タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第三十四幕《余暇》

 第三十四幕《余暇》              三月三十一日 十時十七分




「お父さーん。暇―。遊んでー」


「嫌だよ。僕は暇じゃないんだ。今日中に送らなきゃいけない書類があるし、午後には次の仕事先の人と会う約束がある。というか、部屋に入るときはノックしなさい」


「そう言わずにさー。暇で暇で困っているんだよー。お願―い」


「お願いされてもね……。暇だから遊んでって、どんだけ甘えん坊だい。僕は君のお兄ちゃんか。ここは保育園じゃないんだぞ」


「むー。そういう説教はいいからさー、暇潰しさせてなー」


「ふう……。どうやら僕は、キナちゃんを甘やかし過ぎてしまったようだね。僕が本当は厳しい人間だってことを教えるときがきたようだ……。覚悟するといい。君に社会人としてのビジネスマナーと人生のほろ苦さを叩き込んでやる」


「お父さんお父さん。それってどんな負けフラグ?」


「茶化すんじゃない。まったく。せっかく乗ってやったというのに」


「えへへ……。ごめんごめん。ささっ、続きをどうぞ! 大将!」


「嫌だよ。どんな雑な振りだ。しかしまあ、暇ってのは贅沢な悩みだね。暇潰しの方法なんて世の中には溢れて、有り触れているじゃないか。好きに遊べばいいだろ」


「それができたら苦労はしませんー。遊ぶのにも才能が必要なんですー。暇潰しが下手な奴もいるんだよ。友達と一緒じゃないと何にもできない奴とかさ」


「キナちゃんがそういう人間だと?」


「そうは見えないでしょ。私だって、一人のときには無口で物静かなんだよ」


「ほとんどの人は、一人のときは無口で物静かだと思うが。キナちゃんが他人に依存するタイプだったってのは意外だな。もっと自由闊達な精神に思えたけど。自由を与えても、選択肢が多過ぎて選べない子供、なんて話があったけど、同じことかな」


「難しい話はやーめーてー。もっと面白い話をしてちょ」


「ああ、違うなこれは。これはただ単に、他人に甘えているだけだ。……ふむ、面白い話ねえ。生憎と僕は、面白みのない普通の人生を歩んできたから、ストックがないな。キナちゃんの方が面白い話を知っているんじゃないのかな。そいつを聞かせておくれよ。僕は仕事しながら聞き流しているから」


「いやそれ、単なる独り言! 寂し過ぎ! 壁に話しかけるより辛い!」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと聞いているから。ただし感想は聞かないでな」


「聞く気ゼロじゃん! 聞き流す気満々じゃん! もういいっ。私出かけてくる! 暇潰しに付き合ってくれてありがと!」


「どういたしまして。こちらこそ息抜きさせてくれてありがとう」



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