タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第七十七幕《希望》

 第七十七幕《希望》              六月二十六日 八時六分




「あ。お父さん、お早う。私より遅く起きるなんて珍しいね」


「…………」


「あれ? おーい、起きてますかー? この指見える? 朝ですよー」


「……君は、キナちゃんだよね」


「ん? ええ、あなたの脛にかじり虫のキナちゃんですが? 他の何に見える?」


「いいや、キナちゃんにしか見えない。お早う。もう学校行くの?」


「今出なきゃ学校に間に合わないからね。お父さんこそ、そんなにゆっくりしてて大丈夫? 早くしないと会社に遅刻しちゃうんじゃないの?」


「そうだね。急がなきゃだ」


「そう言う割には、のんびりしてるし。大丈夫? 寝ぼけてない?」


「寝ぼけてないよ。しっかりと起きている」


「ふうん、本当かなあ? お父さんって意外と自分のこと見れてないからな」


「大丈夫だって。ほら、僕の心配はいいから、早く学校に行きな」


「はーい。っと、そうそう。今日の授業参観には、結局、来られないんだよね?」


「うん、ごめん。急な仕事が入っちゃって。たぶん、今日の帰りは遅くなると思う」


「りょうかーい。あーあ、お父さんを友達に自慢してやろうと思ったのにー」


「ごめんごめん。喧嘩までしたのにね」


「ううん、仕方ないよ。そんじゃあ、改めて行ってきまーす」


「……ねえ、キナちゃん。一つだけ尋ねていい?」


「わわっと! なぁに? 知っていると思うけど、私、急いでいるんだけど」


「……キナちゃんは、お母さんに会いたいと思う?」


「え? ……お母さんに? 何で、そんなこと聞くの?」


「とにかく会いたいか、会いたくないか。それだけでいい」


「私は……、会いたくは、ないかな」


「え……? それは、どうして? 普通は会ってみたいと思うんじゃ……」


「あはは。私が会いたいと答えると思って質問したの? それ、質問の意味ないじゃん。私の心を勝手に決めないでよ。それって失礼」


「ああ……、悪かった。気をつけるよ」


「……お母さんに会いたくないって答えたのは、それが絶対に無理だって知っているから。私は叶えられない希望を持って、傷つきたくない」


「…………」


「あっは。湿った空気なしなし。んじゃ、本当に学校に行ってきまーす」



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