境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

ループ・エンド・ループ・エンド・ループ

 第三章 厳禁 ― No Enter ―




「――あッ!」


 突然、その大声は上がった。
 それはまったく予期していないタイミングでの行為だったため、静かに話を聞いていた全員が驚愕し、反射的に後ずさって彼女から距離を置いた。


 聖堂ホールには八人の男女が揃っていた。


 それぞれ別の意図で集まった男女が同じ建物内に閉じ込められ、脱出を共通目的にして知恵と力を合わせようとしている。しかもこの八人の中には氾濫分子が宿っており、その者を特定して殺害すれば脱出できるという。
 まさにお誂え向き、絵に変えたようなシチュエーションだ。


 疑心暗鬼から殺し合いが始まれば、言うことなしですねえ。
 棚田たなだ功奨こうしょうは心の内で嘲笑した。


 絶叫が起こったのは、シスターの緋冠ひかむり陽慈女ひじめが、告解室内の鷲尾神父の遺体を見せ、聖堂に封じられている悪魔の魂とそれを奪いに来た『裏切り者』、そして発動された大扉の結界の解除法を説明し終え、一段落したときのことだった。


「――あッ!」


 大舘美玲が大声で叫んだ。前触れも前兆もなく、仰け反って絶叫し出した。
 寸前まで歓談していた阿誰は、突如狐が憑依したかのような美玲の変貌に腰を抜かし、椅子から転げ落ちた。他の者も立ち上がりかけた。


 美玲の絶叫はこちらを落ち着かない気分にさせた。それは異物に対する拒絶ではなく、もっと根源的な不安、あるいは畏怖なのかもしれない。まるで彼女の五指に、心臓を鷲掴みにされているような気分になるのだ。


 虚空を睨みつける美玲の顔は、憤怒に染まっており、吐き出された絶叫はどうしようもならない感情の暴発を表していた。彼女の目にはいったい何が見えているのだろうか。棚田はますます美玲に興味を惹かれた。始めに見かけたときから不思議な雰囲気の子だと気に掛けていた。奇行に次ぐ奇行もまったく気にならない。彼女が予知夢を見ることができると告白したとき、それでか、と納得したものだ。


 興味深い存在だと認識を深めたが、とはいえ、危険な存在でもあろう。美玲の空気を読まない地雷発言が危険なのではない。美玲という『予知能力者』の取り扱いが危険なのだ。彼女の予知能力が、偽物であれ本物であれ、彼女は強い影響力を持った。彼女の発言次第で人の生き死が左右されるだろう。


 さて、今度はどんな『絶望』が飛び出してくるのでしょうか?
 棚田は下世話な好奇心で胸を躍らせた。


「おやおや、どうしましたか美玲さん? いきなり叫んで」


 棚田は無駄な問いかけをする。阿誰に肩を揺さぶられても、美玲は魂がどこかへ飛んでいってしまったように叫び続けている。こちらの質問が彼女の耳に届くはずもない。つまり棚田は、全員の疑問を代弁して独り言をしたのである。


「あああ……あ、あ……」


 徐々に絶叫が断続的になっていき、美玲の目に正気が戻った。美玲は正面にいる阿誰をぼんやりと眺め、それから彼女に掴まれた両肩を見つめる。


「……そう、そういうことなんだ」美玲は呟く。「勘違いしてたんだ。どこかで間違えていたんだ。どこ……? どこから……?」


 ブツブツと呟き始めて、また妖しい目付きになる美玲。


「美玲! しっかりして! 私の声聞こえる?」


 乱暴に揺さぶられ、美玲は顔をしかめる。


「痛いよ鳳子……。何すんのさ」
「急にどうしちゃったの? さっきから変よ。大丈夫なの?」
「私はずっと大丈夫だよ。鳳子の方こそ、人のこと言ってらんないんだよ」
「あなた、何を言って……」


 言いかけ、阿誰は首を振った。


「いえ、ちゃんと説明してちょうだい。あなたの身に何が起きたの? 何を、見たの?」


 美玲は、じっと阿誰の瞳を見つめた。


「長い夢を見てたんだ。未来が私に飛び込んできて、さっきの一瞬で、これから起きることを全部見てきた。私にとってこれは『三周目』なんだ」
「夢? それってまさか……」
「夢だよ。でも、全部現実になることなんだ」


 曇りのない眼で言われたその言葉に、ドキリとしたのは棚田だけではあるまい。言葉の意を察した者から居住まいを正して、美玲の方に前のめりになる。それを受けた美玲が、眉に力を篭め、わけを説明しようとする。


「待ってください」


 棚田はそれを脇から制した。


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