エンドロールシガードラム

宇佐見きゅう

フラットループ

 実際困ったものだ。これでもかなり焦っている方だ。顔にも態度にも出さないが。
 事態が落ち着くまで数日間篭城しようと思ったが、それを実行するには問題が二つあることを思い至った。一つはたった数日で事態が収まるのかという点で、場合によってはこの先ずっと凶悪犯の影に怯えながら生きて行かなければならないのだ。
 まあ、でもどうなのだろう?
 例えば、ストーカーの特定や逮捕はどれほどスピーディに行われるのだろうか。ストーカー被害者がストーカーの正体に気付いていても、警察は確実な犯罪の証拠や被害があったと認められたあとでなければ動けないというのは、よく聞く話だ。ニュースやワイドショーで知った知識なので聞きかじりもいいところであるが、素人の身から推測するに、ストーカーはほとんどのケースが痴情のもつれが原因だから、なかなか警察が踏み入ることができないのだろう。つまり、プライベートの問題はプライベートで解決しろということだ。ストーカーのケースだと、どこから刑事事件に当たるのかの線引きが難しいため、警察は後手に回らざるを得ないのだと考察できる。
 もっとケースバイケースに対応できる柔軟な法改正をすべきだと思うのだが、しかしそうなった場合、誰が合法か違法かを判断するのか、という問題も立ち上がるわけで、責任の所在が危うくなるわけか。下手にストーカー被害者や現場の判断に任せたら、冤罪が多発してしまうことは容易に想像できるし。
 ストーカーは例として出しただけだけど、よく考えたらあの『探偵』も半分ストーカーみたいじゃないか? 勝手にこちらの住所を調べて、勝手に部屋の中に侵入していた。後者は完全に不法侵入で訴えられるはずだ。
 しかし、何の話をしているのか、自分は。
 思考がぶれているな。人間としての軸がぶれている。
 閑話休題。篭城問題について思考を戻そう。
 篭城するにあたって直面したもう一つの問題とは、食料不足である。
「~~である」などと大袈裟に言うほどのことではないが、食料がなければ人は飢えてしまう。こっちの話は広げる気がないのでサクサク進める。
 そんな事情でわたしは買い物に出かけた。
 迂闊な行動だとは思わなかった。脅迫状の犯人はこちらの顔も住所も知らないはずだ。もし脅迫犯がこちらの住所を知っていたら、脅迫状をラノベトレンドの会社に送ったりせずに直接こちらに届けていただろう。脅迫犯はリアルのわたしを知らない。『探偵』は易々とわたしのことを突き止めていたが、あれはかなり特殊な例に思える。あんな奇想天外な存在を基準に考えていたら、何もできなくなってしまう。
 …………。
「はず」とか「だろう」とか、まるで後々痛い目を見る伏線を張っているみたいで気分が良くないな。確証もなく、勝手な憶測で動いていることは否定しないが。
 不幸に考えようと思えば、いくらでも不幸に考えられる。その逆も然り。どちらがいいという話ではなく、どちらにも偏らずにフラットにいるべきだ。油断は禁物だが、難しく考えていても仕方がない。普段通りに振る舞うのが最善だと思う。
 わたしは徒歩五分のところにあるスーパーに行った。買い物はだいたい決まっている。日持ちする食品と今日明日で消費する肉・野菜。それといくつかの嗜好品。
 ぶらりと店内を散策しつつ、目的の商品だけを買って帰路に着いた。
 帰宅後、購入してきた食品を冷蔵庫に詰めてから寝室に戻ると、放置していた携帯に二通のメールが来ていた。近所の外出だったので、携帯を持っていかなかったのだ。
 メールは二通とも同じ相手からだった。一通目は気軽な挨拶で、二通目は本来の用件の内容だった。オフ会の日時はこれで決定しますね、という連絡だった。
 このオフ会とは、ラノベトレンドで知り合った相手との会合である。
 以前からあったその約束を思い出して、わたしは冷や汗を掻いた。
 これ、参加したらやばくねー?

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