タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第七十幕《愚痴》

 第七十幕《愚痴》              六月十六日 二十一時十一分




「ねえ、ベアちゃん。お父さんったら本当に酷いんだよ。あなたはぬいぐるみで、誰にも話さないから正直に言えるけど、お父さん、おかずに私の嫌いなものを入れてくるの。そう、春雨。最初の日に春雨が嫌いだって話したのが失敗だった……。『僕の子供になったからには、好き嫌いは克服してもらうよ』って偉そうに」


「…………」


「まあ、好き嫌いはなくさなくちゃかもだけど、でも、それだけじゃないんだよ。この間なんか数1の宿題を見てもらったんだけど、『どうしてこの答えになるの?』って聞いたら、『何でこんな簡単な問題が分からないの?』って言ったんだよ。何あれ、ムカつく! 分かんないから分かんないんだって! 理由なんかあるか! 馬鹿じゃないの!」


「…………」


「それにこの前の一件もあるし……。自分の頭の中で物事が完結してるんだよね。他人がどう思おうがお構いなし。基本的に他人を見下している」


「…………」


「ここだから言えるけどさ、お父さんだって駄目なとこだらけなんだよ。腕は細っこくて貧弱だし、体力はないし、余計な物を捨てられないし、掃除の仕方は大雑把だし。この前同窓会のはがきが来てたんだけど、お父さんったら不参加の返事もしないで、丸めて捨ててたんだよ? 参加しなくても、返事くらいしろって話だよね。恋人どころか友人の気配もないし、家族とも自分からは連絡しようとしないし。あれで社会人を気取っているんだから、ちゃんちゃらおかしいよね。おへそで茶が沸かせる」


「…………」


「はた目には大人っぽいかもしれないけど、実際は、負けず嫌いで理屈屋で子供っぽいし。……ってああ、さっきから愚痴ばっかり言ってごめんね、ベアちゃん。こんなこと聞かされてもつまらないよね。……『そんなことあらへんよ。自分、めっちゃ苦労しとるやん。愚痴聞くくらい屁の河童や。うちはずっとキナちゃんの味方やで』。ありがとう、ベアちゃん。でも関西弁似合わないね。『な、何やて!』」


「…………」


「え、何なに? 『どこでおとんが盗み聞き立てとるか分からんから、声をもちっと抑えんと』って。ベアちゃん、それは言いすぎだよ。お父さんがそんな破廉恥なことするはずないじゃない。娘と友達の会話を盗み聞きするなんて。ねえ、お父さん?」


「……本人のいる前でぬいぐるみを相手に陰口を叩くとは、腕を上げたね、キナちゃん。この前の朝の意趣返しのつもりか?」


「はてはて。何のことだか。うち、さっぱりやわ」



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