境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

道化は暴いた/真実を 後編

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「僕は、美玲さんのことを疑っていました。彼女の話をほぼ全員が真に受けていましたからね。誰も疑わない人物が嘘つきだった場合が、最も恐ろしい結末になる。怪しくないから疑った。言いがかりのような容疑ですが、まあ、お許しください。


 美玲さんが犯人の場合、予知の内容は嘘になります。予知の矛盾を探し出して突くというのが正攻法ですが、途中で嘘を重ねられては堪りません。それなので一芝居を打つことにしました。阿誰さんを襲って、美玲さんのリアクションを見る、というね。


 その結果は皆さんも知っての通り。彼女は慌てふためき、私を刺せ、と嘆願した。友情が紡ぐ感動のシーンです。あの言葉が演技でしたらオスカー賞に選ばれたでしょう。是非ともブルーレイで観ることをお勧めします。彼女の対応に、親友を利用しようとする悪意は感じられませんでした。……おっと失礼、僕が個人的にどう感じたかはどうでもいいことでしたね」


 棚田はおどけ、美玲の方ににっこりと微笑んだ。ちなみに美玲は、嘔吐を催す仕草を返してやった。宣言した通り、許す気は毛頭ない。


「ええ……。僕の感想はともかく、己の命を差し出すという行為はかなりリスキーです。また、単純に親友の命が大事なら、危険性が高いこのような場所に連れてくることも矛盾している。では、他にどういう可能性が考えられるでしょうか?」


 それに阿誰が答えた。


「私が首謀者で、美玲の能力を利用しているケースですね。悪魔の魂は美玲ではなくて、私の方に保管されている。これなら、美玲は私の命を優先する」
「その通り。さすがは思考が速い。惚れ惚れする聡明さだ」
「あなたに褒められても何も嬉しくないです。どうぞ続きを」


 阿誰が続きを促し、棚田は話を再開した。


「しかし、忘れてはならないのが、美玲さんがすでに超常的な能力を持っていること。予知能力。未来を夢に見る能力。素敵な力です。それさえあれば如何なる危険も回避できるでしょう。予知能力を持っておいて新たな力を求めるでしょうか? しかも敵と罠が待ち構えているのを承知の上で。美玲さんは真っ先にカルヴィニア神父を撃破しましたが、たとえ改造スタンガンがあっても屈強な成人男性に挑むのは無謀です。返り討ちにされていてもおかしくなかった」


 棚田が真顔で美玲を見てくる。そう言われると弱いものがあった。あのときはとにかく必死で、失敗することを考えもしなかった。生きるか死ぬかの瀬戸際に追い詰められていて視界が狭まっていたのは否めない。


 その神父を見やると、彼は瞬きせずにある方向を睨みつけていた。何を見ているのだろう。美玲はわずかに違和感を得たが、強くは気にしないで目を逸らした。
 棚田がふっと笑った。


「危険に向かおうとする勇気。身を賭して友人を救おうとする清らかさ。そして秘密が一つもないと言い切る、危ういほどの実直さ。話せば話すほど、悪魔の力を得ようとする人間の姿からかけ離れていきます。特に実直さは、恐ろしかった。


 嘘がないことを証明することは不可能です。『巧みに嘘を隠している』『証拠を捏造した』という疑心暗鬼は、どうしたって晴らすことはできません。それこそ悪魔の証明となる。しかし、美玲さんは言い切った。言い切ってしまった。友人を人質に取り、譲歩の姿勢を見せたこちらに対して、一歩も退くことなく。……とんだ怪物に手を出してしまった。そう反省したものです。五年前に出会っていれば教団にスカウトしていたでしょう。


 美玲さんは『裏切り者』でしょうか? ここまで来て美玲さんを疑うとしたら、彼女の予知能力がまったくの嘘だった場合です。語った未来はどれも入念なリサーチから導き出されたもの。悪目立ちする愚を犯してまで予知能力者を騙ったのは、発言力を得るため。


 ただしこの仮定には矛盾が含まれる。彼女もまた、むざむざと教会に閉じ込められている点です。結界の存在をあらかじめ調べることができるのなら、それへの対抗手段も用意していてしかるべき。むしろ何においても肝心なのはそこでしょう」


 棚田は一度講談を止めて、こちらを見渡した。


「と、長々と続けてきましたが、僕の結論は、美玲さんは『裏切り者』ではないということです。皆さんそんなの分かり切っていたことと思うかも知れませんが、相手が敵ではないと証明しようとすると、このくらい大仰に、徹底的にやる必要があるのですよ。人とは本当に信用ならない存在ですからねえ。美玲さんの疑いが晴れたと同時に、僕が疑っている人物がたった一人になりました。証拠はこれから探していくことになりますが、僕にはもう犯人が誰だか分かったということです」


 その発言に、場の緊張感が高まった。


 美玲は耳をそばだてる。棚田のことはまだまだ信用ならないが、その考察や発言は信じてもいいかもしれないと思える程度に見直していた。


「……誰なの? その人って」


 ごくりと誰かが固唾を飲み込んだ。棚田が両目を細める。


「僕がその人に疑惑を持った理由は、美玲さんのときと同じですね。ですが今回は確信があります。今度は罠に嵌めたりせず、真正面から堂々と尋問することにしましょう。……ところで、さっきからカルヴィニア神父が妙に静かですねえ。呼吸音も聞こえないとは。ええ、さて僕が疑っているその一人とは……」
「いや、それ以上は不要だ」


 声がした。


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