タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第八十三幕《親愛》

 第八十三幕《親愛》            (仮)七月二十一日 二十時五十五分




「追いかけてこないで! 本当は心配してないくせに!」


「…………」


「どうせ追いかけてきたのは世間的な目を気にしてでしょ? 私が悪いことしたら、お父さんが責められるもんね。あ、は。お父さんはいつだってそう。私じゃないところを見て、父親を演じている。義務的に私と喋ってる」


「…………」


「『僕は、突然投げつけられた娘の激情に、何も言えなくなってしまった。先まで頭に思い浮かべていた言葉が、彼女の言ったとおり、どれもお芝居の台詞のように薄っぺらなものに思えて、喉がつかえる。僕の中に、僕の言葉はなかった』」


「え、今回はモノローグ付き?」


「『夏の夜の冷たい雨が、僕と彼女の間に降っていた。僕が何をしたのだ、という反射的な怒りが生まれるが、それが正当な文句でないことは、分かっていた。僕は何もしていない。これまで何もしてこなかったのだ。初めて、娘の本当の姿を見た気がした。そう思った途端、拒絶をぶつけられたショックや自責の念で乱雑に入り混じっていた頭の中がすうと冷えていき、僕は自然と呟いていた』」


「……君は、本当に彼女にそっくりだ。……って、何を言わすんだ!」


「(いいよー、いいよー。そのままそのまま。あ、これ監督の声ね)」


「もう何でもありだな……。分かった分かった。腹をくくって演じてやるよ」


「(では気を取り直して。はいキュー!)」


「君は、本当に彼女にそっくりだ。君のお母さんにも昔、同じようなことを言われたよ。『ゆー君が大事にしているのは、私でも自分でもない何かだよね』って」


「え……?」


「それが何だって言うんだって話だけどね。僕が、昔から目の前の人を見ようとしない人でなしってことだし。だから、今さら何を言っても信じてもらえないかもしれない。キナちゃんがこれからどうしようとも、僕には何も言う権利はないよ。ここで『父親』らしく振舞ったところで、やっぱりそれは嘘になると思うから。だけど、これだけは信じてくれ。僕はこれ以上、君に傷付いてほしくない……。君に幸せになってもらいたいんだ」


「…………。『娘は何も言わずに、静かな表情になった。その沈黙がいかなる感情に起因するものか知ることはできない。失望かもしれない。あるいは軽蔑かもしれない。それでも構わなかった。君が笑ってくれるなら、僕は君に嫌われたっていい』」


「家族にならなくてもいい。幸せになろう、キナちゃん」


「(はい、カーット!)」



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