境界の教会/キョウカイ×キョウカイ
死体の発見/状況確認
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美玲のほとんどの活動が凍結している間に、阿誰が聖堂に戻り、カルヴィニア以外の全員を呼んできた。一度に六人全員は資料室に入れないため、まずタルボットと一之瀬が入ってきた。一之瀬が死んでいる鬼無の首元に手を伸ばし、首を振る。わざわざ触れて確かめなくとも、死んでいることは一目瞭然だろうに。
一之瀬が立ち上がりながら、独り言のように言った。
「紐状のもので首を絞められたんだわ。首に跡がある」
それは美玲も気付いたことだった。遺体の首筋には黒い痣ができていた。
棒立ちして障害物になっていた美玲は、一之瀬に支えられて廊下に出される。代わりに棚田が入っていった。シスターの緋冠は遺体を調べる気はないようで、入り口から室内を眺めるのみだった。
座った覚えはなかったが、美玲はいつの間にか床に座り込んで背中を丸めていた。阿誰が隣に寄り添ってくれたが、彼女もあまりの出来事に言葉がないようだった。
五分ほどして、棚田とタルボットも部屋から出てきた。浮かない表情だ。たかだか数分で調べ尽くすことができるとも思えないから、現場の保存の名目で、ある程度のところで切り上げたのだろう。彼らは異常事態に手馴れていても、捜査機関の人間ではない。素人見真似に調査しようとしたところで限界がある。
ここにいても自分にできることは何もないのだ、と美玲は気づいた。
誰が声を発するでもなく、六人は聖堂に戻っていった。
今度はそれぞれ距離を置いて座席に着いた。美玲と阿誰でさえ二つの椅子を空けた。それが自分たちの、決して埋められない精神的距離を表している気がした。
告解室の前に座った神父は、ガーゴイルのように周囲を威圧している。
発言者のいない重苦しい空気の中、美玲が呟いた。
「誰が、あんなことを」
他の者たちの視線が集まる。美玲はブロックを組み立てるように、ぐちゃぐちゃな頭の中を整頓して再構築する。虚空を見つめ、息を吸い込む。
「絶対に許さない」
激しい感情からではない、むしろ、ぼそりとその言葉が口に出た。
静かな怒りというべきか。はっきりと意思表明したことでオフになっていたスイッチが次々に切り替わっていく。考えるんだ、という使命感に突き動かされる。
扉に変化はない。つまり、鬼無は『裏切り者』ではなかったということだ。
そうやって冷静に思考できるようにまで回復した。始めから自分は冷静だったが、頭脳の真ん中に鎮座していた憤怒の腫れがやっと引いたのだ。
美玲は大扉に近づいていき、硬い表面に触れる。光る文面の上部が崩れ始めていた。体重を掛けてみるが、扉が動いてくれる気配はない。
「まだ、結界は発動したままだね」
美玲の発言に触発されたように、阿誰も呟いた。
「どうして……、鬼無さんは殺されたのでしょう。だって、あの人、銃を持っていましたよね。普通、返り討ちにしちゃうんじゃないのでしょうか?」
「不意を突かれたのでしょう」壁際の席に座っている棚田が言う。
あの人間不信の塊が油断なんてするだろうか? と美玲は引っ掛かった。「拳銃欲しさに狙われたのかも」思いつくと同時に喋っていた。
「あるかもしれませんねえ。現場には拳銃は残されていませんでした」
鬼無を殺した人間が、拳銃を所持している。息を潜めて次の獲物を見定めている。
そう考え、ゾッと背筋が冷えた。
「誰が鬼無さんを殺したのでしょうか。そしてなぜ?」
阿誰は言って、全員に向けて疑問を提示する。
「悪魔を盗んだ『裏切り者』が殺したのでしょうか……。いいえ、だって『裏切り者』が他の人間を殺したところで、自分が死なない限りあの大扉は開かない。そういうルール。たとえ自分以外を皆殺しにしようが無意味……。途中で『裏切り者』だってばれて殺されるか、達成したあとに一人でひっそりと死ぬかの違いだけ」
座らずに気難しい顔をしていたタルボットが口を開く。
「考えられるパターンは三つ。一つは、鬼無君が『裏切り者』の正体を知り、一人で殺そうとしたところを返り討ちにあった。続いてが、鬼無君が『裏切り者』だと勘違いされて、殺されてしまった。最後は、『裏切り者』が自暴自棄になり、道連れにしようとした」
「四つ目。今回のことと関係なく、便乗して殺された、という可能性もあります」
笑みを自粛した棚田が口を挟んだ。
タルボットは鷹揚に頷いた。
「であるな。残念ながらこの四つの理由のどれかは判断できないし、四つ以外の何らかの理由によるものかも分からない。せいぜい手頃な理由を当てはめて、納得しやすくするだけの効果である。だが、それが必要なときもある」
「誤って殺された、というのは他人事ではありませんねえ。だってそれって、『裏切り者』とは別に、血も涙もない殺人者がいるってことでしょう?」
「仮説の一つだ。そう身構える必要はなかろう」
「いや……あのさ、皆、大事なこと忘れてない?」
中頃の席に座っている一之瀬が挙手した。
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美玲のほとんどの活動が凍結している間に、阿誰が聖堂に戻り、カルヴィニア以外の全員を呼んできた。一度に六人全員は資料室に入れないため、まずタルボットと一之瀬が入ってきた。一之瀬が死んでいる鬼無の首元に手を伸ばし、首を振る。わざわざ触れて確かめなくとも、死んでいることは一目瞭然だろうに。
一之瀬が立ち上がりながら、独り言のように言った。
「紐状のもので首を絞められたんだわ。首に跡がある」
それは美玲も気付いたことだった。遺体の首筋には黒い痣ができていた。
棒立ちして障害物になっていた美玲は、一之瀬に支えられて廊下に出される。代わりに棚田が入っていった。シスターの緋冠は遺体を調べる気はないようで、入り口から室内を眺めるのみだった。
座った覚えはなかったが、美玲はいつの間にか床に座り込んで背中を丸めていた。阿誰が隣に寄り添ってくれたが、彼女もあまりの出来事に言葉がないようだった。
五分ほどして、棚田とタルボットも部屋から出てきた。浮かない表情だ。たかだか数分で調べ尽くすことができるとも思えないから、現場の保存の名目で、ある程度のところで切り上げたのだろう。彼らは異常事態に手馴れていても、捜査機関の人間ではない。素人見真似に調査しようとしたところで限界がある。
ここにいても自分にできることは何もないのだ、と美玲は気づいた。
誰が声を発するでもなく、六人は聖堂に戻っていった。
今度はそれぞれ距離を置いて座席に着いた。美玲と阿誰でさえ二つの椅子を空けた。それが自分たちの、決して埋められない精神的距離を表している気がした。
告解室の前に座った神父は、ガーゴイルのように周囲を威圧している。
発言者のいない重苦しい空気の中、美玲が呟いた。
「誰が、あんなことを」
他の者たちの視線が集まる。美玲はブロックを組み立てるように、ぐちゃぐちゃな頭の中を整頓して再構築する。虚空を見つめ、息を吸い込む。
「絶対に許さない」
激しい感情からではない、むしろ、ぼそりとその言葉が口に出た。
静かな怒りというべきか。はっきりと意思表明したことでオフになっていたスイッチが次々に切り替わっていく。考えるんだ、という使命感に突き動かされる。
扉に変化はない。つまり、鬼無は『裏切り者』ではなかったということだ。
そうやって冷静に思考できるようにまで回復した。始めから自分は冷静だったが、頭脳の真ん中に鎮座していた憤怒の腫れがやっと引いたのだ。
美玲は大扉に近づいていき、硬い表面に触れる。光る文面の上部が崩れ始めていた。体重を掛けてみるが、扉が動いてくれる気配はない。
「まだ、結界は発動したままだね」
美玲の発言に触発されたように、阿誰も呟いた。
「どうして……、鬼無さんは殺されたのでしょう。だって、あの人、銃を持っていましたよね。普通、返り討ちにしちゃうんじゃないのでしょうか?」
「不意を突かれたのでしょう」壁際の席に座っている棚田が言う。
あの人間不信の塊が油断なんてするだろうか? と美玲は引っ掛かった。「拳銃欲しさに狙われたのかも」思いつくと同時に喋っていた。
「あるかもしれませんねえ。現場には拳銃は残されていませんでした」
鬼無を殺した人間が、拳銃を所持している。息を潜めて次の獲物を見定めている。
そう考え、ゾッと背筋が冷えた。
「誰が鬼無さんを殺したのでしょうか。そしてなぜ?」
阿誰は言って、全員に向けて疑問を提示する。
「悪魔を盗んだ『裏切り者』が殺したのでしょうか……。いいえ、だって『裏切り者』が他の人間を殺したところで、自分が死なない限りあの大扉は開かない。そういうルール。たとえ自分以外を皆殺しにしようが無意味……。途中で『裏切り者』だってばれて殺されるか、達成したあとに一人でひっそりと死ぬかの違いだけ」
座らずに気難しい顔をしていたタルボットが口を開く。
「考えられるパターンは三つ。一つは、鬼無君が『裏切り者』の正体を知り、一人で殺そうとしたところを返り討ちにあった。続いてが、鬼無君が『裏切り者』だと勘違いされて、殺されてしまった。最後は、『裏切り者』が自暴自棄になり、道連れにしようとした」
「四つ目。今回のことと関係なく、便乗して殺された、という可能性もあります」
笑みを自粛した棚田が口を挟んだ。
タルボットは鷹揚に頷いた。
「であるな。残念ながらこの四つの理由のどれかは判断できないし、四つ以外の何らかの理由によるものかも分からない。せいぜい手頃な理由を当てはめて、納得しやすくするだけの効果である。だが、それが必要なときもある」
「誤って殺された、というのは他人事ではありませんねえ。だってそれって、『裏切り者』とは別に、血も涙もない殺人者がいるってことでしょう?」
「仮説の一つだ。そう身構える必要はなかろう」
「いや……あのさ、皆、大事なこと忘れてない?」
中頃の席に座っている一之瀬が挙手した。
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