境界の教会/キョウカイ×キョウカイ
一人になると独り言が増えるって本当ですか?
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六人が聖堂を出ていってすぐのこと。
聖堂ホールに一人残された一之瀬は、頬杖を突きながら、ぐっすりと眠っている大柄な神父のカルヴィニアを見下ろしていた。
カルヴィニアを見張れという鬼無の指示だったが、たとえ目覚めても一之瀬の施した拘束は自力では解けない構造になっている。なので、彼を見張る役目は子供にだってできる。きっとあの指示の本意は、カルヴィニアの拘束を解こうとする者が来ないように見張れということだろう。
とはいえ、何も起きなければ何もしない、暇なお仕事だ。
ぼやいたりもしたくなる。
「みんなしてあたしを要らない子扱いしちゃって、もーう」
言ってから自分で苦笑する。派手な行動を慎んで、己の利用価値を下げているのは一之瀬自身である。
タルボットと棚田が意気揚々と化かし合いをし始めたときは困った。胡散臭い空気をばら撒かれて、実にいい迷惑であった。しかも、どちらも楽しそうに目を輝かせているのだから手に負えない。ああいうとき、己の慎ましさを思い出す。
自己紹介のときには空とぼけたが、一之瀬に悪魔退治を依頼した相手は、鷲尾神父だ。それを正直に話さなかったのは、そちらの方が動きやすいと判断したから。
鷲尾はカルヴィニアと緋冠の悪魔封滅が失敗する可能性を考慮していた。
否。失敗することを知っていた、という方が正しいかもしれない。
もらった依頼書の手紙には特別示唆するような内容は書かれていなかったが、こうして外部の人間に頼ったという時点で、内部の人間を疑っていることの証拠だ。
身内にこそ『裏切り者』が混ざっている。悪魔撃滅の任務を隠れ蓑に、悪魔の魂を手中に収めようとしている。あくまで可能性だが、見逃すことのできない穴だ。
もしも、最悪の事態が起こったときには、君の手で悪魔を滅してくれ。
それが一之瀬の受けた本当の依頼。
一之瀬もプロである。敵側にこちらの疑念を悟られるような真似はしない。毒にも薬にもならない発言をしつつも、他の七人を冷静に観察していた。当初よりカルヴィニアと緋冠を疑っているが、他にも敵が紛れ込んでいる可能性は高い。
実を言うと、一之瀬はすでに皆を裏切っている。鷲尾からもらった依頼書には、大扉の結界の解除法が記されていた。一之瀬は脱出方法を始めから知っておきながら『裏切り者』を探すことを優先させて、しれっとした顔で協力する振りをしているのだ。
ゴーストバスターなどと格好付けたが、一之瀬の本業はオカルト専門の荒事処理屋、悪く言えば殺し屋である。そして、殺す対象は幽霊に留まらない。やっていることは『一周目』の予言で話されていたカルヴィニアの悪行と同じである。
一之瀬としてはもっと平和に生きたいと願っているのだが。
「……そういや、幽霊が見えるって教えてあげたのに、誰もそれを活用したアイデアを出さないねえ。あ、もしかして信じられていないとか?」
実際のところ、美玲の予知能力の前に霞んでしまったのだろう。未来のことが分かることに比べれば、幽霊と接触できる程度の能力ちんけなもの。
「ま、余計な仕事増やされるよかマシね」
一之瀬は頬杖を突いて呟きながら、こういう楽な方向に流れていこうとする性分がすべての原因かもしれない、と少し思った。
硬い床に寝ていた図体が、右腕を動かした。
「……ううむ、いったい、何が……」
カルヴィニアが呻き声を上げて、薄目を開けた。彼は網膜に飛び込んできた光にまばたきし、目を慣らしてから身体を揺らして、身動きが取れないことに気付く。
カルヴィニアの両目が開かれた。
「……何だっ、これは!」
「おやや。ようやっとカルヴィっち様のお目覚めか」
カルヴィニアはまず全力で暴れて、四肢を封じる麻縄を解こうとした。一之瀬の捕縛術がそんな悪足掻きで緩むことはなく、神父は体力切れを起こして停止した。
仰向けになってこちらを見つけた神父は、激昂した。
「貴様かァ……! 我を拘束したのはァッ! 異教徒めが!」
「あー、無神論者だよ、悪いけど。神様仏様とかよく分からないじゃん」
「さっさとこの戒めを解くのだ! 滅ぼしてくれる! ……ぬっ! シスターをどこにやった? ……まさか貴様! どこまで外道か!」
「あっはは、マジやかましっ。立場分かってなくね? 落ち着きなよ。あんたが気絶している間に、何回あたしが殺せたと思ってんの? あんたはもう負け犬で、あたしに逆らっちゃ駄目なんだぜ? ドゥーユーアンダスタン?」
「……ぐっ、言わせておけば……」
しかし、カルヴィニアは口を閉じた。武力主義の輩は、敗北を認めると大人しくなる。何だかんだ言っても、根が真面目なのだろう。その真面目さが暴力に全力行使されている時点で聖人君子からは程遠いのだが。
「まーまー、安心しなって。口答えしたからって始末したりしないし、拷問して情報聞き出したりとか趣味じゃないし。もう必要ないもんね」
屈辱に苦しむカルヴィニアに、一之瀬は顔を近付け、話しかける。
「だって、結界の本当の解除方法も『裏切り者』の正体も分かっているからね」
怒り一色だった神父の顔に、驚きと好奇心の色が宿った。質問のラッシュが飛んでくる前に、一之瀬はハンカチスカーフを口に噛ませた。頭の後ろで結んでやると、神父の声は篭もってしまう。簡易猿轡である。
廊下の方から元気な怒声が聞こえてきた。
「おい、てめえら。聖堂に集まれ! あのメイドを吊るし上げるぞ」
これから尋問しに行くぞ、とわざわざ宣言してくれたというわけだ。秘密にしていた情報がばれてしまったみたい。一之瀬は舌を出した。
猿轡にもがく神父の耳元に口を寄せて、囁いた。
「……あたしもねー、あんたの殺戮合理主義は否定しないわー。仕事が速いのは素敵よ。だから、最後まで余計な『口』は出さないでね?」
一之瀬が立ち上がったのと同時に、鬼無たちが聖堂に入ってきた。立つのがあと一秒遅ければ、カルヴィニアと内緒話をしていたのが見られていたかもしれない。
ギリギリセーフ。何ちゃって。
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六人が聖堂を出ていってすぐのこと。
聖堂ホールに一人残された一之瀬は、頬杖を突きながら、ぐっすりと眠っている大柄な神父のカルヴィニアを見下ろしていた。
カルヴィニアを見張れという鬼無の指示だったが、たとえ目覚めても一之瀬の施した拘束は自力では解けない構造になっている。なので、彼を見張る役目は子供にだってできる。きっとあの指示の本意は、カルヴィニアの拘束を解こうとする者が来ないように見張れということだろう。
とはいえ、何も起きなければ何もしない、暇なお仕事だ。
ぼやいたりもしたくなる。
「みんなしてあたしを要らない子扱いしちゃって、もーう」
言ってから自分で苦笑する。派手な行動を慎んで、己の利用価値を下げているのは一之瀬自身である。
タルボットと棚田が意気揚々と化かし合いをし始めたときは困った。胡散臭い空気をばら撒かれて、実にいい迷惑であった。しかも、どちらも楽しそうに目を輝かせているのだから手に負えない。ああいうとき、己の慎ましさを思い出す。
自己紹介のときには空とぼけたが、一之瀬に悪魔退治を依頼した相手は、鷲尾神父だ。それを正直に話さなかったのは、そちらの方が動きやすいと判断したから。
鷲尾はカルヴィニアと緋冠の悪魔封滅が失敗する可能性を考慮していた。
否。失敗することを知っていた、という方が正しいかもしれない。
もらった依頼書の手紙には特別示唆するような内容は書かれていなかったが、こうして外部の人間に頼ったという時点で、内部の人間を疑っていることの証拠だ。
身内にこそ『裏切り者』が混ざっている。悪魔撃滅の任務を隠れ蓑に、悪魔の魂を手中に収めようとしている。あくまで可能性だが、見逃すことのできない穴だ。
もしも、最悪の事態が起こったときには、君の手で悪魔を滅してくれ。
それが一之瀬の受けた本当の依頼。
一之瀬もプロである。敵側にこちらの疑念を悟られるような真似はしない。毒にも薬にもならない発言をしつつも、他の七人を冷静に観察していた。当初よりカルヴィニアと緋冠を疑っているが、他にも敵が紛れ込んでいる可能性は高い。
実を言うと、一之瀬はすでに皆を裏切っている。鷲尾からもらった依頼書には、大扉の結界の解除法が記されていた。一之瀬は脱出方法を始めから知っておきながら『裏切り者』を探すことを優先させて、しれっとした顔で協力する振りをしているのだ。
ゴーストバスターなどと格好付けたが、一之瀬の本業はオカルト専門の荒事処理屋、悪く言えば殺し屋である。そして、殺す対象は幽霊に留まらない。やっていることは『一周目』の予言で話されていたカルヴィニアの悪行と同じである。
一之瀬としてはもっと平和に生きたいと願っているのだが。
「……そういや、幽霊が見えるって教えてあげたのに、誰もそれを活用したアイデアを出さないねえ。あ、もしかして信じられていないとか?」
実際のところ、美玲の予知能力の前に霞んでしまったのだろう。未来のことが分かることに比べれば、幽霊と接触できる程度の能力ちんけなもの。
「ま、余計な仕事増やされるよかマシね」
一之瀬は頬杖を突いて呟きながら、こういう楽な方向に流れていこうとする性分がすべての原因かもしれない、と少し思った。
硬い床に寝ていた図体が、右腕を動かした。
「……ううむ、いったい、何が……」
カルヴィニアが呻き声を上げて、薄目を開けた。彼は網膜に飛び込んできた光にまばたきし、目を慣らしてから身体を揺らして、身動きが取れないことに気付く。
カルヴィニアの両目が開かれた。
「……何だっ、これは!」
「おやや。ようやっとカルヴィっち様のお目覚めか」
カルヴィニアはまず全力で暴れて、四肢を封じる麻縄を解こうとした。一之瀬の捕縛術がそんな悪足掻きで緩むことはなく、神父は体力切れを起こして停止した。
仰向けになってこちらを見つけた神父は、激昂した。
「貴様かァ……! 我を拘束したのはァッ! 異教徒めが!」
「あー、無神論者だよ、悪いけど。神様仏様とかよく分からないじゃん」
「さっさとこの戒めを解くのだ! 滅ぼしてくれる! ……ぬっ! シスターをどこにやった? ……まさか貴様! どこまで外道か!」
「あっはは、マジやかましっ。立場分かってなくね? 落ち着きなよ。あんたが気絶している間に、何回あたしが殺せたと思ってんの? あんたはもう負け犬で、あたしに逆らっちゃ駄目なんだぜ? ドゥーユーアンダスタン?」
「……ぐっ、言わせておけば……」
しかし、カルヴィニアは口を閉じた。武力主義の輩は、敗北を認めると大人しくなる。何だかんだ言っても、根が真面目なのだろう。その真面目さが暴力に全力行使されている時点で聖人君子からは程遠いのだが。
「まーまー、安心しなって。口答えしたからって始末したりしないし、拷問して情報聞き出したりとか趣味じゃないし。もう必要ないもんね」
屈辱に苦しむカルヴィニアに、一之瀬は顔を近付け、話しかける。
「だって、結界の本当の解除方法も『裏切り者』の正体も分かっているからね」
怒り一色だった神父の顔に、驚きと好奇心の色が宿った。質問のラッシュが飛んでくる前に、一之瀬はハンカチスカーフを口に噛ませた。頭の後ろで結んでやると、神父の声は篭もってしまう。簡易猿轡である。
廊下の方から元気な怒声が聞こえてきた。
「おい、てめえら。聖堂に集まれ! あのメイドを吊るし上げるぞ」
これから尋問しに行くぞ、とわざわざ宣言してくれたというわけだ。秘密にしていた情報がばれてしまったみたい。一之瀬は舌を出した。
猿轡にもがく神父の耳元に口を寄せて、囁いた。
「……あたしもねー、あんたの殺戮合理主義は否定しないわー。仕事が速いのは素敵よ。だから、最後まで余計な『口』は出さないでね?」
一之瀬が立ち上がったのと同時に、鬼無たちが聖堂に入ってきた。立つのがあと一秒遅ければ、カルヴィニアと内緒話をしていたのが見られていたかもしれない。
ギリギリセーフ。何ちゃって。
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