エンドロールシガードラム

宇佐見きゅう

フィクションtoリアル

 わたしはふざけるのも大概にした。そろっと真面目に戻ろう。
 タイトルの意味も『エンシガ』の内容も今は重要じゃない。
「そうだな。君の命の危機、どこかに潜む脅迫者。この二つが最大の問題だ」
 問題を二つに分けたのは、わたしの命の危機は、行動次第で何とかなるから?
「理解がえげつなくて、助かるよ」
 犯人は脅迫してきたのだ。脅迫は要求とセットである。ならばその要求を呑んでいる内は、こちらに危害を加えてくることはない。
「最終回の発表を控えるつもりはあるかね? 葵刹那くん」
 つもりはある。さすがにここで意地を張るほど若くも愚かでもない。わたしだって自分の命は惜しい。ただし問題もある。
「どんな問題かね?」
 最終回を迎えると宣言して、カウントダウンまでしておいて、やっぱり終わらせませんでは格好が付かない。終わる終わる詐欺だとアンチ連中に叩かれる。
「好きに言わせておきたまえ。殺されるよりはマシだろう?」
 それともう一つ。すでに最終回の話は書いてしまった。
「それにどんな問題が? それを掲載しなければいいのだろう?」
 じゃあその一個前に発表した話が、最終回扱いになる。
「……ん? んんん?」
 今後の発表を控えても、サイトにアップされている最新話が最終回になる。
「それは、そうなのか? それはとんちというか、屁理屈が過ぎないか? 犯人もそんな揚げ足取りはしてこまいよ。中途半端なところで続きが止まったら、それは完結ではなく、未完成と呼ばれるのだよ」
 あなたは犯人なのか? 犯人の心理が完全に理解できると? 完結ではなく未完成と呼ぶと言ったが、わたしからすれば、それも屁理屈だ。わたしは読者が最後の作品だと思えば、それが最終回なのだと考える。
 子供の頃は中途半端に終わる作品ばっかり読んでいた。シリーズの続きが出なかったり、連載が打ち切られたり、一話完結のオムニバスだったり、続きの本が図書館にも本屋にも置いていなかったり。そういう経験は誰だってしたことがあると思う。そういうときは諦めて、別の作品に向かうのが常だった。数年後に過去に好きだったシリーズの続きを見つけたとき、喜び勇んで飛びつくことはできなかった。そのときには好みも変化していたし、すでに心が離れていた。読む気が起きなかった。わたしの中の過去シリーズは、当時最後に読んだ作品で完結していたのだ。この微妙な感情を他に例えて説明するのは難しい。
「例えるなら、当時のアイドルは、当時の若さのままでファンに記憶されているというわけか。老けたアイドルの姿を見ても、ファンの理想の姿は揺るがない。この理屈は比較的近しいのではないか?」
 そうかもしれない。夢は夢のままにだ。だからこそ読者にとっての最終回が生まれるのは作り手には回避できない。まあ、これは極論だ。つまりわたしが言いたいのは、ここで止まっても最終回を出したと見なされる可能性があるということ。
「ならば? 書き続けて発表し続けるのが、唯一の正解だというのか? ふうむ、ファンが一番に望むのはそのことかもしれないな。最終回だけを見ないのではなく、ネバーエンディングストーリーを見続ける」
 その解釈が安全だと思う。だけどそれは不可能なんだ。
「なぜ?」
 すでに最終回を書いてしまったから。
「私にも分かるように説明してくれ。それでは言葉が曖昧だ」
 わたしの中で、すでにあれは終わった話ということ。けりをつけてしまった。完結してしまった。完成させてしまった。満足してしまった。終わってしまった。もう『エンドロール・シガードラム』の話を書こうとしても書けない。『エンドラ』のアイデアの井戸は壊してしまった。アイデアもストーリーもセリフもテンションもまったく沸いてこない。もう二度と、永久に、『エンドラ』の続きは生まれない。
「なるほど。その心境には共感しよう。一度でも解いた謎は、始めの輝きを取り戻すことはない。一度捕まえた犯人は、二度は立ち塞がってくれない。私も何度も味わってきた苦味だ」
 別に苦くはないのだけれど。むしろすっきりしている。
「さっぱりした人なのだね、君は。ふふふ、弟くんに似ているよ」
 あのボケのことはさておいて、あんたの意見はないの?
 プロファイリングしてみてくれよ。 
「そうだねえ。違和感が散会しているな」
 というと?
「まず犯人の心境が分からないね。最終回が来たから作者を殺すというのは、まったくもって支離滅裂だ。だってファンなのだろう? 作者といえばその世界の神だろう? 殺してしまったら続編も出ないじゃないか。それにファンだったら最終回を読みたいものだと思うのだが。まあ、長期連載の作品ともなると勝手が違うのかな? たった五年だがね。最終回が出たら、世界が終わるとでも思っているのかね。私は最初ね、この事件を愉快犯の仕業かと思ったよ。だがそれにしては、君の知名度も作品の知名度も低い。騒ぎになるのはせいぜい、会社と君の間ぐらいだ。あの小説サイトには、君のより有名な作品もあったしね。そちらを標的にしなかったのはなぜだろう、と」
 まあ、そうだな。わたしもそんな風に思った。
「だから私は犯人の動機を真として考察を進めてみた。犯人は偶然や気まぐれではなく、絶対に必ず、君の小説を標的にして、脅迫しなければならない事情があった。ちなみに先に確認しておくが、個人的な怨恨を向けられる心当たりはあるかね?」
 いいや。ない。世間では出来る限りまっとうに生きようとしている。金銭トラブルや恋愛トラブルとも無縁だ。友達がいないから。
「それはそれは心が痛くなる告白をありがとう。ならば安心だね。私は犯人に事情があったと仮説を立てた。どのような理由なら殺人を脅迫しても許されるか。自分、あるいは大勢に被害が及ぶ場合だ。連続殺人犯は終身刑か死刑判決を下される。社会に野放しにしておくわけにはいかないためである。だから死刑囚の殺害は容認される。私は思い切って捜査の網を広げてみることにした。問題の小説『エンドロール・シガードラム』を読み込んで、現実のリンクが見つからないか調べた。過去に類似の脅迫事件がないか他の小説投稿サイトや各出版社に当たった」
 暇人だね。ただの悪戯かもしれないのに。
「成果はあった。幸いにも無駄骨にはならなかった。まあ、成果があったということは必然的にこの事件の危険度が増してしまったということなのだがね。君にとっては不幸なことにか。私が不幸柱の幸いになれるよう努力したいものだ」
 成果というのは? 何が見つかったの。
「殺人事件が見つかった」
 殺人事件?
「葵君。第一章の最終話をアップロードした日付が分かるかい?」
 忘れた。九月のいつかだったような……。
 わたしはパソコンを立ち上げ、ラノベトレンドのサイトを開き、作者専用ページに移動した。『エンシガ』の各話一覧がずらりと表示された。各話タイトルの横にはアップロード日と最終編集日が記されている。わたしはページを下にスライドし、第一章最終話の欄を探した。
 アップ日は、五年前の九月二十六日。
「昨年の同日、東京で男児が寝ていた父親を刺殺する事件が起きた」
 へえ? 痛ましい事件が起きてたんだね。初めて知った。
「第二章の最終話はいつだった? そのあとの各章の最終話をアップした日も順番に教えてくれたまえ」
 …………。
 この時点で嫌な予感はあったし、どういう事実を伝えられるか、大体の予測も付いていた。それでもまさか違うだろうという淡い期待と信じがたいリアルを知りたいという好奇心から、わたしは『探偵』の言うとおりにした。
 第二章最終話のアップ日は四年前の四月五日。
「昨年の同日、新潟で男が妊娠中の妻を殺害後、自殺した事件が起きた」
 第三章最終話は、三年前の二月二十日。
「今年の同日、女性の大学講師がゼミ生十三名と心中未遂する事件が起きた」
 第四章。三年前の十月三十日。
「昨年の同日、瀬戸内海で二つの変死体が発見された。死体の状態から、両者が船上で争い、海に落ちたのだと推測されている」
 第五章。二年前の七月十七日。
「昨年の同日。福島で顔に大穴が開いた変死体が発見された。警察は国際犯罪も視野に入れて捜査を進めている」
 第六章。去年の四月三十日。
「今年の同日。京都でとある高級ホテルのレストランのコックが精肉機に身体を突っ込んで自殺する事件が起きた。その後の警察の調べで、自殺したコックが自らの肉や骨を料理に混ぜて客に食べさせていたことが判明した」
 …………。
「つまり、そういうことだ」
 何がそういうことなんだ?
「おや? 察しのいい君だったら分からないかね? 第一章と実際の事件のリンクを聞いたときにすでにピンと来ていたと思ったが。それとも、自分の口では言いたくないという、ささやかな反抗かな」
 後者だよ。
 分かってる、とっくに。
「私はまだ途中までしか読んでいないから、三章以降の結末は知らないのだが、君の表情を見る限り、一致していると考えていいのだね?」
 認める。そっくりそのままだ。主人公の社会的地位は物語どおりではないけれど、死に様はまるで一緒。鏡写しのようにそのままだ。
「やはりな。これで証明されたわけだ。君の描いたラストストーリーと同じシチュエーションで実際に事件が発生している」
 お前はいったい何を言っているんだ?
 わたしは心の底からそう思って『探偵』に言った。
『探偵』はまったく飄々とした態度で肩を竦め、困った顔をした。
「さてね。私は何を言っているのだろうか。調べた私自身もまさか本当にこんなことがあるなんて思いもしなかった」
 とことん無責任でムカつく中年だった。

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