のいていく。
 くそ……くそ……体が動かない……。
 寒い……どんどん、冷えていく……。
 瑠花……里奈…………母さん…………。
薄らいだ意識はプツンと切れ、僕の視界は真っ暗になった。
「生存者は!??」
「確認できるのは、この男性1人だけです!腹部大量出血、頭部挫傷、両肩打撲、しかし他被害者と違い幸い心肺停止に及んでいません!!」
「たのむ、たのむ、君だけでも、生き残ってくれ……!」
「ダメです!鼓動弱化!呼吸も弱くなってきています!!先生!!」
「心肺蘇生法開始!何としても彼を助けるんだ!」
…………
「……心肺活動、正常化。しかし……」
「脳や出血のダメージが大きすぎたか…。」
「植物状態……ですか。」
「……」
「……」
「…彼を、病院へ。今すぐ!!」
「定例の会議を始めます。」
ゴクッと私は唾を飲む。
 オリュンポス十二神は神界の中でも地位が高く、定期的な会議で神々の生活の状況、そして下界の問題の共有などをする。それはいずれ八百万の神々の共通認識となる。  神とは認知。日本には多くの神話があるが、オリュンポスの神話、エジプトの神話などの多くが作品や伝承として伝えられ、色濃く認知として現れる。神は人間の弱さから生まれた。叶わぬ努力等が願いとして集約し、人の形で具現化する者もあれば、概念として宙に浮く神もいる。
「アテナ神、報告を。」
会議は苦手だ。神として初心で若輩の私にとって、神界の中心機関で会議に参加することは緊張以外の何者でもなく、声も身体も震え上がる。
「は、はい。」
何故か分からないが、人間の形で具現化した神は日本にしか存在しない。どのような因果が働いているのかはわからないが、存在してしまったからには生きるしかないし、生きるからには全員で生きる必要がある。その工夫のひとつがこの会議だ。
「都市部の人身事故が多くなっているようです。特に、最近は無差別の殺人事件も起きているようです。」
「神が干渉した様子は?」
ポセイドンさんは厳格な人だ。私の報告に次々と質問を投げかけてくる。
「少ないようです。しかし警戒を解かないようにします。」
現在、この世界に様々な神がいるのは当たり前のこととなっている。その中で、「人間に望まれて事故を起こす神」も当然いるだろう。そのような神は、説得するなりして人界への干渉を控えてもらう。そうやって日本の災禍の均衡を保つ。自然災害、人為的な事件、それらは全て神々の干渉が少なからずある。
「では、継続してアテナ神、アルテミス神には人界の観察をしてもらう。」
「では続いて"神狩り"の情報を。」
神狩り。神の具現化と共に現れ始めた神々を狩る者たち。目的は分からないが、神器を奪っているという情報が入っている。
神器とは、神の器とあるように、神専用の武器、道具を指す。専用とあるように、一部の例外を除き、神器の力を100%発揮するには自分専用の器を使う必要がある。
「はい。では私が。」
ヘラ神は神狩りの調査を進めている。神々の中でも強力な力を持つ彼女ならば、調査を難なくこなせる。
「人界時間、1ヶ月間で、神狩りによる負傷者33柱、死亡8柱、奪われた神器は10器です。」
「……増えたな……。」
潤滑に会議は進んでいくが、シリアスな話題が続く。神狩りの被害自体は、ここ最近始まったことだ。張り詰めた雰囲気が会議を凍らせていた。
会議が終わる。
ここからアテナ神としての仕事がもう1つある。それが、先程述べた下界観察。今日は何らかの事故で死者が増えた地域の中心にある病院にて、死者の状態と事故の詳細を調べる。
「アテナ。」
後ろから何者かに突然話しかけられて驚く。
「は、はい!」
「なによその変な顔。」
「アルテミスさん……」
アルテミスさんは私と一緒に人界観察をするメンバーだが、今日は別件でメンバーから外れる。
今日は私一人だ。
「気をつけて。下、最近物騒よ。」
「……大丈夫です。」
「神器。本当に危なくなったら使うのよ。」
「……わかってます。」
バシッと背中を叩かれる。
「しゃんとしなさい!あなたはもう大人なの。しっかりと任務をこなしなさい。」
笑っていて優しい、それでいて力強い声で鼓舞してくれる。私もすっと肩の力が降りて大きな声で返す。
「行ってきます!」
 病院。生と死が共存する不思議な空間。今日はとても騒がしく、どこかで大きな事故があったのだろう。死者の多くは胸を何かしらの武器で突き刺されていた。
 普通、神は人には見えない。しかし条件に当てはまると、見えることはある。それは、神器に触れた人間、神の力に触れた人間など、神の威に当たると見ることができるようになるらしい。逆に、その条件に当てはまらなければ、誰も私に気づかない。
緊急医療室に入り、既に死亡した人間をよく見ると、胸部を貫かれたその跡は、明らかに人智を超えたものだった。
「これは……神器による殺害……?」
 私が患者の体に触れた瞬間、後ろの方から私の方に一直線に歩いてくる男が1人。
「あなた、誰です!?いきなり入ってきて!関係者以外立ち入り禁止のはずです!!」
看護師の1人が叫ぶが、その男は私の方をまっすぐ見て後ろの大きな金槌のようなものを構える。
「警察、警察!」
「うるさいな。」
後ろからもう1人、青いコートを着た男。看護師たちの項を手刀で叩き、ばたりと倒す。その瞬間、後ろの方から白衣を着た男性が駆け寄る。
「だ、誰だ!!!」
「この美人さんは神だよ、君も見えるだろう??」
「……私が見えてるのね。」
医者まで見えているのかは分からないが、神狩りだと思われる2人はまっすぐこちらを見ているため、見えているのは確実。
「目的は?」
落ち着いて、ここはできる限りの情報を得て逃げる……。
「あなたの神器。」
「やはりか、何故神器を必要とする?」
青コートの男が顔をしかめる。
「それを、教える必要などありますか?」
空気が殺意で充満する。金槌の男がゆっくりと間合いを詰めてくる。
「柴崎、ここは君にやってもらう。どうやら、この病院にいる神は1人、この美人さんだけだ。」
「はい。」
大きな金槌は次第に雷のようなものを帯び始める。
「医者さん、私の事見えてますよね、逃げてください。」
「え……?」
「死にたくないならここから逃げて!!」
医者の方を向き逃げるのを促したのが仇となり、金槌男に懐に潜り込まれる。
「しまっ……!」
「死ね、神。」
金槌は雷を覆い、私の腹を弾き飛ばした。私は一瞬で瀕死状態に追い込まれる。
 神器を……使わなきゃ!!
私の神器は普段、自分の体と同化している。しかし、力が出ず、神器も自分の意思に答えない。
神の体は人間と酷似している。人間と同じレベルの衝撃を喰らえば、人間同様に、死ぬ。
「か……はっ…………」
逃げ……なきゃ……!!
しかし、自分の体はもう、自分の意思では動かせないことに気づく。意識が飛ぶ……
「終わりだな。」
……だったら……!!
私は、自分の魂を、自らの神器に封入し、飛ばす。
「……!神器が独立して動いた……?」
金槌男が驚き、神器を掴もうとするが、避けて部屋の排気口から逃亡する。
「……チッ!」
背後から舌打ちとともに、元々の私の顔を、男はその大きな金槌で叩き潰した音が響いた。
誰か……誰か……、私の、魂の拠り所……。
死ぬ訳にはいかない……!!
……!
目の前に緊急搬送されてきた男性、心肺だけは動き、脳が活動していない。
この子の、体に……!
私の魂を封じ込めた神器を、彼の体に溶け込ませる。
この人……病院の人々と同じ事故にあった……?そして彼は、ただ1人の生存者……
私の魂は彼の体に溶け込み、意識はそこで消えた。
起きて……あなたの力が必要なの……
……誰…………?
まだ、死ねない。あなたもでしょ??
…………うん。
目を開けるとそこは真っ白な空間だった。起き上がるのは思ったよりも楽で、貫かれたはずの腹がどこも痛くない。
……生きてる……。
「零くん……!?」
ここは入院室か。ドア付近にいた看護師が大声をあげる。
「せ、先生!零くんが!!」
看護師が急いで走り去った後、僕はゆっくりと目を閉じる。
僕は、テロにあって、そして殺され………母さん、里奈、瑠花も…………。母さん?里奈?瑠花??家族は、僕以外みんな死んで、僕だけ、僕だけ生き残って…………
「零くん。」
声をかけられ、目を開けると、そこには真っ白な髪の毛を生やした僕と同じくらいの歳と思われる女性が浮いていた。
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