エンドロールシガードラム

宇佐見きゅう

ダーク・アクシュミ・ファンタジー

 脅迫事件の概要をまとめると、殺人予告の脅迫状を書いた容疑者はわたしの小説の熱狂的なファン。ファンはわたしの人気長期連載『エンドロール・シガードラム』の最終回が認められなくて、抗議のために脅迫状を書いた、と予想できる。
『エンドロール・シガードラム』は洒落たタイトルからはちっとも想像できない、重厚なファンタジー冒険小説である。ネット小説ではもはや定番の異世界転生やチート能力の設定に頼らない、よく言えば正道の、悪く言えば古めかしい物語だ。指輪物語やゲド戦記といった古典のファンタジーの世界観に近い。ダークで、鬱蒼として、隠逸で、残酷で、奴隷もレイプも差別も拷問も悪意も嫉妬も処刑も内臓も醜いものを内包した、救いようのない、そういう雰囲気。およそ五年近く書き続けている超大作だが、要するに五年書き続けても書籍化の声が掛からない、ちょっぴり切ない拙作である。やはり異世界転生だらけの、タイトルと設定だけで面白さを伝えるライバル作品に囲まれると、完全に埋もれてしまうのだ。投稿初期はもう閲覧数が伸びなかった伸びなかった。一週間に一回ずつ増えていると思ったら、自分が続きを投稿する際のログインのカウントだったと気付いたときの恥ずかしさときたら! 三ヶ月間、実は存在しないたった一人のファンのために書き続けていると信じていたわたしの姿を思うと、涙が止まらない。まあ、今となっては笑い飛ばせるそんな黒歴史を経て、少しずつ『エンドラ』の読者は増えていった。増えたといっても、五年目で千人にも満たない程度だ。それを多いというか、少ないというかは、作者の立場からは言えない。いつも応援ありがとうございます、である。こう見えてファンは大事にするタイプ。
 そんなこんなで大勢のファンに見守られながら走ってきた『エンドロール・シガードラム』だったが、わたしは二ヵ月前に最終回を宣言した。連載五年目にしてとうとうネタ切れ、というわけではないが(その側面も無きにしもあらずだが)、この物語でできることは全部やったと確信したためだ。満足したといってもいい。作者の欲望をすべて受け止めてくれる、極上のコンテンツだった。これ以上は過去の焼き直しか、つまらない引き伸ばしになってしまうと悟り、すっぱり終わらせることを選んだ。
 最終回を報告したとき、ファンからの反響はそれなりにあった。批判もあった。見下しもあった。引き止める声も嬉しいことにあった。静かに賞賛してくれる声も、簡潔に次作を待つという声もあった。罵倒も愚弄もアンチも含めて、皆、優しい人ばかりだ。
ただし、その中に『エンシガ』を終わらせたら殺す、というような直接的な脅迫のメッセージはなかった。
 最終回をあと三回に控えた今。
 事件はかくして起こったという。
『探偵』は自分がここまで来た経緯を語った。
「脅迫状には、『エンドロール・シガードラム』の最終回をサイトに掲載したら、葵刹那を殺害する、と書かれていた。ちなみに切手なしの封筒で、運営会社のビルのポストに直接投函されていたそうだ。『ラノベトレンド』の運営会社トレンドメーカーは、警察には連絡しなかった。悠長な話に思えるが、君のネームバリューの少なさを考慮して、きっと警察は動いてくれないと判断したのだろう。その代わりに、知人が私に依頼してきたわけだ」
 依頼。何だ、やっぱり依頼で動いているんじゃないか。
「違うとも。それは違う。私はこれを、私が動くべき案件だと思って、私個人の意思で引き受けたのだ。依頼ではなく、紹介されたと言うべきかね。私は成功報酬ももらうつもりはない。完全にボランティア、善意からなる仕事だよ」
 格好よく言っているけれど、つまり野次馬ってことね。
「や、野次馬……。あながち間違っていないが……、野次馬? もう少し優しく言ってくれないかな。私、蒟蒻メンタルなのだよ」
 蒟蒻ってけっこう丈夫だと思うけど。
「『エンドロール・シガードラム』。拝見させてもらったよ」
 あらそうどうも。
「暗い作品だね。蓼食う虫も好き好きという慣用句を思い出した」
 褒めてくれなくてどうもありがとう。わたしもそう思っている。
『エンシガ』のあらすじは、簡潔にまとめれば、呪われた血を継ぐ一族の、愛と苦しみと絶望の生き様を描いた冒険譚である。
 そして簡潔にまとめないと、こうなる。
 主人公エッジは、突然狂った父親の殺戮で、妹と母親を失い、狂った父親も近隣住民を襲っていたところを警備兵の手で殺された。エッジは狂った血筋と蔑まれ、街を追い出される。街の外には魔獣や盗賊団がうろつく危険な場所。行くあてもない流浪の旅の最中、様々な困難や悲劇がエッジを襲う。そのエッジが紆余曲折の旅の果てに、迫害されてきた亜人の里に流れ着き、人狼族の娘と結ばれ、三人の子を授かり、ある日突然狂った長男に八つ裂きにされて死ぬまでが、第一部だ。
 続く第二部は、里を追放された長男、クロウが大都市の見世物小屋に売りつけられるところから始まる。クロウの血に宿る、狂気の発作の正体が明かされたり、種族差を乗り越えてクロウがヒロインと結ばれたりと、見応えのある展開が続くが、最後は元凶の魔女を打ち倒し、平穏が訪れたと思いきや、ヒロインのお腹の中に自分の子がいることを知り、疑心暗鬼に駆られた末、ヒロインを殺めてしまい、自分で命を絶って幕を閉じる。
 第三部は腹の中で生きていたクロウの娘、ヒョウカが成長し、魔女になるまでの人生が描かれる。そしてまあ、苦しみと絶望の果てに死んで、次代に継がれる。
 代替わりの主人公が、呪われた運命に抗う大河ロマンスファンタジー。
 そういう物語だ。
 最新は第七部で、時代設定も近代欧州をイメージして、登場させられるガジェットも格段に増えた。お陰でスチームパンクとSFとクトゥルフ神話と魔法ファンタジーが混ざり合ったカオスな話になりつつあり、好き勝手できる最高の状態だった。
 だからこそ、わたしはすべてを出し切ってしまったのかもしれない。
 最高のまま終わらせたいと、満足してしまうほどに。
「ところで『エンドロール・シガードラム』というタイトルの意味が、いまいち分からなかったのだが、あれはどういう意味なのかな?」
 第五部のラストで語っているよ。
「申し訳ないが、時間が足りなくてまだ二部までしか読み進めていない」
 あらそう素敵。まあ、教えてもいいか。別にネタバレして、つまらなくなる話でもないし。五部の主人公ウィレムが死に際に、殺し屋に煙草を要求するんだ。で、殺し屋が機関銃でウィレムの頭をぶち抜く。ウィレムの頭に大穴が開き、そこから立ち昇る煙が、まるで煙草の煙のようだった。殺し屋が「とびっきりの葉巻だ。ゆっくり味わいな」と言い残して去っていく。このシーンを指して『エンドロール・シガードラム』。ドラムって機関銃のこと。
「ほうほう。こぎつけ感がすごいね。第五部にしてようやっとタイトルの意味が明かされるとは、初期の読者は思っていなかったろうに。正直、適当なタイトルにして後悔したんじゃないのか?」
 そうでもないぜー。
 後悔はしていない。タイトルは適当に付けたが、五年間付き合ってきた今となっては他のタイトルは思い浮かばない。『エンドロール・シガードラム』は『エンドロール・シガードラム』が最適で、最良のタイトルであったと、わたしは胸を張って言える。少なくとも『エンドロール』の部分は常に意識して書いていたので、自分の中の違和感はなかった。
 たまに読者から『バッドエンド・サーガ』にしたらどうですかとか、『漆黒血盟の反逆者(ダークブラッド・サバイバー)』ってよくない? とか、『魔王の俺が不幸の女神に愛されすぎている件について、作者の方から謝罪会見があるそうですよ?』にしてください! みたいな、センスの欠片もない、頭の悪さが滲み出ているタイトル案をもらうときもあるが、そのすべてを大事に読ませていただき、どれも素敵だと思いつつ、何度も思索を重ねた結果、泣く泣く『エンドロール・シガードラム』のままで行かせてもらうと決定した次第であります。
 何のこっちゃねん。
 ついでのおまけに晒すと、初期は『エンドロール・ピンクドラム』ってタイトルだったんだ。このピンクドラムは、桃色の樽、つまり内臓が剥き出しになった人の胴体を意味していた。それぞれの結末で、主人公が腹を掻っ捌かれて、臓物を撒き散らしながら死んでいくラストにしようと思っていたんだけど、アニメのタイトルで使われちゃったから、急遽シガードラムに改名したんだ。作者と初期のファンしか知らない、裏話。
「おじさん、あまり知りたくはなかったかなぁ、その裏話」
『探偵』は苦笑いを浮かべた。

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