境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

邂逅/ルールの提示

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 扉全体が直視できないほど輝き、聖堂内が光に包まれる。


 あまりの眩しさに阿誰は目を押さえる。まるで扉が激しい炎に包まれているかのような輝きだった。木ではここまで強く燃えるはずがない。塗料の成分に可燃性の金属でも配合されていたのだろうか。


 そのとき、鐘の音が聖堂中に響き渡った。阿誰は、頭が割れそうな轟音に耐えかねて悲鳴を上げた。すぐ隣で爆発が起きているのだと錯覚するほどだった。聖堂に鐘など設置されてなかったはずだが、ならば、これはどこから聞こえてくるのだ。


 暴力的な鐘の音は、三度鳴ってから、すっと消えていった。


 反響が残っている頭を押さえながら、阿誰は目を開く。
 扉の強烈な光は、いつの間にか収まっていた。他の者たちも辛そうに頭を押さえていた。ただ一人無表情なのは、告解室の前に佇む神父だけであった。


「ッ、何なの……。さっきの」


 阿誰は髪を掻き上げて、呆然と呟いた。


「……あっ! 見てよ!」美玲が声を上げた。


 美玲が指差した方向を見て、友人が驚いた原因を見つけた。
 メイドの攻撃を受けてもビクともしなかった大扉の表面に、光る文字が浮かんでいた。遠目にアルファベットだと判断できる。興味を惹かれた阿誰は、扉へと歩いていった。美玲も後ろから付いてくる。


 メイドと黒帽子の女は、扉を見上げて唖然としていた。
 アルファベットの文字列は、わずかに扉から離れて、虚空に浮かんでいた。プロジェクターなどで投射しているのではないのだ。扉が発光したことといい、鐘の轟音といい、この文章である。どれも超常現象に分類される現象だ。


 浮かび上がった文章は英語のようだった。日本語に訳すとこんな意味だった。


『閉じられた楽園に裏切り者が一人いる。悪魔と通じる者が一人いる。
 裏切り者を探せ。裏切り者を殺せ。悪魔に魂を売った売女に罰を与えよ。
 悪魔を探せ。悪魔を殺せ。さすれば扉は開かれる』


 声に出して読んでみたが、やはりよく分からない内容だった。


「悪魔って何だそりゃ……」黒帽子の女が呆れるように呟いた。
「ふむ、これが我らに与えられし、神の試練ということかね」


 いつの間にかタルボットも扉のそばに来ていた。彼は白い髭を掻きながら、文字を浮かび上がらせる巨大な扉を見上げて微笑んだ。


「やれやれ、分からないことばかりだ。不明とは実に不愉快だな」
「いったい、何が起きているのでしょうか……」阿誰は言った。
「扉が閉じられてる。さらにナイフも通んないと来た。ふざけてるぜ」


 黒帽子の女は扉を乱雑に蹴りつけて、長椅子にどっかりと腰を下ろした。


 見てみると扉には傷一つ、汚れ一つ付いていなかった。厚みのある扉だから素手で破壊できるものではないだろうが、ナイフでも傷を付けられないとなると、他の物理的手段でも困難かもしれない。
 阿誰はさらに扉に近付いて、浮かんだ文言を読み返す。


「『裏切り者を探せ』……。扉を開けるためのヒントがこの文章ということかしら。この条件をクリアーできなければ、私たちは一生このまま……」


 あえて脅迫的な表現をすると、美玲が顔を引きつらせた。他の三人はこの程度の異常事態など屁でもないような顔をして、事態を許容している。
 タルボットは柔和に微笑んだ。


「悪魔とはまた心躍るテーマが出てきたな」
「博士は、悪魔を信じておられるのですか?」


 訊ねたが、タルボットは扉の文字を眺めるのに夢中で聞いていなかった。


「しかし……、先ほどの鐘の音や文字の投影技術も見事だが、この内容もなかなか面白い。そう思わないかね? 阿誰君」
「いえ……、特に私は。何が面白いというのですか?」
「ちょっとした捻くれたことだよ。例えば、『悪魔を殺せ』と言っている。この場合の『悪魔』とは、キリスト教的なそれ、つまり神の敵という意味だと思われるが、仮に我々が悪魔を見つけ出したとしても、その『悪魔』は人間の手で物理的に殺せるものなのか? 
 それに、悪魔を殺せば扉が開くというが、どうやってそれを扉が認識したり、正誤を判断したりするのだ? どこかで我々を見張っている人間がいるのか? あるいは、この扉自体に判断能力が備わっているとでも? そうだとしたら、実に頼もしいね。たった一枚の扉に我々の行く末が握られているわけだ」


 メイドが意見を言った。


「要するに、あたしらに処刑選挙ごっこしろってこと? つーか、見つけ出すとか無理でしょ。あたしらの中に悪魔が混じっているんだとしたら、そいつも正体がばれないように妨害してくるだろうし、他の奴も、濡れ衣掛けられないように必死になるだろうし、全員が足引っ張り合って、はいおしまい。マジ無理ゲー」
「あははっ、メイドさんなのに、ギャルっぽい!」


 美玲が急に笑い出したので、阿誰はどきりとした。ときたま会話の流れを無視して発言したりするから、この友人はおちおち目が離せないのだ。
 案の定、メイドは眉根をしかめて、美玲を睨みつけた。


「はぁ? もしかして、あたしを虚仮にしてんの? 笑っている場合じゃないのに、なに笑ってんの? あたし、揚げ足取りとかすっごい嫌いなんだけど」


 剣呑な眼光に見据えられ、美玲は喉を引きつらせた。目を逸らせないまま数秒が経ち、ふと咳をしたかと思ったら、また笑い出した。


「あ、あはははっ、メイドさんがスケバンぽくて、何だかちぐはぐ、うひひ、私、メイドさんに怒られてる、お、おかしい、おかしいよ……」


 メイドは怒気を霧散させて、戸惑いながら阿誰の方を見てきた。


「何なの、この子」
「ごめんなさい。悪い子ではないんです」


 阿誰は頭を下げた。その横で美玲が腹を抱えて、震え続ける。阿誰は段々と居た堪れなくなってきて、美玲の腕を掴むと、この場を離れようとした。


「他に出口がないか、ちょっと見てきます。ほら、行くよ」


 前方の左右の壁には、それぞれ非常口のドアがあり、廊下に出ることができる。廊下は聖堂ホールの外側を囲っており、倉庫や資料室、事務室などに続いている。玄関ホールとは繋がっていないが、どこかに裏口があるかもしれない。


「残念ながら、それは無駄足でしたよ」


 阿誰たちの真後ろに、眼鏡をかけた中年の男性が立っていた。


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