境界の教会/キョウカイ×キョウカイ
メイド(コス)は見た!
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暴虐の一部始終を一之瀬は目撃していた。
タルボットら三名が神父の元へ行ってから、一之瀬たちは巨大な扉について意見交換をしていた。急に扉が閉じてから不可解なことの連続だ。判断材料が圧倒的に不足しているため、残念ながら有意義なアイデアは現れず、結局、タルボットらが情報を持って戻ってくるのを待とう、という結論に至った。
彼女らと意見交換をして判明したことが二つある。
一つは、阿誰鳳子は頭がいい。普通に会話をしていて、相手が優秀な頭脳を持っていると感じたのはいつ振りのことだろうか。阿誰の返答は淀みなく、常に的確である。おかげで互いにストレスが生じない。語彙の豊富さや専門知識の量にも舌を巻いたが、阿誰の明晰性はもっと根本的なところに則していた
状況判断が素早く、かつ明朗快活。ついでに加えるなら才色兼備。
話せば話すほど、阿誰への評価は上がる一方だった。
そして、判明したことのもう一つは、大舘美玲は頭が悪い。
もっとあからさまに言えば、彼女は馬鹿だ。これはもう確かなことだった。
人が他人を見下すとき、その理由は幾つもあるだろうが、美玲という少女はそのどの理由にも当て嵌まってもおかしくないくらい、阿呆の子なのである。
美玲は真面目な話の途中でも、落ち着きなくあちこちを向いて、物珍しいものを発見しては隣にいる阿誰の袖を引っ張って、話を脱線させまくる。まるで子供だ。
阿誰が甲斐甲斐しくフォローする通り、決して美玲は悪い人格ではないし、その愚鈍さが致命的な問題を引き起こしているということもない。わずかな人見知りの気も大和撫子的貞淑性と言い換えることもできよう。
ただ、彼女は間が悪く、ただ、彼女は格好付けなさ過ぎる。
普通の人だったら愛想笑いするところをむきになり、普通なら慌てて否定するところを彼女はあっさり認めてしまう。そういう点が、空気が読めないと思われるのだろう。
美玲は純粋過ぎて、とても長生きできそうにないように思えた。
そんな心配交じりの批評を下されているとは知らず、美玲は妙に一之瀬に懐いてきた。一之瀬からすると、旅先でノラ犬に懐かれてしまった気分である。
閉じ込められた状況からすると奇跡的な和やかさの一方で、一之瀬は神父のことを忘れていなかった。遠目から神父の一挙一動を見張っていた。奴から目を離してはならないと本能が告げていたからだ。
そして神父が動き始める瞬間を一之瀬はしかと目撃していた。
金髪の神父がシスターを縊り殺したとき、一之瀬はやはりと思い、驚かなかった。そっと阿誰と美玲に耳打ちして、今、絶対に向こうを振り返らないように、そして、これから何が起ころうとも冷静に動くようにと伝えた。
「何が起ころうともって、何が起きるの?」
美玲がイラつくくらいのんびりさで聞いてきたが、察しのいい阿誰が「私たちは何をすればいいですか」と訊ねた。
神父は片腕でシスターを掲げて何かを喋っている。動きがまだないことを確認しつつ、一之瀬は前方の両側にあるドアを差して言った。
「神父が襲ってくる。あたしが時間を稼ぐから、あんたたちは廊下に逃げなさい。絶対にどこかに出口があるはずよ。諦めないで探して、ここから出るの。分かった?」
「はい」
どこまで理解してくれたか定かではないが、阿誰は決意の顔で頷いて、ぼんやりとしている美玲の右手を掴んだ。嫉妬してしまうくらいいじらしい光景だった。
そのとき、雷鳴のような音が轟いた。
「……ッ!」
神父が笑っていた。人間を超越した領域で、魂の悦びを訴えている。
凶暴性を剥き出しにした哄笑に、一之瀬は反射的にナイフを取り出し、身構えた。災いの爪が一之瀬の柔らかい心臓に突き立てられて、きりきりと絞り上げる。一之瀬は、暴風の気迫に息を呑んだ。
「……ッ、悪霊より性質悪いってば、マジで……!」
黒帽子の鬼無がこちらに向かって駆け出した。なぜ逃げ場のないこちらにわざわざ来るのか、一之瀬は瞬時に察した。鬼無の魂胆が薄ら見えてくるようだ。
同時に、神父が狩りを始めた。
まず近くにいたタルボットが殴り飛ばされ、床に倒れる。「博士!」阿誰が悲痛な声を上げた。神父が、倒れたタルボットのそばに立ち、足を持ち上げた。
その先を阿誰たちに見せるわけには行かなかった。
「鳳子! 美玲!」
一之瀬は大声を出して、二人の意識を逸らす。右腕を横に伸ばし指示した。
「逃げて、早く!」
「は、はいっ!」
阿誰は美玲の腕を引いて、右の壁際に駆け出した。
鬼無が朱絨毯をまっすぐ走ってくる。その向こうでは、神父が棚田とかいう男を始末したところだった。瞬く間に二人が殺された。シスターも含めれば三人。神父の戦闘能力は予想以上だ。しかも殺人に特化している。あの男は処刑人なのだ。
冷酷な神父は、逃げる黒ウサギの背中を追い出した。
いち早く逃げたのが間抜けに見えるくらい鬼無はあっさりと追いつかれて、背中に前蹴りを浴びせられた。鬼無の身体が小石のように吹っ飛んだ。
一目で、鬼無が致命的なダメージを負ったのが分かった。仰け反り方が普通ではなかったし、完全に受身を取れていなかった。そのまま動かなくなってしまったので、恐らくショック死したか失神したのだろう。
一之瀬が仕掛けたのは、その瞬間だった。
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暴虐の一部始終を一之瀬は目撃していた。
タルボットら三名が神父の元へ行ってから、一之瀬たちは巨大な扉について意見交換をしていた。急に扉が閉じてから不可解なことの連続だ。判断材料が圧倒的に不足しているため、残念ながら有意義なアイデアは現れず、結局、タルボットらが情報を持って戻ってくるのを待とう、という結論に至った。
彼女らと意見交換をして判明したことが二つある。
一つは、阿誰鳳子は頭がいい。普通に会話をしていて、相手が優秀な頭脳を持っていると感じたのはいつ振りのことだろうか。阿誰の返答は淀みなく、常に的確である。おかげで互いにストレスが生じない。語彙の豊富さや専門知識の量にも舌を巻いたが、阿誰の明晰性はもっと根本的なところに則していた
状況判断が素早く、かつ明朗快活。ついでに加えるなら才色兼備。
話せば話すほど、阿誰への評価は上がる一方だった。
そして、判明したことのもう一つは、大舘美玲は頭が悪い。
もっとあからさまに言えば、彼女は馬鹿だ。これはもう確かなことだった。
人が他人を見下すとき、その理由は幾つもあるだろうが、美玲という少女はそのどの理由にも当て嵌まってもおかしくないくらい、阿呆の子なのである。
美玲は真面目な話の途中でも、落ち着きなくあちこちを向いて、物珍しいものを発見しては隣にいる阿誰の袖を引っ張って、話を脱線させまくる。まるで子供だ。
阿誰が甲斐甲斐しくフォローする通り、決して美玲は悪い人格ではないし、その愚鈍さが致命的な問題を引き起こしているということもない。わずかな人見知りの気も大和撫子的貞淑性と言い換えることもできよう。
ただ、彼女は間が悪く、ただ、彼女は格好付けなさ過ぎる。
普通の人だったら愛想笑いするところをむきになり、普通なら慌てて否定するところを彼女はあっさり認めてしまう。そういう点が、空気が読めないと思われるのだろう。
美玲は純粋過ぎて、とても長生きできそうにないように思えた。
そんな心配交じりの批評を下されているとは知らず、美玲は妙に一之瀬に懐いてきた。一之瀬からすると、旅先でノラ犬に懐かれてしまった気分である。
閉じ込められた状況からすると奇跡的な和やかさの一方で、一之瀬は神父のことを忘れていなかった。遠目から神父の一挙一動を見張っていた。奴から目を離してはならないと本能が告げていたからだ。
そして神父が動き始める瞬間を一之瀬はしかと目撃していた。
金髪の神父がシスターを縊り殺したとき、一之瀬はやはりと思い、驚かなかった。そっと阿誰と美玲に耳打ちして、今、絶対に向こうを振り返らないように、そして、これから何が起ころうとも冷静に動くようにと伝えた。
「何が起ころうともって、何が起きるの?」
美玲がイラつくくらいのんびりさで聞いてきたが、察しのいい阿誰が「私たちは何をすればいいですか」と訊ねた。
神父は片腕でシスターを掲げて何かを喋っている。動きがまだないことを確認しつつ、一之瀬は前方の両側にあるドアを差して言った。
「神父が襲ってくる。あたしが時間を稼ぐから、あんたたちは廊下に逃げなさい。絶対にどこかに出口があるはずよ。諦めないで探して、ここから出るの。分かった?」
「はい」
どこまで理解してくれたか定かではないが、阿誰は決意の顔で頷いて、ぼんやりとしている美玲の右手を掴んだ。嫉妬してしまうくらいいじらしい光景だった。
そのとき、雷鳴のような音が轟いた。
「……ッ!」
神父が笑っていた。人間を超越した領域で、魂の悦びを訴えている。
凶暴性を剥き出しにした哄笑に、一之瀬は反射的にナイフを取り出し、身構えた。災いの爪が一之瀬の柔らかい心臓に突き立てられて、きりきりと絞り上げる。一之瀬は、暴風の気迫に息を呑んだ。
「……ッ、悪霊より性質悪いってば、マジで……!」
黒帽子の鬼無がこちらに向かって駆け出した。なぜ逃げ場のないこちらにわざわざ来るのか、一之瀬は瞬時に察した。鬼無の魂胆が薄ら見えてくるようだ。
同時に、神父が狩りを始めた。
まず近くにいたタルボットが殴り飛ばされ、床に倒れる。「博士!」阿誰が悲痛な声を上げた。神父が、倒れたタルボットのそばに立ち、足を持ち上げた。
その先を阿誰たちに見せるわけには行かなかった。
「鳳子! 美玲!」
一之瀬は大声を出して、二人の意識を逸らす。右腕を横に伸ばし指示した。
「逃げて、早く!」
「は、はいっ!」
阿誰は美玲の腕を引いて、右の壁際に駆け出した。
鬼無が朱絨毯をまっすぐ走ってくる。その向こうでは、神父が棚田とかいう男を始末したところだった。瞬く間に二人が殺された。シスターも含めれば三人。神父の戦闘能力は予想以上だ。しかも殺人に特化している。あの男は処刑人なのだ。
冷酷な神父は、逃げる黒ウサギの背中を追い出した。
いち早く逃げたのが間抜けに見えるくらい鬼無はあっさりと追いつかれて、背中に前蹴りを浴びせられた。鬼無の身体が小石のように吹っ飛んだ。
一目で、鬼無が致命的なダメージを負ったのが分かった。仰け反り方が普通ではなかったし、完全に受身を取れていなかった。そのまま動かなくなってしまったので、恐らくショック死したか失神したのだろう。
一之瀬が仕掛けたのは、その瞬間だった。
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