タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第九十六幕《狂愛》

 第九十六幕《狂愛》


「私はあのとき、お父さんのすべてを狂わせたいと思った。


「お父さんの理屈を。正義を。目的を。人生を。計画を。


「優先順位を。趣味嗜好を。日常生活を。人間関係を。過去と記憶を。感情と人格を。


「今ここにいるお父さんを形成しているものを全部ぶっ壊して、人生をぐちゃぐちゃにして、完膚なきまでに破壊し尽くして、全部、リセットしてやりたいと思ったんだ。


「お父さんを狂わせたいと、私は本気で願った。


「……私はね、お母さんに嫉妬したんだ。会ったこともない『お母さん』に。


「十六年前に失踪したお母さんの影が、今もなおお父さんを縛り付けている。お父さんの人生を支配している。十六年って相当だよ。赤ん坊が高校に入学するほどの年月だ。お父さんの人生はあの人に狂わされて、それが今でも続いていて、これからも続こうとしている。


「でもそんなのって酷いよ。おかしいよ。ずるいよ。卑怯だよ。


「消えておきながら大事な人の自由も、人生も奪うなんて、チートじゃないか。


「お父さんのすべてを狂わせて台無しにしたお母さんが憎たらしくて、同時にそんな身勝手な人にいまだに囚われ続けているお父さんが苛立たしくて、だから今度は私が全部ぶっ壊して上書きしてやろうと思い付いたんだ。


「そして、そんな浅ましいことを考えている自分に反吐が出そうになった。


「初めは戸惑って、自分が破壊衝動に振り回されてしまいそうで怖かった。こんなギリギリな精神状態でお父さんと顔を合わせていられる自信がなくて、お父さんの前にいていい自信がなくなって、思い浮かべたことを実行しちゃいそうで怖くて……。


「だから私は逃げた。自分の部屋に引き篭もって、一人になった。


「そうすることしかできなかった、って言うべきかな。こんな危険思想、誰にも相談できるわけないし、正直に告白するにはドン引きな内容だって思うし。結局、こういう衝動というか渇望というか、つまり、感情的なものって自分で解決しなきゃいけない問題だから。


「私はじっと自分の感情と向き合った。引き篭もっているこの十日間はずっとそんなことしてたんだよ。寝ても覚めてもぐるぐるぐるぐる同じことばっか考えていた。ずっとずうっと解決しない葛藤に囚われ続けてた。いくら考えても思考が空回りし続けるんだ。


「『どうすればいいんだろう』。『私は何がしたいんだろう』。『これからどうしよう』。


「……感情の整理は付いたけど、やっぱりお父さんが、あの人に囚われ続けていることには反対だし、自分の中に醜い欲望があるという事実は消せない。


「自分の醜さから逃げないために、お父さんには包み隠さず話すことに決めた。受け止めてもらおうなんて面の厚いことは思ってない。最悪、縁を切られる覚悟もできている。


「どう、思ってもいいよ。それが事実だし、私は全部受け止めるから」



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